L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

制御不能の信念

 直径40メートル程の大穴に、砂漠の砂が滝のように落ち込んでいっている。

 ラピスが、複製していた空間を戻し、現実に帰還する。
 それで、砂漠に空いていた大穴は、無かったことになり、あったはずの真ん中に、リューズが倒れていた。
 本来なら、塵一つ残らないほどの威力だったが、一見して無傷なのは、流石だと言えるだろう。リューズの背中の翼は、今はもうない。
 ラピスが、魔石を仕舞い、リューズのもとに降り立つ。
 
 リューズは倒れたままだが、意識はあった。
 傍に佇むラピスの気配に倒れたまま、天を仰ぎながら話しかける。
 その表情は清々しい。
「認めよう。私の完敗だ」
 ラピスは声に出して笑う。
「満足していただけたかしら」
「ああ。満足だとも。やはり我々は、こうでなくてはな」
「我々?」
「魔物だよ。強すぎる力というのは、張り合いが持てなければ、意味などもたんさ。どんな輩であれ、魔物であれば、皆、どこかで『力』をぶつけたいと、思っているものだ」
「そんなものかしら」
 リューズは、顔をラピスに向けた。
「君は違うのか? それほど磨き上げた力だ、試したいと思うことは無いのか」
「私の力は、試すほどの物じゃないわ」
 その言葉の真の意味を、リューズは汲んだ。
 そのうえで、笑い、起き上がり、
「そうか、その言葉、謙遜、と受け取っておこう」
 さらに立ち上がる。
 そこに、他の定例会メンバーも自然と集まってきた。
 メンバーの顔をうかがい、リューズは宣言する。
「改めて歓迎する。定例会のメンバーとしてね」
 
「実力も、権威も、申し分ない。異論はないぞ」
 蛮族王ゲドラも、ブラックアルラウネのエルネも、レヴィアも、それに頷いた。

「それじゃ、私の話を聞いてもらえるかしら」  

 そうして、リューズのゲートによって、再び会議場へ戻ってきた。
 席には、ラピスも座っている。

「で、話とは?」 
 リューズが問う。
 ラピスは、この定例会のメンバーへのお願いを話す。
 内容は、ファーノイエンの事務所での話とほぼ同じだ。

 人間たちは、魔物に迷惑をかけていることを知らない。
 まずはそれを知らせなければならない。
 規模は国家間の戦争に直結する大事だ。
 そのために、国の権力者に話を付ける必要がある。

 だが、ラピスのような名も知れぬ者がいきなり謁見しようというのは難しいだろう。
 今後の関係のためにも、国王と比肩する力や肩書が無ければ、ならない。
 門前払いにならない程の権力、王と対等である立場で、話し合いの席を取り付ける。

 それが今のラピスの目的だ。
 
 その結果がうまくいけば、もう人間たちの戦争で魔物たちが被害を受けずに済む。
 はずなのだが。
「確かに、その話がうまく行けば、我らの目的の一つは成就される……だがあくまで一つだ」
 ラピスの話に、蛮族王ゲドラは反発した。
 ゲドラは、他種族の因子の数々を持つキマイラの亜人。キメラニュートだ。
 あちこちには歴戦の傷が見られ、ガタイのいい筋骨隆々だが、顔は、真ん中は竜、片側は獅子、もう片側は角のある山羊という、アシンメトリーな要素で出来ていて、身体も、左右が対象ではなく、脚も腕も左右で違う。
「オレ様たちには、人間に対する恨みがある。それを晴らさねば、何一つ解決などはしない」 
「恨み……」
 千年ひとりで居たラピスには、人間の感情の機微を理解するのが難しい部分がある。
 そのような感情を抱いたことのないラピスは、知らなかった。
 甘かったと言えるだろう。
「そうだ。オレ様の身体を見ろ。これがまともに見えるか?」
 少し自信を無くしかけたラピスは目を伏せかけていた。
 そのゲドラの言葉で、再びラピスは前を見た。ゲドラの身体を。
「オレ様はな。子供のころに、人間どもの魔法の実験に使われてたんだ。その途中で俺は死んだよ。やつらは、実験動物に何の感情も持っちゃいない。用が済んだら、ごみくずみてえに捨てられたんだ。――奇跡的に息を吹き返したオレ様が、何を思ったと思う!」
 
 轟音が響く。
 ゲドラがテーブルを拳で打ち付けたせいだ。

「人間なんてくそだ。みんな死ねばいい――。だが耐えたぜ、オレ様は幼かったし、独りじゃ人間全部なんて無理だってのは分ってた。だから今の今ままで耐えたんだ。まずは一つ、国を亡ぼすだけの力を得られるまでな! オレ様だけじゃないぜ、人間から理不尽な扱いを受けたやつらが、オレ様を信じてるやつらにはいっぱいいる。もう、戦う以外に選択肢なんかねえんだよ」

 ゲドラの信念は強すぎた。
 容易に挫くことは出来ないだろう。
 ラピスの腹積もりをすでに聞いているティータとクヴェインは、まぁそうなるだろう、と予想をしていたのだろう。
 どうするつもりなのだろう、とラピスの様子をうかがっている。
 
