Distortionな歪くん
Distortionな歪くん 07 「有能」
Distortionな歪くん 07 「有能」
 国立異能高校は広大な敷地を持っており、その大きさから多数の設備を整っている。
 昨日の昼休みの一件で、歪くんと里壊くんが友達になったのはいいが、先が読めない歪くんが何をしでかすか、不安でしかない。
 わたしはそんな事を考えながら、正門の白亜の広い道を歩いていた。
 「おはよ。平輪さん。ほら、里壊も」
 
「…おう…」
  横から歪くんの声がして、わたしはその方向を向いた。  
 歪くんは相変わらず寝癖ができていて、隣には里壊くんもボンヤリした口で眠そうな顔で立っていた。
 「うん、おはよう。歪くん、里壊くん」
 わたし達は三人で、教室に向かう。
 
教室に入ると、歪くんがまるで異端者を見るような目で周りの生徒から見られていた。
 「おい…お前めっちゃ見られてるじゃん…」
 「参ったねー。やっぱ人気者は辛いぜ」
 里壊くんが机に物を置きながら、自分の机に向かう歪くんに苦言をもらす。それを歪くんが肩をすくめて、皮肉を込めて返していた。
 その発言でさらに歪くんへのヘイトが溜まる。
 憎まれ口しか叩けないのかと、わたしはため息を吐く。
 わたしと歪くんがそれぞれ、自分の席に座り一時間目の準備をする。歪くんは「歪み現実」で教科書、ノートを貼り付けて出している。
 「それにしても、歪くんの『歪み現実』って便利な“異能”だよね」
 わたしは準備を終え、歪くんに聞いた。
 歪くんは少し微笑み、
 
「まぁね。でも、欲を言うと『現実を別の現実』で歪ませるんじゃなくて、『現実を非現実』で歪ませたかったなぁ…」
 その時の歪くんが、何故だか自分の劣等感を呪うような表情をしているようにも見えて、わたしはなんとも言えない気分になる…
 
 わたしは逃げるように視線をそらす。見ると、里壊くんが周りの席の人と、楽しそうに話していた。わたしと歪くんの近くにいたのに嫌われていない。不思議だなと思ったが、その時はあまり気にならなかった。
 わたし達はその後、授業を淡々とこなし昼休みを迎えた。
 また昨日同様に沢山の生徒が屋上に行き、教室がもぬけの殻となっていた。
 わたし達は空いている椅子を拝借して、集まってお昼を食べる事にした。
 「そう言やぁ、歪。お前、屋上に行かねーのか?」
 唐突に里壊くんが歪くんに質問する。それを聞いて歪くんは顎に手を当て、首を傾げた。
 「ん?なんで?」
 「あ、確かに。歪くんは屋上に行ってみたかったんでしょ?」
 わたしは食べる手を止め、里壊くんの質問に乗っかる。
 「そう言う平輪さんもでしょ?」
 質問に質問で返す歪くん。わたしは少し戸惑いながら、「今、屋上に行かない理由」を話す。
 「えーっとね…わたし、沢山人が集まってる場所、苦手なんだよね…ほら、騒いでる人とか…」
 わたしの理由に対し、歪くんはわたしに指を指して、
 「あーっわかるわかるぅ。僕も静かに食べたいのに喋らないと生きていけないマグロみたいな輩がいるとテンション下がるしね〜」
 歪くんは騒がしく答えた。
 それを聞いて、わたしと里壊くんは苦笑いをする。
 「…まぁ、人にはいろいろあるな…俺にはさっぱりわかんねーけど」
 里壊くんは苦言混じりにこの話を終わらせようとする。
 わたしは察して次の話題を振った。
 「…つ、次の時間って確か、『体育』だったね!」
 「あー、だな」
 「うん」
 会話を途切れさせないように、話題をできるだけ振るようにした。
 何故かーーそれは、気まぐれすぎる歪くんがなんかの拍子で、また里壊くんに攻撃を仕掛けるかもしれないからだ…
 自分でもあくびが出そうな話題、自分語り、エトセトラ、エトセトラーー
 後半は何を話したか覚えてない。
 そしてーー
 キーンコーンカーン
 「よし。グラウンドに行こうか」
 「おう」
 「う、うん…」
 わたしは、昼休みの会話を途切れさせないように努力したため、精神的に疲れている状態になっていた。
 これから苦手な体育だと言うのに、付いて行けそうにない。そんな不安の中、わたし達はグラウンドに向かう。
 
 「にしても…広いなぁ…」
 里壊くんが額に手を当て、眼前に広がる東京ドーム半子分ほどあるグラウンドを見つめる。
 「広いねぇ」
 「うん。広いね…」
 わたし達はあまりの広さに、「広い」のただ一言につきる。
 流石異能高校だ。「国立」だと言う事をことごとく実感させられる。
 しばらく広大なグラウンドでポツンと立っていると、一人の男子生徒がこちらへ、颯爽と手を振って走ってくる。見覚えがある。里壊くんが朝話していた人だ。
 「おーい!里壊ー!」
 間近で見た第一印象はーーイケメンだ。
 風になびくさらさらとした前髪、夢や希望に満ち溢れた真っ直ぐな視線、そして爽やかな笑顔。あ、後キラリと光る白い歯。
 うん。イケメンだ。
 しかし不思議と、特別な感情を持つことは無い。
 
             かい
「おー。海」
 里壊くんが手を振り返す。
 どうやら、そのイケメンは「海」さんと言うらしい。
 
 里壊くんと海さんは割と打ち解けている。確かに朝、里壊くんが話してたのは見たけど、誰かと話してるなぁとしか思わなかった。
 
 「里壊、もしかしてあいつが歪って奴か?」
 「おう」
 海さんが歪くんに興味を示す。それに乗じて歪くんも、
 「うーむ…僕も随分と有名になったねぇ。左様!僕は征上 歪!君は?」
 「…」
 里壊くんが一回「海」と呼んでいたのを、聞いてないのか、覚えてないのか…
 歪くんは本当に自分が興味を持つものしか見ない…わたしは内心、少し呆れた。
                                                         
