うちよそ村

とある学園の教師

アレイシアと4

私は戦場を駆ける。
自由の為に。
友を捨てたのだ、ただでは終わらせない。
「死ぬかと思った〜!」
阿呆みたいな声が聞こえる。
私は気にしなかった。
「おい、そこの嬢ちゃん。助けてくれ」
嬢ちゃん?今の私の姿を見て、その言葉が出るのか?
悪魔とも、龍とも呼べる異形を見てもなお?
「笑わせるな、お前も敵か?」
私は問う。
「それがどうかはわからんが、少なくとも敵対したい訳じゃない。OK?」
「そう簡単に爪を引っ込めるとは思うなよ」
「思ってない。段階を踏まなきゃいけないのは十全に理解しているつもりだ」
「調子のいい事を言っているつもりだろうが、凍らせてやろうかと思ってる次第だ。安心して命を差し出せ」
「無理だね。今のお前には俺を封じることも出来ない」
両手をスッと上げた男は、ナイフを何処からか取り出す。
体が警鐘を鳴らした。
この男は危険だ、と。
刹那、そのナイフを己の胸に突き立てた。
何かを呟いているが、気にしない。
私は咄嗟に後ろに跳躍した。
肉が盛り上がり、変形する。
男は7つの角、5対の肩峰が特徴的な異形と化した。
「生憎、俺もだ」
「ぐっ………」
「俺に触れると泥になるが、それでも戦うか?神をも喰らう力、食らって生き延びれると思うなよ」
「クソっ、今は戦っている余裕は無い。逃げなければならないんだ」
そう言うと、異形の体は再び人の形を成していく。
「そうか、それなら人間の姿になった方が良いんじゃないか」
「そうだな。お前の言う通りだ」
何故、この姿になっていたのだろう。
そう思うくらいには混乱していた。
「ああ、落ち着いた方がいい。お前は錯乱している」
「ふぅふぅ……」
私は深呼吸する。
そして、集中した。
体は人のようになり、ただ獣のような耳が生えた。
「わお、獣性を悪魔と重ねた姿か?」
「何を言っている?」
理解できない。じゅうせい、とはなんだろうか。
「何でもない。案外可愛いな、お前」
「は?ぶっ飛ばすぞ」
言われ慣れない言葉、そして照れ隠しに放ってしまった。
こんなこと、初めてだ。
今まで虐げられて来た私が、可愛いと?
お世辞だろうか。
「やめろ、その言葉は効かないぞ」
「そうか、可愛いぞ」
「ぐっ……」
魅惑的な言葉だ。心が締められる。
恋愛感情を知らないが、彼は何か洗脳する力があるのだろう。
「ほら、もっと可愛い顔を見せてごらん」
顎をクイっと。こう、クイっとしてきた。
「やめろ!触るな!気持ち悪い!」
「わお、俺の魅了が効かないのか。凄い精神力だ」
「お前、まさかスパイか!?」
「違うよ、遊んだだけだ」
「調子が狂うな……私は行かせてもらうぞ」
走り出す。
こんな奴と関わっている暇はない。
「なんでこんなにくっちゃべってるのに誰も来ないんだと思う?」
「…………確かに」
かれこれ、4、5分は話している。
「俺が殺しました」
「なに?」
受容器官がピクリ、と動く。
「いやー、見境なく襲ってきたもんでな。サクッと殺した」
「アイツらはそんな簡単に死ぬように作られていない筈だが」
「消したんだ。殺すのと訳が違う」
「お前、神族か」
私は殺意が湧いた。それが本当なら、殺さねばならない。
「敵だよ、あれは」
その一言に、私は拍子抜けした。
「なんだって?」
敵?龍達はコイツの事を仄めかしてすら居なかった。
外界の人間か?
「俺の家族を殺した、俺を悪魔にした奴らだ」
「お前も、復讐者か」
「そうだな。常に殺したいと思ってるが、殺せないで居る臆病な復讐者さ」
「そうか」
「お前からも、憎しみの臭いがする」
「そうか」
私は何も答えられない。
この男の正体が分からない。
なんだ?
何者だ?
「俺はクローヴェル。原初の星から舞い降りた世界樹の種The seed。宇宙最古の、人類だ」








