俺だけが知っている学年マドンナの裏の顔
1話 始まりは、突然
「俺と付き合ってください!」
まただ。またもその言葉を聞いた。天空は快晴、雲ひとつ無い放課後。高校の全体を見渡せる生徒棟の屋上で、頭を下げる男子生徒と、その言葉の元、男子を見下ろす女子生徒。
これはいわゆる『告白現場』である。人生でそうそう回ってこない、一大決心。異性に対して誠心誠意、愛の感情を伝える形式。その光景を、屋上へ続く入口を覆う屋根の上、給水タンクと共にある少しのスペースから、高校2年、霞夜水面は偶然眺めていた。
「ごめんなさい」
女子生徒がそう言った瞬間、男子生徒はまるで絶望を体感したかのような表情で、気まずそうに笑う。
「そ、そうだよな、急に。ご、ごめん!」
「いえ、気持ちは嬉しいわ。ありがとう!」
彼の手を取って、ニコリと微笑みかける女子生徒。きっとその男子生徒には、聖母か、はたまた天使と見間違えたことだろう。それほどの容姿を、彼女は持っている。
彼女の名は雪女輝夜、2年生のマドンナ。頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗の三すくみ。胸囲も一部ファンに提供された情報ではFカップあるとか。凛と鈴の鳴るような綺麗な声で、身長も165cmと普通。黒く、一本一本がまるで高級な服の繊維のように綺麗な腰まで伸びた髪、誰もを魅了するひとつの曇もない済んだ黒い瞳。季節関係なくそのきめ細やかな白い肌は彼女の名前を際立たせる。
曰く、『太陽の雪女』など、『白きかぐや姫』など、名が通っている。
そんな彼女に両手を包まれ、さらに天女のような微笑みをされて、顔を赤らめない男はいない。男子生徒はそのまま逃げるようにしてその場を去った。
そんな『現場』を、水面はバレないように見ていた。そしていつも思う、また始まる、と。
少し間が空いて、彼女はおもむろに屋上のフェンスの近くに寄った。そして
「あー、ほんと。鬱陶しいわね毎日毎日!」
ガシャン!と、屋上のフェンスを蹴った。先程まで優しき笑顔を浮かべていた彼女はどこにもおらず、溜まっていたものをぶつけるようにフェンスを蹴っていた。
水面は、驚きもしない。これが『日常』。彼女、雪女輝夜の本当の顔なのだ。毎日毎日、押し寄せてくる告白を全て断わって、1人になっては愚痴を言い回る。彼女は人の見ているところで太陽を騙り、1人になれば夜になる。だからこそ、皮肉混じりに彼だけがこう呼んでいる。『アマテラス』と。
その日も、期を見計らって撤退しようと考えていた水面だったが、悪手となった。
ガタン!
