Distortionな歪くん

Sia

Distortionな歪くん 13 「最終回は大抵ラストにopが流れます」

Distortionな歪くん 13 
「最終回は大抵ラストにopが流れます」


 わたしは力を込めて叫んだ。

 「みんな!あの人、本原には大きな『弱点』がある!!」

 みんなは一斉に驚いた表情で振り向いた。

 「亜依。『弱点」って……?まさか見つけたのか?」

 兵子さんがわたしに「弱点」の事を訊くのと同時に、持っていた銃から電子的な設計図の思念体が抜け落ちると、銃はやがて形を失い塵になって完全に跡形もなく分解された。
 わたしは兵子さんに深く頷くと、

 「…うん。本原の“異能”は、『能力を発動させる度に体力を消耗する』んだよ。現に使う度に息切れしてたし。そして、体力のキャパを超えると今度は『命を削り始める』んだと思う……多分…」

 わたしは最後の最後で推測が不安になって、震え声であやふやな感じにしてしまう。わたしの弱い所だ…(もっと自信を持て!わたし!)

 「なるほどな…荒い息とあの血管の浮かび様はその為だったのか……よく見たら、なんか、グロいな…」

 里壊くんはバックステップでプラズマの槍を避けながら戻ってくると、本原とそう遠く無いところでプラズマの槍が来なくなった。射程外なのか……

 「『命を削って発動する能力』ねぇ……漫画で言うとこの、二番目ぐらいに人気でる奴の能力っぽいなぁ…」

 歪くんはぬけぬけと、あたかも自分も戦ってたみたい風に歩いてきた。二人はそんな歪くんにため息を吐く。

 「…じゃあどうすんだ。いささか卑怯だけど、本原のガス欠でも待つか?」

 「『待つ』ってどうやって?あのバーサーカーが詰め寄ってきたら終わりだぜ?その辺わかってる?」

 歪くんは自分の頭に指を何回も突き立て、兵子さんに憎たらしく話す。兵子さんは舌打ちをするが、言い返すだけ無駄と思ったのか、静かに口を閉じた。

 「ならどうすんだ。お前は何か考えてんのか?」

 兵子さんの代わりに里壊くんが、人を小馬鹿にしたような表情の歪くんに訊く。

 「んなもん、自分で考えろっ!」

 「…」

 人の案に難癖を付けておきながら何も考えず、挙げ句の果てに逆ギレする愚者にたいして、里壊くんは何か言い返そうとしたが、ふと、何かに気づいて前に向かって構えた。

 「話はここまでみたいだな…」

 前を向くと、怒り狂う本原がすぐそこまで来ていた。兵子さんも気づいて、手のひらに設計図の思念体を重ねて銃を精製すると、戦闘態勢に入った。

 「狂ガオマエラの命日ダ」

 「わぉ!出来上がってるぅ!」

 「どうするっ…!?」

 「やるしかないだろ…アタシが援護するアンタは……とりあえず、突っ込めっ!」

 「は!?死ねるぞ、俺!」

 兵子さんは里壊くんに顎で指示を出すが、当然そんな指示は飲み込めない。

 「大丈夫さ!お前が黒焦げになろうと、八つ裂きになろうと僕の心は痛まないし、何度でお前が嫌だと言っても戻してやるからよ!」

 「お前人間じゃねぇよ…」

 歪くんは兵子さんの指示に便乗して、里壊くんの肩に手を置いての人で無しの発言をする。里壊くんはため息をつくと、仕方ないとばかりに拳を打ち鳴らして、

 「しゃあねぇ。やってやんよ!どうなっても知らんがなぁ!!!」

 地面がへこみほどの踏み込みをして、普通の人間とは思えないくらいの速さで、本原に向かっていく。
 本原は一番の脅威でもある、里壊くんを近づけさせないようにと、無数のプラズマの槍を里壊くんめがけて飛ばす。

