Distortionな歪くん

Sia

Distortionな歪くん 09 「命を粗末にする奴は大嫌だ死ね!」

Distortionな歪くん 09  
「命を粗末にする奴は大嫌いだ死ね!」

 「最近の奴らはさぁ…すぐ『死ね』とか言うよねぇ。殺す事もできないくせに、命令文で死ねってさぁ…あぁ、やだやだ」

 歪くんは貼りついた笑みを浮かべ、演技がましく肩をすくめる。

 「死ね」

 彼女が殺意に満ち満ちた顔で、機関砲のスイッチを押した。

 その瞬間、目にも留まらぬ速さで銃身が回り、連続して引き裂くような爆音が鳴り響いて、銃口一つ一つから弾丸が放たれる。
 当然、普通の人間では避けるどころか、回避行動の準備すらできない…

 ある意味、歪くんは普通の人間だ。
 最初に出たいくつかの弾が、歪くんの身体を射抜いてボロ雑巾ーーいや、一瞬で赤い霧にして、残った後続の弾は的が消えたから後ろの黒板を貫いたり、教室の机や椅子を削り取る。

 しかし、案の定、場面がさっきの彼女がスイッチを押す前に戻る。「歪む現実」が発動したのだ。
 歪くんは、人間がたった一つしか持っていない命を、簡単に粗末に散らして、まるでビデオのワンシーンを巻き戻したみたいにしまう…その場面を、たくさんわたしは見てきてしまって、歪くんが一度死んでも「どうせすぐ蘇る」っと思い、悲しみすら感じ無くなってしまいかけてる……

 命を粗末にする歪くんも悪いが、何も言わないわたしも悪い…仕方ない…だって、きっと、言っても聞かないし…




 「人生初めての体験だったぜ?機関砲で撃たれて死ぬのって…!」

 歪くんはたたたた、とリズムがバラバラな奇怪なタップダンスをしながら死を語る。
 彼女が何か言い返すのかと思いきや、歪くんが言い終った直後に思い切りスイッチを押す。「歪む現実」でまた戻る。

 「おいおい、無しーー」

 彼女は無言でスイッチを押して、また歪くんを赤い霧にする。

 「ちょーー」

 彼女は無言でスイッチを押して、また歪くんを赤い霧にする。

 「いやーー」

 彼女は無言でスイッチを押して、また歪くんを赤い霧にする。

 「だかーー」

 彼女は無言でスイッチを押して、また歪くんを赤い霧にする。

 「まーー」

 …

 「ぁーー」

 …

 「ーー」

 …
 …
 …
 …
 …



 
 「ヘイ!ストップ!ストップ!ストォォォォォォップ!!!」

 もう何回コンテニューしたか…何機目かの歪くんが、今日一番の大声と大袈裟なポーズで彼女にストップを呼びかけてた。

 「チッ!何だ!」

 舌打ちをしながらも律儀に待ってくれる彼女。案外、話が通じるのか……

 「あら?撃たない?」

 歪くんは予想外の彼女の動きに首を傾げる。彼女はお手上げと言わんばかりのしぐさをして、ため息を吐いた。

 「あのね…アンタが殺しても殺しても何回もリスポーンするから、コッチも飽きてきたの…だから、一様、ね?話ぐらいは聞いてやろうとしてんの。わかる?」

 彼女は軽い煽り口調で歪くんに、撃たない理由を話す。
 歪くんは右手でビシッと彼女に指を指して、目を細める。

 「何故、僕を狙う?まさか…僕への嫉妬?」

 「バカか?」

 「じゃあなんなのよさ?」

 歪くんはこんどは左手で、大袈裟な素振りで訊く。

 「アタシは雇われたんだよ。アンタに恨みを持つ奴らから…」

 彼女は歪くんの冗談?混じりの質問を淡々と返す。
 すると、歪くんは首を傾げて、

 「はて…?僕、なんかしたかなぁ?思い当たる節がねぇなぁ…」

 (( 思い当たる節しかねぇ!!!))

 歪くんの確信犯の様な発言にこの場にいる全員が、ドリフみたいなリアクションを素で出してしまう。よくある漫画みたいに。
 
 「『雇われた』って、誰に?」

 わたしは歪くんの質問に重ねて恐る恐る、訊く。

 「アンタらが会った事のある奴らだよ」

 「それって…?」

 「おっと、この先は言えねーな。守秘義務ってもんがあるし」

  答えは訊き出せていないが、おおよその検討はついた…歪くんが一番ヘイトを買う人達……
断谷達だ…
 わたしは確認のために里壊くんに目配せしたが、里壊はピンときていない様子だ。眉がへの字だ。

 それを訊くと、歪くんは足を交差するとそのまま前のめりになり奇怪なポーズをした。ニンマリとした表情から何か企んでいる様子が伺える。

 「おーけおーけ。どーせ、金で雇われた感じだろう…君からは、欲と言う欲が滲み出てるからね。よって、僕はその倍の額で君を買収する!さぁ!幾らで雇われたぁ!?」

 「十万」

 「おっけぃ!じゅうーー…もっかい言って…」

 「十万」

 「…」

 歪くんは奇怪なポーズで固まる。表情も真顔だ。

 「倍って事は……うん。無理だね。諦めよ」

 (((諦め早!)))

