Distortionな歪くん

Sia

Distortionな歪くん 13.4 「あくびとエピローグ」

Distortionな歪くん 13.4 「あくびとエピローグ」

 「あえて言う……『不正』は……なかった」

 大雨が降って、水溜りがあちらこちらにできた校庭で、一人の少年が肩をすくめて息を切らしている。表情は歪んだ引きつり笑い。

 「息を切らしている」っと言う事は、何かしらの激しい動きをしていた筈で、彼の着ている学生服に泥跳ねなどで汚れているのが当たり前なのだが、彼の学生服には泥一つ付いていない……不気味なくらいに綺麗なのだ。

 そして彼の虚ろな目線の先には、背中まで下げた綺麗な三つ編みも、三年間大事にしてきたセーラー服も泥だらけになっている少女が水溜りに顔を付いて倒れ伏していた。

 少年は歪んだ引きつり笑いから物足りなそうな表情になり、僕は駄目な奴だと、呟くと掌を顔に当て曇天を仰ぐ。
 彼は「思いの他点数の低かったテスト」の時の自己嫌悪に浸るような声で、漫画の様なドラマチックな場面を楽しみ、まるで吹き出しに書かれていた台詞のようにこう言った。

                 ちから
 「あ〜あ。これじゃあ駄目だ……この能力じゃあ『強すぎる』……」

 捨て台詞を吐いた後、彼は泥水に突っ伏して動かない彼女に指窓をあてると、掌の上に何処からともなく、一眼レフのカメラを出現させると、曇りなき眼差しでシャッターを切った。

                ちから
 その後彼は「自分も相手も嫌悪する能力」を二度と、この後戦う「主人公」以外に使わない事を自分の弱さを憎みながら、強く誓った。





 少年は夢の中の瞬きで目が覚める。額が濡れていたので拭ってみると、掌にはびっしょり汗がついていた。
 少年はそこで自分が「決別の記憶」を観ていた事を実感した。

 「休日の朝にこんな夢を見るたぁ……『主人公補正』ってヤツかなぁ…」

 少年は歪な寝癖が付いている事を確認すると、感傷に浸る自分に酔いしれながらベッドが名残惜しくなる前に起き上がる。
 今日はあの日の、夢の中の天気とは違って文句一つ無い快晴だったので、漫画と同じくらい大好きな写真を撮りに行くことにした。




 
 ドタドタドタと、巨人の足音が近づいてくる。休日、朝寝坊をした時は必ずと言ってもいいほど、地震すら錯覚する足音で目覚め、次の核シェルターも叩き破りそうなぐらい強いノックで今はだいたい何時か知る。

 ゴン、ゴン、ゴンッ!

 「亜依!そろそろ起きんさいっ!もうとっくにーー」

 「知ってる分かってるもう起きてる!十時過ぎてるんでしょ!てか、朝っぱらからそんな大声出さないでって言ってるじゃん!」

 わたしは上半身だけをベッドから起こし、扉を開けながら大声で叫ぶ母さんに、フライング気味に母さん譲りの大声で言い返す。
 まったく、昨日は寝付けが悪かったのに、朝も寝起きが悪いのか……つくづくわたしはついてない。

 「あ、そう。ご飯できてるから、勝手に食べて。母さんはパートに行ってくるから」

 母さんはそう言って扉を閉じると、騒がしく足音を立ててパートに行く。
 言い返したのに全然気にしていない。切り替えが早いと言うか、なんと言うか……掴みどころがない。

 嵐が去った後の家に一人残されたわたしは朝の支度をしてから、少しだけ冷めてしまった朝食を食べる。やっぱり、薄味。大人になるとみんな手料理が薄味になるものなのかなと、思いながら味噌汁で口の中を整えた。

 さて、今日はどうするか。
 味噌汁の入っていた器を年季の入ったテーブルに置いて考える。
 まず最初に思いついたのはもう少しベッドで一日中ゴロゴロすること。まぁそれも悪くは無いが、あまりにも退屈すぎる……
 テーブルと同じくらい年季の入った椅子から立ち上がったわたしは、食器を手に取り台所へ持っていく
 
 わたしは食器類を流し台で洗いながらなおも考える。
 次に浮かんだのは友達と遊びに行くこと。でも、昨日の事が正直軽いトラウマになった……わたしの軽率な発言でまた、誰かの地雷を踏んでしまうかも知れない……それが怖くなってしばらく友達と遊べないかも知れない……
 考えるのに夢中で、気づくとわたしは最後の皿を洗い終えていた。

 タオルで濡れた手を拭いたわたしは椅子に座って、スマホをいじりながら今日の予定を考える。深く考えるつれ、窓の外の小鳥達の声がどんどん小さくなっていく。

 しかし考えるにつれ、脳内で昨日の帰り道の、街頭の明かりに照らされたあの黒く塗りつぶされた表情が、貼りついた笑みが剥がれた瞬間がしつこくフラッシュバックする。これは呪いか……とまで言えるほど脳裏に鮮明に再生される。そう、「貼りついた」ように……

 ……気持ち悪い……

 負の感情が湧き立つたびにわたしはテーブルの上で頭を抱えて、昨日の記憶が綺麗に消える事を願って、「救われる」というご都合展開を無限回に望んでいた。

 ゴトッ

 何かの物音で我に帰る。いじっていた筈のスマホは小傷の付いた床に後ろ向きで落ちていた。

 わたしは駄目でどうしようもない自分に喝を入れる様に、漫画で挫折パートの主人公が立ち直るシーンの様にほっぺを叩く。

 ほっぺにじんわりした痛みを残し、これは何かのターニングポイントだろうと、わたしは適当な理由付けで椅子から立ち上がり落ちたスマホを拾う。幸いにも画面にヒビは入っていない。
 わたしは足に力を込め、母さんのように床を強く踏みしめて自分の部屋に行く。