「クローヴェル、貴公は神と同等だが神そのものではない。そういう事か?」
狭い小屋で、隣合わせで座る。
体が触れそうだ。
「ああ、ところでお前の名前を聞いていなかったな」
「アレイシアだ」
名の全てまでは言わない。
まだ、敵である可能性も捨てられない。
「アレイシア。いい名前だ。俺の世界にも似た言葉があったな………ああそうだ、始まりと終わりAla ithaだ」
「なんて?」
聞き取れなかった。
「独り言だ。ところで、この世界軸は来て間もないんだがどういう状況か教えてくれないか?」
「…………私も詳しくは知らない」
胡散臭いが、嘘は吐いている様子ではない。
だが、こちらは嘘を吐かせてもらう。
「そうか。それなら良い」
「貴公はどうして、この世界に来た」
「なんでだろうな。ただ放浪して、遊んで回ってる」
「やる気はあるのか?無気力にも程があるだろ」
「そうだな。好きなだけ罵ってくれ」
マゾヒストか?
その言葉を飲み込む。
「早くくたばった方がいい」
しかし、違う言葉が出た。
完全に無意識だった。
「ふむ、本音の洗脳は機能している、と」
「貴公、私で遊びすぎだろう?」
「実験だよ」
「……………うぐっ」
友人を思い出す。
今、どうしているだろうか。
「暇だ」
ポツリ、クローヴェルが漏らす。
「そうだな。やる事がない」
「昔話をしてくれ」
私は、安心しきってそう言った。
「そうだなぁ……………」
彼は乗ってくれた。
「昔昔あるところに、姉弟が居た。幼い頃に貴族に拾われた2人はすくすくと育った。そして、2人の双子の妹が生まれた。兄となった少年は、妹を溺愛した。そして、姉はそれを妬んでいた。何時か姉は姿を消し、弟は衰弱した。そんな時、神の悪戯が彼の家族を殺した。その時に、少年も殺されてしまった」
そう続けて、彼は口を噤んでしまった。
「それで話は終わってしまうのか?」
私は問うてしまった。
「いや、少年は死んだものの時が逆巻きになり、蘇った。そして、彼はそれを利用して復讐しようと誓った」
「逆巻き?」
「死に戻りとか、ループとか。色々な呼び名がある。続けるぞ」
「うむ」
「限られた時間を使って、彼は知識と力を蓄えた。そして、何度も何度もやり直して、失敗して、心が壊れていった。家族が死ぬ度に、心が軋んでいった。ひび割れた薄氷に何度も杭を打ち込まれて、耐えきれる人間が居るだろうか。少なくとも、俺は耐えた。耐えて、耐えて、耐えて、心を無にして耐えた。そして、ある時悪魔が俺に宿った。さっき見せたあれだ。あれが、俺の心を救った巣食った。だが、それでは足りなかった。憎悪の管理を押し付けられた被害者だった悪魔は俺に適当な力を授けたんだ。そして、それを過信した俺は失敗した。だから、死のうとしたんだ。でも出来なかった。それで、絶望に打ち伏し枯れてどうしようも出来なかった」
私は気づいた、途中から少年ではなく、俺と呼んでいることに。
自分のことである、と。
「そして、俺には幼馴染が居た。体が弱かった。それ故に、家族が殺された後に死んだ。理由は後にわかった。その悪魔は宿った者を不老不死にする力を持っていた。そして、俺に宿る前にはその幼馴染に宿っていたんだ」
「そんな…………」
皮肉にも程がある。
残酷過ぎる。
「血を分け与えようとしたが、彼女はそれが出来ない程に衰弱していて、憎悪も枯れ果てていたらしい。彼女の体が悪魔を拒絶し、死んでしまった。俺が殺したんだ」
「…………酷いな」
「ああ、だからアイツには恨まれててもしゃあないんだ」
悲しそうに笑う。
虐められていた私よりも残酷な現実に、絶句した。
「私は…………」
「あー、良いよ。話さなくて。まだ俺のこと信用してないんだろ」
「いや、包み隠さず話してくれた。それは信じるに値することだ。貴公の気遣い、痛み入る」
「はは、どうって事ない。俺は、自己満足の為に話しただけだ。不幸自慢では負けない自信がある」
「そうだな。貴公が一番だ」
私も釣られて笑ってしまう。
2人で談笑しているうちに、黄昏時になる。
「そろそろ寝ようかな」
クローヴェルが言う。
「この狭い小屋で?どうやって?」
「そりゃ添い寝に決まってるだろ。外で寝てたら狙われるぞ」
「ふむ………一理あるが、間違っても襲うなよ?」
巫山戯て言ってみる。
「残念、生えてないんだ。見るか?」
「見ないぞ!」
下ネタかよ。
だが、それなら安心だ。
私達は、向き合って寝た。
ここまで信頼出来る人間は、彼女以来初めてだった。

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