 「性懲リモ無ク突ッ込ンデクルトハ…!!」

 「へっ!お前には分かんねーだろうな!」

 里壊くんは物凄い速さで飛び交うプラズマの槍を、壁などを使って、縦横無尽に避ける。しかも、さっきよりも格段にスピードが上がってる……
 この現象は一体……

 里壊くんの謎のパワーアップを解くべく、わたしはメガネに手を添えてジッと里壊くんに視線を向ける。
 (朝なんか怪しいもの食べてたっけ?歪くんを吹っ飛ばした時と似てる?ドーピング?春休みに暇だから筋トレしてたって言ってたけど?選ばれた力が発現したとか?)



 しかし難問であるほど、案外、実は簡単に答えがでる。

 「ははぁ〜ん。ありゃあ『自分の限界が分からなかった』んだな」

 得意げに額に手を当てて里壊くんを見つめる、兵子さんの優しい声でわたしは我に帰る。
 
 「『自分の限界が分からなかった』って……まさか!『理解できない』の対象内なの!」

 驚くわたしに兵子さんは小さく笑って、

 「あぁ。アイツ今、アタシらと本原を倒す事だけを考えてやがる。他の事なんて考えちゃあいないのさ……言ってみりゃあれだな、スポーツ選手のゾーン状態の様なアレだ」

 これで里壊くんの謎が解けた。あの骨をも砕く蹴りも、今の足の速さも、全部“異能”「理解できない」の能力で『自分の限界が分からなかった』からなんだ。最初に会った時に歪くんをパンチ一つで吹っ飛ばした時も、この効果が発動してたなのだろう。

 でも、この事は里壊くんには黙っておこう。里壊くんの『自分の知らない力』として、これからもきっと役に立つからだ。

 わたしは両手を胸元で結んで、里壊くんへの期待と無事を祈った。


 

 「グッ!…ハァ、ハァ、ハァ…イツマデ避ケレルカナ!?」

 本原は学生服がシワクチャになるほど、強く胸を抑えて荒い呼吸をする。もう限界の筈だ……
 もし命が尽きても「歪む現実」で元の状態に戻せるかもしれないが、捻くれた歪くんが戻してくれるかわからない……

 それにたったひとつしか無い命を、生命の火を、自分から吹き消して欲しくない……こう思うのは単に、わたしが人が傷つくのを見たくないだけ……わたしの綺麗事だ、わたしのエゴだ。
 だからこそ、わたしもこの戦いに立って、本原の狂乱を止めないと…!

 わたしは目を閉じて外界から自分を遮断すると、脳内にもう一度アクセスしようとする。
 外界の音、風、匂いは、ボリュームのつまみを回すように小さくなって消えていく。

 ーー

 もう一つ、本原の弱点が見えそうな気がしている。何か引っかかる所があった筈だ……
 わたしは記憶に飛び込んだ。次々に関連するワードが横横切る。

 本原 素澄、狂気、「狂原師」、原子を操る、荒い呼吸、原子をプラズマに変える、《タケミカヅチ》、プラズマーー

 リセット…

 さらに一番引っかかった、「リセット」と言う言葉に飛び込むと、記憶に潜るにつれて関連する映像がわたしを横切る。

 (あー。リセットされちまった…)

 (はぁ、はぁ、はぁ…オレの本をーー痛っ!…手ガ折れテ、やがル…原子の配置までリセットされチマった…はぁ、はぁ……お前ェ…殺ス…!!!)