  
 家でウジウジとネガティブな事を考えるのはもうやめよう。だって、考えたって仕方ない。後ろを向くよりわたしは前を向きたい。



 支度ができたので玄関で爪先を合わせて、
家から出る。さながら、堂々とレッドカーペットの上を歩く様に凛として前を向く。

 視界は開け、鮮明。見上げれば青々とした眩しいくらいの空が、決意したわたしの心を映す様で、何故だかちょっと今日はいい事が起きそうな気がしている。

 あの日、歪くんと会った次の日の朝もこんな気分だったのを思い出す。





 海沿いのコンクリート造りの無機質な釣り場には、色あせたキャップやら、サングラスを身につけた海の男達がクーラーボックスを椅子替わりに列をなして座っていた。構えた腕には高そうな釣竿が握られていて、その先にあるぷかぷか上へ下へと波に揺れるウキを静かに見つめていた。
  しかしその中に、パーカーから荒い赤毛を潮風にたなびかせた女子が、安物の釣り竿から垂らした糸に獲物がかかるのを待っていた。それはさながら標的が姿を現すのをじっと待つ狙撃手の様。眼光は鋭く今にも命を刈り取りそうなほど研ぎ澄まされていた。

 「やぁ、兵子ちゃん。また、来てたんか」

 一人の熟練の釣り人が親しみのある声をかける。女子はこの声は、とばかりに釣竿を握ったまま後ろを向く。

 「おう、おっさん。釣れてる?」

 「いや俺は今きたばかりだ……クーラーボックスが無いのを見ると、兵子ちゃんは相変わらずキャッチアンドリリース主義なんだねぇ」

 熟練の釣り人はそう言うと兵子のすぐ横に腰を落とすと、せっせとおんぼろの釣竿の針に餌を付けたりして釣りの準備をする。

 「そりゃあだって重いし、釣れたのを持って帰えんのめんどいしな」

 あくび混じりに言葉を返す兵子はひょいっと方向転換をすると再び獲物がかかるのを待った。

 「ははは。兵子ちゃんは高校生になってもめんどくさがりなんだね……あ、でも少し『女の子』になったね〜」

 和やかに笑う熟練の釣り人は釣り糸ではなく水平線の彼方を緩やかな目で見つめる。側から見たらまるで孫と叔父に見えるほどで、新顔の釣り人には時々間違えられるほどでもあった。

 「……別にいいだろ。アタシはアタシだ」

 兵子の一瞬ムッとした表情を見てまた熟練の釣り人は和やかに笑った。その後の二人には会話はなかったが黙々と楽しそうに釣りをするのだった。  
 思えばこの付き合いは小学校からだ……あの日の、親に嫌々連れてこられた釣りから始まった関係だ。俗に言う「腐れ縁」と言うヤツなのかと、海の彼方を見つめ兵子は心の中で静かに笑った。

 けど、「女の子になった」はいただけない。物心ついた時から「女の子」でいるつもりだ。ただ、ちょっとゲームが好きで、その影響で銃とか兵器が大好きなだけだ。女の子らしくかわいいモノだって好みだ。

 かわいい女の子とか…………

 頭上の青々とした空にはカモメ達が翔び交っていて、静寂の釣り場には甲高い鳴き声と静かな細波だけが響いていた。



 ジャージに半袖で鞄すら持たない軽装の少年は閑静な住宅街を歩いていた。足並みに迷いがなく、浮き足立って目的地へと向かっていた。

 「久しぶりだなぁ〜。『南崎中』」

 休日にまで母校に来た理由は別に恩師への感謝とか、高校生活の報告とかではない。所属していた部活の、今は廃部になってしまったサッカー部の後輩からの誘いだ。正門を通り抜け青い空が広がるグラウンドへと向かった。
 
 グラウンドには後輩達三人がすでに集まっていて、リフティングやサッカーボールを転がしたりしながら待っていた。
 後輩達は少年に気づくや否や三人同時に満面の笑みで手を振る。

 「あ!里壊せぇんぱぁぁぁい!ここでぇーす!」

 「久しぶりです!」

 「うわっ、なつっ!」
 
 後輩達の反応に里壊は少しだけ照れ臭そうに歯に噛み、全速力で駆け寄る。再会の喜びのあまりに他の事を考えれなくなって、無意識化の能力「理解できない」が発動してしまう。それにより里壊は地面を蹴るだけで物凄い風圧を作り出してしまい、校庭の植木の葉の半分が散ってしまう。
 駆け出してからコンマ何秒かで里壊は後輩達の目の前に風と共に現れる。背後に作り出された螺旋を描く何百枚の葉が、里壊の異質さを物語っていた。

 「あ!わりっ!怪我とかないか?」
 
 すぐに己がしでかした事を理解した里壊は、口を開けて茫然とする後輩達の安否を、「怪我をしてない事」を知っているのに確認する。そこには現役時代に自分を支えてきてくれた者達を無闇に驚かせてしまった事への謝罪と、常人とは違う自分を嫌いになって欲しくないエゴがあった。里壊の言葉で我に返った一人が口を開く。
              
 「す……すごいっスよ先輩!その動き…あの日の…!『最後の試合の時以来』っスよ!!」

 「え?」

 藪から棒な答えに困惑し、強張った表情になる。「最後の試合の時以来」と言う言葉に里壊は違和感を覚えた。
 いくら忘れっぽい自分でも、仲間との大切な思い出を忘れる筈が無い。いつだってそうやって生きてきた。だが、何故……自分の記憶の中にそれに該当する記憶どころか、かする記憶すら無い。一瞬立ちくらみがして、その場に膝をつく。