たまたま、伏せていた足が貯水タンクに当たり大きな音を発したのだ。
「誰っ!?」
彼女もその大きな音の方向へと振り返る。水面はバレないように全力で伏せていたが、徐々に貯水タンクの方向へと登ってくる彼女に対して冷や汗が伝う。
「誰か、いるの.........?」
恐る恐る、ハシゴを彼女は登る。そうして、ついに彼と目が合った。しかも間近、鼻先が触れ合う数十センチ手前で。
「きゃっ!?」
「危ないっ!」
このまま行けば、いくらスポーツ万能な彼女といえど背中から落下して大怪我をしてしまう。故に水面は咄嗟に動いた。伏せていた状態にも関わらずその場からまるで水に飛び込むように飛び降り、彼女を抱きしめながらなんとか受身を取って地面を転がる。
少し苦悶の声が漏れたが、体に走る痛みを我慢しながら最後まで彼女を守った。
「わっ......と、ごめん!」
そのまま逃げるようにして水面はその場を去った。必死に後日何も無いように祈りながら。
+++
翌日、昼休み。彼はソワソワしていた。いつどんな視線が自身に晒されてもおかしくはない、そんな気がしていた。しかしこの心配を以後卒業までしないといけないのは、気が重くなる。一人いる妹に内容をわかってないだろうが心配された。
「よっ、水面」
「あ、裕司」
彼の正面に座って明るい表情を振りまいてきたのは、中学三年間、高校二年間、時間を共にしてきた友達である久住裕司。サッカー部に所属しているイケメンである。
「どしたんだ?冴えない顔してさ」
「うるせ。元からだよ」
そんな水面の返しにいつも通りの爽やかスマイルを浮かべて弁当を広げ始めた。
「何かあったなら言えよー?」
「ああ、いや実はさ........」
水面は、裕司に対して昨日の出来事を話そうとした。その瞬間。
「ここが2年3組の教室で間違いないかしら?」
一言にして、凍りつく教室。いや、そう思ったのはきっと水面だけだろう。誰もがその美貌に目を奪われ、そして噂する。なんでここに彼女が、と。彼女は2年1組に在籍しており、ひとつ教室を挟んだこの組に用があることなんてないはずなのだ。
「あれー?輝夜さんじゃん!」
「うおっマジかよ!すっげぇなぁ......」
「ばっかお前、もう少し言葉をだな.......」
一気に話題は彼女へと。その場に現れれば必ず注目をさらっていく。雪女輝夜、"表向きは"そういう人物。
「相変わらず綺麗だよなーかぐや姫さんは」
「お、おう。そ、そ、そ、そうだな」
「ん?どうした水面。この世の終わりのような顔して」
「例えよ........」
そんな会話をしている間にも、彼女は教室中を見渡して、目的の人物を探す。そして、彼と目が合った。
直後、止まっていた彼女の足が動き出し、必然と教室全員の視線が彼女を追っていく。そして立ち止まった、運悪く、彼の目の前で。
「こんにちわ、霞夜水面くん」
挨拶と共に彼へと一通の、丁寧に封がされた手紙が手渡される。彼女は一瞬微笑んで、その後すぐに踵を返して教室を出ていった。驚愕という静寂を残して。
「み、水面.......お前」
「いや、待て、待つんだみんな。落ち着こう、落ち着いて素数を........」
「「霞夜ぇぇぇぇぇぇ!!」」
その後、彼へとクラスメイトは怒涛の、マシンガンのごとく質問を投げかけた。あの学年のマドンナが、何の変哲もないただの一般モブになんの用かと。これがまだ裕司ならば周りも納得しただろう。事実クラスでも、学年でも、久住裕司はイケメンであると認めている。否定しているのは自己だけである。
ようやく落ち着いたのは放課後。それでもこれが明日にはクラスを超えて学年全体へと知れ渡ることだろう。未だに落ち着いたと言えるかも怪しい状況である。
「にしても隅に置けないなぁ、水面は」
「違う.......:違うんだって.........」
「はーいはい、んで?手紙の中は?」
「あっ.......」
クラスメイトの質問攻めにより開封することを忘れていた手紙を、ようやく開封する。そこには達筆な字で、こう書かれていた。