 「あ、自己紹介がまだだったな。俺は空山 うみ。よろしくな!歪!」
 普通の人なら、ここで気分を害していたであろう。けど、海さんはそれを気にせず、爽やかに自己紹介をした。
 「よろしくにぃ」
 歪くんは手を差し出した。海さんもその手をーー
 「ちょっと待て!海くん!」
 「そんな奴と握手したら、海くんの手が汚れちゃう!」
 クラスメートの女子を筆頭に、クラスの全員がぞろぞろとこちらに向かってくる。
 歪くんはその体勢のまま固まっている。
 「おい。どうしたんだよお前ら?『汚れる』とか言ったら悪いだろ?」
 海さんは歪くんのフォローに入る。しかし、嫌われすぎた歪くんのフォローは難しい。
 「海くんは知らないの?そいつは人を殺してるのよ?」
 「そうだ!こんな奴、お前に近づけちゃ駄目だ!」
  歪くんが嫌わてるのもあるが、海さんの人望は物凄い。この場にいるわたしと里壊くん、海さん以外のみんなが歪くんの敵になっている。
 歪くんは固まったままだが、何かの拍子で暴れ出すかもしてれない…そうなったら、止められるかどうか……
 「お前等、並べ」
 突然後ろから熊の様な太い声が聞こえる。その声を聞いた途端、みんなが静まり返った。
 わたし達は黙々と、丸刈りの頭に傷跡がついた、テニスラケットとボールが入った籠を持った、ヤクザの様な教師の前に整列した。
 着ているジャージには、オーダーメイドなのか、「鬼面組」とプリントされている。
 その教師は、手に持ったカゴをドンッと置いて、
           きめん ごうき
 「俺は、鬼面 剛鬼だ。今日の体育はテニス。確実準備して、あっちのテニスコートで適当にやれ…」
 そう言うと鬼面先生はのしのしと、何処かへ歩いて行った。
 ツッコミどころの多さに、みんなが混乱してる中、一人の女子が前に出て、固まったままの歪くんに指を指した。
 「そうだっ!あんた、海くんとテニスで勝負しなさい!」
 女子の突然の提案に、みんながまた混乱する。
 「おい。コイツを海に近づけていいのか?危ねー奴なんだろ?」
 
  一人の男子生徒が、疑問を投げかける。
 それもそうだ。あれだけ歪くんに「海くんに近づくな」みたいな事を言っておいて、海さんに近づけるなど、本末転倒もいいところだ。
 「大丈夫。なんかあったら私達が守ればいいし。それに、海くんはテニス部に抜擢されてる、“有能”よ?だから、力の差を見せつければ、コイツも海くんに安易に近づく愚かさも知るだろうし」
 「お前らやめろよ!俺は歪をそんな風に見ていなーー」
 「まぁ、それもそうかもな!」
 「確かに!」
 「そうだ!」
 海さんの反論は、大勢の自分の味方によって遮られる。これじゃあ、どっちが敵なんだか……わたしは呆れてるのと、やっぱり飛び火が怖いから、存在を消してこの件の終息を見守る。
 「決まりね…じゃあ、海くん、行きましょ」
 「…」
 数人の生徒がカゴを持って、テニスコートへ向かう。まだ固まっている歪くんを前に、海さんは参ったなぁっと頭をかいて、
 「…何か悪いことしたな…ごめん!歪!あいつらには、俺がなんとか言っとくから気にしないでくれ!」
 ピクリッと歪くんの指先が動く。
 「気ぃにするわっっっ!」
 やっと歪くんが奇怪な動きで、硬直状態から元に戻る。表情は貼り付いたような笑みが剥がれ、血の涙を流していた。
 「あーキレた!キレた!もう僕何するかわかんねー!」
 海さんは、歪くんのテンションの上がり下がりに唖然とする。わたし達もまだ、歪くんの行動はついていけない。
 「うーみぃぃぃ!!受けてやるぅ!テニスと言う青春感が否めないその勝負!!!」
 歪くんは「歪む現実」でラケットをその場に出し、海さんに突きつける。似たような事を言うが、普通の人なら逃げるか、無視するだろうが海さんはニヤリと爽やかに笑い、
 「歪がいいなら俺はいいぜ?あ、でも純粋にスポーツとしてな?あいつらの変な賭けは忘れていいからな」
 海さんは歪くんのラケットを優しく左手で下げ、スッと右手を出した。仕切り直しの握手だ。
 しかし、
 「はぁぁぁ!?僕を舐めてるのかぁ!?ジョートーだよ!やってやろうじゃんかぁ!」
 歪くんはせっかくの手を振り払い、奇怪な動きで、わざわざ蒸し返さなくていいものを蒸し返すと、決戦の地であるテニスコートに向かう。
 見事にこの場を台無しにして……
 「…」
 海さんは予想だにしない歪くんの行動で、目が点になっている。わたしは謝罪を入れると、歪くんの後を追った。わたしでは無理かもしれないが、歪くんを思い留まるせるために…
 「まぁ…気にすんな海。アイツはあーゆー奴だ、時期になれる」
 「お、おう…」
 後ろで里壊くんが海さんの肩に手を置き、一様のフォローをしているのが見えた。
 
 「ひ、歪?本当にやるの?海さんはやらなくていいってーー」
 「やんなきゃっ!」
 歪くんはその場で立ち止まると、顔だけをわたしに向けてた。表情はまるでこれから命を賭ける程の勝負をしにくいような顔をしていた。
 「いつも見てた…漫画の『主人公』はさ、こういう不利な勝負に逃げないんだよ……ここで逃げたら僕は永遠に『脇役』のままなんだ…平均すら超えれないただの『脇役』になるんだ…だから、僕は戦う。負けないように、『脇役』にならないように、例え『悪役』になっても…」
 初めて、めちゃくちゃな言い分だが、歪くんの心の声を訊けた気がした…けど、返す言葉が見つからない…
 歪くんは強くラケットを握りしめ、テニスコートに向かう。
 
