Distortionな歪くん

Sia

Distortionな歪くん 06 「大切なアイデンティティ」

Distortionな歪くん 06 
「大切なアイデンティティ」
 
「『いきなり』って、言ったけど、最初に殴ったのは君だ。つまりは、僕が被害者。そしてこれは、れっきとした正当防衛だ。不正はなかったぜ?」

 誰がどう見ても、過剰防衛だ…それなのに歪くんは、悪びれもなく、自分が一方的な被害者であると、肩をすくめてそう話す。
 幸いこの異次元の喧嘩の目撃者は、教室に残った少人数しかいない。

 一方で志等奴さんは、

 「『正当防衛』って、お前な…殴った俺が悪いけどよ…“異能”を使うこたぁねーじゃねぇか。まぁどんな攻撃かわからなかったがよ」

 志等奴さんはタンタンタンと、歪くんが攻撃に使用した凶器が散らばった、床の上でステップを踏みながら構え、曇りなき眼で歪くんを見つめる。

 「言い訳無用!!歪め!!」

 また、歪くんは「歪む現実」で刃物を志等奴さんに突き刺す。が、やはり志等奴さんの“異能”で無効になって、床に落ちる。

 「うわっ!びっくりした!まったく訳わかんねー“異能”だなぁ!」
 
反撃に出た志等奴さんの回し蹴りが、歪くんの脇腹にクリーンヒットする。

 「が、はぁっ!」


 歪くんは痛みに耐えきれず当たった場所を抑えながら、その場に跪く。が、また「歪む現実」で立ち上がる。
 その時、わたしの頭によぎったある事。それはーー

 (…どっちかが、『負け』を認めるまで終わらないんじゃ…)


 理由は、簡単である。
 まず歪くんが攻撃しても、原理はわからないが、彼の“異能”「理解できない」で無効になってしまうこと。
 次に、彼の格闘術で歪くんに大ダメージを与えられても「歪む現実」で歪くんが復活してしまうこと。

 要するに無限ループだ。

 ハッと、歪くんは何か企んだのか、不敵な笑みを浮かべた。

 「仕方ない…僕の超必殺ウルトラスーパーデラックスアルティメットハイパー秘伝の奥義を見してあげよう…!」

 歪くんは小学生が思いつきそうな、技名を絞れるだけ絞って、下手な演技で右手をスッと構えた。

 「なんだ?なんだ?」

 彼は眉をひそめて、防御に特化した体制に移行する。

 「喰らえ!必殺技『ヒズミックオーバー…パンチ』!!!」

 歪くんは、勢いよく彼に向かって突進をする。

 「ダサい!歪くん!ダサすぎるよ!」

 「技名ダッサ!!」

 志等奴さんは、歪くんのネーミングセンスに不意を突かれ、防御の体制が緩んでしまい、歪くんのパンチが当たってしまう。

 「グハッ!」

 その瞬間、志等奴さんに初めて歪くんがダメージを与えることができたのだ。パンチの威力は弱いが、志等奴さんは動揺を隠せないでいる。

 「な、なんで?」

 動揺に歪む志等奴さんの顔を見て、歪くんは満足そうに笑って、

 「なんで?って、当たり前だろ?だって僕は『パンチ』って言う公開情報を出しているだろ?」

 「そ、それがなんだ?」

 歪くんはナルシストのポーズをとって、志等奴さんに格好をつけて指を指す。

 「いやー、さっきから君がどーしても、分かろうとしないからさ…分からせてやった」

 ネタがわれたのか、志等奴さんは苦笑をして両手をフリーにした。

 「俺の…負けだよ…あぁそうだよ、俺の“異能”『理解できない』は、理解さえしなければ自分に起きた事は無効になる」

 「歪む現実」の攻撃が通じない、“異能”の正体は、分かって仕舞えばシンプルな“異能”。
 この短時間に歪くんは、もう理解していたのかと思うと、情報処理能力に優れているのだと感じた。
 
わたしは歪くんに、素直な感想を話す。

 「歪くん。すごいね!志等奴さんの“異能”をこんなに早く見破るなんて!」

 すると歪くんは顎に指を添えて、わたしから少し目を逸らす。

 「…で、でしょ…す、すごいでしょ。け、計算通りだ、った…よ…」

 返答がぎこちない。まさか、たまたまなのか。志等奴さんも、疑いの目を歪くんに寄せる。

 「いや、絶対嘘だろ」

 志等奴さんも歪くんに白い目を向けた。

 「あー!そうだよ!嘘だよ!お前が『理解できない』、『理解できない』言うから、馬鹿でも分かるように厨二病心をマックスにして技名叫んでやったんだよぉ!まだ戦争してーのかぁ!?」