 また、同じノリだ。歪くんが口を開くといつも何かが突発的に起きる。

 「て事は、交渉決裂でいいんだな?」

 体勢を取り戻した彼女は機関砲のスイッチを、さっきより強く握り締める。
 それを見た歪くんも上体を起こし、ナルシストみたいに前髪を払い、

 「いやーだって、近いうちに新弾出るし、箱買の予定あるし…そんなくだらねー事に使えねーよ…!」

 歪くんは訳の分からない事を言いながら、肩をすくめて彼女をジッと、虚ろな目で見つめる。

 「じゃっ、死ね!!ーー」

 「はいっ!没収ー!!」

 歪くんがそう叫ぶと、彼女の手から機関砲が場面が切り替わる様に消える。彼女はさっきまで武器を持っていた手を見て舌打ちをすると、憎悪丸出しの目で歪くんを睨む。

 「『歪む現実』…君に『君が武器を持っていない映像』を張り付けた…!」

 歪くんは彼女に背を向けると腰に手を当て、腕と体の隙間にできた空間に、左手を伸ばすと指を指さして、わざわざ敵である彼女に説明をした。漫画にありがちな能力説明。やっぱり、歪くんは漫画脳だ。

 「ハッ!んな事知ってるわ!!だったら、もう一回武器を出せばーー」

 「させない!させてあげない!」

 歪くんは「歪む現実」で、吹っ切れたかの様な彼女に鋭利な物を張り付けた。だが、彼女もとっさに最初に攻撃を弾く時に使った、あの盾を出してガードする。

 「ファハッハッハ!君の“異能”の唯一の弱点と言えば、『銃とかの複雑な武器を出す時に少々時間がかかる事』だ!故にぃ…僕が君に武器を精製する時間さえ与えなければぁ…僕が勝ぁぁぁぁぁつっっっ!!!」

 「っ!」

 歪くんは学校全体に響きわたりそうな大声で、歪んだ笑みを浮かべて、悔しさが顔に貼り付いた彼女にゆっくりと、演技じみた動きで近く。
 思わず、彼女は後ずさりをした。

 「あーあ…僕に時間を与えちゃったから、こんな事になったんだよぉ?よく漫画であるじゃん?中ボスとかラスボスが、主人公にトドメを刺すチャンスなのに余裕かまして負けちゃう事…」

 「く、来るな!」

 彼女の背中が教室の後ろの掲示板に当たる。前からは歪くんがにじり寄ってくる。逃げ場はない……

 「いいか?こうゆうバトルもので勝ちたかったら、勝利を掴みたかったら、なんでもいいから漫画でよく負ける奴を見る事だ…僕はソコから学んだよ」

 歪くはゆっくりと、一歩一歩を不気味に確実に踏みしめて彼女に近づいていく。貼り付いたような歪んだ笑みで…全てを虚無にしてしまいそうな虚ろな目で…

 「『よく負ける奴』って、なんだよ…?普通目に入るのは、『主人公』とかの強い奴だろ!ひねくれ者だろ…アンタ…」

 彼女は追い詰められた危機的状況でも、一度は慌てたものの強気な姿勢を崩さないでいる。“異能”持ちによく見る強者の貫禄なのだろう。

 「『負ける奴』は最終的に勝つ。『負ける奴』はその敗北を糧に強くなる。『負ける奴』はその後はしばらく負けない…例えるなら…カイジかドラえもんどっちがいい?里壊」

 急に里壊くんに話を振る何食わぬ顔の歪くん。里壊くんはえっ俺かよみたいな顔をしたが、どうせ断っても無駄だろうと悟り渋々頭をかいて答える。

 「…んじゃあ…ドラえもんで…?」

 「おけ」

 歪くんは身構える彼女をよそに、クルリとこちらに体を向け、里壊くんとわたしに説明を始める。

 「のび太はいつもジャイアンに負ける。いじめられてね。けど、ドラえもんの力もあるが最終的には仕返しーーつまりは勝利を得る」

 「おう…」

 里壊くんはピンときてないようだ。
 歪くんが言いたいのは、つまり漫画の法則的に、負けた者はストーリーの展開上その負けた相手に勝つ事があると言う訳だ。
 しかし、歪くんは重大な事を見落としている。

