L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

闘技場1

 翌日の朝。
 闘技場の控室に着くと、アリシャ宛に荷物が届いていた。
 配達人は、『ディーウォ水産』
 魚屋さんからだ。
 その荷物を見たアリシャの感想は……

「でかっ!?」
 
 メアも一瞬言葉を失くしていた。 
「なんの、魚ですか、これ?」 
 サートゥルニーは、台車に乗せられた大きな魚を指し示す。
 背中は黒く、腹は銀色で、その大きさは、200センチ以上あろうか。
「……北海マグロだ……これ100ゴールドくらいするやつだよ!」 
 つまり100万カッパー。
 魚屋さんは、本気でアリシャたちにお店の命運をかけているのだ。
 もしくはヤケクソかのどちらかだろう。
 アリシャは調理台や、携帯かまどを用意してきたが、マグロを見て考える。
 そもそも一匹丸ごとなんて、まずさばかなければいけない。  
「鮮度もすごい……」 
 きっと、河川運送を使ったのだ。
 河川運送は、北海から、流れる幅広い河を使った輸送だ。
 途中でノースレイクからの河川と合流し、王都の傍を通る。
 北海産の特産物を運送するのによく使われている運搬手段だ。
 道中、特産物を水棲の魔物から護衛する冒険者を雇うため、値は張るが。
 
「よし……ちょっと、買い物に行ってくる!」 
 開始まであと30分。
 新しく揃えなければいけないものがある。
 アリシャはそう言うと、走って出て行ってしまう。
「え、マスター? どちらに!?」
「薬屋さん、あといろいろ!」
 アリシャの返答が、廊下から足音とともにフェードアウトで聞こえてくる。

 控室にはマグロの生臭い香りが漂っている。 
 
「行ってしまわれましたね」
 とサートゥルニー。 
「仕方ない。今のうちに、打ち合わせといこう」
 とメア。
「打ち合わせですか?」 
「そうですとも」
 まず、とメア。
「サーちゃん」
「はい?」
「サーちゃんは、敵を一撃で倒したりしちゃダメだからね」
「何故です?」
「マスターが料理を終わるまで、時間を稼いでほしいから」
 戦闘だけあっけなく終わって、アリシャが調理を続けている、という構図は、『闘技場』としてはおかしい。
 あくまで、闘技がメインの一戦だ。
 そのため、戦闘はアリシャの調理が終わるタイミングで決着するのが望ましい。
 加えて、冗長な戦闘になっても、ただ時間を稼いでいるという事がバレてしまう。
「可能な限り、苦戦してるふりもしてね」
「なるほど、承知しました。やってみます」
「マスターへの流れ弾はボクが絶対に防ぐから、気にしなくても大丈夫だから」
 戦闘はサートゥルニー。アリシャの護衛はメア。調理担当はアリシャ。
 それで役割分担は決まった。
  
 そして30分後。
  
「パーティ名『戦場のコック』さん、そろそろ開始5分前です。闘技ステージまでお越しください。あと、アリシャ様からのご要望の資材はこちらにご用意しておりますので」
 場内スタッフからお呼びがかかる。
 ご要望の機材、というのは、大きなテーブルと、テーブルクロスだった。
 走って出て行ったついでに頼んだのだ。
 おそらくマグロを調理する台に使うのだと、メアは理解した。
 だが、主賓はまだ帰ってこない。
「もう4分前……マスターはまだかな」
 開始時間を5分すぎてそろわなければ失格、もしくは2人参加で確定だ。
 しかしそれではアピールが出来ない。
 つまり猶予はあと9分。
「準備だけしておきましょう」 
 サートゥルニーは長いテーブルを片手で軽々と持ち上げ、マグロを乗せた台車をもう片方の手で押して、ステージへ向かいはじめる。
「物の重さを自由にできるって、便利だね」
 メアはテーブルクロスだけをもってついていく。 
「……今は何も、魔法は使っておりませんよ」
 メアが耳をサートゥルニーに向けて、魔法感知を機能させると、それが本当だという事が分かる。 
「ほんとだ。ただの腕力!?」 
 そんな細いのにどこにそんなパワーが、と思いつつ。
 薄暗い通路を抜けると、輝かしい晴れ舞台が見えてくる。
 収容人数約5万人の場内に、様々な観客がひしめいている。
 ただ、満員というわけでもなく、空席も目立つが、それでも万単位の人であふれていた。
 そして、大きな魚が一緒に運ばれてきたのを見た観客は、なんだあれは? 何をする気だ?
 何か面白そうなことを始めそうだ。とざわつき始める。
 そして、
「参加者一名が遅れている模様です、しばしお待ちください」
 会場に響く事務的なアナウンスにより、観客はさらにざわついた。
 円形の闘技ステージの中央にサートゥルニー、その後方にメア、さらに後方に調理スペース、という布陣で、パーティ名『戦場のコック』は開始を待つ。
「開始時間となりましたが、規定通り、あと5分、お待ちいたします」
 再びアナウンスが響く。
 マスター早く来て。
 メアと、サートゥルニーに焦燥感が現れる。
 