 「え、え〜…」

 追い詰められた歪くんがとうとう吹っ切れた。
 一瞬、すごいと思ったけど、わたしの以上な期待もあった分、イメージダウンな感じが否めない。

 「ま、まぁ、歪くん。志等奴さんも『負けた』って言ったんだし…」

 「まだだよ?」

 「へ?」

 乾いた返答の後で、歪くんはラスボスのようなポーズをとって、志等奴さんを見下すように見つめる。

 「『敵を完璧にねじ伏せてこその完全勝利』だ。普通に『負け』を認めたくらいじゃダメなんだ。そうじゃないと僕は、平均を超えられない…それだと僕は真の主人公になれやしない」

 「は?お前、何言ってんだ?俺はお前に謝ったし、俺はお前と戦う気はない!だから、もういいだろ?」

 いつになく、歪くんはシリアスだ。(ポーズはアレだけど…)
 いったい、何が歪くんを戦わせようとしているのか…歪くんの背後には「負」の感情が取り憑いてるようにすら、見えてくる。
      .   .  .   .
 「突き刺す…!」

 歪くんの攻撃に志等奴さんは、とっさに防御する。が、「突き刺す」事を理解してしまっているため、腕を防御に使い、致命傷は負わなかったものの、たくさんの刃物が刺さってしまった。

 「っぐっ!いでっ!」

 わたしは慌てて、歪くんの両目を後ろから、両手で塞ぐ。

「もうやめて!」
 
「ちょっ、平輪さん離してくれない?…見えない…!」

 「歪くん!やめなよ!志等奴さん!早く歪くんの『目の届かない所』に!」

 わたしは、志等奴さんに避難を呼びかけた。志等奴さんはそれを理解し、こくっと頷いて、全速力で両手をかばいながら教室を飛び出した。
 わたしは少し時間を開けてから、歪くんから手を離した。
 
歪くんは虚ろな眼差しで、

 「平輪さん、なんで?」

 「…!」

 わたしは歪くんの自分勝手で、迷惑な振る舞いに怒りが込み上げ、歪くんを睨んで、その問いに答えず志等奴さんを探しに行った。

 ふと、後ろを見てみたら、歪くんは貼りついた笑みで虚無を見つめていた。

 「…また嫌われちゃったか…」

 ボソッと歪くんが呟いた、気がした。





 わたしは歪くんの代わりに志等奴さんに謝ろうとして、ほとんど人がいない廊下を早歩きで探していた。

 歪くんを無視してしまった後悔と、もうすぐ昼休みが終わるせいもあり、わたしの歩く速度も速くなりーーいや、もう走っていた。

 一階を調べ終わり、二階の階段を走り抜け、ちょうど、三年のクラスがある廊下の曲がり角を曲がるときのことであった。

 なんと、曲がり角の先には、あの「一手刀両断」と言う、自分が触れたものを真っ二つにできる“異能”を持った、断谷がいたのである。

 速度が上がっていたため、案の定、止まり切れず断谷にあたってしまった。
 (昔の少女漫画みたいに…)

 「うわっ!」

 「きゃあっ!」

 衝突の衝撃で、メガネが飛んでしまう。すみませんっと、謝りつつ、メガネを探す。
 メガネを外した時の視力は、人に言えたものではない為、ひどくボヤけた視界の中で愛用のメガネを探す。