 「え?でも歪くん。その法則って『主人公』とかじゃないと通用しないよ?だって、ほら、主人公に負けた悪役は、主人公に勝てないし」
 
 すると、歪くんは分かってないなぁ…と呟いて、

 「なら、『主人公』である為の定理とは何か…それは無論『主人公補正』なんだ。そして、僕はその『主人公補正』を持っているんだなぁ!」

 「は?」

 里壊くんが真顔でマジのトーンで、疑問を吐く。しかしながら、歪くんは気にしていない。
 歪くんは頭の異質な出っ張り方をした、寝癖を演技がましく自分の頭部を貫きそうなほどに大袈裟に指を指す。

 「こ・れ!この寝癖!この寝癖こそが『主人公補正』なんだなぁ!?『主人公』の独特な髪型、『主人公』のチャームポイントを既に僕は持っているんだなぁぁぁぁぁぁ!!」

 歪くんは荒々しい少し早口な口調と共に、凄まじい速さでチャームポイント(?)である寝癖に指を指し続ける。

 「いやただの歪な寝癖だろ」

 里壊くんは白い目で冷静にツッコム。こいつの言う事にはいつも疲れる…っと苦言を漏らしながらため息をついた。

 

 「自分を主人公と言い張る精神異常者が!!死ね!」

 さっきまで、歪くんの圧倒的な“異能”の力に戦意喪失していた彼女が突然、右手にナイフを持って歪くんに向かってくる。

 「しまっーー」
 
歪くんが慌てて彼女の方を向く。だが、時既に遅し。刃物と歪くんの距離は、もう刺さる手間だった。

 ザクッ

 刃物が肉を抉る音。ナイフが歪くんの腹部に突き刺さって、彼女が勢いよく腹をかっさばかんとナイフを抜く。ナイフにギザギザの返しが付いていた為、歪くんの腹部はズタズタになる。

 「あっ、が……」

 歪くんは刺された箇所を抑えながら、倒れこむ。
 だくだくと血液が歪くんのお腹から床に広がっていく。
 
「歪くん!?」

 わたしは慌てて駆け寄ろうとする。しかし、落ち着けと里壊くんに止められて、

 「大丈夫だ。亜依。アイツには『歪む現実』がある。どーせ立ち上がる」

  「だ、だね…」

 変な胸騒ぎがする。いつもなら少し驚くだけなのに、今回はうまく言葉で言い表せないが、嫌な予感がする…

 「イダイよぉ…ハァ…ハァハァ…呼吸…だけで……イダイ…」

 歪くんはヒューヒューか細い声虫の息をしながら、穴が空いて真っ赤になったお腹を見ると、あーまいった…と、とてもついさな声で呟く。

 それを見た彼女は真っ赤に染まったナイフを、満足そうに見つめて笑う。

 「どうした?歪、早く『歪む現実』を使えよ。本当に死ぬぞ!?」

 里壊くんもどうやら、この状況に違和感を感じている。歪くんに「歪む現実」を使うように急かしている。

 「いやぁ……それが…さぁ……発動…しないん…だよなぁ…」

 「え」

 わたしはフリーズした。

 「刺さ…れる…瞬…間…アイツの…方に…目がいって…見れな…かっ…た…」

 見た映像を自由に貼り付ける事ができる“異能”「歪む現実」の奥の手「攻撃を受けた直後に、無傷の状態の映像を貼り付けて無効化」するチート能力が発動しない…そして、ここには回復系の“異能”もいない…無効化する“異能”、「理解できない」は里壊くん自身のみが発動する“異能”…それはつまり…



歪くんの本当の死だ。



 「アッハハハハハハハハハハハハハ!やった!アタシの勝ちだ!ザマーねーぜ!どうした自称『主人公』!?」

 彼女はやっとの思いで歪くんを殺せた達成感から、声が裏返るほどに歪に笑う。そして、ナイフについた血を指でなぞると、満足そうに静かに笑った。

 「いや…だぁ…!死に…たく…な…い……た…すけて…ぐで…り…かい……へい…わ…さん!僕…は…超えなきゃ…いけ…ない…んだ…平均を……!!」

 歪くんは歪な泣き顔で、潤滑油を塗り忘れたロボットの様にギチギチとこちらに首を向ける。正直、その不気味さに恐怖を覚えた。里壊くんもピリついた顔をしている。
 
今になって、歪くんの生きる事への歪んだ執念を感じた。

 「里壊くん!探すしかないよ!その…回復系の“異能”を持ってる人を!」

 わたしは焦りながら、里壊くんの方を向くを見る。

 「でもそんなに都合よく見つかるか!?」

 里壊くんは眉間に皺をよせて言う。
 それもそうだ…たまたま通りかかった名もなき一般人が、たまたま医学部卒ーーみたいな、そんなご都合主義のギャグ漫画は時代遅れ…
 歪くを助ける方法は…もう……ない…