 この瞬間、まるで世界が静寂に包まれ、パズルのピースをはめ込む音だけが響きわたる様に、本原のパズルのラストピースが埋まった。

ーー

 「……ーッ!クソッ!プラズマのせいでコイツに攻撃は遠らねぇッ!」

次第に外界の音、風、匂い、が元に戻っていき、兵子さんの苛立った怒鳴り声と、銃の連続した発砲音で、馬鹿みたいに口を半開きにして、

 「…解けた」

 無意識で発せられた自分の声でわたしは目を開ける。兵子さんだけがわたしの声に気づいて、張り付いた険しい表情で振り向いた。

 「どうした?『解けた』って…」

 「あ、ごめん。突飛押しも無く……『解けた』って言うのは、本原の『弱点』の事だよ」

 「『弱点』って!…まだあったのか!?」

 「うん…本原の原子を操る能力は、何かの衝撃を受ける時、つまりは攻撃を受けた時に一度、力が『リセット』されて一時的に能力を使えなくなるんだ!」

 わたしの言葉を聞いた兵子さんの目に、希望の光が宿る。そして、張り付いた緊張感のある表情は柔らいだ。

 「でかした亜依ッ!流石アタシの亜依ッ!」

 「わっ!ちょっ!兵子さんは、恥ずかしいよ……て、痛!」

 兵子さんがまるで絞め技をするように、わたしに勢いよく抱きついてきて、わたしの背中を力強くバシバシと叩く。これは、よくやった!…みたいな意味があるんだろうけど、背骨が悲鳴を上げている…

 「まぁ、読者サービスはそれくらいにして、本原にどう攻撃を与えるか考えよっかぁ」

 歪くんはグッドタイミングなのか、バットタイミングなのかわからない所で、わたしと兵子さんに肩をすくめるいつものポーズで訊く。

 「チッ…いいところだったのに…」

 (褒められながら拷問を受けた……)

 兵子さんはわたしから名残惜しそうに手を離し、舌打ち混じりにそっぽを向いた。

 わたしは自分を落ち着かせて本題に入る。

 「うーん…どうやって攻撃を与えるか…」

 「銃はてんでダメそうだ。プラズマで焼かれる」

 兵子さんは首を横に振りながら、眉をへの字にして話す。

 「そもそも、里壊くんも攻撃を避けるのが精一杯で、近づけて無いし…」

 わたし達は攻守一体の本原の《タケミカヅチ》の前に息詰まる。
 答えが出てるのにそれに繋げるプロセスが見つからないのは、実に歯痒い話だ……

 「だねぇ……どっかにそういうプラズマをすり抜けれる攻撃できる、ご都合主義の塊みたいな能力持った奴いねぇかなぁ…?」

 「オマエじゃん」

 顎に手を当ててわざとらしく話す歪くんに、兵子さんは苛立った表情で言う。

 「え!?僕みたいな奴がそんな『俺最強系』みたいな能力な訳ないじゃん!見たからわかるだろ?僕の攻撃方法なんてせいぜい、『鋭利な物を相手に貼り付ける』とかしかできないぜ?……ま、どちらにしろ僕はやらないけどね」

