L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

冒険者の宿

 どうしよう。
 と店の前で佇んでいると、お店の窓に何者かのシルエットが映り、
「お、店の前に入りたそうにしてるやつがいるぞ」
「何!? 新しい入寮希望者か!?」
「逃げねえうちにとっつかまえに行くぞ!」
 わー。
 という感じの、若い男女の声が聞こえ、歓声だか気合を入れる声だかが上がり、バタバタと足音がフェードインしてくる。
 そして、
 ばぁん、からんからん。
 と、勢いよくお店の扉が開くと、ドアベルがやかましく鳴った。
 アリシャは、面食らい。
 メアは、のけ反り。
 サートゥルニーは、鋭利な黒曜石で出来た片手斧と、巨大な宝石の盾を召喚し、素早く身構えた上、アリシャの前に滑り込んだ。
 そこに、 
「ようこそ、英い……」
 ドアを開け、アリシャの前に駆け寄ろうとした少年は、既に臨戦態勢を整え終わっているサートゥルニーに、驚いて慌ててブレーキをかけた。そのまま尻もちをつく。
「……ちょ、まてまて、なんだよ、その本気の眼は!」
「っていうか……すごくない?」
 今、盾と武器どこから出したの?
 扉に隠れるようにして、様子をうかがう少女は、サートゥルニーの装備を見て、疑問に思いつつ、心を躍らせる。
 その奥にいるもう一人の少年も、アリシャや、メアの様子を見て、
「……なんか、もう、歴戦の戦士って感じだけど?」
 と感想を漏らす。
 出てきた少年少女は3名で、少年10歳、少女12歳、少年15歳くらいの面々だ。

 そしてサートゥルニーは、たとえ相手が誰であろうと、一切の油断も、隙も無く、眼前の10歳くらいの少年をにらみ続けている。
 触ったら殺す。動いても殺す。
 そんな気迫をもって。
「サーちゃん、そんな警戒しなくても大丈夫だよ」
 アリシャがそういうが、
「いえ。見た目で油断させて不意打ちを行う輩は少なくありません。うかつな思い込みは危険です、主様」
 アリシャではなく、主と呼んで名を出さない徹底した警戒ぶりだ。
「そんなことするわけねーだろぉ!」
 少年は叫ぶ。
「うーんしょうがない」
 その様子に、一案思いついたメアは、サートゥルニーの耳に何事か囁いた。
 すると、
「確かに。それは一理ありますね」
 と、素直に武器を下す。
 それで、よかったぁ、と少年たちは安堵した。
 
「何言ったの?」
 アリシャがこっそり尋ねると。
「サーちゃんなら、相手の実力くらい見たらわかる筈。あの少年たちが何かしたとして、マスターに何か危害が及ぶレベルだと思う? って」
 あーなるほど、とアリシャは納得した。

 そして、サートゥルニーの武器と盾はきれいさっぱり消えてなくなった。
 魔法で作り出している物なので当然だ。
 それを見て、その場にいる3人の少年たちは、おぉ、と感心している。
 アリシャは尻もちをついたままの少年に、近づき、手を差し伸べた。
 その手につかまって、少年は立ち上がる。さんきゅー、と。
「ゴメンね、驚かせちゃって。大丈夫だった?」 
「ああ、平気平気」
 その後ろから、少年の一人が声をかける。
「ところで、英育亭に何の御用ですか?」
「ああ。私、ここで昔コックとして働いていたんだけど……なんか、お店の雰囲気が変わってて」
「コックぅ!?」
 全然そうは見えない、と、少年たちはアリシャをまじまじと見つめる。
 だって今は、冒険者風にしか見えないのだから。
「あー、じゃあもしかして、寮母さんの知り合いの人とか?」
「もしかしてビユーリおばさん?」
「そうそう。あの壊滅的に料理が下手くそな!」
 間違いない、とアリシャは思った。
 目の前の冒険者の寮が、料理店だった時、女将さんだった人の名前だ。
 あと、その人は料理が壊滅的にできない人だった。
 そりゃ、お店も潰れるわ、というレベルの話だ。
「今は、私たちが持ち回りで料理作ってるんだよ」 
 と、少女が言う。
「まぁとりあえず、入りなよ。今から昼飯だからさ、良かったら一緒にどうだ? あんたたち、見たところ冒険者だろう? なんか話とか聞かせてくれよ」 
 少年の一人が親指で、お店の方を指し示す。ちょっとカッコつけてる風だ。
「ほんと?」
 ご飯が食べれるとあって、アリシャは喜んだ。
 アリシャの料理ではないけれど、メアもサートゥルニーも『食』には興味があるようだった。
 少年たちに案内されて、アリシャとともに、二人は中に入る。