「アイツ、マジだな…俺の時みたいにならなきゃいいんだが…」
 いつの間か、里壊くんが隣に立っていた。
 「『俺の時みたいに』って?」
 その隣に海さんも。「俺の時みたいに」…今まで見てきた歪くんからわかる事は、勝負に関して、歪くんが納得するまで永遠に続くと言う事だ…たとえ歪くんを殺したとしても、「歪む現実」で戻ってくるからだ。まるでゾンビのように…いや、ひょっとすると、理性がある分、ゾンビよりタチが悪いかもしれない…
 「ん、いや…なんでもない…」
 「…そうか…じゃあ、俺先に行くわ」
 「おう…」
 
 「あ、はい…」
 海さんは、相変わらず爽やかで軽快な走りで、テニスコートに向かう。
 「歪くんの事…言わなくて大丈夫なの?」
 「海と歪のためだ…」
 里壊くんは思いつめた表情で、海さんと、少し先を歩いている歪くんの背を見つめる。
 わたしは、あえて聞かなかった。多分、答えはわかってる。
  
「待たせたなぁ!!!!!」
 歪くんはアウェーすぎるのにも関わらず、わざわざ大声でテニスコートの扉を大袈裟に開く。返された反応は……誰でも思いつくだろう。
 「「「待ってねーよ!!!」」」
 やっぱり。
 わたし達は歪くんの方のコートで試合を見ることにした。
 「まぁまぁ、お前ら。これから真剣勝負が始まるんだ。スポーツマンシップに乗っとって、尊重してやってくれよ」
 海さんはまだ歪くんを庇ってくれている。本当にイケメンだ。みんなは海さんの頼みならと思って、不満そうな顔で口を結ぶ。彼の人格故とも言える。
 「そーだぜ?お前らには、スポーツマンシップが足らないなぁー!そんなんじゃあ僕以下になっちゃうよ?平均より下になるよぉ?」
 「「「っ…!」」」
 煽り上手な歪くんは、みんなが言い返せないのをいい事に演技がましく指を指す。みんなは反論しようと口を開くが、海さんの言葉のお陰で、悔し紛れにゆっくりと怒りを押し殺すように口を閉じる。
 わたしと里壊くんはやれやれとため息を漏らす。
 まったく……歪くんは後先の事を考えていないのか…
 「と、とにかく!海くんと歪の一対一の試合を始めるわ!ルールは簡単。四ポイント先取で勝ち。以上!」
 さっきの女子が審判を取り仕切る。
 「おけ」
 海さんは爽やかに、ストレッチしながら答える。動作一つ一つが黄色い声援を作り出す。
 「わかたよー」
 歪くんは虚ろな目で海さんだけを見つめて、ラケットを構える。
 「サーブは海くんから!」
 女子は海さんにあざとくボールを投げ、海さんは爽やかにボールをキャッチした。また、黄色い声援が上がる。
 「いくぜ?歪!」 
 「まぁ、お手柔らかにぃ…!」
 海さんは、素人のわたしにもわかるぐらい、綺麗なフォームでボールを天に投げた。その時はまるで、時が止まっているようにすら見える。
 刹那
 停止した時間を断ち切るように振り下ろされたサーブは、目で追いきれないほどに弾丸のように、歪のサービスエリアに入った。
 「嘘ぉー!」
 「うしっ!」
 目をパッチリ見開いて混乱する歪くんの前で、ガッツポーズをとる。
 「スゲー!見えなかったわ!流石“有能”!」
 「よっ!我らが海くん!!」
 観客は最高潮の盛り上がりを見せる。
 「ねぇ?里壊くん。さっきからみんなが言ってる、“有能”って何?」
 わたしは彼らが口々に言う、“有能”が引っかかり、海さんの一番近くに居た里壊くんに聞いた。
 「あー…亜依は知らないのか…えーとな“有能”って言うのはだなぁーー」
 「“有能”って言うのは、異能高校が部活動で全ての学校に勝つ為に選ばれた生徒の総称よ!亜依さん!」
 「え、あ…はい…」
 審判の女子が里壊くんの説明を遮り、わたしにドヤ顔で“有能”の説明をした。里壊くんは驚いて、
 「どんだけの地獄耳だよ…この声援の中で聞き漏らさないとか…」
 「それって、スポーツが得意って、ことなのかな…?」
 「それだけじゃないわ!」
 「地獄耳だなー」
 里壊くんはもはや清々しいとばかりに女子を見る。
 女子は試合を一時中断してまで海さんの説明をする。海さんと歪くんは、何待ち?と言わんばかりに立ち尽くすばかりだった。
 「“有能”は大会で勝った分、賞金が異能高校から受け渡され、さらには!勝った分学費の大幅免除まであるのよ!つまりは!スポーツなら“異能”持ちも敵じゃないって事よ!!」
 「へ、へー…あ、ありがとうございます…」
 わたしは一様の礼を言う。女子は満足そうに審判に戻っていった。
 「も、もういいか?あと、俺はそこまでじゃないよ」
 「またまた謙遜しちゃって〜。ごめんなさいね、海くん。じゃあ続けるわ。サーブは……歪から」
 女子は適当にノールックで歪くんにボールを投げた。歪くんは奇怪な動きでキャッチーー
しようとするが、落としてしまい、奇怪な動きでボールを拾った。
 みんなは歪くんの動きを見て嘲笑する。
 「じゃあ…いくよー!それ!」
 歪くんは弱々しくて、誰でも取れるほどの速さのサーブを打つ。“有能”と言われる海さんにとって、これは圧倒的チャンスボールになってしまう。
 スポーツなら“異能”すら敵ではない“有能”…つまり、実力の差が大きいということだ。
 「そんなサーブじゃ打ち返しちまうーー」
 「歪め!」
 歪くんの放ったボールが、一瞬で目の前から消え、次の瞬間海さんの足元にボールが出現し、サービスエリアに落ちる。間違いない。歪くんの“異能”「歪み現実」だ。
 「えっ!?」
 