 歪くんは予想通りに頑なに断る。わたしもだんだんと苛立ってくるが、今は抑えて歪くんの好きそうな事を言う。

 「そんな事言わずにさ、ほら、この劣勢な状況をひっくり返したら『主人公』っぽいでしょ!」

 「…確かにそうだねぇ」

 食いついた。やっぱり歪くんは『主人公』の話題に弱い。わたしは兵子さんに目配せをする。

 「亜依の言う通りだな…アタシからも頼む!こんな絶望的な状況をひっくり返したらせるのはアンタみたいな『主人公』しかいない」

 歪くんは満更でもなさそうになって、

 「も〜。仕方ないなぁ!存在意義がそこにあって、クラップハンズが聞けるなら、負けないように戦ってやるぜ!!!」
 
 「わ、わぁーカッコイイ(棒)」

 「さ、流石『主人公』だぁー(棒)」

 有頂天になった歪くんは足をクロスさせながら、内股でガッツポーズをとった。

 「ガンバリュ!」

 わたし達の棒読みのエールすら鵜呑みにして、歪くんは走り出す。
 まったく、気分屋すぎる。歪くんの煩悩の数はきっと百八つ以上あるんだろうなと、わたしは苦笑いした。

 「うぉぉぉぉぉ!」

 「雑魚ガマタ来ヤガッタ!」

 走ってくる歪くんに本原は煩わしそうに、飛んできた小蝿を叩き潰そうとする目で、里壊くんを攻撃していた数本のプラズマの槍を、歪くんに向かわせる。

 「プラズマなんて、君さえ見えてれば攻撃はできるんだよっ!歪め!」

 「ムダダァッ!」

 歪くんはプラズマの合間に見える本原に向かって、ありったけのシャーペンやコンパスなどの鋭利な物を、槍に胴体やら頭やらを貫かれ、黒焦げになりながらもなおもめげずに、
貼り付けて攻撃しようとしたが、腕を硬化されて弾かれる。
 
「あ、硬化できんの忘れてた…」

 「オマエかラ死ーー」

 本原が拳を構えての攻撃のモーションをする。
 このままじゃ歪くんが……(いや、まぁ、また立ち上がるんだろうけど…)

 
 
 「気ぃ取られてんじゃねぇよッ!!」

 歪くんの攻撃を弾いた隙に里壊くんは、壁キックの反動を利用して、スピードと破壊力の備わった必殺の一撃を拳に宿す。
 本原は歪くんのお陰で反応が遅れた…!いける…!

 「今だッ!殺れッ!里壊!!」

 兵子さんも声を張り上げる。



 あの拳に勝利が詰まってる…!みんなが積み重ねてきた勝利が…!

 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 「クッ!?シマッたッ!コンナ雑魚相手ニ気を取ラレてッ…!!!」

 刹那、黒いものが里壊くんの拳と本原の間に飛び込んできた。     

 「させるかぁッ!」








 数センチでパンチが届きそうな所で、思わぬ邪魔が入る。

 新キャラではない…むしろ顔なじみ…







 「ゴォッペェッッッ!!」

 歪くんだ。
 

 「「「はぁ〜〜〜〜〜!!!!!?」」」

 わたし達の驚きの声はシンクロして、路地裏中に響いた。カラス達もわたし達の声に驚いて、一斉に飛びだった。

 歪くんは身を投げ出してまで、本原を守ったのだ……

 そして、あのスピードと破壊力の備わったパンチをもろに顔面に食らって、ビルの壁に派手に衝突する。
 壁の入った亀裂、へこみ具合、何より歪くんの顔面の歪み具合から、どれだけのパンチ力か伺えた。
 数秒して、ゆっくりと歪くんは地面に落ちるが、能力で自分の無傷の映像を貼り付けると、元に戻って、里壊くんの目の前に現れる。
 
 「おい歪!お前何してくれてんだ!」

 里壊くんは混乱して棒立ちしている本原をよそに、歪くんの胸ぐらを掴み激怒する。もう少しで決着が着いたのに……腹の立つのは当たり前。

 「それはこっちのセリフだろうがぁ!よくもまぁ、『主人公』である僕の見せ場オブ・ザ・オンステージを奪おうとしてくれたなぁ!」

 歪くんは里壊くんの手を払い、悪気も無く、大根役者のようにわざとらしく腕を広げて、開き直る。
 
 「アンタねぇ…自分が何したか分かってんのか!?」

 兵子さんも横暴な態度の歪くんに激怒し、里壊くんの方へ地面を強く踏みしめて歩いていく。

 「僕が見たいものが見れないなら、味方だろうが敵だろうが関係ない、等しく歪ませてやるんだよっ!不正はなかったぜ?」

  歪くんは演劇のように大袈裟な振る舞いと、自分本位なエゴイストの言動を、悪びれもなく高らかに話す。
 言動から察するに、歪くんは本原を自分の手で倒したいが故に、他に防ぐ術はなかったので、焦りも有り、自分を盾にして本原を守ったのだ。

