L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

『妖精姫と世界樹の精霊』



 そうして1日が経過した朝。


 ズグーバ地下街の一画に、ルルヴィトールが突っ立っていた。
 手には、大きな木の葉を手提げ袋のように加工したバッグを提げている。
 真っ白な甲冑、マント、背負った盾。
 聖騎士か戦士のような風貌の蟲人は、180cm近い長身だ。
 それが、カバンを手に下げた姿は、いかんせんシュールだった。


 その場所は、ズグーバ地下街の中央広場で、天井を支える太い柱がずらりと立ち並ぶ地下において、その広間の部分だけは、景観を重視して柱が置かれていない。
 床は、レンガが敷き詰められ、一つ一つの色を変えてはめ込むことで、モザイク調のデザインを形作っている。
 また、天井は吹き抜けとなっていて、晴天の空が垣間見えるし、そこから差し込む光は、直下の噴水をライトアップし、同時に、日時計を作動させている。もちろん、吹き抜けは有事の際には、閉鎖されて防御が優先される仕組みだ。


 地下街にひしめく商店と、行きかう様々な人型の魔物種も、なかなかの密度を誇り、雑踏を発生させている。


 
「遅いな」


 そこで待ち惚けている白い騎士は、暇すぎてあくびが出そうな程だった。
 待っているのは、兵隊ハチ族の蟲人、ファーノイエンだ。


 当初は、ルルヴィトールが運送会社の事務所に行くという事だったが、急遽、地下街で待ち合わせることになった、と他のハチ族の蟲人から伝言が回ってきた。


 それで、広場にやってきたのだが、すぐに行える伝達手段もなく、ただ待つことしかできない。
「まぁ仕方あるまい。多忙そうだからな」
 地下街は、空輸を請け負う作業員以外は、飛行が禁止されているため、飛んでいるのはハチ種ばかりだが。ファーノイエンは責任者なので、そんなところには居ない。


 かといって、日時計を見れば。
「しかしもうそろそろ……」 
 一時間ほど待っているな。
 そうつぶやきながら、ルルヴィトールは気まぐれを思いつく。


 『お代は樹液系で』と書かれた野外の屋台に、ルルヴィトールは近づいていく。
 そこは甲虫種のクワガタ系蟲人がやっている、花蜜ドリンク店だった。
 看板に、レンゲ、トチ、ミカン、アカシア、コーヒーと書かれている。
 花蜜の種類だ。
「レンゲをくれ。お代はこれでいいか」 
 ルルヴィトールは懐から樹液を固めた樹液チップを2枚取り出して店主に見せる。
「おっ、いらっしゃい、兄さん。純白の外殻とは、珍しいね。見たところ、兵舎勤めかい?」 
 クワガタの蟲人が言う。
「出来れば3枚は欲しいところだが……そのイカシタ外殻に免じて、2枚でいいぜ」 
 手慣れた手つきで、ドリンクの入ったタンクから、一杯分を注いでストローを付け、カウンターに置く。
「口がうまいな。礼を言う」
 円形で琥珀色のチップを懐から2枚足し、計4枚を、カウンターに置いて、ルルヴィトールは飲み物を受け取った。
 立ち去る背中に、2枚多いと、店員が訴えるが。
「世辞の礼だ。気にするな」
 ルルヴィトールは振り返らずに言うだけ言って、噴水のある場所へ戻った。
 お世辞だなんて心外だね。と店員は笑っていた。




 吹き抜け直下の、噴水の縁に座り、ルルヴィトールが木の葉のカップに入ったドリンクをストローでちゅーちゅーしていると、雑踏の中から、ファーノイエンが姿を見せる。
 普段の姿に、ファーコートのようなものを纏った姿は、スズメバチと言うよりミツバチのようだ。


「ごめんね、遅くなったの……」
 そのファーノイエンの挨拶は声が段々とフェードアウトしていき、視線はルルヴィトールの飲み物に注がれる。
 ルルヴィトールは、さほど待っていないから気にするな、と言うのだが、ファーノイエンの意識はドリンクに釘付けだった。
 魔物たちはおいしい食べ物に弱いものだ。
 ルルヴィトールは、屋台を指さす。
「飲むならあそこに売ってるぞ」
 そう言われて、ファーノイエンは、懐から、花蜜を固めた物を幾つか取り出す。
 だがしかし。
「お代は樹液……」
 悲しそうに言う。
 持ち合わせの種類が合わないらしい。
「それをオレに一つくれ」
 だから、ルルヴィトールはファーノイエンから花蜜団子を1個受け取り、懐から出した樹液チップを3枚取り出して渡してやった。


 