 「俺…俺は……」

 「おい、馬鹿っ!やめろ」

 「あ!す、すいません……先輩、忘れてください。なんでもないです……」

 「そ、それよりサッカーしましょうよ…!サッカー!」

 里壊の動揺に暗黙のルールを思い出した後輩達は慌てて話を逸らす。里壊は思い出してはいけないような気がして、後輩達の誘導に身を預ける様に乗った。
 しばらくニ対ニのゲーム形式などをしていて遊び疲れた四人は、いつも部活の時に座っていた校舎の日陰横に列をなして、思い出に浸って休んでいた。もちろん最後の試合の話は誰一人として口に出す事はなかった。

 「そういえば先輩、ちょっと雰囲気変わりました?」

 唐突に生真面目そうな後輩が訊く。里壊は頭をかきながら、そうか。と答える。

 「そうですよ!いつもなんか諦めが早かったのに、さっきのゲームで結構しつこくボール取りに行ってたじゃないですか!」

 調子者の後輩がはしゃぎながら言う。里壊は照れ臭そうに、

 「別にいいだろ。俺は俺だ」

 グラウンドの上に広がる空は青々と輝き、少年達に楽しかった頃の思い出をもう一度思い出させる。



 少年は朝から人を探していた。ある意味としては思い他人。しかも、複数。さらには、銃を精製したり無意識化だと強くなったり、自分や他人の「死」すらも歪ませる能力を持った、好奇心くすぐられるびっくり人間達。一度しか会った事が無いため取り敢えず彼らがいそうな場所を探していて、いつも持ち歩いている本を持っていく余裕はなかった。

 少年は彼らと運命の出会いを果たした「あの場所」を横目で覗く。だが案の定、そこに居るのはコンクリの隙間に巣食い、底の見えない大口を静かに開けた怪物。都会の創り出した魔物、「路地裏」。

 「こんなとこ、いるわけないか」

 覗く前から分かっていた。こんな薄気味悪いところにくるのは馬鹿しかいない。だが、不思議と此処には思い入れがあった。自分の無限の可能性を試せる実験台に会えたのだ。ときめかない馬鹿はいない。
 
 少年は次に彼らがいそうな場所にくり出そうと、方向転換をするといつの間か前方に自分を覆い隠すぐらいの壁ができていた。壁は魔改造長ランで腹には包帯を巻いていて、おわつら向きに髪型はリーゼントで自分の進行方向を塞ぐように、腕を組んで仁王立ちをしていた。

 ゆっくりとある程度警戒をしながら上を向く。後頭部からはみ出た太陽の光がその壁の表情に少しだけシルエットを作っていたが、少年を睨む二つの瞳は、まるで宿命の相手を見つめるようであった。
 
 こいつには見覚えがある。確か触れた対象を真っ二つに割るという、何も面白みのない能力の奴だ。名前はーーいや、どうでもいいか……自分の実験台にならない奴は興味が無い。
 少年は壁を右に避けて立ち去ろうとするとその壁は、野太い声と巨大で静止を呼びかける。

 「待ちな…!」

 無視するつもりだったが、何故か自然と足が止まった。まぁこの際だーーどうせ知らないと思うがあいつらの事を聞いてみるかと、少年は思いながら視線だけその壁に合わせる。

 「なんだ……馬鹿同士で群れるのはやめたのか…?」

 少年の挑発に眉を潜めたが壁はすぐには手を出さなかった。それをみて少しは利口になったなと少年は鼻で笑う。

 「あぁ。あいつらはよぉ…俺様の大事な手下である以前にダチだからよぉぉぉ…今からお前とおっぱじめる事には付き合わせらんねぇ………!」

 さながら敵討ちか。相手にはなってやる…と思ったがやめておこう。一度勝った相手と戦うのは何より無駄だ。あの歪な寝癖野郎と戦って十分わかっていた。少年はこの場を切り抜ける方法を考える………数秒の沈黙は少年によって破られる。
 
 「……悪かった」

 「はぁ!?」

 「お前から手をあげたとは言え、そもそもの原因はオレだ…悪かったな。じゃっ、オレ急いでるから」

 再び歩き出した少年を壁は目を丸くしたまま、慌てて塞ぐ。少年は再度立ち止まって壁を向くとなんだと、答えた。壁は調子を狂わされていろんな感情が一気に溢れ出す。

 「おいおい、どうしたよっ!昨日の威勢の良さはどこ行った!?あぁん!?かかってきてもらわねぇとっ……チッ……仕方ねぇ……今回はお前の反省に免じて見逃してやらぁ!あ〜あ丸くなりやがって!!」

 壁は何かを割り切ったのか、やけになって手払いをした。少年は振り向き様に今までには無い感情で言葉を返す。

 「別にいいだろ。オレはオレだ」

 摩天楼の隙間の澄み渡る青空は傾き始め、だんだんとゆっくりと「青」から「黄」に変わる準備をしていた。

 
 ーーーーーー
 

 日が落ちかけて辺りはすっかり黄昏色に染まっていた。わたしは水平線に沈む夕日を見ようと公園と隣接した浜辺に来ていた。
 中学生の頃は勉強に息詰まるといつも此処に来ていた。たいして思い出もないくせに……青春っぽい事には目が無くて、志望校である異能高校に入学できたら「友達」と行こうと思っていたことをしみじみ思い出す。

 夕日の茜色の輝きは海に一閃の煌きを映し出し、それに対比するように砂浜は陰りを帯びている。後ろを向くとわたしの影はその薄暗い砂浜に溶けようとしていた。
 前方の夕日は「未来」、背後の影は「過去」を表しているようで「過去」を乗り越えようとするわたしにはいつもよりドラマチックに観ることができた。