 
 スクッ…
 
 何か起き上がる音が聞こえた。
                    
 「そーだぜ?平輪さん。そんな機械仕掛けの神みてーな舞台は、今はそんなに受けないぜ?……でもーー」

 「え?」

 「嘘!?」

 「はっ?」

 彼女と里壊くんとわたしは声のする方を見た。そこには独特で、歪な寝癖のついた男子生徒が両手の手のひらを広げ、ラスボスのポーズで立っていた。

 「でも、そんな不正じみたご都合展開でも、僕胸を貼ってこう言うさ……不正はなかった!!」

 歪くんだ。

 「歪くん!」

 「歪!」

 歪くんはピンピンしていた。でも何故…?「歪む現実」は見た映像しか改変できない“異能”の筈…現に歪くんはさっき刺された瞬間を見ていなかったから、刺された映像に無傷の状態の映像を貼り付けて打ち消す事が出来なかった。

 「なっ、なんでアンタっ!?『刺された映像』を見ていなかったのに!改変出来てないのに!なんで立ってられるんだよ!?」

 彼女が勝ちを完全に確証したーーいや、完璧に彼女は歪くんに勝っていた…しかし、歪くんはその結果を歪に、歪ませ、歪ませ、「彼女は勝ったが歪くんは負けていない」と言う矛盾を作り出す。

 「簡単な事だぜ?君が切り裂いた僕の腹部の傷に、『無傷な腹部の状態の映像』を貼り付けて致命傷を歪ませた。それだけだよ」

 「…!」

 歪くんは肩をすくめて下手なウィンクをしながら説明をした。納得だ。確かに「歪む現実」で里壊くんの傷を直した事もある。それを自分に使ったのだ。
 彼女をそれを訊くと下唇を血が出るほど噛んで、心底悔しそうな顔をした。それを見て歪くんは笑った。

 「じゃっ、じゃあなんで、アンタはそんな都合よく自分の無傷の腹をみてんだよ!?」

 彼女は夢であってほしいと懇願するように、必死に目を背けようとするように、疑問点を探そうとする。
 無理もない。不正に矛盾する歪くんの存在自体が、疑問点だからだ。

 「それは僕は朝起きたら、僕の容姿端麗な体全体を舐め回すように見てるからだぁ!!」

 「なっ…!」

 歪くんのあっけらかんとした理由を訊いて、力が一気に抜けたのかその場にガクッと引きつった苦笑で座り込む。圧倒的な「歪む現実」の前に戦意喪失したのだろう。
 
 「ははは…アタシの負けだよ…狙って悪かったな……」

 「は?」

 歪くんは貼り付いた笑みで、彼女を見る。目が笑ってない。
 このパターンは……まずい…

 彼女が殺される……



 「お前、まさか『勝ち逃げ』する気か?」

 「いや、アタシは別にーー」

 「させねーよ?僕は一度『負け』たんだ。次は僕が『勝たないと』…割りに合わないだろ?」

  歪くんの目が鋭くなる。わたしが見てきた中であれは歪くんが「歪む現実」を使うときの気づき辛いモーションだ。止めないと…彼女が…

 「だ、だからアタシの『負け』って言ったろ?」

 「だーかーらー…僕が欲しいのは『完全勝利』なの!そっちの都合でリタイアされてもスッキリしないの!わかるぅ!?」

 「わ、悪かった!許してくれ!そっ、そうだ!ほら、ここに十万がある…!これ、やるから…頼む!許してくれ!」

 彼女は胸ポケットから依頼金である十万を慌てて出して交渉する。彼女はその十万を床に置いて頭を下げる。歪くんはその十万をジッと見つめた。
 
「……い、やぁ……ダ、ダメだぁ!僕の決意オブ・ザ・デッドは揺るがなぁい!」

 歪くんは自分の欲をなんとか抑え込み、それを振り払うように叫ぶ。

 「いや今、完全に決意揺らいだよね!?」

 わたしはツッコム。里壊くんはガックリと頭を落とす。彼女は交渉決裂の結果に焦った表情と、青ざめる表情を見せた。

 「クッソッ!!」

                          ターン
 「さぁ…!僕の快進撃だぁ!!歪め!」

 「『バリスティーーぐぅっ!!あっっっがぁぁぁ!!」

 彼女が盾を精製している最中の僅かな時間で、歪くんが彼女の両手に鋭利な物を貼り付ける。
 彼女は手のひらをコンパスやシャーペン、万年筆、様々か歪くん愛用の筆記用具で貫かれる。見てるコッチが痛々しくなって、わたしは身震いをしてしまう。
 彼女はその激痛と経験したことのない痛みに、悶絶して倒れこむ。頬には一線の雫。床には手から落ちた血が彼女がもがいたから、いろんな方向に撒き散らされていた。