流石の“有能”の海さんも、呆気にとられて口をあんぐり開けている。
 
「アヒャヒャヒャ!あれあれあれ?“有能”なのにこんなサーブも取れないのー?」
 自分の事を散々庇った海さんを煽りに煽る歪くん。みんなのイラつきも最高潮になっている。
 「すげーな、歪!お前こんなことも出来るのかよ!」
 しかし、海さんは爽やかに歪くんを評価する。やっぱり、イケメンだ。
 「ちょっ、ちょっと待ちなさい!“異能”を使うなんて、ズルよ!卑怯よ!最低よ!」
 「そうだ!」
 「勝てないからってそれは無いわ」
 もちろん、みんなは歪くんの不正を認めない。ギャラリーが不満を漏らす。
 「て言われてもねー。“異能”使っちゃダメっていわれてないしぃー。スポーツじゃあ“有能”には“異能”持ちじゃあ勝てないんでしょ?なら、『勝てない』なら“異能”使ってもいいんでしょ?プラマイゼロだろ?不正はなかったぜ」
 歪くんは顎に手を当て、目を合わせず、キョトンとした顔で屁理屈混じりに答える。
 「そんなことっーー」
 歪くんの屁理屈は人をイラつかせる。仕切っていた女子も流石に怒りを抑えきれずーー
 「いや、いいよ。“異能”持ちとテニスすることないし。いい機会だからやらせてくれ!」
 「…海くんが言うなら…」
 怒りが爆発する一歩手前で、海さんの好奇心が功を奏し、事無きを得る。
 にしても、イケメンだ…正直、初めて会った歪くんをここまで受け入れたのは、海さんが初めてだ。
 なんて、器が広いんだ…!
 
 歪くんは満足いく結果にコートで奇怪なステップを踏んでいた。
 「なんだあの踊り…ドラクエの『不思議な踊り』か…?」
 「マズイ!みんな気をつけろ!混乱するぞ!」
 「「「どちら様!!」」」
 しかし、歪くんが調子に乗っていたのはここまでだった…
 いくら“異能”持ちでも、スポーツでは“有能”には勝てない…
 「歪み現実」で別の場所にボールを貼り付けても、海さんは瞬発力と反応速度でそのボールをより強い威力で歪くんのコートに返される。なにより、海さんは体つくりをしてスタミナも充分あるが、歪くんは数分足らずで、もう息切れをしていた……そしてーー
 試合は歪くんが一点、海さんはーー言うまでもないだろう……
 その後、海さんの頼みであの女子が言った、賭けは取り消しになったが…
 歪くんは完膚なきまでの大敗北を与えられ、一時は荒れに荒れたが、わたしと里壊くんでなんとか抑える事には成功した。
 ちなみに、抑えられた歪くんは、
 「次は、超える…!!」
 っと、血の涙を流し、息巻いていた。
 あまりにも歪くんが暴れるので、また、海さんの頼みでこの勝負はノーカンだと言う事になった。
 
 
 里壊くんが言っていた、「海と歪のためだ」それはきっと、
 海さんが心置きなく、変な気遣いなく、できるだけマイナスな印象を与えず、試合をできるようにと…
 海さんが万が一、口が滑って歪くんに里壊くんとの戦いの事を興味本意で聞いてしまって、歪くんが変な気を起こさない様にと…
 
 けど、歪くんのことだ。今回のことを引きずって、また海さんといらない勝負をするかもしれない…そんな不安を抱えながら、わたしは床の間に着いた。
 
 翌日、また悩みの種が増えたと難儀しながら教室に入った。
 
 「そいでさー、僕的にはぁー、やつぱりぃー、この曲の方が好きかなぁー」
 「あ!?マジ俺も!」
 わたしはびっくりした。何故なら、歪くんがあれだけ執念を燃やしていた海さんと、仲よさそうに話していたのだ。
 「お、おはよう、歪くん。ど、どうしたの?」
 「『どうしたの?』ってどしたの?」
 質問を質問で返すなんて、反則だ…
 わたしは歪くんの地雷を踏まないように、慎重に聞く。だいぶ慣れてきた。
 「えーっと…ほら…海さんとーー」
 
「あーそれね!実はね、海くんはなんと!こんなに人気者だから、てっきりチャラチャラした軽ーい曲ばっか聴くと思ったら、案外、ボカロ中心に聴くみたいなんだよ!」
 
歪くんは珍しく人を評価していた。まぁ、評価してる中に批評があったけど…
 「そ、それがーー」
 「いやー!人は見かけによらないねー。イケメンなのにボカロ大好きって!これこそ、ギャップ萌えってやつかな?そういうのが嫌いじゃないのよさ!」
 歪くんは海さんの周りを、奇怪な動きで舞いながら、自分が惚れ込んだ理由を熱烈に話す。
 「そ、それって、つまりーー」
 「彼は!僕と同じ理想を持っている!つまりぃ!彼は他ならない僕のお友達さぁ!」
 歪くんはそう言うと、両手を広げて「すしざんまい」のポーズをとった。
 「おう!よろしくな!」
 海さんも爽やかな笑みで、グッドマークをする。
 「どうやら、仲良くなれたみたいだな」
 後ろから、里壊くんが腕を組んでやっとか…と言う風に出てきた。わたしは、コクッと強くうなずく。知らない間に笑っている事に気づく。
 「じゃあ、改めて!よろしく!」
 「よろしくね!海くん!」
 わたしは自分で言うのもあれだが、珍しく最初から「くん」付けで呼べた。これは、海くんの人の良さからなのか、それとも、歪くんの近くにいて感覚がーー言葉を借りるなら、歪んだからなのか…
 