 
 異能高校に入学してからだいぶ月日が経っていたのをふと思い出す。母さん曰く青春は一瞬だと言うが、まさにその通り。しかもわたしの「青春」は普通の子とちょっと違って、“異能”なんていう人智を超えに超えた特殊能力を持った人達と関わるもんだから、中学校の頃から綿密に計画していた憧れの高校生活は、見事に水泡にきした………………

 と、最初の頃は思っていた。自分には無いものを持っていて自分より優れた者達を恨んでいた……平和主義を気取って、被害者面して心を一方的に閉ざしていた……

 開いたきっかけは歪くんだ。わたしと同じ理想を持っていた歪くんだ。
 それからわたしはいろいろな人に出会った。 まあ、大体はトラブルメイカーの歪くんの性だけど……でも今は、悪くなかったって心の底から言える。むしろ楽しかった。たくさん悩んで、たくさん怒って、たくさん笑ったーー

 カシャッ

 夕日を見て黄昏ていたわたしの背後から、カメラのシャッター音が聞こえた。振り返ってみるとそこには頭の右側に歪な寝癖をつけて、いつも通りの貼り付いた笑みを浮かべる歪くんがカメラを持って立っていた。
 突然の出来事に一瞬パニックになるが昨日みたいに、気まずくなるのはもうごめんと思ったわたしは勢いに任せて話を切り出してみる。

 「あ、あぁ、ひ、歪くん。なんかあれだね。私服そんな感じなんだね。なんか、あ、あれだね。制服の夏服みたいだねっ…………」

 視覚情報から私服の話題を振ってみたけど半分ーーいや結構ディスる結果になっちゃった。だ、だって、白シャツに黒のジーンズなんて夏服にしか見えないって……!どうしよう。歪くんぽかーんってしてるし……とりあえず別の話をっ…!

 「あ、あと、カメラっ…………………あれ?勝手に撮ったの?」
 
 「いやぁ…だっていい画になったし。ほら」

 歪くんはカメラの裏側をひよいっとわたしに見せる。裏側の液晶画面には黄昏に染まる空と茜の夕日、暗く沈んだ砂浜に佇む、どこか儚げな少女が立っていた。
 
 「すごい。綺麗………ってこれわたしか。自分のこと『綺麗』だなんてナルシストみたい…ちょっと恥ずかしいや」

 「恥じるこたぁないぜ平輪さん。自分に自信を持っていこうよ。それに平輪さんが自分のこと『綺麗』だなんて言うってことは、よっぽど僕のカメラの技術が良かったんだよ!つまり!不正はなかった!!」

 「…あ、うん」

 会話に急なアクセルを入れる歪くんは、極度に肩をすくめ、わたしが言うのもなんだが、恥ずかし気も無くナルシスト的に夕日に向かって叫ぶ。わたしはといえばそんな歪くんに苦笑して相槌を打つばかりだった。

 
 「あれ!?亜依!歪ぃ〜!」
 
 胸に英語がプリントされた半袖にオレンジのラインが入ったジャージの少年ーー近づいて里壊くんだと分かった。靴には砂埃がまばらについた。スポーツ帰りなのかな。
 
 「どうしたんだお前ら?こんなとこで」

 里壊くんが腰に手を添えて訊く。

 「わたしは……黄昏にきた感じかな。はは。なんか照れくさいな」

 「僕は写真を撮りきただけだよ。里壊は?」

 「俺は中学校のサッカー部の後輩とサッカーしてきた」

 「へぇ。お前サッカー部だったんだ」

 「お前も写真撮るのが趣味なんだな。ひねくれ者のお前が意外と芸術的でびっくりだよ」

 徐々に会話が弾みわたしの友達に対する(主に歪くんに対する)トラウマはやがて有耶無耶なものになる。歪くんも何事もなかったかのようにわたしに接するのでどんどん曖昧にその事実が歪み始める。この結果がよかったのかどうかは、わたしにもわからないがお互いがそれを望んでいるのならいいのだろう……



 怠惰に浸かった黒い思考が記憶の深層に沈んでいく。前を向く為には過去を忘れる事。黒を白で塗りつぶす事。そして「不幸」に対して盲目である事。それが事実上の幸せへの近道だとわたしの心が、墜ちていくわたし自身の耳元で囁き、誘う。この時、わたしは黒い手に抱かれ、誰に言われるでも無く自分の意思でまぶたを閉じる事にした。


 「ん?あの赤毛、兵子じゃね?」

 里壊くんが砂浜を歩く、釣竿を担いだ少女を指差す。少女の着た黒いパーカーのフードからは赤毛の荒い髪がはみ出ていて、波風にそれをたなびかせていた。赤毛で荒い髪ーー間違いない。兵子さんだ。気づいた兵子さんはこちらへ駆けてくる。

 「亜依ぃっ!」

 「わわっ!」

 大事そうに握っていた釣竿を放り投げて声を掛けた里壊くんそっちのけで、一直線にわたしに飛びついてきたのだ。あまりに急な出来事だったのでわたしはされるがまま兵子さんに抱き付かれる。

 「ちょっと、ひ、兵子さん!?」

 兵子さんの赤毛の荒い髪が横の頬に当たる。質感はやはりボサボサな感じの荒いもので、少しだけ海の香りがした。
 わたしは気恥ずかしさに兵子さんを押し出した。

 「あ、すまん。亜依の私服見たらついテンション上がって……悪かった……私服そんな感じなんだ。カジュアルな感じでかわいい…おしゃれさんなんだ」

 「あ、うん。ありがとう。気にしないで。」

 両手を小さく小刻みに振って「大丈夫」だという意図を伝える。抱きつかれたことにはびっくりしたが気分は害してない。少しだけ、心地いいものを感じたし…
 兵子さんも顔を赤くして両手を背後に隠し、もじもじと遊ばせていた。本人が言う通り一瞬の感情に流されただけなのだろう……きっと。日常系漫画でもあるやつだ。ほら、女の子同士が挨拶側にするやつ…それに近いやつだよ……きっと……