ーーーーーーーーーーーー
霞夜水面くんへ
放課後、お話したいことがあります。
終わりのHRのチャイムとともに、生徒棟の屋上へと来てください。
雪女輝夜
ーーーーーーーーーーーー
それを読んで、ふと壁にかけている時計を見る。16:00分。HR終了のチャイムが15:30分。既に30分以上過ぎていた。
「あっ.........」
「これは........重大だな」
「いや、俺は悪くないだろ!?」
そう言いながら急いで帰りの支度をしてから教室をとび出た。なお、サッカー部は練習開始時間が16:30分。緩い部活なのである。もちろん水面は帰宅部だ。
春先、夏に向けて日照時間が長くなり、ちょうど燃えるような夕日が差し込む廊下を、急いで走り抜ける。階段を駆け上がり、行きも絶え絶えに屋上へと着いた。だが、そこに彼女の姿を見る事は叶わない。
「全く、淑女を待たせるなんてどういう精神の持ち主?」
その声は、水面の背後からかかった。振り返ると、まるで天から舞い降りた天使がそこに鎮座するかのように、水面がいつも『現場』をカンニングしていた場所に足をだらんと垂らし、遊ばせていた。
ようやく目的の人物が来て、彼女は華麗に飛び降りて着地を決める。昨日の事故が嘘だったかのように、ふわりと。
「まぁ、十中八九、私との関係を疑われて落ち着くまでに時間がかかったのでしょうけど」
「いや、なんで知ってんの」
「当然でしょう?バカ騒ぎしているのがこっちまで聞こえてきたわ」
やれやれ、と肩を竦め、再度、その瞳が鋭く彼を射抜いた。
「本題に移りましょう。.............見た、のよね?」
「........ああ」
「................そう」
その言葉が意味するところは、昨日の出来事だろう。どうせ隠してもおそらく無駄だと、水面はそう覚った。そして彼女もまた、頭を抱えるようにして困った顔をする。
「なんなら、君のあれを見たのは昨日が最初じゃない。そうだな、去年の冬頃だったかな」
「っ!?」
驚愕と同時に彼女の瞳が開かれ、次の瞬間にはキッ!と彼を睨んだ。だが、正直、彼はもうどうにでもなれと投げ出したためにどこまでも語る。
「驚いたな、目を擦ったりもした。まさか学年のマドンナにあんな裏があるなんてな」
「それは........あなた達が付けたものでしょう!?」
彼女が叫んだ。驚いた水面に、彼女は続ける。
「かぐや姫だの、マドンナだの、こっちはそんな名誉望んでないのよ!オマケになんで毎日告白してくるの!?迷惑極まりないでしょう!それに、すこし優しくしたからってその気があるなんておかしいじゃない!私は普通の生活が送りたい!なのに!勝手に容姿だけを見て担ぎあげて!こっちはそれに対応しなくちゃならなくなった!迷惑なのよ!!全部全部!!」
人柄がよければ、それだけで人が寄り付いてくる。容姿端麗ならば、それだけで告白してくる人がいる。彼女にとって、それは全て迷惑だと、そう切り捨てたのだ。本来、凡人が憧れて止まないものを、不要だと、言い切った。
「それが、君の本音か?」
「えっ........?」
スっと、カバンから取り出したのはスマートフォン。今の現代では多くの人々が通信機器の筆頭として使用している携帯の進化系。そこには、赤いマークとともにRECと表示されている。
「今のを、録音した。これを今すぐにでも放送室へ持って行って、流したらどうなるだろうな?」
「.......っ!?」
咄嗟に、彼のスマートフォンを取り上げようと彼女は飛びかかる。だが、いくらスポーツ万能な彼女といえど、十分な距離から迫られたならば対処は簡単。
「.........なんの、つもり」
「ほら、やっぱり名声が怖いんじゃないか。君が言うように、名声や人望が不要と言うなら、好きにすればいい、そういえば良かったんだ。だが君は俺からスマフォを取り上げようとした。君は怖いんだよ、今の地位を揺るがされるのが」