 甲節王と他の4名は、内容を知らなかった。
 今初めて聞いたのだ。

「私は、全滅までとはいかなくても、数は減ればいいと思っているわ。あと私たちも、黙っているだけではない、ということを知ってもらういい機会だと思う。彼らにはもう少し、海の生態系というものを考えてほしい物よ」
 それは、海の魔物を統べる、レヴィアの言い分だ。
 考えなしに漁業を続けられると、海のバランスがおかしくなる、そうレヴィアは危惧している。 
「にんげんテ、しょくぶつガなイといキテイケナイッテ、しラナイヨネ」
 それはエルネ=エクスキュートの言葉だ。
 
 亜人勢力に力を貸している者たちは、少なからず人間に不満がある。
 ただ、無言を貫く大翼天メテトリンヴェルは、仲間だからという理由で力を貸していた。
 
「で、どーすんだ。大樹の精霊様。その力で、オレ様たち全員を屈服させて、押し通すってんなら、それでもいいぜ。だが、納得させようなんて思うな」 
 
 ラピスが思ったよりも分の悪い状況だった。
 そして実力行使ならば、確かに手っ取り早いだろう。

 だが。ラピスは一つ黙っていた策がある。
「それなら、東の国も攻める、というのはどう? あっちからも迷惑を被っているんでしょう?」 

「それは、メインディッシュの予定だったんだが……」
 とゲドラは言う。
 東の国は魔法の研究が盛んだ。
 ゲドラが個人的に一番恨みを抱いている国だった。

「まぁいい。乗ろうじゃねえか。だがそっちは、オレ様が行く。その間、王都再侵攻の準備をさせておくんだ」
 
 話には乗ってもらえたが、それでは、本当に東の国の人間が皆殺しになるかもしれない。
 なかなか思うようにはいかないものだ。

 そこに、お待ちください、とティータが発言する。
「おひとりで行かれるのですか?」 
「ああ。砦の一つや二つくらい、オレ様だけで十分だ」
「良かったら、私も行かせてください。悪いようにはしませんから」
 そう言って、ティータは、ラピスにウィンクを投げた。
 なんとかしてみよう、というティータの心意気だった。
「珍しいな。そなたが、戦地に自ら赴こうとは。だが、それは吾輩に任せて置け」 
「スィドル様?」 
「何。吾輩も久方ぶりに体を動かさねばならぬと思うてな。そなたは、不慣れな精霊の主を頼んだぞ」
 ティータは元来争い事は好まぬ性質だ。なのに、精霊王のために、一躍買おうとしている。
 スィドルはそれを想い、ティータを戦地に生かせないようにするとともに、スィドルが暴走するのを宥める役を、ティータの代わりに買って出た。
 そうすることで、万が一無茶をして、ゲドラが死ぬようなことも避けられる。
 スィドルはそういう腹積もりなのだ。 


「どっちでも構わねえぜ。オレ様は、オレ様のやりたいようにやらせてもらうだけだ――、特に今回はな」


 結局。定例会での話は、東の国も攻め入る。
 それを、ゲドラとスィドルたちで行う。という事が決まっただけで終わってしまった。


 会議が終わった後、ラピスは気を落としていた。
「思ったよりも散々だったわ」
 会議場の外の、公園のような場所で、立ち並ぶ街灯の一つに背を預けて、ラピスは空を見ていた。

「仕方ないですよ。皆、心で動いているのですから」
「まぁ、予想どおりでしたが、ね」 
 ティータとクヴェインが慰めにやってきたようだ。
 そこにはリューズも混じっている。
「だが、こちらも王として、人間の王と会おうというのだろう? ならば、この程度、乗り越えられねば、人間の王と並ぶことは出来ぬのではないか」
 
「そうね。そうかもしれない」
 リューズの言葉は正しい。
 王とは、そんなに簡単なものではない。
 肩書だけでは、すぐに看破される恐れもある。
 たとえ一時であっても、名実ともに、王として会うのなら、実績を養うのは間違ってはいないはずだ。


「では、どうするんだね?」 
 クヴェインがラピスに問う。
「東にはそのまま攻めてもらわないといけない……脅威にさらされているのは王都だけではないと、知ってもらわなければいけないのよ」
「しかし、ゲドラを放っておけば、本当に東に攻め込むぞ」
 と、リューズ。
「そこは……大丈夫よ」
 何とかして見せる、という決意がラピスの表情にはある。
 ティータは、ラピスの服の袖をつまんだ。
「……私、マナ様の傍を片時も離れませんからね」
 ティータは、スィドルにも頼まれているし、妖精と精霊は昔から共存してきたんですから、と豪語する。
「マナ? いったい誰のことかしらね」
 とぼけてもダメですから、とティータはラピスにまとわりつく。
 花のまわりを飛び回る蝶のように。

「やれやれ。また面倒毎が増えたのではないですかな」  
「まぁ、私は暫く様子を見させてもらおうかな……彼女とともに」
 クヴェインは肩をすくめ、リューズは空の一点を見上げる。

 そこには同じく、傍観者が居た。
 会議場の屋根のてっぺん。そこに。
「…………」
 メテトリンヴェルが居た。
 翼を畳み、鳥のように止まる、白き不死鳥の化身が。
 しかし、リューズに気づかれたと知ったメテトリンヴェルは、ラピスの視界に入るよりも早く、大きな翼を広げて、飛び去っていった。


 そうして、 
「そういえば……そろそろ10日経つわね」
 突然思い出したかのように、ぽつりと言ったラピスの言葉に、ティータは首をかしげるのだった。


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