 「おいおい。挨拶すらもろくにできねぇのかよ。将来が危ぶまれ………グブホォッ!!」

 兵子さんは腕ほどの長さがある銃を精製すると銃口の部分を握りしめ、したり顔で肩をすくめた煽り口調の歪くんに殺意のこもった瞳で、顔面目掛けてフルスイングをかます。打たれた歪くんは鈍い音を立てながら、くるりと一回して真っ逆さまに砂浜に顔を沈める。

 「里壊」

 兵子さんが歪くんの亡骸を死んだ魚の目で見つめ、乾いた声で里壊くんをノールックで呼ぶ。里壊くんは唐突に呼ばれたので吃った形で返答する。

 「な、なんだ…?」

 「少し早めの『スイカ割り』しないか?」

 「は…?」

 不適すぎる笑みを浮かべた兵子さんは里壊くんの方を振り返り、歪くんの亡骸を指差す。

 「そこにコイツが入るぐらいの穴掘れ」

 「だから、は!?」

 「いいから掘れ!」

 「…お、おう…」

 言われるがままに里壊くんは兵子さんの精製したシャベルを受け取り、暗がりの砂浜に全力で穴を掘り始める。兵子さんに強く言われた性か「理解できない」が発動し、見るもたちまち歪くん一人が入れそうな穴が出来上がる。
 出来上がった穴に兵子さんは歪くんの亡骸を埋めると、手についた砂埃を軽く叩いて払った。

 「んはぁっ!?あ〜、クソ痛かった……ってあり?僕、こんな背低かったぁ?いやお前らが大きくなった………なあんてそんな不思議の国のなにがしみたいな事あるわけないかー!…………おい、これどういう事だ」
 
 暗がりの砂浜に首から下をすっぽり埋められても歪くん節は止まらない。生首のままハイテンションで喋られるものだから不気味でしょうがない。と言うか、なかなかシュールなものだ。

 「じゃあこの口うるさい『スイカ』を最初に割るのはアタシからだなーいくぞーそれー」

 「へいへいへい!!あくまでこれが、このリンチに近い状況が仮に『スイカ割り』というのなら目隠しとか叩く棒を木の棒にするとかして公式のルールに則ってやろうぜ!?」

 「知るかっ」

 「グヘエアッ!!」

 「「うわ」」

 兵子さんは振り下ろしたシャベルで歪くんの頭をかち割る。直後、歪くんの頭部からまるでスイカの果汁の様に見えなくもない赤い液体が兵子さんの服に飛び散る。幸いにも?兵子さんの服は黒いパーカーなので服についた血は目立つことはなかった。
 わたしと里壊くんはその凄惨な修羅場に顔を歪ませるしかできなかった。数秒で歪くんは元に戻る。

 「え?酷くない?酷くない?能力で元に戻ると言っても『痛かった記憶』は覚えてるのだぜ?もうちょっと加減するとかさぁ……」

 「そうか仕方ないな。じゃあもう一回アタシが望みどおり『加減して』殺ってやんよ」

 「待って!待って!僕が言いたいのはそもそもやめろって話っ………」

 「それっ」

 「グッハァッ!!!」

 また歪くんの頭蓋にシャベルが突き刺さり、噴水のように噴き出た血液が暗がりの砂浜にぼたぼたと侵すようにまばらに落ちていく。

 兵子さんは歪くんを痛ぶるのに満足したのか頭蓋に突き刺さったシャベルを抜き肩に担ぐ。シャベルの先には暗がりのからでも見えるほどたっぷりと歪くんの血がついていた。

 「ふぅ。『スイカ割り』もなかなか楽しいもんだな。亜依も殺る?」

 兵子さんが血の着いたシャベルを不気味なくらい優しすぎる声で差し出す。わたしは苦笑いをして兵子さんの誘いを丁重に断る。いくらなんでもグロ過ぎるし…

 「わ、わたしは別にいいかな………歪くんも痛がってるしそろそろやめてあげようよ」

 「亜依がそう言うなら…」

 兵子さんは掌の上のシャベルを分解する。シャベルから設計図の思念体が空中に散らばっていきやがて形を無くしていく。

 
 「見つけた」
 
 突然背後から聞き覚えのあるドライな声して、みんなは身構えるように振り返る。

 暗がりの砂浜は夕日から遠のくにつれーー光から目を背けるにつれ影のグラデーションは黒く深くなって、まるで黒い霧が立ち込めるみたいに暗闇が広がっていた。すると、暗闇の向こうからジャケットを着てデニムのジーンズを履いた癖っ毛の少年が首を解しながら歩いてくる。みんなもいっそう警戒を研ぎ澄ませていた。

 「お前らを見つけるのに半日以上掛かった。だが、成果はあったな」

 薄明かりに照らされ、声の主である少年が姿を表す。いや、声を聞いた時点で姿を見ずともすでに誰かは分かっていた……

 原子を操るという、根本的に狂気的で狂愕で最狂の能力を持った彼ーー本原 素澄。
 一度倒したとは言え、その強さは身をもって体験している…たった一人で三人の異能持ちを捌けるだけの能力のスペック、状況判断能力を持った今まで出会ってきた強敵中の狂敵。今更恐れてはいないがーー

