転生プログラマのゴーレム王朝建国日誌~自重せずにゴーレムを量産していたら大変なことになりました~

堀籠遼ノ助

1 明日の明日のずーと明日へ

 その日は確か、例年を超える記録的な猛暑だったと記憶している。


 俺、折笠拓海おりかさたくまはIT系企業に勤める29才。IT企業と言えば聞こえはいいが、要はブラック企業だ。


 うだるような暑さの中、開発案件は仕様変更するのが仕様ですと言わんばかりに七変化し、とうとうデスマーチに突入。


 休日返上と連日の徹夜を経て、残業は200時間を越えようとしていた。


 周囲からは休んだ方がいいと言われたが、コミュ障の俺に引き継ぎなど出来るわけがない。


「まあ、そのうち休みますよ」


 と適当に返事をし、から笑いをしたところでブチッとみょうな音がした。


 ん? と思ったその時、頭をガツンと殴られたような鋭い痛みが走る。


「折笠さん?! 大丈夫ですか!」


 大丈夫です、と言おうとしたが、あまりの痛みに返事も出来ない。


 俺はそのまま床に倒れこんだ。


 呼吸がうまく出来ず、喉がヒューヒューと音をたてる。


(こりゃ、ヤバいかも)


 周りで「救急車だ!」「大変だ、痙攣し始めてる!」等と声が上がる中、俺の視界は真っ赤に染まっていった。


(俺、死ぬのかな。そういえば昨日見つけたバグ、まだ直してなかったな。こっそりやっとこうと思ったんだけど。あれはテストで炎上するぞ、俺のせいでみんなデスマーチ確定だな)


 死にかけているというのに、始めに浮かんだのはそんな場違いな感想である。


(俺の人生、何もなかった。小さい頃から友達も出来なかったし。彼女もいない。打ち込んだ事といえば、学生時代の剣道ぐらい。大学まで卒業したが、人生になんの目標もなかった。ニート期間中は親に迷惑をかけたな。先週も、おかんから夏休みに帰ってこいって電話がかかってきたっけ。仕事でそれどころじゃないって冷たく電話を切っちゃったけど。きっと寂しかったろうな。もっと優しく接しておくんだった……)


 考えれば考えるほど後悔しかない。


  それからはとてつもない苦しみに襲われたために何も考えることが出来なくなった。


 この苦しみのヤバさをなんて説明したらいいだろう。
 例えば、「鼻に地球を詰め込んで」と言われ、苦笑いで断ってみるものの、「ああ、断る権利はないから」と冷淡に却下され無理やり地球を詰め込まれる苦しみを万倍にしてさらに億乗すれば、この苦しみの1パーセントくらいには届くかもしれない。


 そのような苦しみを受け続け、途方もない時間が過ぎ去った。
 何時間、何年、はたまた何億年か。


 人として生きた記憶もとうの昔に忘れ去った頃、声が聞こえた。


「面白いタマシイの形をしているね」


 言葉などとうの昔に忘れているはずだったが、不思議とその言葉は理解できた。


「君の職業はぷろぐらまーというのか。君はついぞ気付かなかったみたいだが、君のぷろぐらまーとしての実力は元の世界でトップクラスだったみたいだね。まあ、その才能も社交性が無さすぎて無駄になったみたいだけど。君が所属していた会社は、君が脳溢血で急死してから半年で潰れたよ。10人分以上の仕事をこなしていた君がいなくなったんだから当然の結末かな。ああ、君のご両親だが、君の死後、会社に対し訴えを起こした。結果は勝訴。その後、ブラック企業の実態が明らかになり、労働基準法改正の大きな一石を投じることとなった。そういう意味では、君の人生も無意味ではなかったといえるかな。君の両親は会社から莫大な賠償金をもらい、何不自由のない暮らしをしていった。……幸せだったかどうかは僕の知るところではないがね」


 そいつが早口でペラペラとまくし立てているうちに、俺の拡散した意識は再び≪折笠拓海≫としての存在を取り戻していった。


「あなたは?」


「やあ、目覚めたかな。僕のことは、そうだな……管理人とでも呼んでくれたまえ。簡単に言うと宇宙人だよ。君の住んでいた世界より遥かに文明の進んだ世界の住人だ」


 管理人と名乗るそいつは、にこにこと絶やさない笑顔で話しかけてきた。


 見た目は10才ほどで、透き通るようなな銀髪を腰の辺りまで伸ばしている。
 少年とも少女ともつかない中性的な顔立ちだ。


「僕は、死んだんですね」


「そう。それも、気の遠くなるような昔にね」


「そうですか」


 そうすると、知り合いは皆とっくの昔に死んだってことか。
 不思議と悲しみがわいてこないのは、今の状況に頭がついていかないからだろうか。


 辺りは真っ白な空間に囲まれていて何も存在しない。
 自分の体を確かめようとすると、ぼやけてあやふやな体がそこにあった。


「この場所は君のイメージの世界だ。まだ君は世界に着床していない」


「着床?」


「体が無いってことさ。これから君は別の場所に生まれ変わる。当然生まれ変われば記憶もない」


「記憶も……。まあ、普通そうですよね。で、どこへ生まれ変わるんです?」


「えーっとちょっと待ってね。現在の生まれ変わり先は……あったあった。淡水性の甲殻類で体長3mm。かつての地球で言うところのミジンコに相当するかな。推定寿命は3年ほど」