 内部は、料理を提供するためのいくつかテーブルが並び、2階からは宿泊用の部屋が並んでいる。
 その構造は、以前アリシャが働いていた時と変わっておらず、掃除も行き届いているようだ。
 奥の厨房からは、煮込み料理らしきスパイシーな香りが漂ってくる。
「おーい、本物の冒険者のお客様だぞー!」
 少年が声を上げると、上階の方からバタバタと音がし始める。
 そうして、次々に10歳~20歳前半程の少年少女が降りてきて、総勢15名ほどの人数になった。
 そして口々に、おー、とか、すげー、とか、絶対あの装備高いぜ、とか、耳だよ、長いお耳が付いてるよ可愛い、とかそういう声がアリシャたちの耳に入る。
 アリシャたちは完全に囲まれてしまっていた。
「え、ええ!?」 
「こいつら、みんな冒険者か、冒険者志望の連中なんだ」 
 その中の、本物の冒険者らしき人物が問う。 
「ランクとグレードはいくつなんですか? パーティ単位ですか?」
 しかしそんなことを聞かれても、冒険者のことを良く知らないアリシャには分からないし、知ったかぶりをできる性格でもない。
「えっと、ゴメンね。私たち、冒険者ではないの」
「ええっ!? そんなに強そうなのに?」
「さっき、魔法で武器とか作ってなかった?」
 魔法で武器を作るというのは、中々高度な技術なのだろう。
 その一言で、少年たちの人垣がざわついた。
「魔法で!?」 
「この人がしてた。真っ黒い斧だったよね?」 
 さっき見ていた少女がサートゥルニーを指し示し、さらに少年たちの関心が高まる。
 それなのに冒険者じゃないのか、とそういう話題になりかけた矢先。

「ご飯できたよ~。今日は、お米があったからスパイシーソースぶっかけライス。あとサラダでーす」

 わー。やったー。と。
 調理係の声で、少年たちは蜘蛛の子を散らすように解散し、カウンターに整列する。
 そして、その料理名にアリシャは驚いていた。
 それは、料理が出来ない女将さんのために、このお店を辞めるときに書いて渡したレシピの束に、入れておいた一品だったからだ。
 野菜たっぷりのコクのあるピリ辛のスパイシーソースとお米を絡めて食べる、そういう料理である。大人からお子様まで、幅広く大好きなやつだ。(人によるだろうけれど)

 少年たちの一緒に食おうぜという勢いに押されて、アリシャたちも料理を受け取ってテーブルについていた。
 皆がそろうと、食前のお祈りがある。
「我らを支えし、森羅万象なる神々の御心、その主たる精霊神のお慈悲に感謝を捧げます、アゲイト」 
 アゲイト。
 何語か分からないが、お祈りを当番の一人が唱え、最後に皆でそう唱和する。
 アリシャたちも見様見真似で、参加した。
 そうして、食事が開始される。
 アリシャは一口食べて思った。
「……そのままの味だ」
 アリシャが渡したレシピを完全に再現した味だった。
 調理を担当していた子が優秀なのかもしれない。
 
 メアは味覚もあるようで、おいしい! と、言ってすごい勢いで食べている。消化が可能なのかは分からないが。
 隣のサートゥルニーはひたすら黙々と食べている。
 少量のひとさじ分を、小さ目のお口で、良く味わっているため、ペースはとても遅い。
 真剣な表情で料理と向かい合う姿は生真面目にも見えようか。
 時折、眼をぎゅっと瞑って、涙目で水をごくごくと飲んでいる。
 少年たちが好きなメニューなのだろう、皆、おかわりを連発して、料理はすぐに無くなってしまったようだった。
 