 「…これだろ?」

 「あ、ありがとうございます…」

 わたしは無意識にメガネを、悪い意味で聞き覚えのある声の主から受け取った。
 わたしはメガネをかける。あっ、とすぐに思い出す…さっきぶつかった相手はーー

 「あっ、断谷先輩…」

 まずい、まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい

 まずい、地雷を踏んでしまった…
 わたしは、断谷の気がふれないように、もう一度謝罪する。

 「すみません!本当に、すみません!」

 わたしは、頭を下げたまま固まる。

 「まぁ…気にすんな…顔上げな…」

 「へ?」

 予想外の展開にわたしはつい、声が出てしまう。
 顔を上てみると、何故か断谷はよそよそしい

 「なぁ?ひとつ、頼まれてくれ」

 ここで、頼みを断ったら絶対なんかされる。できそうな、頼みだったら受け入れよう。できそうになかったらーーとにかく頑張ろう…わたしはそう思い、なんですか、と聞く。

 「…も、もう一度、メガネ、外してくんねえか?」

 もっと無理難題を押し付けられそうだと、思ったが、そんなことでいいのか…
 わたしは、メガネを外しながら、

 「こ、これで大丈夫ですか…?」

 「…!お、おう!」

 ボヤけてあまり見えないが、断谷はさっきよりよそよそしい。

 「ど、どうしましたか…?」

 わたしは断谷に聞いてみる。すると断谷は、ポケットから携帯のようなものを取り出して、

 「しゃ、写メ撮っていいか…?」

 わたしは、そこで異変に気づく。そもそも、わたしは写真映りが悪い。ここは丁重にーー

 ーーカシャッ

 「へ?」

 「あ、悪りぃ!手が滑った!」

 今の音は、写真を撮った音だ。間違いない。わたしはメガネをかけて、写真のデータを消すように説得しようと試みる。

 「ちょ、ちょっと…!勝手に撮らないでくださいよ!デ、データ消してください!」

 断谷は、それを聞くとスッと写真を見せてきた。
 そこには、わたしと同じショートヘアーの異高生が写っていた。なかなかの美少女だ。

 「ど、どうしたんですか?早く消してーー」

 「付き合ってくれ!」

 「へぇ!?」

 断谷の顔を見ると、断谷は顔を真っ赤にして、照れくさそうにしている。正門の時とは大違いである。
 
 「いやいやいや!な、ナンデワタシナンカト!?」
 
「…かわいいから…」

 「か、『かわいいから』って…それだったらこの写真に写ってる美少女の方が、断然お似合いかと…」

 断谷はため息をついて、顔を赤くしたままでわたしをジッと見つめ、画面に指を指した。

      .   .  .   .  .  .   .   .   .  .   .  .   
 「この美少女がお前なんだよ!!」

 「はぇっ!!!!?」

  わたしは声が裏返るほどの奇声をあげた。
 だって、そんなはずがない。
 もし、そうだとしたら、わたしは自分の事を「美少女」と評価していたみたいに、なってしまう…

 「わたし、こんなお目目、パッチリしてませんよ…?」
 
 「お前、鏡見てんのか?」

 断谷はわたしに呆れるように下を向く。

 「メガネを外した状態だと、ボンヤリしか見えないので、ある意味では…見てません…」

 すると、断谷は覚悟を決めたかのように、

「とにかく!俺様とメガネから、コンタクトにして、付き合ってくれや!!」

「いや!あのっ、え〜…」

 わたしは曖昧な返事をする。それを見かねた断谷はわたしの腕を掴んで、

 「柄にもなく言ってんだからよ、なぁ?付き合ってくれよ!」

 「や、やめてください!」
 (こんな展開、最近の安い漫画でも見ない…)
 
 わたしは振りほどこうと必死になる。今日はとことん付いてない。
 歪くんと無理にでも一緒に探してたら、まだマシな展開に歪んでたのかな…

 ガッ

「グハッ!!」

 見ると、断谷が顔面に勢いよく飛び蹴りされていた。

 「歪くっ…!?志等奴さん!?」

 その蹴りを入れた張本人は、志等奴さんであった。頭の右側にできた寝癖で、一瞬歪くんに見えた。

 断谷は、蹴られた方のほっぺを手で押さえて、志等奴さんに殺意の目をむける。

 「志等奴さん、ありがとう…そのさっきは、歪くんが…ごめんね…」

 わたしは少し気まずいが、礼と謝罪を言う。
 志等奴さんの腕にーー正確には学生服に、刃物を抜いた痛々しい跡が残っていた。その穴から見える傷口を見て、罪悪感がわたしを襲う。

 「いいよ別に、なんか困ってるぽかったし。それにあいつは、言っちゃあならないことを言った…!」

 志等奴さんは、真っ直ぐな瞳で断谷に目を合わせる。
 まるで漫画の主人公みたいに。

 「『言っちゃあならないこと』ってなんだよ。心当たりねーぞ」

 断谷は頭の後ろに両手を置き、そっぽを向く。志等奴さんが言う「言っちゃあならないこと」そこには信念に近いものを感じる…

 「それはなーー」

 「おっと。まさかクセーこと言うんじゃあ、ねーだろなぁ?」

 断谷が嘲笑しながら横槍を刺す。

 「お前がどう思おうと、俺はどうでもいい」

 男らしく、彼はあっさりとした反論をする。

 「改めて言う、それはーー」

 それは……
志等奴さんは拳を構える。断谷もそれを見て構えた。

 


「メガネ属性からメガネを取ったら、何にも残らねーんだよ馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 「そんなことぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 志等奴さんは、一直線に断谷の顔面にストレートを入れた。断谷は予想外の主張に対して防御が緩み、ダメージを軽減できずに、スロー再生のように廊下に大きな音を立て、倒れる。
(こんな場面、さっきも見た気が…)