 こんないい日には会いたくなかった……

 「何の用だ」

 「まさかリベンジか?それじゃああっちの『スイカ』と変わらないな」

 里壊くんはいつでも蹴り掛かれる態勢になり、兵子さんの手にはごてごてにオプションの付いた銃が握られていて、首だけ出た歪くん(スイカ)は砂浜に顔を埋めていた。

 「『スイカ』…あぁ、征上 歪の事か。あいつはもういい。たかだか改変能力を持っているだけの雑魚に興味は無い。一度戦ったら分かる。現にお前らが倒せてるだろ」

 本原は無表情で話を進める。最初会った時にあれだけ歪くんに興味を持っていたのにもう飽きてしまっていた。

 「そうだ用件だったな…単刀直入に言う。お前らに興味が湧いた。よってオレは今からお前らと行動を共にする。反論は求めない。オレはオレのやりたいようにする」

 本原の発言に一瞬思考が停止する。これは彼なりの冗談なのか……いや、そんな筈は無い。冗談を言う感じには思えない…となるとこれが彼の本心という事になる。
 わたしは本原の意を確かめるべく恐る恐る探りを入れてみる。

 「それってつまり…わたし達と友達になりたいって事?」

 「…形はどうでもいい。オレはお前らの“異能”について詳しく知れればそれでいい」

 ドライだが冷たくはない言葉。単調だが抑揚がないわけでもない声のトーン…本原は嘘を言っている訳ではないようだ。わたしはホッとして里壊くん、兵子さんにアイコンタクトで警戒を解いてもらう。

 「チッ…言っておくが、アタシはアンタを許したわけじゃないからな。また変な行動しやがったらあそこの『スイカ』と同じめに………って、あれ?」

 兵子さんの表情が強張る。さっきまであった筈の「スイカ」ーー歪くんの姿どころか、埋めていた穴自体が消えていたのだ。

 「呼ばれて飛び出てヒズミミ〜ンッ!!どうも季節を間違えた『スイカ』こと、主人公オブ主人公、征上 歪くんでぇっすっ☆」

 突如として素澄くんの背後から履いでるように歪くんが出てきて、見てるこっちがうざったくなるぐらいに素澄くんの肩を何度も小突き、不気味に首を縦横無尽に振りながら奇声を上げての復活を遂げる。

 しかし素澄くんは表情ひとつ変えず、加減が一切されていない腹パンを入れる。

 「うるさい」

 「っふぅっ!」

 腹部に痛恨の一撃。よろける歪くんだが、表情には不敵な笑みが貼りついて、腹部を抑えながら小指で素澄くんに指を指し、まるで悪役が主人公に衝撃の真実を告げるかのように叫ぶ。

 「今のうちにクールキャラを楽しんでおけ……お前はどうあれ負けてんだ。いいか、『敗者』の末路はなぁ、結果っ、ギャグキャラに落ち着くをだよぉぉぉぉぉ!!ブゥアッハハハハハァッ!」

 少しキョトンとする素澄くんに里壊くんは呆れ顔で気にするな、と呟く。何気に素澄くんの困り顔を初めて見た瞬間であった。

 歪くんの性で変な空気になって数秒の沈黙が満ちるが、素澄くんの携帯の着信音でヒビが入る。
 着信音が鳴ると素澄くんはすぐさま携帯を取り出し、画面を横に傾けると何かに取り憑かれたかのように神妙な顔つきで画面を見つめる。

 「どうしたの?」

 「静かにしろ」

 「テメッ!亜依に向かって…」

 「静かにしろ。聴こえないっ」

 「『聴こえない』って…緊急ニュース…あ!『ブレイブマン』!」

 わたしは素澄くんの画面を覗く。


 「ブレイブマン」ーー燻銀の未来的な装甲を身に纏い、燃えるような紅いスカーフをたなびかせ、うさぎのような長い耳のヘッドギアが特徴的で、真紅のバイザーに隠した素顔から覗かせる鋭い視線は犯人を威圧させるーー

         ヒーロー
 巷で噂の正体不明の英雄。

 そのアメコミから抜け出たような風貌もさることながら彼は人並み外れた身体能力を有しており、まるでハリウッド映画さながらの救出劇や犯人との戦闘が人気となり急激にメディアやSNSなどから取り上げられ、今やニュースで見ない日は無い程となっている。ネットでも様々な考察が飛び交っていて、度々収集がつかなくなってしまう程、激論になってしまったりする。
 
 ちょうど今もマンションの火事を訊きつけ、現場に到着したところだった。
 マンションの脇の歩道には多くの野次馬や報道者、応急処置を受けるマンションの住民も居た。
 
 歩道沿いのベランダの窓という窓からは、黒煙がもくもくと上がっていて、出火元と思われる7階の窓は、すりガラス越しからでも解るほどに夕焼けと同じ色の炎が生き物のように揺れていた。
 レポーターによるとつい先ほどブレイブマンが取り残された住人を助け出すべく、炎が燃え盛るマンションへと入っていったようだった。

 周りの野次馬、避難した住人がブレイブマンの無事と救助者の無事を固唾を飲んで見守るなか、切なる願いと淡い希望はたったひとつの爆音で虚しくも打ち砕かれる。

 ドカンッ!