何はともあれ。わたし達に新しく、テニス部の“有能”、イケメン、空山 海くんが加わっ
た。
 Distortionな歪くん 07 「有能」 完
 国立異能高校は広大な敷地を持っており、その大きさから多数の設備を整っている。
 昨日の昼休みの一件で、歪くんと里壊くんが友達になったのはいいが、先が読めない歪くんが何をしでかすか、不安でしかない。
 わたしはそんな事を考えながら、正門の白亜の広い道を歩いていた。
 「おはよ。平輪さん。ほら、里壊も」
 
「…おう…」
  横から歪くんの声がして、わたしはその方向を向いた。  
 歪くんは相変わらず寝癖ができていて、隣には里壊くんもボンヤリした口で眠そうな顔で立っていた。
 「うん、おはよう。歪くん、里壊くん」
 わたし達は三人で、教室に向かう。
 
教室に入ると、歪くんがまるで異端者を見るような目で周りの生徒から見られていた。
 「おい…お前めっちゃ見られてるじゃん…」
 「参ったねー。やっぱ人気者は辛いぜ」
 里壊くんが机に物を置きながら、自分の机に向かう歪くんに苦言をもらす。それを歪くんが肩をすくめて、皮肉を込めて返していた。
 その発言でさらに歪くんへのヘイトが溜まる。
 憎まれ口しか叩けないのかと、わたしはため息を吐く。
 わたしと歪くんがそれぞれ、自分の席に座り一時間目の準備をする。歪くんは「歪み現実」で教科書、ノートを貼り付けて出している。
 「それにしても、歪くんの『歪み現実』って便利な“異能”だよね」
 わたしは準備を終え、歪くんに聞いた。
 歪くんは少し微笑み、
 
「まぁね。でも、欲を言うと『現実を別の現実』で歪ませるんじゃなくて、『現実を非現実』で歪ませたかったなぁ…」
 その時の歪くんが、何故だか自分の劣等感を呪うような表情をしているようにも見えて、わたしはなんとも言えない気分になる…
 
 わたしは逃げるように視線をそらす。見ると、里壊くんが周りの席の人と、楽しそうに話していた。わたしと歪くんの近くにいたのに嫌われていない。不思議だなと思ったが、その時はあまり気にならなかった。
 わたし達はその後、授業を淡々とこなし昼休みを迎えた。
 また昨日同様に沢山の生徒が屋上に行き、教室がもぬけの殻となっていた。
 わたし達は空いている椅子を拝借して、集まってお昼を食べる事にした。
 「そう言やぁ、歪。お前、屋上に行かねーのか?」
 唐突に里壊くんが歪くんに質問する。それを聞いて歪くんは顎に手を当て、首を傾げた。
 「ん?なんで?」
 「あ、確かに。歪くんは屋上に行ってみたかったんでしょ?」
 わたしは食べる手を止め、里壊くんの質問に乗っかる。
 「そう言う平輪さんもでしょ?」
 質問に質問で返す歪くん。わたしは少し戸惑いながら、「今、屋上に行かない理由」を話す。
 「えーっとね…わたし、沢山人が集まってる場所、苦手なんだよね…ほら、騒いでる人とか…」
 わたしの理由に対し、歪くんはわたしに指を指して、
 「あーっわかるわかるぅ。僕も静かに食べたいのに喋らないと生きていけないマグロみたいな輩がいるとテンション下がるしね〜」
 歪くんは騒がしく答えた。
 それを聞いて、わたしと里壊くんは苦笑いをする。
 「…まぁ、人にはいろいろあるな…俺にはさっぱりわかんねーけど」
 里壊くんは苦言混じりにこの話を終わらせようとする。
 わたしは察して次の話題を振った。
 「…つ、次の時間って確か、『体育』だったね!」
 「あー、だな」
 「うん」
 会話を途切れさせないように、話題をできるだけ振るようにした。
 何故かーーそれは、気まぐれすぎる歪くんがなんかの拍子で、また里壊くんに攻撃を仕掛けるかもしれないからだ…
 自分でもあくびが出そうな話題、自分語り、エトセトラ、エトセトラーー
 後半は何を話したか覚えてない。
 そしてーー
 キーンコーンカーン
 「よし。グラウンドに行こうか」
 「おう」
 「う、うん…」
 わたしは、昼休みの会話を途切れさせないように努力したため、精神的に疲れている状態になっていた。
 これから苦手な体育だと言うのに、付いて行けそうにない。そんな不安の中、わたし達はグラウンドに向かう。
 
 「にしても…広いなぁ…」
 里壊くんが額に手を当て、眼前に広がる東京ドーム半子分ほどあるグラウンドを見つめる。
 「広いねぇ」
 「うん。広いね…」
 わたし達はあまりの広さに、「広い」のただ一言につきる。
 流石異能高校だ。「国立」だと言う事をことごとく実感させられる。
 しばらく広大なグラウンドでポツンと立っていると、一人の男子生徒がこちらへ、颯爽と手を振って走ってくる。見覚えがある。里壊くんが朝話していた人だ。
 「おーい!里壊ー!」
 間近で見た第一印象はーーイケメンだ。
 風になびくさらさらとした前髪、夢や希望に満ち溢れた真っ直ぐな視線、そして爽やかな笑顔。あ、後キラリと光る白い歯。
 うん。イケメンだ。
 しかし不思議と、特別な感情を持つことは無い。
 
             かい
「おー。海」
 里壊くんが手を振り返す。
 どうやら、そのイケメンは「海」さんと言うらしい。
 
 里壊くんと海さんは割と打ち解けている。確かに朝、里壊くんが話してたのは見たけど、誰かと話してるなぁとしか思わなかった。
 
 「里壊、もしかしてあいつが歪って奴か?」
 「おう」
 海さんが歪くんに興味を示す。それに乗じて歪くんも、
 「うーむ…僕も随分と有名になったねぇ。左様!僕は征上 歪!君は?」
 「…」
 里壊くんが一回「海」と呼んでいたのを、聞いてないのか、覚えてないのか…
 歪くんは本当に自分が興味を持つものしか見ない…わたしは内心、少し呆れた。
                                                         