 「これで、君はあの忌々しい盾を握れない…てか武器全部か…」

 「グッ!ク、クソがっ!この…化け物…!死ね!死ね!死んじまえぇ!!」

 彼女は溢れんばかりの涙を流して、倒れながらも必死に歪くんに罵詈雑言を飛ばした。
 歪くんはそんなを彼女見下して自分の優位な立場に酔った様な満足そうな笑みを浮かべる。…気持ちの悪いゲス顔……

 「何言ってんだよ!僕は君に死ぬほど殺されたんだ。漫画なら『死』=『負け』だろ?つまり、機関砲で何っ回も殺されて僕の『負け』は溜まってるんだ……故に今度は僕が『勝つ』番だ歪め!」

  「あぁぁぁぁぁ!!!」

 今度は彼女の脚を歪くんのいくつもの筆記用具が貫かれ、共に断末魔が上がる。ストッキングからも流血が滴り落ちていく。
 恐らく手への攻撃は「反撃、防御」を、脚への攻撃は「回避、移動」をできないようにするためだ。
 
 「痛いか!?苦しいか!?悔しいか!?僕も殺される時は一瞬だがこんなに辛かったんだ。僕がされた分の憎悪を、僕が負けた分の屈辱を…おんなじ分返してやるよ」

 歪くんはアドルフおじさんが演説をした時のように独特で歪な立ち回りで、自分の内なる「負」を彼女にぶちまける。一人演説……これじゃあ、まるで…
 
 「…頼む……誰か……助けてくれ…」

 地べたを両手両足を血に染めてズルズルと這いずる彼女の姿が、先に襲ってきたとは言え、なんというか…かわいそうでならない。
 自身を「主人公」と称する歪くんが行なっている現在の行為は、「悪役」だ。しかもバトル漫画で一番に「主人公」に倒される、名も無いただの「悪役」…

 「では!一思いにトゥドゥメをさしてしんぜよう!!歪ませる場所は…僕と同じお腹かなぁ?あ、大丈夫!僕が負けた分の仕返し終わったら、ボロ雑巾みたいになった君を戻してやるからな?」

 歪くんは彼女にトドメをさす気だ。わたしは里壊くんに目配せをした。それを見た里壊くんはコクっと深く頷く。一番歪くんの警戒が緩む攻撃をする直前に止める…里壊くんとわたしは構えた。
 彼女は最後を悟り、悔し紛れに目を瞑る。

 「クソっ……」

 「歪めーー」

 「里壊くん!」

 わたしは歪くんの背後に回り里壊の時の様に歪くんの両目を両手で塞ぐ。

 「ちょっーー見えへん!あれ、これ前にもーーアゲハッ!?」

 すかさず里壊くんが歪くんの溝内に渾身の蹴りを入れた。他から見たらイジメに見えるだろう…しかし、歪くんを止めるには多少強引な事をする他ない。
  歪くんはたまらず床へ漫画みたいに倒れた。里壊くんの渾身のパンチをクリーンヒットで、しかも攻撃の瞬間を見ていなかったから「歪む現実」で改変出来ず、気絶している…わたしはごめんねと、一応謝った。

 「ふぅ…大丈夫ーーじゃないか…痛むか?」

 「あ…あぁ……クソ痛い…クソっ…」

 里壊くんは一呼吸置いて、歪くんの急停止に安心したのか、意識が少し朦朧としている彼女に怪我の具合を訊く。お尻を突き出して漫画のやられ役みたいに倒れる歪くんを背にに、座り込む彼女の方へ行く。

 「あの…ごめんね…」

 「うっ……なんで、アンタが謝んだよ…?」

 「いや、でも友達の行動を止めれなかった、わたしにも責任あるし……なんて、綺麗事か…でも、ごめんね…」

 「…ふん…偽善者が…」

 彼女はジンジンと痛む両手両足をブランと下げて、里壊くんとわたしを見る。口の悪さとは裏腹に目は優しい。
 
「後は安心しろ。俺があいつに蹴りを入れて気絶させた。多分、攻撃した俺に仕返ししにくるだろう…今日一日は安心だ。多分」

 里壊くんが中腰になって彼女に脅威が去ったのを伝え、安心させる。里壊くんの「理解できない」で歪くんの予測不能の攻撃を食らっても、大丈夫だからと、自らが囮になったのだ。正直、そこまで考えてはなかった。

 後ろで立ち上がる音が聞こえた。

 「ヤベ!」

 里壊くんが跳ね上がり、全速力で教室から出て行った。

 「待ちやがれ!クソッが!」

  彼女の口の悪さが映った口調で歪くんは里壊を追おうとしたが、ピタッと立ち止まり彼女を見つめる。まさか、まだ諦めてないのか……わたしはもしもの時の為に彼女の盾になる準備をする。

 歪くんの目が鋭くなった。来る!