「ミジンコ……」


「その次は……星を構成する体の一部、まあつまり石ころだ。推定寿命は1000億年」


「石ころって生き物ですら……」


「どうだい? うれしい情報だったかい?」


「なんとかなりませんか?」


「ふっふっふ。そう言ってくれることを期待していたよ」


 口に手を当てにやにやと笑う宇宙人。


「ぼくの力で、君の次の生まれ変わり先を人間にすることが出来る。副作用で記憶を引き継いでしまう事になるが……それをメリットと捉えるかデメリット捉えるかは君しだい。さらに、君の人生が健やかになるよう、君の望む特殊能力をプレゼントしよう」


 特殊能力? アニメとかに出てくるやつだろうか。
 くれるならもらっておきたいが……なんか怪しいなこの宇宙人。


「えっと。それはすごくありがたい申し出ですけど……ただでは無いですよね? 僕お金とか持ってませんが」


 もし善意の行動であれば、こいつがにやにや笑っているはずがない。何か見返りを求めているに違いないのだ。


「いや、見返りなど求めてはいない……とは言っても君は信じないだろうね。でも本当のことだ。いや、より正確に言えば、君が申し出を受けてくれれば、それがそのまま僕の望みに繋がるのさ」


「あなたの望みってなんですか?」


「それは言えない」


 きっぱりと断られる。あやしい。怪しすぎるぞこいつ。


「まあ、断るなら断ってもいい。僕としては残念だが。じゃあミジンコとして楽しい人生……もとい、虫生をエンジョイしてきてくれたまえ」


「ミジンコか……」


「あ、ちなみにミジンコになった場合の予想死因だけど、アメーバの溶解液でじっくりと溶かされて死亡とあるね。これはちょっときついかもねえ」


「ちょっとどころじゃねえ!」


「ふふふ。どうする?」


 うーん。この宇宙人が何か企んでいることは明白なんだが……溶解液でどろどろにされるミジンコの運命を受け入れられるはずも無い。これは『不自由な選択』ってやつだな。


「……人間でお願いします」


「ようし、決まりだね! じゃあ君にプレゼントする能力だけど……なにかお望みはあるかい?」


「望みですか?」


 望みか……。俺は前世で死ぬほど働いて働いて文字どおり死んでしまった。こんな理不尽なことはない。どうせまた人間になれるのであれば、出来るだけ楽がしたい。
 具体的に言うと、豪華な椅子に横たわっている俺に、奴隷がうやうやしくフルーツを口に運んでくれるような生活が送りたい。


「楽がしたいですね。遊んで暮らせるような、悠々自適な生活がしたいです……む、無理ですかね?」


「ああ、前世が過酷だったもんねえ。いいよいいよ、君にはそのくらいのご褒美は必要さ」


 ま、まじで! 言ってみるもんだ!


「というか、君がそれを望むだろうということは知っていたんだけどね。ぶっちゃけ僕に与えられる能力は一つだけだし」


「ぶっちゃけましたね」


「ただ、その能力は君の望みをかなえるのにぴったりだ。だから安心してくれたまえ。今の質問は、君の想いを再確認しただけさ。さて、じゃあ転生させるタイミングを調整するからちょっとまっててくれ」


 宇宙人はそう言うと、目をつぶってなにやらぶつぶつとつぶやき始める。


「あの子がいるのはっと……あーやっぱり東の森か。引きこもりだなあほんと。まあ、この転生者を送り込めばあの子も食いついて動き出すはずだ。ふふふ。
 さて、近くに手ごろな転生先はあるかなー……お、ちょうど今生まれそうな子供がいるじゃん! ラッキー……あっ、ちょっと待てよ。何この凶悪モンスター。これはついてないなあ。これじゃあ転生してもすぐに死んじゃうかもなあ。
 ……うーん、でもこのタイミングを逃すのはもったいないよなあ。うーん。
 ……まあワンチャンあるっしょ! よし決めた!」


「おいちょっと待て! 今だいぶ不穏な独り言が聞こえたんですが!?」


「いやいや、だいじょうぶだいじょーぶ! ただー……ちょっと頑張らないと3日以内に死ぬかも。てへっ☆」


「3日で死ぬっ!? さっき聞いてた話が違う! 俺の楽な人生は!?」


「何事もトライアンドエラーだからさ、失敗したら次があるし!」


「お前はな! 俺は一回のエラーで終わりだよ!」


「あーごめんもう時間が無いみたい。ほら、転生が始まったよ」




 宇宙人が俺の体を指さした。


 すでにおぼろげだった俺の体は、もうほとんど透明に近い色になっていた。


「ちょっと! 俺はまだ納得してない! 転生を取り消せこの貧乳宇宙人!」


「あー、無理無理。取消は効かないんだよねー」


「くそお! 次会ったときは覚えてろよお!」


「僕にはもう会わない方が幸せだとおもうよ。もしまた僕に会う機会があるとしたら、それはかなりまずい状況だと思うし」


 ――何を意味のわかんないことを!


 そう言おうとしたが、口がパクパクするだけで音にならない。


「さて、最後に君にこの言葉を贈ろう。――過酷な状況でも生きる事を諦めてはいけない。ネバーギブアップだ!」


 過酷な状況を作り出した張本人にだけは言われたくねえええ!


 俺の言葉が宇宙人に伝わる事はなく、体が引っ張られるような感覚に襲われ、俺の意識は途絶えた。

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