 「あ、自己紹介がまだだったな。俺は空山 うみ。よろしくな!歪!」
 普通の人なら、ここで気分を害していたであろう。けど、海さんはそれを気にせず、爽やかに自己紹介をした。
 「よろしくにぃ」
 歪くんは手を差し出した。海さんもその手をーー
 「ちょっと待て!海くん!」
 「そんな奴と握手したら、海くんの手が汚れちゃう!」
 クラスメートの女子を筆頭に、クラスの全員がぞろぞろとこちらに向かってくる。
 歪くんはその体勢のまま固まっている。
 「おい。どうしたんだよお前ら?『汚れる』とか言ったら悪いだろ?」
 海さんは歪くんのフォローに入る。しかし、嫌われすぎた歪くんのフォローは難しい。
 「海くんは知らないの?そいつは人を殺してるのよ?」
 「そうだ!こんな奴、お前に近づけちゃ駄目だ!」
  歪くんが嫌わてるのもあるが、海さんの人望は物凄い。この場にいるわたしと里壊くん、海さん以外のみんなが歪くんの敵になっている。
 歪くんは固まったままだが、何かの拍子で暴れ出すかもしてれない…そうなったら、止められるかどうか……
 「お前等、並べ」
 突然後ろから熊の様な太い声が聞こえる。その声を聞いた途端、みんなが静まり返った。
 わたし達は黙々と、丸刈りの頭に傷跡がついた、テニスラケットとボールが入った籠を持った、ヤクザの様な教師の前に整列した。
 着ているジャージには、オーダーメイドなのか、「鬼面組」とプリントされている。
 その教師は、手に持ったカゴをドンッと置いて、
           きめん ごうき
 「俺は、鬼面 剛鬼だ。今日の体育はテニス。確実準備して、あっちのテニスコートで適当にやれ…」
 そう言うと鬼面先生はのしのしと、何処かへ歩いて行った。
 ツッコミどころの多さに、みんなが混乱してる中、一人の女子が前に出て、固まったままの歪くんに指を指した。
 「そうだっ!あんた、海くんとテニスで勝負しなさい!」
 女子の突然の提案に、みんながまた混乱する。
 「おい。コイツを海に近づけていいのか?危ねー奴なんだろ?」
 
  一人の男子生徒が、疑問を投げかける。
 それもそうだ。あれだけ歪くんに「海くんに近づくな」みたいな事を言っておいて、海さんに近づけるなど、本末転倒もいいところだ。
 「大丈夫。なんかあったら私達が守ればいいし。それに、海くんはテニス部に抜擢されてる、“有能”よ?だから、力の差を見せつければ、コイツも海くんに安易に近づく愚かさも知るだろうし」
 「お前らやめろよ!俺は歪をそんな風に見ていなーー」
 「まぁ、それもそうかもな!」
 「確かに!」
 「そうだ!」
 海さんの反論は、大勢の自分の味方によって遮られる。これじゃあ、どっちが敵なんだか……わたしは呆れてるのと、やっぱり飛び火が怖いから、存在を消してこの件の終息を見守る。
 「決まりね…じゃあ、海くん、行きましょ」
 「…」
 数人の生徒がカゴを持って、テニスコートへ向かう。まだ固まっている歪くんを前に、海さんは参ったなぁっと頭をかいて、
 「…何か悪いことしたな…ごめん!歪!あいつらには、俺がなんとか言っとくから気にしないでくれ!」
 ピクリッと歪くんの指先が動く。
 「気ぃにするわっっっ!」
 やっと歪くんが奇怪な動きで、硬直状態から元に戻る。表情は貼り付いたような笑みが剥がれ、血の涙を流していた。
 「あーキレた!キレた!もう僕何するかわかんねー!」
 海さんは、歪くんのテンションの上がり下がりに唖然とする。わたし達もまだ、歪くんの行動はついていけない。
 「うーみぃぃぃ!!受けてやるぅ!テニスと言う青春感が否めないその勝負!!!」
 歪くんは「歪む現実」でラケットをその場に出し、海さんに突きつける。似たような事を言うが、普通の人なら逃げるか、無視するだろうが海さんはニヤリと爽やかに笑い、
 「歪がいいなら俺はいいぜ?あ、でも純粋にスポーツとしてな?あいつらの変な賭けは忘れていいからな」
 海さんは歪くんのラケットを優しく左手で下げ、スッと右手を出した。仕切り直しの握手だ。
 しかし、
 「はぁぁぁ!?僕を舐めてるのかぁ!?ジョートーだよ!やってやろうじゃんかぁ!」
 歪くんはせっかくの手を振り払い、奇怪な動きで、わざわざ蒸し返さなくていいものを蒸し返すと、決戦の地であるテニスコートに向かう。
 見事にこの場を台無しにして……
 「…」
 海さんは予想だにしない歪くんの行動で、目が点になっている。わたしは謝罪を入れると、歪くんの後を追った。わたしでは無理かもしれないが、歪くんを思い留まるせるために…
 「まぁ…気にすんな海。アイツはあーゆー奴だ、時期になれる」
 「お、おう…」
 後ろで里壊くんが海さんの肩に手を置き、一様のフォローをしているのが見えた。
 
 「ひ、歪?本当にやるの?海さんはやらなくていいってーー」
 「やんなきゃっ!」
 歪くんはその場で立ち止まると、顔だけをわたしに向けてた。表情はまるでこれから命を賭ける程の勝負をしにくいような顔をしていた。
 「いつも見てた…漫画の『主人公』はさ、こういう不利な勝負に逃げないんだよ……ここで逃げたら僕は永遠に『脇役』のままなんだ…平均すら超えれないただの『脇役』になるんだ…だから、僕は戦う。負けないように、『脇役』にならないように、例え『悪役』になっても…」
 初めて、めちゃくちゃな言い分だが、歪くんの心の声を訊けた気がした…けど、返す言葉が見つからない…
 歪くんは強くラケットを握りしめ、テニスコートに向かう。
 