 「歪くーー」

 わたしの制止も虚しく彼女は…………わたしは凄惨な光景を見るまいと目を瞑った。





 「…あれ?」

 彼女の声。わたしは驚いて目を開けた。

 彼女が無傷の状態に戻っていた。

 てっきり、わたしは歪くんが彼女にトドメをするのかと思っていた…けど、歪くんは自分が加えた彼女の傷を自分で戻したのだ。

 「なんでだ…?」

 彼女は戻った両手両足を見て立ち上がり、歪くんを疑いの目で、警戒の目で見つめた。

 「だって、次、君が怪我のままで勝負してきたら、僕負けちゃうもん。だからここは君を無傷に戻して僕も無傷のままにして、曖昧な勝敗で終わろうじゃあないか?」

 あんなに「勝利」にしがみついていた歪くんはあっさり終わろとした。

 「は?アンタそんな理由でせっかくの『有利』を手放すのかよ?」

 彼女も疑問に思って訊く。

 「それじゃあ、僕は『不利』をも覆す真の『主人公』になれないまま、終わってしまうからね。僕は茨の道をあえて歩くんだ」

 歪くんが貼り付いた笑みで得意げに語る。どうして、歪くんは「主人公」と言うものにすがるのか…謎が謎を呼ぶ…

 「アンタドMかよ…捻くれ者の斜め上を行き過ぎだろ!このクソ漫画脳が!」

 彼女はそっぽを向いて腕を組んだ。
 歪くんは手をポンと手のひらに置いて、

 「おっと、長話が過ぎたねぇ…では里壊を歪ませに行ってくりゅ!」

 歪くんは足をぐにゃぐにゃさせた奇怪な走りで里壊くんの逃げた方向に向かった。どうか…無事で明日を迎えてくれ、里壊くん!

 「あ、言い忘れてた」

 シレッと歪くんが戻ってきた。さっきの立ち位置に戻ってくると、今度はビシッと成歩堂の「異議あり!」みたいに指を指した。

 「お前…僕に本当に勝ちたいなら、『誰かの為に戦う』じゃなくて、自分だけの為に戦え…!」

 捨て台詞を言うとまたあの奇怪な走りで、教室を出る。彼女はそれを聞いて何かを考えている様だった。

 気づけばあんな死闘をした筈の教室は、不思議な程にわたし達がババ抜きをしている時と同じに綺麗に戻っていて、彼女とわたしだけになっていた。
 わたしは背中を向いている彼女に気づかれないように、ゆっくりと荷物を持って教室を出る事にする。冷静になって考えて見れば、彼女は仕事人…いつ攻撃してくるかわからない…と言うか口が悪くて不良ぽくて怖い…

 「アンタ……」

 「ひっ!」

 わたしは飛び上がり、カチンと固まった。

 「そんな驚くなよ。アンタは襲わないって。ターゲットじゃないし」

 彼女はこちらに振り向いて、歪くんの前とは違う優しそうな表情でわたしを見る。
 
「あっ…あのなんで、すか?」

 わたしはぎこちない会話で質問する。それを見た彼女は笑って、

 「なんだ、アンタ、コミュ障か?アタシが倒れた時はあんな流暢だったじゃないか?」

 「いや、あの、その時はその時と言うかなんと言うか……用件は…?」
 
わたしはあたふたして彼女に訊く。彼女はそんなわたしを見てまた笑う。

 「あぁ、お礼を言いたいんだ。助けてありがとう!えーっと…」

 「あっ、亜依です!へ、平輪 亜依です!」

 わたしはまたあたふたしながら、自分の名前を言う。顔が熱い。

 「そうか、亜依か!改めてありがとう。アタシは霜兵 兵子(しもへい ひょうこ)。お礼といちゃあなんだが、アンタが困ったらいつでも呼んででくれ。アタシが駆けつけてやる。これ、アタシのID」

 「へ、あ、うん…」

 わたしはぎこちなく返事をして、IDが書かれた紙を受け取る。そして、彼女は教室から荒い赤毛のロングヘアーを揺らして出て行こうとしたが、出入り口で止まり、

 「じゃあな、亜依……また明日な」 
 
「うん、兵子さん…!」

 彼女が小さく手を振るのに対してわたしも、手を振り返す。「また明日」……友達って事なのかな?