 「いっで!!」

 志等奴さんも傷ついた腕を使ったため、その場に跪く。だいぶ無理をしていたのだろう。尋常じゃない程の汗をかいている。
 もしかすると、さっきも立ってるのもやっとだったのか。わたしは駆け寄る。

 「だっ、大丈夫!?で、ですか!?」 

 「大丈夫…じゃな…いで!」

 わたしは志等奴さんのボロボロになった腕を肩にかけ、

 「と、とりあえず、保健室にーー」

 パッと二人で立ち上がった瞬間、志等奴さんのボロボロだった学生服が、歪くんと戦う前の状態に戻り、同様に志等奴さんの傷口は元に戻っていた。

 パチパチパチ

 振り向くと貼りついた笑みの歪くんが、拍手をしながらゆっくりとこちらに近づいてくるところだった。

 「歪くん…」

 わたしは唖然とする。
 何故、必要以上にしつこく狙っていて自分が傷つけた相手を、いとも容易く助け、何の罪悪感が無いように、平然と被害者の前に立って等れるのか分からなかった…

 歪くんは志等奴さんに近づく。

 「なんだ?まだやろうってか?」

 志等奴さんはわたしの手を振りほどき、警戒する。

 「いやー。追撃のつもりで来てみたら、まさか君が僕と同じ考えだったとは…驚いた」

 「同じ考えって?ーー」

 「メガネ、ガネメ属性推奨派だったことだよ!もう!白々しい!でも、そういうの嫌いじゃないぜ?」

 意外にも、歪くんは明るく志等奴さんに接していた。
 志等奴さんも警戒がとかれ、表情も和らぐ。

 「へぇ〜。お前と同じか…けど、どうした?急に?手のひら返しで?」
 
歪くんは演技がましく、

 「僕はね、『僕と同じ理想』を持つ奴となら、友達って奴になれるんだよ。だから!この意味わかるよね?」

 「いや、分からん」

 歪くんの問いかけに、またあっさりと答える。歪くんは大袈裟にガッカリとして、

 「はぁー…つまり、僕のお友達オブ・ザ・マイフレンドになれって言ってんだよ!勘が悪いなこんちきしょう!」

 歪くんは寝癖のついた髪を掻きながら、ちょっと、恥ずかしそうにごちゃごちゃに歪んで答える。
 志等奴さんはその答えを聞くと、キョトンとして、あぁそんなことかと、言わんばかりの顔をする。

 「なんだよお前、相変わらず訳わかんねー奴だな…とにかく、まぁ…よろしくな」

 「あ、僕の事を殴ったことはまだ忘れないから、そのつもりでよろしく」

 やっと、和解できた、和ましい雰囲氣を台無しにする一言をサラッと、貼りついた笑みで話す歪くん。
 一瞬志等奴さんの表情が曇った様にも見えたが、割り切ったのかため息を吐いて何も言わない。

 「あの…さっき、無視してゴメンね…歪くん良かったら、まだ友達でいてくれる?」

 わたしは会話の空白に、歪くんへの謝罪を入れる。
 今までわかってきた中で、歪くんは『嫌い』と判断すると、とことん嫌う。だから、わたしの事を嫌いになってないか、不安になり確認の為「友達でいてくれる?」と言った。

 「大丈夫だよ平輪さん!僕のよっぽどの事がなけりゃあ、平輪さんを『嫌い』にならないよ!無視される事にも慣れてるしぃ!」
 
歪くんは満面の笑みで、わたしと目を合わせる。
 わたしはホッとして、胸に手を当てた。

 「良かった…仲直り?できたね。あ、志等奴さん、わたしの名前は平輪 亜依。よろしくね!」

                                                      りかい
 「あぁ、よろしく。俺のことは、里壊でいいから」

 「うん!よろしく里壊くん!じゃあ、わたしのことも、亜依でいいよ」

 
 キーンコーンカーン

 互いの紹介を終えた、ちょうどに、昼休み終了のチャイムが鳴る。そこでわたし達三人はある事に気づく。

 「あ、ヤベ!飯食ってねぇ!」

 「僕も」
 
「わたしもだ!」

 わたし達は急いで教室に向かった。

こうして、とても内容の濃い昼休みで、わたしと歪くんの新たな友達。 
 「メガネ属性推奨派」で、“異能”「理解できない」[ノット・アンダースタンド]を持つ彼、志等奴 里壊くんが加わった。

 少し鈍感な所もあるけど、やる時はやる、頼りになる友達だ。

 
 Distortionな歪くん 06 
「大切なアイデンティティ」 完

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