 「…っのクソ野朗がッ!!死ねッ!」

 「グゲェッ!!」
 
兵子さんは堪忍袋の尾がとうとう切れて、ライフルを精製すると、後ろの、撃つ時に肩に当たる部分ーー通称「バットプレート」で歪くんの顔面目掛けて振り下ろした。

 ゴッ ピキッ

 鈍い頭蓋骨にヒビが入った音が鳴り、歪くんは見るも無残な屍を晒して倒れる。
 しかし、思った通りに元の状態に戻る。


  「ぶったね!親父にもぶたれた事が無いのにぃ!」

 歪くんは無傷の筈の頬に手を当てながら、誰もが知っているであろうセリフを微妙に似ていない声真似で叫んだ。

 「「ざけんなっ!」」

 二人はもう一度、無意識化の必殺パンチとゴテゴテとたっぷりのオプションの付いた銃で、歪くんをまた倒す。
 わたしは大きなため息を吐いて、このやりとりが終わるのを待った。

 刹那

 「テメェ等……戦イハマダ続イテルゾ!!!」

 先程まで意気消沈していた本原が我に帰り、プラズマの槍を両手に握り締め、歪くんを問い詰める里壊くんと兵子さんの背後から飛びかかってきたのだ。
 わたしは二人に、

 「危ない!」

 と、伝えようとしたがーー

 「「「うるせぇ!」」」



 グシャッ

 刃物が肉をえぐる音。

 バチンッ

 力のこもった拳が当たる音。

 ダダダダダッ

 銃が連射された音。



 そう、三人は息を合わせるまでも無く、ただ単に自分の気に入らない展開に八つ当たりをするように、本原に向かって、想定外の合体必殺技を放ったのだ。

 歪くんは、沢山の鋭利な物を対象に貼り付攻撃を。

 里壊くんは、無意識化の自身の限界を超えた圧倒的攻撃力のある拳を。

 兵子さんは、身の丈以上はある銃を軽々と片腕で持って銃撃を。

 「グガァッァァァァァァァァッ!!!!」

 もう原子を操る体力が残ってなかったのか……それともあまりに急過ぎることで対応が遅れたのか……理由はわからないがこれだけは言える…



 「か、勝っちゃった…」

 本原は勢いよく地面に倒れると、討論に夢中の三人を横目に、わたしは小走りで本原に駆け寄った。
 勝ったのはいいが、肝心の本原が死んでしまってはわたしも満足のいく結果にならない……
 
 「へ…」

 わたしは驚く。

 体はまだ血管は浮かび上がっているが、突き刺さっている刃物は全部急所が外れていて、同じく銃弾も急所の外れた場所に当たっていた。一番のダメージは里壊くんのパンチだろう。
 しかし、能力による代償で命が尽きてしまっていては元も子もない。わたしは本原の近くにしゃがみ、髪をかきあげて本原に耳を傾ける。

 「……ハ…ァ……ハァ……ハァ…」

 辛うじてだが生きてる…! 

 「よかった……」

 わたしはボロボロの本原の前で、いかんせん不謹慎だが笑顔になる。
 わたしは立ち上がって討論する三人のところに行って、歪くんの説得を試みた。

 小一時間ほどあーでも無い、こーでも無いと、子供みたいに駄々をこねて時間が掛かったが、結論から言えば歪くんは自分が本原を倒していればよかったのだ。つまり、こう言ってあげればいい。

 「歪くんのおかげで本原を倒せたんだよ!カッコ良かったよ!流石主人公!」

 歪くんは照れ臭そうに頭をかいて、

 「いやぁ〜。そんな事ないよぉ〜。運がよかっただげだよぉ〜」

 歪くんの無限論争に疲れた里壊くんと兵子さんは口を揃えて、チョロと、呆れるような声で言う。

 

 
 
 本原は歪くんの能力で、まるで漫画のページを一番最初に戻したみたいに無傷な状態になった。
 本原に倒されていた断谷達も同様に、三人仲良く体を寄せ合って寝ていたようになる。
 