 そして今度は、二人して噴水に座り、妖精姫のティータ=マナ・プロキスを待っていた。
 ファーノイエンの手には、花蜜のドリンクが握られていて、既に飲み終えたルルヴィトールは、ストローとカップを齧っていた。
 器もストローも、植物で出来ているので、食すことが可能なのだ。


「待ち合わせはここであっているのか?」 
「大丈夫。何度かここで待ち合わせたことあるの」
 そうか。とルルヴィトール。


 しかし、待てど暮らせど妖精姫のティータはやってこない。
 気が付けば、たくさんいた人型の群れが減り、地下街の人口密度がぐっと減っていた。
 まるで、どこかで水がせき止められているかのように。


「……何かあったのではないか?」
 ルルヴィトールは、地下街の様子のことを気にして。
「迷ってるのかな?」
 ファーノイエンはティータの心配をする。


「少し聞いてくる、ここで待っていろ」 
 ルルヴィトールはそういうと、立ち上がり、道行く人々の中から、外から中央広場に向かってくる人物を呼び止める。
「急に人が減ったが何かあったのか?」
「ああ。なんでもティータ様が来ているらしいんだが、従者と何かあったらしい」
「従者?」
「『東の通路で、もめてるらしい』みたいなことを、通りすがりに耳にしたが」
「東か。解った。時間を取らせたな」
 そう言って、ルルヴィトールは東へ走って向かおうとする。
 しかしすぐに踵を返した。
 ファーノイエンのところへ戻る。
「東の通路にティータが来ているとの話をきいた、行ってみるか?」
 ちゅーーー。
 ドリンクを夢中で一気飲みし、器を公共のゴミ箱に捨てると、
「当然ね!」
 ファーノイエンはすぐさま東に向かって走り出した。
 ルルヴィトールも慌てて追いかける。
 兵隊ハチの蟲人は、身軽で素早い。たとえそれが、脚を使った走行であっても、あっという間に見えなくなるほどだ。
 甲虫種で追いつくのはとても難しく、人垣でせき止められたファーノイエンに、数秒遅れてルルヴィトールは追いついた。


 その人垣たちは、ざわついている。
 口々に、ティータ様がどうとかという話をしている。


 そして人垣の中心部からは、ファーノイエンの知った声が聞こえてくる。 


「では、間違いありません。あなた様は、全精霊の主……世界樹マナの精霊であらせられます」


 人垣をかき分け、その中心部へ向かえば、嫌でも目立つその姿が、視界に入る。
 蟲人のチョウ族に似ているが、それともまるで違う姿。


 純白の素肌、とがった長い耳、常に纏う光の粒は、その背の羽より雪のように零れ落ちている。
 蝶のような、ガラス細工のような、実態を持つのか持たぬのか、それすらも定かではない羽は、蒼と翠の中ほどの色彩で薄く輝きを放っている。
 存在自体が、輝く宝石のようで、儚さすらも感じられる、可憐な少女。
 その者の名は、妖精姫ティータ=マナ・プロキス。
 妖精郷に住まい、妖精と精霊を統べている、六魔将の一人だ。


 そのものは今、とある者を前に、平伏し、拝跪していた。




 六魔将は、魔物の界隈で知らぬものが無い程、名が通っている。
 姿も形も、語り継がれている。
 特に、輝きを放った状態のティータの姿は目立つため、見間違う輩などいない。
 その仮にも六魔将である者が跪く様は、地下街の民たちに衝撃をもたらしていた。


「ティータ様!?」
 ファーノイエンも例外ではなく。
 ルルヴィトールもそうだ。


 だが、
「クヴェイン……!? それに、あいつは……」
 ルルヴィトールは、ティータよりも、その場に居合わせるクヴェインに、そして、砦侵攻の際に見かけた青いドレスの少女に、目を奪われた。


 その視線は、自然と、クヴェインの傍らに立つ存在に向く。
 ティータが平伏しているその人物。
 銀髪に、瑠璃色の瞳を持つ。
 ラピス=フィロソフィの姿に。


 ルルヴィトールは、ラピスのことを、武人のような姿だと誤解していた。
 いや、そうであってほしいと思っていたのだ。
 魔法使いであると、クヴェインは言っていたが、趣味で剣を使う等と、信じたくなかったのだろう。
 しかし実際は、純然たる魔法使いの姿をな成している。
「あれが……」
 やがて、ラピスとティータを取り囲む円陣の対岸に位置するクヴェインは、ルルヴィトールに気づいた。その傍らのファーノイエンにも。