未だに睨む彼女を見て、ため息ひとつ、片手でスマフォを操作する。
「今の録音は消した。元を辿れば君の逆上を煽ったのは俺だからな。非があるのはこちら。別にさっきのをネタに君をゆすっても良かったんだが、生憎俺にはそんな度胸はない」
そう言うと水面はスマフォを閉まって、頭を下げた。
「ただ君の裏が意外すぎたってだけなんだ。覗き見してたことも、謝る。ごめん」
それを見て、彼女は何を思ったのか。怒り?侮蔑?それとも.........いや、それは彼女にしかわからない。「じゃあ.......」と言って、彼女は口を開く。
「私と付き合って」
「.........は?」
彼女の発言に、水面はぽかんと口を開けた。
まただ。またもその言葉を聞いた。天空は快晴、雲ひとつ無い放課後。高校の全体を見渡せる生徒棟の屋上で、頭を下げる男子生徒と、その言葉の元、男子を見下ろす女子生徒。
これはいわゆる『告白現場』である。人生でそうそう回ってこない、一大決心。異性に対して誠心誠意、愛の感情を伝える形式。その光景を、屋上へ続く入口を覆う屋根の上、給水タンクと共にある少しのスペースから、高校2年、霞夜水面は偶然眺めていた。
「ごめんなさい」
女子生徒がそう言った瞬間、男子生徒はまるで絶望を体感したかのような表情で、気まずそうに笑う。
「そ、そうだよな、急に。ご、ごめん!」
「いえ、気持ちは嬉しいわ。ありがとう!」
彼の手を取って、ニコリと微笑みかける女子生徒。きっとその男子生徒には、聖母か、はたまた天使と見間違えたことだろう。それほどの容姿を、彼女は持っている。
彼女の名は雪女輝夜、2年生のマドンナ。頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗の三すくみ。胸囲も一部ファンに提供された情報ではFカップあるとか。凛と鈴の鳴るような綺麗な声で、身長も165cmと普通。黒く、一本一本がまるで高級な服の繊維のように綺麗な腰まで伸びた髪、誰もを魅了するひとつの曇もない済んだ黒い瞳。季節関係なくそのきめ細やかな白い肌は彼女の名前を際立たせる。
曰く、『太陽の雪女』など、『白きかぐや姫』など、名が通っている。
そんな彼女に両手を包まれ、さらに天女のような微笑みをされて、顔を赤らめない男はいない。男子生徒はそのまま逃げるようにしてその場を去った。
そんな『現場』を、水面はバレないように見ていた。そしていつも思う、また始まる、と。
少し間が空いて、彼女はおもむろに屋上のフェンスの近くに寄った。そして
「あー、ほんと。鬱陶しいわね毎日毎日!」
ガシャン!と、屋上のフェンスを蹴った。先程まで優しき笑顔を浮かべていた彼女はどこにもおらず、溜まっていたものをぶつけるようにフェンスを蹴っていた。
水面は、驚きもしない。これが『日常』。彼女、雪女輝夜の本当の顔なのだ。毎日毎日、押し寄せてくる告白を全て断わって、1人になっては愚痴を言い回る。彼女は人の見ているところで太陽を騙り、1人になれば夜になる。だからこそ、皮肉混じりに彼だけがこう呼んでいる。『アマテラス』と。
その日も、期を見計らって撤退しようと考えていた水面だったが、悪手となった。
ガタン!
たまたま、伏せていた足が貯水タンクに当たり大きな音を発したのだ。
「誰っ!?」
彼女もその大きな音の方向へと振り返る。水面はバレないように全力で伏せていたが、徐々に貯水タンクの方向へと登ってくる彼女に対して冷や汗が伝う。
「誰か、いるの.........?」
恐る恐る、ハシゴを彼女は登る。そうして、ついに彼と目が合った。しかも間近、鼻先が触れ合う数十センチ手前で。
「きゃっ!?」
「危ないっ!」
このまま行けば、いくらスポーツ万能な彼女といえど背中から落下して大怪我をしてしまう。故に水面は咄嗟に動いた。伏せていた状態にも関わらずその場からまるで水に飛び込むように飛び降り、彼女を抱きしめながらなんとか受身を取って地面を転がる。
少し苦悶の声が漏れたが、体に走る痛みを我慢しながら最後まで彼女を守った。
