あ?悪役令嬢舐めとんのか?

下弦ノ月

第一話

「馬鹿!前出すぎや!」

誰も死なない。誰も傷つかない。新しい仲間のレベラゲに、と選んだのは簡単なクエストのはずだった。
単純な中型モンスターの討伐。難易度も高くはない、Sランクアタッカーがいれば数分で終わるもの。
それなのに、この惨劇はなんだ?ギルドからの応援を要求し、重傷者の手当でヒーラーは手一杯。
SランクアタッカーとAランクタンクは新入りを守って前に出る。それ以上、前へと出るな、と先輩の背に隠された後輩達は分かっているつもりだった。
だが、馬鹿がいた。モンスターには知性も、自らの身を守る為の術さえ知っている。奴らがフラついて、よろけるのは確かに弱っている証拠だ。
だからといって今ならいける、という判断をベテランは下さない。それが、罠だと知っているから飛び出すわけもない。
けれど、一人の男はそれが分かっていなかった。彼らも、小型のモンスターで学んでいるはずだ、と皆油断していたのだ。
この戦場、という場所で、冷静さを失えばそれは死に直結する。冷静に見極めなければいけない場面で、彼という男はその判断が出来なかったのだ。

「え…………。」

怯んだように見せかけたその巨大なモンスターは、その大きな手を振り上げる。その瞳は完全に男を捉え、かかったなと言いたげに口元へと弧を描く。
誰もがその死を悟った。男が飛び出した先へ、どれだけ急いでもたどり着くことは出来ない。そう、低ランク・・・・なら。

「か、はっ…………。」
「!!……え、り…シャ?」

その場にいた誰もが息を飲んだ。共に戦い、戦地を駆け抜けたはずの仲間。簡単に死ぬはずもないその人の体が地へ叩き付けられた。
その場に、恐怖が走り抜ける。彼女がいるから大丈夫。Sランクがいるのだから何とかなる。そう、思っていた彼、彼女ら。だが、その希望は馬鹿な男一人のせいで簡単に切り裂かれたのだ。
彼女へ向けていた思いは人それぞれだ。憧れを抱いていた者、友愛を向ける者、好意を寄せる者。
特に好意を寄せていた者にとって、その光景は簡単に心を砕いた。その手に握られていた大きな盾を落とし、タンクとしての役目も忘れてその小さな体へと手を伸ばす。

「リンク!!今は自分の役目を果たせ!」
「っ……くっそぉぉお!!!」

背後でなけなしのヒールを続けるヒーラーさえ、彼女の状況は大きなショックだった。再びその盾をしっかりと持ち、モンスターの攻撃を防ぐ彼。
全員の頭に、ぴくりとも動かない彼女への期待はもうない。名を馳せた強い人物だろうと、死ぬ時は、死んでしまうのだから。













「はぁ……はぁ……っ」

やっと、倒れた巨体を前に彼は座ることなく走った。彼女が倒れて数分、やっとギルドからの増援が駆けつけたのだ。中にはSランクのハンターも駆けつけ、事態はすぐに収まった。
今にも倒れそうな彼はヒーラーの手を振り解いて彼女の姿を探す。モンスターの攻撃を受け続けていた盾をほおり投げて、ろくに力の入らない掌で、彼女に乗った瓦礫を退かす。
近づいて、強くなる死の臭いに彼の手が震える。恐る恐る、リンクはその体を抱き寄せた。腹部からはとめどなく血が流れ頼もしい彼女の腕は動きそうにない。
だが、ぼろぼろの鎧越しに感じた彼女の体はまだ鼓動をしていた。生きたい、と叫ぶようにその体は弱々しくも懸命に鼓動を続ける。

「!……ソーラ!ソーラ来てくれ!!!エリシャが!!!」

彼の声に誰もが反応した。想像していた彼の嘆き、悲しむ声は聞こえない。代わりに、助けを必死に求める声。
嗚呼、彼女はまだ、生きているのだ、と皆が思う。ソーラと呼ばれたその人はその場を他に託して、すぐに走り出した。
息を切らし、声の主へと駆け寄ってその身を寄せる。そして、ソーラも彼女の命の灯火がまだ消えていないことに気づいた。
なけなしの魔力を振り絞って、その体へと輝く光を向ける。その命が、消えてしまう前に、炎が、燃え尽きてしまう前に。
幸いにも、彼女の命は助かった。誰もが安心したし、その存在はギルドになくてはならない存在だった。
旅が好きで、いつもふらりとどこかへ出掛けて、帰ってくると皆に土産を渡す。物好きな者には出先での話を聞かせて、彼女の周りにはいつも必ず人がいた。
仲間想いで、世話焼き。鈍感で、どんなアプローチにも気づかない。それでも、彼女の強く凛々しい姿には誰もが心惹かれていた。

「…………エリシャ。」

帰りの荷車で未だ目を覚まさない彼女の手をリンクが握る。そこに響くのは馬の足音だけで、賑やかな笑い声はなかった。
他のヒーラー達も彼女を癒すことに尽力した。体の傷は全て癒え、彼女の体は万全の状態まで回復した。だが、彼女は目を覚ます兆しを見せない。
それは、当たり前のことだ。どれだけ彼女の体を回復させたところで、彼女が受けたダメージは酷い。血液は半分以上流れ、彼女の体は生きているのが本当に奇跡、と言われるまで弱っていたのだから。
……彼女の意識は、今、どこにいるのだろうか。リンクが呟いた彼女の名前は、美しい夜空へと消えていく。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品