 「わーっ!やめろ!キモい!来るな!」

 兵子さんとは別方向の廊下から、里壊くんの悲鳴が聞こえた。

「ニィー!」
 
「だからゼロ距離はやめろ!」

 「ニィー!!」

「引っ付くな!なんか奢ってやるから静まれ!!」

 「ニィー!!!」

「おい、どこ触ってんだ!!あぁ…ふぁ!やめろ!よせ!やめろー!!」

 「ニィー!!!!!」

 「わぁぁぁぁぁ!!!」

 あの奇声は歪くんだ…どうやらあっちの方でおぞましい事が起きているに違いない…わたしは里壊くんを助けに行く事にして、教室から出た。


 


 
 濃いオレンジ色の夕日の光が、薄暗い体育館裏に差し込んで所々が幻想的に、光と闇が混じり合う。
 アタシは依頼者である断谷の手下二人のいる体育館に通じる階段へと向かった。
 真っ黒な日陰から夕日のスポットライトに出てくるアタシを見て、手下二人がニヤニヤして、

 「どうだった?半殺しにできたか?」

 アタシは懐からあの十万を出して、手下に投げつけた。

 「そんなに殺りたきゃ自分達でやりな」
 
 手下はヒラヒラ舞う十万を見ると、目を血走らせて叫ぶ。

 「あぁん!?話がちげーぞ!?」

 「殺されてーのか!?」

 アタシはその滑稽さに笑う。これは笑わずにはいられない。「殺すぞ」などと、殺したいけど殺せない相手を代わりに殺す代行屋に言っているんだもん。代わりに殺すって事は、そいつを殺す実力があるって事なのに…
 アタシは「デザートイーグル」を突きつけ、

 「悪いけど、アタシはもう復讐代行は辞める。あるクソみたいにキモい捻くれ者が、『自分の為に戦え』って言われたからね。アンタ達は『誰の為』に戦ってんの?」

 「「んの野郎ぉ!」」

 手下二人がポッケからジャックナイフを取り出す。
 
 「銃相手にナイフかよ、死にてーのか?」

 アタシは二人をバカにする様に笑う。これで頭に血が上っただろう…次にコイツ等がする行動は…

「「言わせておけばぁ!!」」

 予想通りに考え無しに突っ込んでくる。アタシは引き金を絞ーー

 「待て!お前達!」

 影から野太い声の角刈りのヤンキーが現れる。確かコイツ等のボスの断谷だったか。

 「「断谷さん!?」」

 二人は立ち止まり、驚いた顔でアタシそっちのけで断谷を見る。

 「メンタルは大丈夫なんですか?」

 「割り切って考えたら、どーでもよくなったわ」

 「怪我は大丈夫なんですか?」

 「唾つけときゃあ治る!」

  断谷は満面の笑みでグッドのポーズをした。
 なんか頭の悪そうな回答をしてるが、コイツ達が手下やってんのもわかってきた。
 要するに漢らしい。

 「お前!俺様の手下供が迷惑掛けたな…ほら、これやるよ…!」

 断谷がスッ投げてきた一枚の紙をアタシはキャッチした。 

 「『大勝軒 ラーメン一杯無料券』…て、なんだこれ!?普通金だろ!?」

 アタシは券をギュッと握りしめて、叫ぶ。断谷はバカみたいに大声で笑う。

 「はっはっは!元気はいい事だな!テメー等!腹減ったろ?『大勝軒』行くぞ!」

 「流石断谷さんだ!」

 「カッケー!」

 「「俺たち一生ついて行きやす!!」」

 「類は友を呼ぶ」ってか…アタシはクシャクシャになった券をひとまず財布にしまうと、夕日を背に「大勝軒」に向かう三バカに続いて帰ることにした。

 なんかいろいろ疲れたが、得るものもあった…

 アタシより身長と胸が小さくて、メガネをかけたショートへアーの高校生初めての友達。

 亜依……

 アタシは「デザートイーグル」を分解して、カラスがうるさく鳴く夕暮れ空の下で一歩を踏み出した。



 

 いやー。昨日は大変だった…常軌を逸した歪くんが、バイオのリッカーの如く里壊くんに襲いかかるし、里壊くんに引っ付いた歪くんを引き剥がすのにも骨が折れたし……眠い……あ、あと里壊くんにも兵子さんの事を話した。歪くんには……うん…