 そして、ラピスは周囲を見渡し、クヴェインとルルヴィトールの存在にも気づいたうえで提案する。 
「あなたの話を詳しく聞くにしても、場所を変えたほうがよさそうね」










 この騒動の少し前。
 ティータは、約束の場所へと向かっていた。
 友人であるファーノイエンと、お茶をする約束をしていたからだ。
 そんな折、ズグーバの街で、とある人物を見かけた。
 その者の、青いドレスを纏い、蒼く長い髪をなびかせて歩く様は、土とレンガの、地味な色彩にひどく浮いていた。
 そして一目で、分かった。
 彼の者が、精霊であるということ。
 それも、ウンディーネの比ではない密度の、神霊と呼んで差し支えない存在であること。
 だから、ティータは纏う輝きを抑え、距離を取り、チョウの蟲人に混じり、その者のあとを追いかけた。
 幸いにも、向かう先は同じだったようで、地下街に向かっていた。
 ティータは途中で同伴するクヴェインにも気づき、蒼い少女と一緒にいる、黒い少女にも気づいていた。
 だが、ティータは青い少女の一言に、さらなる衝撃を受けたのだ。
 地上の扉はダミーで、本当の王城の扉は地下にあるのです。
 というクヴェインの言葉に、
「街といい城といい、予想よりセンスがありますわね。そう思いませんか、主様」
 主様。
 そう呼んだのだ。黒い少女のことを。水の神霊たる者が。


 ――妖精族は精霊の力を借りている。
 同じ精霊にも強さに違いはあるが、少なくとも一種は、契約を交わし、力を得ている。
 ティータに限っては、火、水、土、風、光、闇の六種の契約を交わし、どの精霊も他が追随できぬほどに育て上げている。
 しかし本来ティータは精霊の主ではない。あくまで力を借りている。親友のような者たちであり、『統べる』などという扱い方はしない。
 統べる者は本来別にいたのだ。
 いつしか、居なくなってしまったために、精霊たちに一番信頼を受けている妖精族、その長たるティータが、代理として勤めているに過ぎない。
 ティータ=マナ・プロキスの、マナ・プロキスは、マナの代理という意味なのだ。


 神霊を部下として連れている、そのような者がこの世に二人もいるはずはない。


 間違うはずがない。
 彼の者こそが、本当の精霊の主。


 ゆえに、ティータは走り寄り、呼び止めた。
「お待ちください」
 と。
 羽の輝きを灯し、妖精姫としての存在を正面に。
 堂々と、黒衣の少女の前に立った。


「これは、ティータ様?」 
 まずはクヴェインが驚き、青い少女が、どなたさま? と訝しみ、黒い少女は、
「誰か分からないけれど、急に前に立ったら危ないわよ」 
 と窘める。
「不躾で申し訳ございません。どうしても伺いことがございました故、ご無礼をお許しください」
 そう言って、ティータは謝罪し、首を垂れた。
 そのあたりから、輝く羽をもつティータのことを、通行人たちが気にし始めたのだ。
「私に? それにあなた……」
 黒衣の少女はクヴェインから聞いた六魔将の名を思い出していた。
 クヴェインが今ティータと言ったこと、通行人たちが、ひそひそと口にしている名前。
「妖精姫……ティータ?」 
「はい。もうご存じとは光栄にございます」
 かしづくようなティータに、黒衣の少女は、薄く笑って、
「そんなに畏まらなくてもいいと思うのだけど……それで、何の御用かしら」
「あなたは、マナ様ですよね?」
「マナ? いいえ、私はラピスという名だけれど」
「ラピス……さま?」
 ちなみに、私はメルクリエというのですわ。
 ちゃっかり横で、メルクリエは名乗っている。
「それは、仮の名前か何かではございませんか?」


 ティータにそう言われて、ラピスは思い当たる。
 最初から名前など無く、アリシャから、とりあえず仮の名前ということで、と言われたこと。
 それに、ラピスは気づいたらこの世界の森に倒れていた。
 以前の記憶もなく、なぜそこにいたのかも知らない。
 自分が何者か。何の種族なのか。ラピスは知らないのだ。
「あなたは、私の正体を知っているというの?」


「はい。メルクリエ様はすでに、神霊と呼ぶべきお方。その主となれば、答えは一つだけでございます」
 その答えには、ラピスも興味があった。
「その前にご確認いたします。メルクリエ様は、ラピス様がお創りになったのではありませんか?」
 それに、メルクリエは、そうですわ、と即答する。


 だから、ティータは平伏し、両の掌を組んで拝跪し、確信をもって断言した。
「では、間違いありません。あなた様は、全精霊の主……世界樹マナの精霊であらせられます」


そのあたりで、ラピスは周囲を見渡し、クヴェインとルルヴィトールの存在にも気づいたうえで提案する。 
「あなたの話を詳しく聞くにしても、場所を変えたほうがよさそうね」
 話をするにしても、聴衆が多すぎる、と。





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