L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

闘技場2


 ぼろぼろのタロスの動きはぎこちない。
 それでも、執念のみで起き上がり、メイスを手に、歩もうとする。
 前方に佇むサートゥルニーなど目に入らぬかのように、進もうとする。
 だが、途中でメイスを手から零し、身体は崩れ落ちた。
 いくら藻掻こうとも、二度と立ち上がることは出来ない。
 翼を広げても、飛び立つことなどできない。
 なぜなら、タロスの自重は今、10倍ほどになっているからだ。
「あなたはそこで、アリシャ様の準備が整うまで、這いつくばっていてください」
「おっとぉ!? 何の力でしょうか? 魔法でしょうか? タロスの身体が崩れ落ちたかと思えば、全く身動きが取れない様子です!」
 実況が続く。
 アリシャは解体ショーを続けている。
 メアは、まだ、立っているのもやっとだ。
 サートゥルニーは冷めた目でタロスを見つめている。
 
「状況は依然変わりません。このまま、調理が終わるのを待つつもりのようです」
 実況の通り、状況は凍り付いている。
 だからつまらない。
 動きのない戦いなど、何の見世物にもなりはしない。
 メアが出来るだけ面白く見えるように、サートゥルニーに苦戦するフリをしてほしいと言わなければ、きっと終始このような状態だっただろう。
 その方が安全で効率的だ。サートゥルニーが好む方針でもある。
 不動の会場に、調理の音だけが響き。
 暫くして、
 
「おわったよ!」

 アリシャが、声を張って報告する。

「承知しました。今すぐに、終わらせます」
 サートゥルニーは、報告を受けて、すぐに詠唱を開始する。 

「火に焼かれ、残心、金魄ごんぱくを宿す――万物を支えし友愛の御手よ、その信頼を破り、柱無き恐怖のすべてを諭せ――下方重力コンデンス、自重にて不動、大地に眠れ――『マシズ・重力域インフィニティ』!」

 下方向にかかる重力を、一時的に増大させる術式。
 タロスの自重が瞬間的に1000倍を超える。
 60キログラムならば、60トン。100キロならば100トン。
 タロスは高質化した地面に押し付けられ、瞬く間に身体は潰れ、原形も保てない。
 構造上、血は流れず、潰れる内蔵も無いのが幸いだった。
 そうでないなら、とんだグロ映像と化していただろう。
 ただのゴミクズと化したタロスは、もはや生命でも魔物でもない。
 屍だ。
 たった一撃。勝負は一瞬でカタが付いた。
 
 重力の魔法は、この世界では珍しい。
 眼に見えない力。
 得体のしれない、圧倒的な力のように見える。
 現に、観客は静まり返り、実況も言葉を忘れている。

 何分ほど、沈黙が続いただろう。
 思い出したかのように、大声が響き渡る。
「決着! 決着です! なんということでしょう。一瞬で、タロスが潰れてしまいました!」
 実況の働きで、会場に歓声が戻ってくる。

「もう一度確認しますが、タロスはAランクです! このちびっこ! 計り知れないポテンシャルを秘めているようです! 今日はまだ第一戦、明日の第二戦が楽しみです!」 

 その間に、アリシャはスタッフのもとに何かの伝言を伝えに走っていた。
 それが今、実況席に伝達される。

「おっと、ここで『戦場のコック』調理担当からの伝言です、さばいたマグロは、会場内で販売するとのこと。詳しい金額は、部位とグラム数に応じるということです! 協賛『ディーウォ水産』への配慮もぬかりなし!」
 
 そうしてその日の第一戦は終了し、さばいたマグロは、王都内でもめったにない、生食、塩味のある出汁の効いたソースとレフォールわさびを付けて販売された。
 しかしパフォーマンスの影響もあり、瞬く間に完売。アリシャたちは売り子をしながら、終始、ディーウォ水産をよろしくお願いします。と声を振りまいた。
 結果、少し高めの値付けで、全部位の販売を終えて、約240ゴールドの収入。運送費用を考えると、ここから値引かれるが、それでも元は十分に取れたと言えるだろう。
 もちろん、収入はすべてディーウォ水産に還元した。 
 
 その後の第二戦、第三戦も、アリシャたちは闘技場で、調理&バトルという前代未聞のスタイルで全試合を勝ち上がり、Aランクのモンスターハントを制した。
『ディーウォ水産』も、知名度が飛躍的に上がり、たった三日で、店主の胃が荒れるほどに多忙になったらしい。


 そして、アリシャたちは、王都の軍部から、表彰のために召集を受けていた。
 今は王都行政区画の、建物の一室に通されている。
 豪華な絨毯の上に、アリシャ、メア、サートゥルニーの順で佇み、向かいの机には、軍の制服を身に着けた身分の高そうな人物が座っている。 
 アリシャはいつもの格好だが、王冠の上にベレー帽をかぶって隠していた。
 