 割れるような爆音が鳴るのと同時に、灰色の何かが飛んできて、カメラが大きく揺れる。
カメラマンが転んだのか、レポーターがマイク片手にカメラに向かって手を伸ばすと、分厚い手が伸びてきてその手を掴む。起き上がったカメラが捉えたのは、悍しいほど煤がこびりついたベランダの柵とーー

 一面夕焼け色の炎に染まる7階のベランダの、絶望的な景色だった。

 絶望後、沈黙。画面越しのわたしもーーこの事件とまったく関わりの無いわたしでさえも、
その悲惨さが伝わってきて胸が締め付けられる。

 〈《勇気奥義》ブレイブフィニッシュッ!〉

 突如として7階のベランダの炎が一閃の紅の元、空中へ四散する。そしてカメラには紅いスカーフをたなびかせ、男の子を抱えた一人の、誉ある英雄の姿が頭上に映えていた。

 煤まみれの燻銀の装甲、紅いのスカーフ、真紅のバイザー、長い耳のヘッドギアーー
 間違いない、ブレイブマンだ。
 
 しかしながら、いくら英雄であってもスーパーマンみたいな飛行能力は無いようで、やがて自由落下を始めるのだった。
 
 ドスンッ
 
 鈍い地鳴りと共にブレイブマンが男の子を両手に抱え着地する。足元の窪みとひび割れ、そして脚部の装甲の損傷具合からどれほどの衝撃か画面越しからでも伝わってくる。

 〈え…あ、あの……〉

 〈あ、待って、着地ミスって脚、ジーンってなってるから、おさまるまで、待って…〉

 壮絶な救出後を見せておいて、発した第一声がなんともまあ気の抜けた震え声……助け出している時はあんなにカッコ良かったのに拍子抜けだ。レポーターも手持ち無沙汰にカメラにチラチラと視線を泳がす。

 パチ、パチ、パチパチーーパチパチパチ!!

 まばらな拍手はやがて共鳴し大喝采へと変わる。けど喝采を浴びている英雄はなんだか少しだけ頼りない感じだが、こういう愛嬌のある感じが人気の理由の一つなのだろうと、わたしは安心して微笑む。
 
 脚の痺れがおさまったのかブレイブマンは男の子を地面に下ろしてあげた。男の子は一目散に母親なのだろうか、同じく煤まみれの女性に抱きつく。母親は感無量の涙を流し、男の子の名前を何度も叫んだ。
 その後、救急車が到着し、母親と男の子は病院へと運ばれていった。
 レポーターが救急車を見送ると呼吸を整え、現場から立ち去ろうとするブレイブマンにマイクを傾ける。

 〈いやぁ〜…見事な救出劇でした、ブレイブマン!お疲れのところ恐縮ですが、インタビュー宜しいでしょうか?〉

 カメラが捉えるブレイブマンは煤塗れで、装甲のあちらこちらが摩耗していて、首元のスカーフの先も焦げ目が付いていた。明らかに体力を消耗しているはずなのに、レポーターに親身な対応で答える。

 〈ええ〉

 〈ではお訊きします。何故貴方はこんな危険を冒してまで人を助けたいと思うのですか?〉

 〈どうもこうも、俺…あ、私は人を助けずにはいられない性分でね。手が届くならーーいや届かないとしても助けを求める声があれば、全身全霊を持って、この身が果てようとも、全力で助け出すと決めているんだ〉

 〈…なるほど…〉

 ブレイブマンは質問を自分の拳を見ながら答える。レポーターはそんな英雄の姿に光を見るように静かに相槌を打つ。

 〈すまないが私はこれで〉

 〈ああ、はい。ありがとうございました。今後の活動に期待しています!〉

 笑顔で手を振る大衆にブレイブマンも大振りに手を振り返し、先ほど見せた人間技とは思えないジャンプでビルとビルを飛び交い、やがて摩天楼へと消えていく。その後はレポーターが手短にコメントをして、さよならのあいさつで配信は終了する。

 余談だが事故の原因はガス管の老朽化で、そこからガス が漏れて引火を引き起こしたらしい。マンションの住民は全員無事で事なきを得たそうだ。

 
 素澄くんは配信が終わると画面を暗くし携帯をポケットしまう。わたしはと言えば、ドキドキ高鳴る気持ちが抑えきれなくなっていた。

 「やっぱカッコいいねっ!わたし今世紀最大にドキドキしてる!」

 「だろうな。オレもこいつを観た時は心拍数が上がりすぎて困った」

 「……アンタは研究対象としてだろ…マッドサイエンティストが」

 「俺は亜依の言ってる事わかるなぁ。ブレイブマンのスーツのデザイン、俺、スゲー好き」

 「だよね!?」

 「うお。びっくりした」

 「あはは、ごめん。つい、熱が入っちゃって…」
 
 ーーーーーー

 わたし、兵子さん、素澄くん、里懐くんでブレイブマンの考察を日が暮れても夢中でする。話が盛り上がるにつれわたしのブレイブマンに対する興味は、最近読んでいるどの漫画よりも最高潮に達していた。
 ネット上でも考察が次々と飛び交うのは、ブレイブマンの謎が多すぎる為なのだろう。
 唯一解っている事は身長は180くらいで、言動から特撮ヒーロー物のファンであること、どんな絶望的状況でも助け出してしまうこと、そして何よりーー

 絶対に諦めないことーー

 わたしとしてはこれが一番の人気の理由だと考えている。ネットの理由もこの意見がほとんどだ。だって「絶対に諦めない」って王道漫画の主人公ぽくて、すっごくカッコイイ!