「アイツ、マジだな…俺の時みたいにならなきゃいいんだが…」
 いつの間か、里壊くんが隣に立っていた。
 「『俺の時みたいに』って?」
 その隣に海さんも。「俺の時みたいに」…今まで見てきた歪くんからわかる事は、勝負に関して、歪くんが納得するまで永遠に続くと言う事だ…たとえ歪くんを殺したとしても、「歪む現実」で戻ってくるからだ。まるでゾンビのように…いや、ひょっとすると、理性がある分、ゾンビよりタチが悪いかもしれない…
 「ん、いや…なんでもない…」
 「…そうか…じゃあ、俺先に行くわ」
 「おう…」
 
 「あ、はい…」
 海さんは、相変わらず爽やかで軽快な走りで、テニスコートに向かう。
 「歪くんの事…言わなくて大丈夫なの?」
 「海と歪のためだ…」
 里壊くんは思いつめた表情で、海さんと、少し先を歩いている歪くんの背を見つめる。
 わたしは、あえて聞かなかった。多分、答えはわかってる。
  
「待たせたなぁ!!!!!」
 歪くんはアウェーすぎるのにも関わらず、わざわざ大声でテニスコートの扉を大袈裟に開く。返された反応は……誰でも思いつくだろう。
 「「「待ってねーよ!!!」」」
 やっぱり。
 わたし達は歪くんの方のコートで試合を見ることにした。
 「まぁまぁ、お前ら。これから真剣勝負が始まるんだ。スポーツマンシップに乗っとって、尊重してやってくれよ」
 海さんはまだ歪くんを庇ってくれている。本当にイケメンだ。みんなは海さんの頼みならと思って、不満そうな顔で口を結ぶ。彼の人格故とも言える。
 「そーだぜ?お前らには、スポーツマンシップが足らないなぁー!そんなんじゃあ僕以下になっちゃうよ?平均より下になるよぉ?」
 「「「っ…!」」」
 煽り上手な歪くんは、みんなが言い返せないのをいい事に演技がましく指を指す。みんなは反論しようと口を開くが、海さんの言葉のお陰で、悔し紛れにゆっくりと怒りを押し殺すように口を閉じる。
 わたしと里壊くんはやれやれとため息を漏らす。
 まったく……歪くんは後先の事を考えていないのか…
 「と、とにかく!海くんと歪の一対一の試合を始めるわ!ルールは簡単。四ポイント先取で勝ち。以上!」
 さっきの女子が審判を取り仕切る。
 「おけ」
 海さんは爽やかに、ストレッチしながら答える。動作一つ一つが黄色い声援を作り出す。
 「わかたよー」
 歪くんは虚ろな目で海さんだけを見つめて、ラケットを構える。
 「サーブは海くんから!」
 女子は海さんにあざとくボールを投げ、海さんは爽やかにボールをキャッチした。また、黄色い声援が上がる。
 「いくぜ?歪!」 
 「まぁ、お手柔らかにぃ…!」
 海さんは、素人のわたしにもわかるぐらい、綺麗なフォームでボールを天に投げた。その時はまるで、時が止まっているようにすら見える。
 刹那
 停止した時間を断ち切るように振り下ろされたサーブは、目で追いきれないほどに弾丸のように、歪のサービスエリアに入った。
 「嘘ぉー!」
 「うしっ!」
 目をパッチリ見開いて混乱する歪くんの前で、ガッツポーズをとる。
 「スゲー!見えなかったわ!流石“有能”!」
 「よっ!我らが海くん!!」
 観客は最高潮の盛り上がりを見せる。
 「ねぇ?里壊くん。さっきからみんなが言ってる、“有能”って何?」
 わたしは彼らが口々に言う、“有能”が引っかかり、海さんの一番近くに居た里壊くんに聞いた。
 「あー…亜依は知らないのか…えーとな“有能”って言うのはだなぁーー」
 「“有能”って言うのは、異能高校が部活動で全ての学校に勝つ為に選ばれた生徒の総称よ!亜依さん!」
 「え、あ…はい…」
 審判の女子が里壊くんの説明を遮り、わたしにドヤ顔で“有能”の説明をした。里壊くんは驚いて、
 「どんだけの地獄耳だよ…この声援の中で聞き漏らさないとか…」
 「それって、スポーツが得意って、ことなのかな…?」
 「それだけじゃないわ!」
 「地獄耳だなー」
 里壊くんはもはや清々しいとばかりに女子を見る。
 女子は試合を一時中断してまで海さんの説明をする。海さんと歪くんは、何待ち?と言わんばかりに立ち尽くすばかりだった。
 「“有能”は大会で勝った分、賞金が異能高校から受け渡され、さらには!勝った分学費の大幅免除まであるのよ!つまりは!スポーツなら“異能”持ちも敵じゃないって事よ!!」
 「へ、へー…あ、ありがとうございます…」
 わたしは一様の礼を言う。女子は満足そうに審判に戻っていった。
 「も、もういいか?あと、俺はそこまでじゃないよ」
 「またまた謙遜しちゃって〜。ごめんなさいね、海くん。じゃあ続けるわ。サーブは……歪から」
 女子は適当にノールックで歪くんにボールを投げた。歪くんは奇怪な動きでキャッチーー
しようとするが、落としてしまい、奇怪な動きでボールを拾った。
 みんなは歪くんの動きを見て嘲笑する。
 「じゃあ…いくよー!それ!」
 歪くんは弱々しくて、誰でも取れるほどの速さのサーブを打つ。“有能”と言われる海さんにとって、これは圧倒的チャンスボールになってしまう。
 スポーツなら“異能”すら敵ではない“有能”…つまり、実力の差が大きいということだ。
 「そんなサーブじゃ打ち返しちまうーー」
 「歪め!」
 歪くんの放ったボールが、一瞬で目の前から消え、次の瞬間海さんの足元にボールが出現し、サービスエリアに落ちる。間違いない。歪くんの“異能”「歪み現実」だ。
 「えっ!?」
 