 だが、食事をする皆の姿に、かつて見知ったはずの寮母さんの姿はない。
「ところでビユーリおばさんは今どうしてるのかな」
 近くの少年に聞いてみると、
「なんか、みんなして料理が不味い不味いっていうもんだから、スネて出て行っちまったらしいぜ。料理の修行に出るとかなんとか」
「そ、そうなんだ……」
 アリシャは苦笑するしかない。
「ビユーリおばさん、前にいたコックさんが辞めてから、お店がダメになっちゃったって嘆いてたよ」
 と、そう話に混ざるのは、最初にお店の前に出てきた少女だった。
 アレ? 
 アリシャがコックだと言っていたことを思い出したようだ。
 ビユーリおばさんのことも知っていたし、答えは一つしかなく。
「もしかして、そのコックさんって……?」

 あはは。とアリシャは笑う。
「たぶん私」
 えーーっ!?
 周囲の少年たちが、声に出して大袈裟に驚く。
「でも、今は違うの?」 
「今は……旅人……かな?」
「みたところ、すごいベテラン冒険者っぽいですけど……」
 食器を返し終えた通りすがりの、20歳くらいの年長っぽい青年が、話に混じってくる。
 その目は静かに座っているサートゥルニーを見ていた。

「この英育亭は、冒険者のための寮ですが、裏手の建物が、その訓練を行えるようになっているんです。よかったら、あとでお手合わせを願えませんか。食後の運動という事で」 
 青年が御所望の相手は、サートゥルニーなのだろう。
 そんなサートゥルニーの眼にはなぜか涙が溜まっている。
 お皿にはまだ、料理が1/4ほど残っていた。
「あの、サーちゃん。辛いの苦手だったら無理しなくても……」 
「いえ! 問題ありません。どのような時も、負けない心が大事なのです」
 水を一気飲みし、サートゥルニーは残りを一気にかきこんだ。
 サラダも食べるといいよ? とアリシャは勧めつつ。 

 そして食べ終わってから、サートゥルニーは待っていた青年に答えを出す。
「緊急時以外……私の戦闘行動の可否は、我が主の許可が必要と、自らに定めています」
 なので、と断ろうとするサートゥルニーに、
「少しくらいだったら、良いんじゃないかな」
 と、アリシャは軽い気持ちで許可を出してしまった。
 青年が、やった、と喜んでいる。
 メアは大丈夫かな、という表情をしている。
 
 アリシャは知らない。
 一般冒険者と、サートゥルニーの実力の差がいかほどかを。
 さらにサートゥルニーは、実直な性格だ。
 それを危惧したメアは、サートゥルニーに耳打ちする。
「サーちゃん、あんまり本気出しちゃだめですよ?」
 
「では、裏手の訓練場へ行きましょう」
 青年は張り切っていってしまった。
 話を聞きつけた少年たちが、興味津々で見物に向かおうとしている。

「アリシャ様のご意向ということでしたら、このサートゥルニー、ご期待にお応えいたします」
 サートゥルニーも気合十分で訓練場へ向かう。
 アリシャも。 
 メアも。
 それに続いた。

 そこは、おそらく模擬戦などを行うための広場だろう。
 訓練施設の建物と、寮の建物の間にある空き地のような場所だ。
 壁には木製の武器が、多種立てかけられている。

 青年は木製の両手剣を手にし、それに倣って、サートゥルニーは木製の片手斧と盾を選んで持っている。
 両者は広間の中央に立ち、周囲には、見物に来た少年たちが居る。
 武器は木製だ。大事にはならないだろうと思いつつも、メアは不安だった。 
 メアの耳打ちに、サートゥルニーは何も返事を返していなかったからだ。
 
 そうして、間もなく、冒険者の青年と、サートゥルニーの手合わせが開始される――。

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