 「亜依、おはよ!」

 朝最初に声を掛けたのは、あの荒い赤毛のロングの彼女、兵子さんだった。昨日の帰りの時同様の優しい声だ…

 「あ、おはよう…」

 わたしは挨拶を返すと兵子さんは嬉しそうな顔で、

 「喜べ!アタシはアンタ専属の用心棒をする事にしたっ!」

 「へ?」

 わたしはその謎宣言につい操作中のスマホを落としてしまいそうになる。

 「や…あの、へ!?」

 「昨日、あのクソ捻くれ野郎が言ってたろ?『自分の為に戦え』って。だからアタシは『自分の守りたい人の為に戦う』事にしたっ!アイツは敵を作るのが得意だから、アンタにも被害はあるだろう?」

 兵子さんはわたしの机に両手をついて顔を近づける。笑顔が怖いまである…わたしはまぁそうですけどっと答え、

 「じゃあ、なんでわたしなんかの為に戦うんですか?お金なんかありませんよ?」

 わたしは少しはにかみ小首を傾げた。すると兵子さんはもじもじし始めて、小さく何かを呟いた。

 「…す…だから…」

 「へ?」

 わたしは訊き返す。兵子さんの顔が少し赤くなった。
 兵子さんはもじもじと昨日は一度も見なかった、乙女の様な仕草をする。
 兵子さんの口が開く。

 「すっ!好きだから!だ!」

 兵子さんの顔が兵子さんの赤毛より赤くなる。わたしも何か、熱くなってきた。

 「へぇ!?あの!兵子さん!外国にも確かに同性愛はあるけど日本では今はあまり認められてないかな!?大丈夫だよ!わたしなんかよりとゴールインするよりもっとふさわしいイケメンは見つかるよ!!」

 わたしはなんとか両手をブンブンと振って、この告白を丁重に断ろうと必死になる。腕を振った性でスマホを落としてしまう。

 「いや勘違いするな!そう言う『好き』じゃない!なんと言うか…アレだ!『友達として好き』だ!特別な理由はない!」

 兵子さんはわたしの誤解を解こうと、同じく顔を真っ赤にして説明をする。それを聞いてわたしはホッとした。

 危うく百合になるとこだった……漫画みたいに。

 「と、とりあえずアタシは『友達として』アンタを守る。アタシはアンタに大恩人だからな!」

 兵子さんは目をキラキラさせてわたしを見つめる。なんか気が重いなぁ…

 「里壊くんも手伝ってくれたよ?」

 「そうか!」

 「…」

 なんか、里壊くんには興味がないようだ…止めれたのは里壊くんがほとんどだから、ちゃんと伝えないと。

 「兵子さんーー」

 「やぁ!グーテンモルゲン!諸君!」

 わたしが兵子さんに里壊くんの功績を伝えようとしたちょうどいい瞬間に歪くんがスピードスケートのような奇怪なポーズで現れる。後ろには眠そうな里壊くんがいた。

 「おはよう…」

 里壊くんが眠そうに挨拶をするやいなや、自分の机に座りバックを枕にして仮眠取ることにした。
 歪くんは兵子さんを見ると、一瞬で不満そうな顔になって、わたしに兵子さんに訊こえそうで訊こえない声で、

 「ちょっと、僕の机の近くにすぐ人を殺そうとするサイコが居るんだけと?」

 「訊こえてるぞ?てか、アンタに言われたくないねーよ」

 兵子さんも歪くんと戦ってる時と同じ高圧的な声になって反論する。
 すると今度は、歪くんが戦闘体勢に入る。兵子さんも武器を作る準備をした。
 
 「おいおい…死んだわお前…」

 「おいおい…死ぬのはアンタだよ…!」

 わたしはこれ以上の争いが起こらないように二人を止めに入る。

 「やめようよ!二人とも!」

 二人は自分の感情を押し殺すように、戦闘体勢を解く。よかった…

 「まぁ…平輪さんが言うならぁ?」

 「チッ!アンタ、亜依に感謝しなよ?」

 二人の因縁はまだ続きそうだが、わたしがなんとかすればきっと、大丈夫…な、筈!

 「えっと、二人とも仲良くよろしくね!?」

 「うん!頑張る」

 「亜依の為だ。この負けたがりを殺すのはしばらく辞めてやる」

  


 はぁ……やっぱ、不安しかないが…頑張れわたし!

 こうしてわたしは“異能”「妄想武器庫」
[ディリュージョンて ・アーマリー]を持つ彼女、霜兵 兵子さんと友達になる事が出来た。「用心棒」と兵子さんは言うけど、わたしにとっては大事な友達だ。 あと、不器用でちょっと可愛い…

Distortionな歪くん 09  
「命を粗末にする奴は大嫌いだ死ね!」 完

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