「わっ......と、ごめん!」
そのまま逃げるようにして水面はその場を去った。必死に後日何も無いように祈りながら。
+++
翌日、昼休み。彼はソワソワしていた。いつどんな視線が自身に晒されてもおかしくはない、そんな気がしていた。しかしこの心配を以後卒業までしないといけないのは、気が重くなる。一人いる妹に内容をわかってないだろうが心配された。
「よっ、水面」
「あ、裕司」
彼の正面に座って明るい表情を振りまいてきたのは、中学三年間、高校二年間、時間を共にしてきた友達である久住裕司。サッカー部に所属しているイケメンである。
「どしたんだ?冴えない顔してさ」
「うるせ。元からだよ」
そんな水面の返しにいつも通りの爽やかスマイルを浮かべて弁当を広げ始めた。
「何かあったなら言えよー?」
「ああ、いや実はさ........」
水面は、裕司に対して昨日の出来事を話そうとした。その瞬間。
「ここが2年3組の教室で間違いないかしら?」
一言にして、凍りつく教室。いや、そう思ったのはきっと水面だけだろう。誰もがその美貌に目を奪われ、そして噂する。なんでここに彼女が、と。彼女は2年1組に在籍しており、ひとつ教室を挟んだこの組に用があることなんてないはずなのだ。
「あれー?輝夜さんじゃん!」
「うおっマジかよ!すっげぇなぁ......」
「ばっかお前、もう少し言葉をだな.......」
一気に話題は彼女へと。その場に現れれば必ず注目をさらっていく。雪女輝夜、"表向きは"そういう人物。
「相変わらず綺麗だよなーかぐや姫さんは」
「お、おう。そ、そ、そ、そうだな」
「ん?どうした水面。この世の終わりのような顔して」
「例えよ........」
そんな会話をしている間にも、彼女は教室中を見渡して、目的の人物を探す。そして、彼と目が合った。
直後、止まっていた彼女の足が動き出し、必然と教室全員の視線が彼女を追っていく。そして立ち止まった、運悪く、彼の目の前で。
「こんにちわ、霞夜水面くん」
挨拶と共に彼へと一通の、丁寧に封がされた手紙が手渡される。彼女は一瞬微笑んで、その後すぐに踵を返して教室を出ていった。驚愕という静寂を残して。
「み、水面.......お前」
「いや、待て、待つんだみんな。落ち着こう、落ち着いて素数を........」
「「霞夜ぇぇぇぇぇぇ!!」」
その後、彼へとクラスメイトは怒涛の、マシンガンのごとく質問を投げかけた。あの学年のマドンナが、何の変哲もないただの一般モブになんの用かと。これがまだ裕司ならば周りも納得しただろう。事実クラスでも、学年でも、久住裕司はイケメンであると認めている。否定しているのは自己だけである。
ようやく落ち着いたのは放課後。それでもこれが明日にはクラスを超えて学年全体へと知れ渡ることだろう。未だに落ち着いたと言えるかも怪しい状況である。
「にしても隅に置けないなぁ、水面は」
「違う.......:違うんだって.........」
「はーいはい、んで?手紙の中は?」
「あっ.......」
クラスメイトの質問攻めにより開封することを忘れていた手紙を、ようやく開封する。そこには達筆な字で、こう書かれていた。
ーーーーーーーーーーーー
霞夜水面くんへ
放課後、お話したいことがあります。
終わりのHRのチャイムとともに、生徒棟の屋上へと来てください。
雪女輝夜
ーーーーーーーーーーーー
それを読んで、ふと壁にかけている時計を見る。16:00分。HR終了のチャイムが15:30分。既に30分以上過ぎていた。
「あっ.........」
「これは........重大だな」
「いや、俺は悪くないだろ!?」
そう言いながら急いで帰りの支度をしてから教室をとび出た。なお、サッカー部は練習開始時間が16:30分。緩い部活なのである。もちろん水面は帰宅部だ。
春先、夏に向けて日照時間が長くなり、ちょうど燃えるような夕日が差し込む廊下を、急いで走り抜ける。階段を駆け上がり、行きも絶え絶えに屋上へと着いた。だが、そこに彼女の姿を見る事は叶わない。