「のこり1分となりましたので、参加者の二名は、そのまま続行するか、失格とするかの判断をお願いいたします」
 
 最後の通告が成され、会場全体の雰囲気が、期待から、失望に変わっていく。
 メアのもとに、スタッフが継続するか否かを決める書類をもってやってくる。
 そこに。
「待ってぇぇぇ!」
 赤いマントをはためかせ、赤いスカートを翻らせ、全力疾走で駆け付ける金髪の姿。
 王冠を隠したベレー帽が落ちぬよう片手で押さえ、もう片方の手には、紙袋を抱えている。
「マスター!」 
「アリシャ様!」
「おっとぉ、ギリギリで間に合ったようです! にくい演出ですねえ」
 事務的だったアナウンスが、表情豊かなアナウンスに成り代わった。
 声が違うことを考えると、スタッフが切り替わったようだ。
 アリシャは、北海マグロの巨体が乗った調理台の前に立つ。
 その前方に、護衛として立つメアは振り返る。
「何を買ってこられたのですか?」 
「レフォールだよ!」
 レフォール……なんだろうそれは、とメアは思うが、

「それでは、たいへんお待たせいたしましたぁ!」
 実況が戦闘開始のアナウンスを始める。
「闘技スタイルは、モンスターハント、なんとランクAへの挑戦です! 挑戦者は、既にスタンバっております3名、『戦場のコック』! 協賛は、『でぃーうぉ水産』となっております! 水産ってことは、魚屋さんでしょうか! ステージに脂と共に乗ったおっきなマグロが、どう戦いに参加するのか! とくと見せていただきましょう!」
 では!
「戦闘開始!」
 その宣言とともに、闘技場中央のから奥へ続く一直線が沈み込み、通路のようになる。
 そのさらに奥から、対戦相手に選定された魔物が、姿を見せた。
 いや、それは魔物と言うよりも機械のようだった。
 機械というよりは巨人だった。
 その顔は牛のようであり、全身が金属質でありながら筋肉質でもある。そして背には翼が生えている。手にはメイスのようなものを持っている。
「対戦相手は、タロスだぁ! 飛ぶぞ、こいつは飛ぶぞー!」
 
「うわ、見るからに頑丈そう……飛ばれるのも面倒だなぁ」 
 メアはうんざりした表情だ。

 そしてサートゥルニーは冷静に、魔法を行使する。
自律オート・紅玉盾ルビン・ガード
 2枚の盾を呼び出したサートゥルニーが、単独でタロスに向かっていく。
 右手には、黒曜石で出来た斧を、左手には、宝石で作られた半透明の盾を、走りながら作り出す。
 走り、向かい来る巨人。
 ふたつのチグハグな影が激突する。
 振り下ろされるメイスの一撃が、自動盾に防せがれ。
 その間に、走り込みからの、サートゥルニーの薙ぎ払う斧が、巨人の太ももを直撃した。
 しかし、相手の全身は金属だ。切り裂くことは出来ず、サートゥルニーの腕力をもってしても、ややへこんだ程度。さらに斧の刃は欠けてしまった。
 重力による補正はまだ行っていない。
 素の腕力のままだ。
 サートゥルニーは、かまわず斧の刃を再生し、再び殴り掛かった。
 タロスもそれに応じてくる。
 両者は互いに、クロスレンジで殴り合う。
 タロスの打撃もすさまじい威力であり、紅玉盾ルビン・ガードも破損していくが、その度に構造を再生させ、現状を保つ。タロスは持ち前の頑丈さで、サートゥルニーの攻撃に耐え続ける。
 距離が少し離れ、サートゥルニーは攻撃方法を魔法に転じる。
 術式名のみの、簡易詠唱。

「『石の散弾ストーン・ベネリ』!」
 
 メアの時とは違う、宝石の弾丸だ。
 それが破砕し、一帯を蹂躙する鋭利な破片を、雨のように振りまく。
 人間であればそれだけで、ミンチになっている所だが、タロスの装甲は厚く、多少傷がついただけだった。 
「……なるほど、これは余計なことを考えなくてよさそうですね」
 お互い耐久力に自信があるタイプ。長期戦は望むところというわけだ。