 流石に本原や断谷達を起こしたら、もう一悶着ありそうなので、まだ寝かせておくことにした。

 みんなも歪くんの能力で無傷の状態だが、精神的に疲れたのか、気怠そうに歩いている。

 気づけばすっかり日は落ちてしまっていて、路地裏にはもう届く光もない。
 みんなの後に続いていたわたしは、振り向いて、薄暗闇の路地裏を見つめた。

 思えば変な話だ。路地裏でカツアゲをしようとしていた断谷達がカツアゲをしようとしていた本原に倒され、彼を助けようとしていたわたし達が戦う羽目になるとは……さらには、三人がかりでもあんなに苦戦していた本原を、何一つ息のあっていない三人の同時攻撃で倒しちゃうなんて………

 あ、でも、一番変なのは、あんな異次元のハイスペックバトルをしていたのに、「そもそも何事も起きていなかった」ように何一つ傷ついていない終わり方をしている、と言うことだ。

 「おーい。亜依ー。どうした?」

 後ろから兵子さんが優しいトーンでわたしを呼ぶ。わたしは振り返って、今いくと、伝え、小走りで待っていてくれたみんなの元に駆け寄る。

 なんだかんだあったけど、アニメ第一期の最終回みたいな、心がスッとする気分で歪くん、里壊くん、兵子さん、わたしで他愛ない話に花を咲かせて帰り道を歩いた。



 そしてーー

 「じゃあわたし達コッチだから」

 「チャァオ〜」

 分かれ道でわたしは自分の帰り道を指差し、里壊くん、兵子さんに小さく手を振った。歪くんは閉じていた手を顔の前あたりで開き、少し気持ち悪い感じで五指を動かし別れの挨拶をした。

 「おう」

 「あぁ…またな亜依…」

 里壊くんは笑顔で手を振り返す。が、兵子さんはなんだか名残惜しそうにわたしに手を振り返した。

 すっかり暗くなってしまった夜道を、街灯の明かりに照らされ、わたしは鼻歌混じりの歪くんと歩く。
 精神的に疲れていたが、何の会話も無いのも寂しいので、わたしは話を切り出すことにした。
 謎の多い歪くんの事も知りたいし。わたしは立ち止まって、
           
 「そういえば歪くん。歪くんは中学校時代どんな感じだったの?」

 謎を知るなら過去から。わたしは歪くんの中学生時代の事を訊く。

 すると歪くんは途端に歩みを止めた。鼻歌も急に聞こえなくなった。あたりも心無しか歪くんに合わせて静寂が満ちているように感じる。

 「『どんな感じ』ってねぇ……」

 歪くんの声のトーンも低くなった………わたしはそんな普段見せない一面に、突然触れてしまい意味もなく怖くなって、後退りした。

 歪くんはしばらく後ろ首に手を当てていると、ゆっくりと振り返る。歪くんの表情を見たわたしは底知れぬ恐怖を実感した。

 その表情は強張っているわけでも無く、ましてやいつもの貼りついた笑みでも無いーー



 只々、「虚無」。
 無表情。貼りついた笑みが剥がれた瞬間。
 そして、発せられた言葉は、

 「知りたい?」

 浅くも無く、深くも無く、掴みどころの無い質問返し。初めて歪くんの戦いを見たときの恐怖が、わたしを襲う。
 わたしは歪くんと目を合わせるのが怖くなり、下を向いて、この瞬間が終わるのをジッと待った。
 数秒の沈黙の後、歪くんは歩き出し、別れの挨拶も無く闇夜に消えていく。

 残ったのは征上 歪と言う人間の闇、「ブラックボックス」に触れてしまった事への深い後悔。それと同時に「不快」、「不愉快」と苛立つ気持ちも少なくはなかった。

 

 「最後の最後で、結局夢落ち」と言う終始がつかなくなった漫画のような、楽しかった気持ちを全てを台無しにされたような気持ちのままで、わたしは家に帰った。

 その日の夜は疲れている筈なのに、寝つきが酷く悪かった。

Distortionな歪くん 13 
「最終回は大抵ラストにopが流れます」 完

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