「全く、淑女を待たせるなんてどういう精神の持ち主?」
その声は、水面の背後からかかった。振り返ると、まるで天から舞い降りた天使がそこに鎮座するかのように、水面がいつも『現場』をカンニングしていた場所に足をだらんと垂らし、遊ばせていた。
ようやく目的の人物が来て、彼女は華麗に飛び降りて着地を決める。昨日の事故が嘘だったかのように、ふわりと。
「まぁ、十中八九、私との関係を疑われて落ち着くまでに時間がかかったのでしょうけど」
「いや、なんで知ってんの」
「当然でしょう?バカ騒ぎしているのがこっちまで聞こえてきたわ」
やれやれ、と肩を竦め、再度、その瞳が鋭く彼を射抜いた。
「本題に移りましょう。.............見た、のよね?」
「........ああ」
「................そう」
その言葉が意味するところは、昨日の出来事だろう。どうせ隠してもおそらく無駄だと、水面はそう覚った。そして彼女もまた、頭を抱えるようにして困った顔をする。
「なんなら、君のあれを見たのは昨日が最初じゃない。そうだな、去年の冬頃だったかな」
「っ!?」
驚愕と同時に彼女の瞳が開かれ、次の瞬間にはキッ!と彼を睨んだ。だが、正直、彼はもうどうにでもなれと投げ出したためにどこまでも語る。
「驚いたな、目を擦ったりもした。まさか学年のマドンナにあんな裏があるなんてな」
「それは........あなた達が付けたものでしょう!?」
彼女が叫んだ。驚いた水面に、彼女は続ける。
「かぐや姫だの、マドンナだの、こっちはそんな名誉望んでないのよ!オマケになんで毎日告白してくるの!?迷惑極まりないでしょう!それに、すこし優しくしたからってその気があるなんておかしいじゃない!私は普通の生活が送りたい!なのに!勝手に容姿だけを見て担ぎあげて!こっちはそれに対応しなくちゃならなくなった!迷惑なのよ!!全部全部!!」
人柄がよければ、それだけで人が寄り付いてくる。容姿端麗ならば、それだけで告白してくる人がいる。彼女にとって、それは全て迷惑だと、そう切り捨てたのだ。本来、凡人が憧れて止まないものを、不要だと、言い切った。
「それが、君の本音か?」
「えっ........?」
スっと、カバンから取り出したのはスマートフォン。今の現代では多くの人々が通信機器の筆頭として使用している携帯の進化系。そこには、赤いマークとともにRECと表示されている。
「今のを、録音した。これを今すぐにでも放送室へ持って行って、流したらどうなるだろうな?」
「.......っ!?」
咄嗟に、彼のスマートフォンを取り上げようと彼女は飛びかかる。だが、いくらスポーツ万能な彼女といえど、十分な距離から迫られたならば対処は簡単。
「.........なんの、つもり」
「ほら、やっぱり名声が怖いんじゃないか。君が言うように、名声や人望が不要と言うなら、好きにすればいい、そういえば良かったんだ。だが君は俺からスマフォを取り上げようとした。君は怖いんだよ、今の地位を揺るがされるのが」
未だに睨む彼女を見て、ため息ひとつ、片手でスマフォを操作する。
「今の録音は消した。元を辿れば君の逆上を煽ったのは俺だからな。非があるのはこちら。別にさっきのをネタに君をゆすっても良かったんだが、生憎俺にはそんな度胸はない」
そう言うと水面はスマフォを閉まって、頭を下げた。
「ただ君の裏が意外すぎたってだけなんだ。覗き見してたことも、謝る。ごめん」
それを見て、彼女は何を思ったのか。怒り?侮蔑?それとも.........いや、それは彼女にしかわからない。「じゃあ.......」と言って、彼女は口を開く。
「私と付き合って」
「.........は?」
彼女の発言に、水面はぽかんと口を開けた。
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