 サートゥルニーとタロスの殴り合いに、実況が響く。
「まさかの、タロスと一対一ぃ!? いいのか、このパーティ!? 相手はAランクだぞぉぉ!?」
 会場には、小型の魔道具が浮いていて、それで撮影された映像が、会場と実況席に通信されている。 
 なので細かいところも見ることが可能だ。
「しかし、ただ殴り合うだけが能じゃない! この小さい少女、魔法も使えるぞ! こんなにかわいいのに! えっとお名前は……サートゥルニーちゃんだぁぁあ!」
 サートゥルニーの顔が、アップで映し出され、場内が沸いた。
 おぉぉぉ!
 サートゥルニーちゃん頑張れー!
 
「しかし……」
 そんな騒がしい場内とは一転して、サートゥルニーは感じていた。
 牛のような、仮面のようなタロスの表情は変わらない。
 だが、そこからは、気迫のような何かが感じられる。
 一撃、一撃に、燃えるような魂がこもっている。
「これは……」
 危険だ、サートゥルニーはそう感じていた。


 一方同じころ。
 アリシャも、マグロと格闘を開始していた。
 大きなマグロの解体などやったことはない。だが小さ目のマグロならある。
 アリシャはきっと一緒だ、と思い、マグロのカブトを切りおとそうと、包丁の刃をあてがう。
 ググっと力を籠め……、
「ああっ、折れた!」
 北海マグロの表皮はひと際堅い。
 持っていた刺身包丁では歯が立たなかった。
 道具に年季が入りすぎていたというのもあるかもしれない。
「こんなに硬いとは……」 
 折れた包丁を手に、アリシャは途方に暮れた。
 
 会場は、
 ああ、包丁折れてもうてるやん!
 どげんしはりますねん!?
 といった声があったりなかったりで、サートゥルニーの戦いと合わせて楽しみだしている。

「さて、場内は前代未聞の状況に困惑と言った感じでしょうか!? 戦場のコックの名は伊達ではない! まさか戦いながら料理をしようだなんて! 参加者登録証によれば、解体ショーの担当はアリシャ=ハインリスという名だそうです。とはいえ、用意した包丁では歯が立たないか! 北海マグロはかったいですからねえ!」 
 実況もアピールを盛り上げてくれる。

 そして、実況はさらに叫ぶ。
「おおぉ、飛んだぁ! タロスが飛んだぞぉぉ! どうするサートゥルニーちゃん!」
 殴り合いは飽きたか、タロスは翼を広げて上空に飛んでいた。
 
 さらに、タロスは上空から金属の羽を、豪雨のように掃射する。
 サートゥルニーも、メアも、アリシャも、降り注ぐ矢に狙われる。
「うわっ!」
「アリシャ様!」
「マスター!」
 アリシャはしゃがみ込んで頭をガードし、サートゥルニーが、メアが、実況が叫ぶ。
「ここにきて、不動を保っていた、メアちゃんが動くか!」
 サートゥルニーが駆け付けるよりも早く、直衛を担当するメアが早く反応する。
 メアは、すかさず跳躍し、中空にて。
 白馬の素養を受け継ぐ、メアの脚力、さらにそこに籠められた魔力が、降り注ぐ羽を蹴り飛ばす。
 籠められた魔力が、一枚に命中した瞬間に衝撃波となって、周囲の羽ももろともに吹き飛ばした。
 メアは、同様に空中で連続蹴りを放ち、次々に羽を打ち落としていく。
 ほぼ同時に、サートゥルニーが連射した『石の散弾ストーン・ベネリ』も、効率的に広範囲を迎撃する。
  
 結果、羽の数枚は、調理スペースの近場に着弾したが、直撃は無かった。
「こわぁ」
 と立ち上がる、アリシャ。
「ふう」 
 と、ピンヒールで着地し、安堵するメア。 
 
 相手は、最強のAランク、伊達ではない。
 はやく、調理を終えなければ、いつか食材が木っ端みじんになる。
「迷ってる場合じゃない」 
 アリシャは、とっさの判断でレイピアを抜剣する。
 刺突用の武器だが、刃もちゃんとある。
 アリシャは刺身用以外の包丁も所持しているが、試している時間はない。
 手に持った刃物が、一番信頼できる刃物だ。
 アリシャは、マグロの頭にその刃をあてがう。
 すると、ろくな手ごたえなど感じぬまま、きれいにすぱっと切り落とせた。
「ラピス様ブランド、流石!」
 よし、と気合を入れて、アリシャはマグロの解体を進めだした。