 人物が揃ったところで、髭を生やした、ふくよかで白髪の男性が、口を開く。
「ようこそ、まずは、おめでとうと言うべきだろうな」
「あ、ありがとうございます」
 アリシャはやや緊張した様子だ。
「褒賞のほうはあとで渡そう」 
 「ところで」と男性は、アリシャの方を見て言葉を止める。
 しばらく、じっとアリシャの頭を見つめた後。
 隣のサートゥルニーに視線を移し、
「今日は、あの青いドレスの少女は、一緒ではないのだな」
 と言った。
 アリシャは、はっとして男性を見つめる。
 メルクリエのことを言っているのだ、とアリシャは瞬間で理解する。
「ウォージンガ砦の働きは聞いている。頭に王冠を乗せていたと聞いていたが、流石に今日は隠しているようだな、アリシャ=ハインリス」
 男性はにやりと笑う。
「ああ、えっと、その……」
 防具としての機能は折紙付きなので、身に着けているべきなのだが、王様でも姫でもないのに王冠など付けているのはよろしくない。
 アリシャは、捕まるのではないかと、びくびくしてしまう。
「どこの姫君かと思って調べさせたが、東西南北、どの王室にもそのような名の王族は存在しなかった。一応自覚はあるようだが、そのような紛らわしいファッションは、謹んでもわらないとな」
「すいません!」 
 と謝るアリシャの横で、メアは不機嫌になりつつある。
 ご褒美をもらいに来たのになぜ説教をされているのかと。
 軍部を預かるものとして、一応の忠告だよ、と男性は付け加え、
 男性は話を切り替える。さて、と。
「ところで、闘技場で優秀な成績を収めた者は、もれなく軍部に招待している。その理由は、何だと思うかね?」
 そして唐突なクイズ。
 それに答えたのはサートゥルニーだ。
「スカウトですか?」
「そのとおりだ。優秀な人材を、兵士として取り入れるため、こうして直々にスカウトをしている」
 男性は立ち上がり、アリシャに目線を合わせた。
「どうかね。君の活躍は、既に聞いている。砦、闘技場、どちらを見ても申し分ない活躍だ。本来よりも、幾分上の階級からの採用を約束しよう」
 そう、男性は言う。
 だが、アリシャの表情は明るくない。
 そもそも、アリシャは戦うことへの躊躇いが今もないわけではない。
 情報収集という点では中枢に接近できるというのは利点だが。
 アリシャは気は進まないまでも、すぐに断ることはせずに、迷った。
 迷って結局、
「少し考えさせてくれませんか」
「いいだろう。もしも入る気になったら、また訪ねてきてほしい。歓迎しよう」
 男性はそう言って、締めくくろうとする。
 話としてはもう終わりだと。
 そこに、メアは突っ込む。言葉で。
「質問をよろしいでしょうか?」
 何かね、と男性は応じる。
「不躾ですが。亜人たちが王都を攻めようと企てている理由についてはご存じなのですか?」
「理由? さぁ。知らないな。というよりも、それはわざわざ知る必要の無いことだ」
「必要がない……?」
「知ってどうするというのだね。私の仕事は国を守ることであって、それ以上のことはできん。敵にどのような事情があろうと、攻め入る者を、返り討ちにするのが仕事だ」
「王都侵攻が、人間の所為だとしても?」
 と、アリシャ。
「国を攻めようなどという輩は、気が狂っている者たちか、現状が気に入らない者たちのどちらかだ。邪魔だから排斥しようという事だろう?」
 君の知っている理由は、前者かね、後者かね。
 と一度問うも、男性は分り切ったかのように話を続ける。
「たとえ後者だとするなら、それは怨恨だ。そのようなものは、一朝一夕ではぬぐいきれん」
 
「違うんです」
 そういうことじゃない。
「人間たちの戦争で、放置されたままの死体が原因なんです」
「だからそれをどうにかしろとでも?」
 ここにきて、男性は少しイラつき始めていた。
「あれは、ちゃんと冒険者たちに掃除を任せているだろう? たとえそれで、魔物たちに影響が出ようと、我々の知ったことではない。むしろ願ったり叶ったりだよ」
 さ、話は済んだ。
 報酬を受け取ったら出て行ってくれ。
 そのような感じで、アリシャたちは追い出されるようにして退室した。

 
「……これは話し合いでどうにかなるもんじゃなさそうですね」
 とメア。
 そして退室する間際に、アリシャは一言言われたのだ。
「きみは闘技場で、魔物と戦うことを選んだではないか。それはなぜかね?」
 と。
 アリシャは、人間とは戦いたくなかった。
 だから魔物を選んだのだ。
 つまりそれは……魔物だったら殺していい。
 そう思っていたという事。
 
 人間と魔物は相いれない。
 対等にはなれない。
 魔物の命は、人間にとっては軽いのだ。本質的にそう思っている。
 そもそも闘技場で魔物を出す時点で、その扱いは推して知るべきだった。
 
 苦悩するアリシャに、サートゥルニーは言う。
「言葉だけでは、動きそうにない。それが分かっただけ、収穫があったと思いましょう」
 うん、とアリシャは頷く。 
「そうだね」
 そうしてアリシャたちは、帰ることにした。
 魔の森へ。


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