      
 「そうやって君達は偶像に縋るんだ」

 たった一言の、心の無い言葉で会話は完全に歪曲する。視線は嫌悪一色に表情を歪ませた、歪くんに注がれる。いつになく重く、張り付いた声で威圧されたーーというよりかは気味が悪すぎてーーいやむしろ気持ち悪すぎて言い返すことができず、みんなは一斉に黙り込む。 

 「昔話だってそうだ。自分にできないからって都合のいい偶像をみーんなで作って、幸不幸ぜーんぶソレに押し付けるんだぁ…くっだらねったらありゃしねぇッ!…だけど安心して。そんな滑稽な君達はただ強い光に惑わされ、歪められただけなんだよ。例えるなら、そう、街灯の光に群がった虫のように……ってベタだったね」

 歪くんはわたし達を背に、黒い波が流れる海に向かって歩きながら、大袈裟な身振り手振りで演技がましい口調で自論を語り、手のひらを星が小さく光る夜空にかざすと、貼り付いた笑みで肩をすくめる。
 顔が戻ると同時に歪くん中心に広がっていた気持ちの悪い空気も、フィルムが替わるように途端に元に戻る。
 最初に口が開いたのはわたしだった。

 「……その『光』って…………」

 「どうだろうねぇ?平輪さんのご想像に任せるよ。でも、どうして知りたいって言うなら…………」

 「話の腰を折るなッ!」

 話の腰を折られ気分を害した兵子さんが、歪くんの背後から銃撃で攻撃を仕掛けたが、歪くんはひらりぬるりと不気味にかわし、下手のウィンクをして挑発する。

 「おっと、その攻撃は流石の僕でも学習してるぜ」
 
 「チッ。クソ野郎が…アンチも大概にしろ。せっかく亜依が楽しそうに話してたのに……!生きて帰れると思うなよ!?」

 「兵子やめろ。歪も空気読んで謝れ」

 悪化する現状に嫌気が差した里懐くんは二人を宥めようとするが、エゴイストでナルシストである歪くんが当然応じるわけもなく、怒りっぽい兵子さんの怒りも収まることもなかった。

 が、次に攻撃を仕掛けたのは珍しく、いつでもカウンター思考の歪くんだった。歪くんは両手にシャープペンシルを出現させると、兵子さんに飛びかかる。これまた珍しく直接攻撃。いつもは遠距離から鋭利なものを貼りつけての攻撃なのに……今日の歪くんはいつにもなく感情的だ。
 
 「歪んで…歪め!ーー…………っ!?」

 歪くんは急に喉元を押さえると嗚咽を走らせ、その場に膝をつき足をバタバタさせながらうずくまる。この挙動に見覚えがあった。この中で唯一歪くんを無力化できる素澄くんの“異能”「狂原師」の酸素を操る能力だ。
 
 「本原……一応、礼は言っておく…」

 「別にお前の為じゃない。うるさいから息の根を止めようとしてるだけだ」

 素澄くんは暗闇の砂浜で無様にもがく歪くんを見つめ、右手で空を掴むとあたかも歪くんの首を絞めていくみたいに閉じていく。わたしは慌ててそれを止めようとする。

 「わわわ。素澄くん!ストップ!ストップ!歪くんが死んじゃうよ!」

 「『死ぬ』って別に大丈夫だろ。こいつは何度でも復活できるんだろ?それに、こういうのが初めてじゃないはずだ。どうせ本人も慣れてるだろ」

 なんて暴論。しかし、それに言い返せない。兵子さんの時だって止められていない……わたしは何もできない……「必ず蘇る」という現実を目にしてるから、歪くんの死に対して価値を見出せないでいるのも事実で、何度か見殺しにしているわたしに咎める権利も、やめさせる権利もない……
 素澄くんが狂気的に冷酷に静々と握りしめていくにつれ、歪くんの動きが鈍くなっていく。

 「もういいだろ。確かに歪が悪いがやりすぎだ。俺らと友達になったなら、もっと友達を大事にしろよ。兵子お前もな」

 「うっ……」

 里懐くんは素澄くんの腕を掴み、鋭い目線で静止を呼びかける。素澄くんがうざったそうにその手を振り解くと、歪くんも咳き込みながら起き上がる。兵子さんはバツが悪そう。
 起き上がった歪くんは、能力で綺麗なままなはずなのに服について汚れをはたくしぐさをして、

 「ふん…今日ところはこのくらいにしといてやるよ…」

 「「「どの口が言うんだよ」」」

 性懲りもなく主人公とは程遠い小物のセリフを言うのだった。みんなは口を揃えて漫画みたいなツッコミを入れるのだった。

 「あ、もうこんな時間」

 「そろそろ帰るか」

 「あぁ…うん…」

 「そうだな」

 「みーとぅー」

 「なら、せっかくだし、途中まで一緒に帰ろ!」

 「いいよぉ」
 「あぁ」
 「亜依が言うならどこまでも!」
 「…しかたないか」

 日が落ちて夜の色に塗りつぶされた浜辺で、わたし達は思い思いの話をして帰る。頭上の夜空は星々が煌き、輝いていた。この星々はきっと街中みたいな強い光の前ーーあ、違うかーー上じゃあ霞んでしまって輝けないんだなあ、と思いながら黒い浜辺を歩いて行く。
 
 夜道はこの年になっても正直怖い。でも、星の煌めきの下でならーーみんなと一緒なら何が来たって怖くないんだって心の底から思う。

 特別な力があるからとかそんなのじゃない。だってそんな力がなくたって、みんなは強い。それをわたしが一番知っている。

 決して諦めない歪くんが居て、
 真っ直ぐな里懐くんが居て、
 友達の為なら必死になれる兵子さんが居て、
 出会いは最悪であれ、素澄くんだっていいところがいっぱいあるはず。

 歪くんの「光」についての発言にはまだ疑念とかが残るけど、きっとわかり合える日がくるって思ってる。

 みんながみんなそれぞれの志があって、アイデンティティがある最高の友達。
 みんなとなら世界のひとつやふたつ救えるって本気で思ってる。

 


 わたし達の物語はいつか「終わり」がきてしまう。けどーー




 その時までずっと一緒にいようね。みんな。

Distortionな歪くん 13.4 
「あくびとエピローグ」 完

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