「なんとぉ、レイピアでマグロを掻っ捌き始めました、この少女。まさに戦場のコックだ、アリシャー!」
 おぉぉぉぉ!
 実況に合わせて、歓声も上がる。


 一方、依然として、タロスは空中に留まっていた。
 そして、その目は見つけてしまった。
 『人間』の姿を。
 タロスは肉眼ではなく、魔法の要素を感知し、解析している。
 サートゥルニーは精霊、メアはオートマタ。それぞれ見え方は人間ではない。
 だが、アリシャは人間だ。

 解体をしているアリシャに向けて、タロスは急降下を開始する。
「こっちにきた!」
 メアが身構える。


「火に焼かれ、残心、金魄ごんぱくを宿す――地下に眠りし秘匿なる羽よ、飛翔せよ――」

 対して、サートゥルニーは魔法を行使する。

「『金剛ダイヤモンド誘導弾・ミサイル』!」

 垂直発射機構よろしく地面より発射される大型の宝石弾頭6基が、上空へと真っすぐ飛翔し、高空でくるりと向きを変えて、そのすべてがタロスをロックオンする。
 サートゥルニーが設定する標的に誘導し追尾する弾頭を、回避することは難しく、その飛翔速度は音速の域だ。
 高度を下げつつあったタロスに、空中で次々に命中する宝石弾。
 タロスの身体がもて遊ばれ、高度が急激に落ちて行く。
「……このままじゃ、マスターに当たるかも! やるしかない!」 
 目の前に落下してきた身体に、メアはランスを構える。
 魔力を溜めて、溜めて、溜めて、溜めて。
 突き出すひと刺し。
四段階フォース・収束槍チャージスラストぉぉ!」 
 ランスに宿った、高密度の魔力。
 それは蒼い炎のような幻影となって迸り、魔力を4度溜めたひと突きが、タロスの装甲を突き破る。
 そのまま跳躍したメアは、さらに魔力で腕力を高め、遠心力で振り回して地面に叩きつけた。
 何十キログラムもある金属体が、砂地の地面に激突し、重厚な破砕音がして、槍からすっぽ抜けたタロスの身体が地面に投げ出され、地面を滑って、闘技場最奥の壁にぶつかった。
 
 斬撃や、散弾は装甲に弾かれるが、強烈な打撃や刺突は装甲を大きくへこませ、突き破る。
 タロスの身体はかなりのダメージを負っていた。
 牛のような顔の表情も変わらず、声も無いが、苦痛に藻掻いているようにも見える。
「なんだ、その魔法はぁ? なんだその必殺技はぁ! なんだその、チームワークはあああ! 強いぞこのチームぅぅ!」 
 おぉぉぉおお、実況に再び歓声が巻き起こる。
「へへ、火事場の馬鹿力ってやつですかね、馬だけに、なんちゃって」
 メアは、着地したが、槍を杖のようにしてふら付いている。
 魔力を一度に使いすぎたのだ。
 オートマタの魔力炉からめぐる魔法の力は、メアにとって血液のような物。
 それを、一部に集めすぎれば、一時的に貧血に陥る。


 アリシャの解体は進んでいる。
 頭を切りおとし、尻尾を切りおとし、内蔵をかき出し、部位を切り分けている。 
 サートゥルニーは最前列に布陣している。
 そこから叫んだ。
「アリシャ様、まだかかりますか!」 
 メアが一時的に疲弊している今、少し不利になっている。
 時間を稼ぐ、という戦い方が、辛くなっているのだ。
 
 そして、まだ決着はついていない。
 タロスは、起き上がってきている。
 その目に、否。
 その魂に、人間への怨念を宿して。
「やはり、その執念、怨恨によるものですか」 
 タロスは、アリシャにだけ、怨念を向けている。 
 対峙し、睨み付けるサートゥルニーになど、興味を持っていない様子だ。
 
 アリシャは返答する。
「あと少し!」
「分かりました……少しだけ、本気を出します」


「え!? うそ? いままでのは手加減していたとでも!?」
 実況が、素で驚き、観客も動揺する。

 サートゥルニーは、立ち上がったタロスを見上げて言う。
「アリシャ様のところへは、行かせませんよ。二度と!」

「小さいのになんて頼もしい背中だ! そんなこと私も言われてみたい!」
 ちなみに実況者は女性である。

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