流石の“有能”の海さんも、呆気にとられて口をあんぐり開けている。
 
「アヒャヒャヒャ!あれあれあれ?“有能”なのにこんなサーブも取れないのー?」
 自分の事を散々庇った海さんを煽りに煽る歪くん。みんなのイラつきも最高潮になっている。
 「すげーな、歪!お前こんなことも出来るのかよ!」
 しかし、海さんは爽やかに歪くんを評価する。やっぱり、イケメンだ。
 「ちょっ、ちょっと待ちなさい!“異能”を使うなんて、ズルよ!卑怯よ!最低よ!」
 「そうだ!」
 「勝てないからってそれは無いわ」
 もちろん、みんなは歪くんの不正を認めない。ギャラリーが不満を漏らす。
 「て言われてもねー。“異能”使っちゃダメっていわれてないしぃー。スポーツじゃあ“有能”には“異能”持ちじゃあ勝てないんでしょ?なら、『勝てない』なら“異能”使ってもいいんでしょ?プラマイゼロだろ?不正はなかったぜ」
 歪くんは顎に手を当て、目を合わせず、キョトンとした顔で屁理屈混じりに答える。
 「そんなことっーー」
 歪くんの屁理屈は人をイラつかせる。仕切っていた女子も流石に怒りを抑えきれずーー
 「いや、いいよ。“異能”持ちとテニスすることないし。いい機会だからやらせてくれ!」
 「…海くんが言うなら…」
 怒りが爆発する一歩手前で、海さんの好奇心が功を奏し、事無きを得る。
 にしても、イケメンだ…正直、初めて会った歪くんをここまで受け入れたのは、海さんが初めてだ。
 なんて、器が広いんだ…!
 
 歪くんは満足いく結果にコートで奇怪なステップを踏んでいた。
 「なんだあの踊り…ドラクエの『不思議な踊り』か…?」
 「マズイ!みんな気をつけろ!混乱するぞ!」
 「「「どちら様!!」」」
 しかし、歪くんが調子に乗っていたのはここまでだった…
 いくら“異能”持ちでも、スポーツでは“有能”には勝てない…
 「歪み現実」で別の場所にボールを貼り付けても、海さんは瞬発力と反応速度でそのボールをより強い威力で歪くんのコートに返される。なにより、海さんは体つくりをしてスタミナも充分あるが、歪くんは数分足らずで、もう息切れをしていた……そしてーー
 試合は歪くんが一点、海さんはーー言うまでもないだろう……
 その後、海さんの頼みであの女子が言った、賭けは取り消しになったが…
 歪くんは完膚なきまでの大敗北を与えられ、一時は荒れに荒れたが、わたしと里壊くんでなんとか抑える事には成功した。
 ちなみに、抑えられた歪くんは、
 「次は、超える…!!」
 っと、血の涙を流し、息巻いていた。
 あまりにも歪くんが暴れるので、また、海さんの頼みでこの勝負はノーカンだと言う事になった。
 
 
 里壊くんが言っていた、「海と歪のためだ」それはきっと、
 海さんが心置きなく、変な気遣いなく、できるだけマイナスな印象を与えず、試合をできるようにと…
 海さんが万が一、口が滑って歪くんに里壊くんとの戦いの事を興味本意で聞いてしまって、歪くんが変な気を起こさない様にと…
 
 けど、歪くんのことだ。今回のことを引きずって、また海さんといらない勝負をするかもしれない…そんな不安を抱えながら、わたしは床の間に着いた。
 
 翌日、また悩みの種が増えたと難儀しながら教室に入った。
 
 「そいでさー、僕的にはぁー、やつぱりぃー、この曲の方が好きかなぁー」
 「あ!?マジ俺も!」
 わたしはびっくりした。何故なら、歪くんがあれだけ執念を燃やしていた海さんと、仲よさそうに話していたのだ。
 「お、おはよう、歪くん。ど、どうしたの?」
 「『どうしたの?』ってどしたの?」
 質問を質問で返すなんて、反則だ…
 わたしは歪くんの地雷を踏まないように、慎重に聞く。だいぶ慣れてきた。
 「えーっと…ほら…海さんとーー」
 
「あーそれね!実はね、海くんはなんと!こんなに人気者だから、てっきりチャラチャラした軽ーい曲ばっか聴くと思ったら、案外、ボカロ中心に聴くみたいなんだよ!」
 
歪くんは珍しく人を評価していた。まぁ、評価してる中に批評があったけど…
 「そ、それがーー」
 「いやー!人は見かけによらないねー。イケメンなのにボカロ大好きって!これこそ、ギャップ萌えってやつかな?そういうのが嫌いじゃないのよさ!」
 歪くんは海さんの周りを、奇怪な動きで舞いながら、自分が惚れ込んだ理由を熱烈に話す。
 「そ、それって、つまりーー」
 「彼は!僕と同じ理想を持っている!つまりぃ!彼は他ならない僕のお友達さぁ!」
 歪くんはそう言うと、両手を広げて「すしざんまい」のポーズをとった。
 「おう!よろしくな!」
 海さんも爽やかな笑みで、グッドマークをする。
 「どうやら、仲良くなれたみたいだな」
 後ろから、里壊くんが腕を組んでやっとか…と言う風に出てきた。わたしは、コクッと強くうなずく。知らない間に笑っている事に気づく。
 「じゃあ、改めて!よろしく!」
 「よろしくね!海くん!」
 わたしは自分で言うのもあれだが、珍しく最初から「くん」付けで呼べた。これは、海くんの人の良さからなのか、それとも、歪くんの近くにいて感覚がーー言葉を借りるなら、歪んだからなのか…
 
何はともあれ。わたし達に新しく、テニス部の“有能”、イケメン、空山 海くんが加わっ
た。
 Distortionな歪くん 07 「有能」 完
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