L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

ジョーカーのファイブカード

 
 魔の森の北側には、貴族の別荘として使われていた洋館がある。
 たくさんの薔薇に囲まれた洋館は、壁のひび割れなどと相まって少し不気味だ。
 かつては美しかったであろう庭園も、今では噴水も倒れたままで、無人の廃墟と言っても不思議ではない。
 だが、ここを住処にしている魔物が居る。
 否。
 魔物と言うには、いささか物足りない。
 なぜなら、その主は、ヴァンパイア・ロードだからだ。


 そうして、吸血鬼の王――クヴェイン=デイル=オーグは今、ベッドから起き上がったところだった。
 森で会った少女に、全身を打ち砕かれた傷がやっと癒えたのだ。
 弱点である高威力の治癒魔法を何度も浴びたせいで、本来は1日で癒える傷が一週間ちかくかかってしまった。


 とはいえ、当然ながら衣類までは治癒しない。
 自慢の燕尾服も血まみれの傷だらけだ。
 白髪もくすんでおり、オールバックも崩れている。
「やれやれ、まずは、身だしなみか」 
 身だしなみは大事だ。疎かにすれば、たとえ吸血鬼であろうと、美女と巡り合い、遊ぶことは出来ない。
 幸い、貴族が残した財産があるため、お金はある。
 近場の街にでも出向き、新しい高級な衣服でも整えるとしよう。
 しかし、今は、お出かけ用の適当なものがあればいい。


 クヴェインは着替えを探すため、別室に行こうと部屋を出る。
 そのままエントランスの見える廊下を、歩く。


 と、吸血鬼の感知に、何かが引っ掛かった。


 その方角を見つめる。
 南から、北へ、二名ほどの何かがやってきている。
 真っすぐこの洋館を目指しているかのようだ。


 感知は出来ても、何者かまでは分からない。
 定例会の誰かか?
 ルルヴィトールか?
 以前のクヴェインなら、何が来ようとどうでもよかった。
 自分に勝ち得る脅威など、この世に無いと思っていたのだから。
 だが、その自分を一瞬でゴミクズに変えるような強者に出会った時から、クヴェインは恐れというものを知った。


「一度くらいならいけるか……?」
『血の力』を治癒に回しすぎたため、もうあまり余力は無いが、用心のために、クヴェインは複数の蝙蝠となって、その場から散った。
 屋敷中に散った中のその1匹に、エントランスの監視をさせる。
 本体は、別室に戻って待機させて、備えておく。




 暫くすると、壁越しに少女の声が姦しく、聞こえてくる。
「とりあえず、ノックが必要そうですわね、主様」
「ダメよ。ノックと言いながら、扉を吹き飛ばす気でしょう、あなた」
「あら、そんなことはしませんわ、我が主。鍵がかかっているかもしれないからって、ちょーっと扉さんに居なくなってもらおうだなんて、思ってませんわよ」
「ちゃんとドアベルがあるのだから、それを使うのよ」
 そう少女の一人が言って、ベルが鳴った。


 蝙蝠の一匹が、窓に張り付いてその様子を伺う。
 とたんに、全蝙蝠がざわっとした。
 一番会いたくないヤツが目に入ったからだ。
 なぜ、私の屋敷にあいつが!?
 そんなことよりも、どうするのだ。
 逃げるのか。
 なぜ?
 この私が?
 しかし、いや、よく見たら二人いるではないか。
 逃げねば死ぬやもしれん。
 せっかく完治したばかりなのに。
 慌ててそんなことを迷い始めるクヴェイン(蝙蝠たち)。


「出ませんわよ、主様。本当にここなのですか?」 
「そのはずだと思うのだけど……森の住人の動きは、ある程度把握しているわ。その中で一番目立つ気配の住処といったら、ここなのよ」
 強者というのはそれだけで目立つ。
 そいつが森の中で何かをしでかす……例えば迷い込んだ娘を襲って持ち帰るなどという、吸血鬼の行動が、目立たぬはずがない。
 黒衣の少女は、静観していただけで、知らぬわけではないのだ。


「居留守でしょうかねえ」
「……」
 窓にへばりついて様子を見ている蝙蝠。
 ふと、黒づくめの少女が、その蝙蝠を見た。
「……」
 全蝙蝠が、びくっとなる。
 まさか気づいているのでは。
 冷や汗だらだらの蝙蝠たち。


「まあ、居るか居ないかでいえば、居るわね」
 断言である。
 つまり、バレている。


 しかも、蝙蝠の状態で監視しているのならば、話ができる可能性がある。
 という所まで予想する。
 本体が、瀕死かどうかまでは分からないが。


「転移の魔法で侵入なさってはどうでしょう?」
 青いドレスの少女の提案に、黒い少女は首を振る。
「いいえ、どうせならこの屋敷もろとも、跡形もなく消し去ってあげるわ。二度と目覚めないようにね」


 その物騒な物言いに、全蝙蝠は慌ててエントランスに集結した。
 そうして、初老の紳士姿が、乱れた髪型を整えてから、扉の鍵を開けて出る。


「いやはや。物騒なことを言うお嬢さん方だ」
 戦々恐々とした内心を、努めて平常に保ちながら、初老の男性は、少女たちを歓迎する。
「やっと出ましたわね」
 青いドレスの少女。メルクリエは、腰に手を当てて不機嫌なご様子だ。
「久しぶりね……」
 ええっとなんだったかしら。
 そう。
「ばんぱいあ。また会ったわね」
 不慣れな、ばんぱいあ、という言い方に苦笑しそうになりつつ、
「私の名は、クヴェイン=デイル=オーグです。私は、あまり会いたくはありませんでしたよ」
 冷や汗を垂らしながら、クヴェインは冗談のように言った。本音を。
「ふうん。枯れ気味のおじさまにしては、だいぶ薄汚れていますわね」 
 メルクリエは、髪に染みついた血や、ぼろぼろの衣服に注目したようだ。
 身長190センチに近いクヴェインを、60cm程も差のある少女たちが見上げている。
 よかったら洗濯して差し上げましょうか。
 などと言うメルクリエに、クヴェインは丁重にお断りをして。




 ところで、何用ですかな。




 そんな視線を向けるクヴェインに、黒い少女は答える。
「私の名は、ラピス=フィロソフィ。あなたに少し聞きたいことがあってきたわ」


 逃げも隠れも出来そうにないクヴェインは、仕方なく応接室的な部屋へ二人を案内する。
 その様子は、お嬢様二人をお連れする執事のようでもある。


「ご用意できるお飲み物は、ワインくらいしかありませんが」 
「結構よ、構わなくてもいいわ」
 そうですか。
 と、距離を置く機会すらも奪われたクヴェインは、おとなしくソファに座る。
 ラピスもメルクリエも、対岸のソファに座った。
 古びているため、座り心地はちょっと固い。
「で、何の話ですかな」
 どうせ、どのような抵抗をしようと無駄ということも。
 相手が殺す気ならば、次の瞬間には死んでいるだろうことも。
 クヴェインは解っている。
 むしろ、クヴェインが少し前までは、そちら側だったのだ。
 だから解りすぎていた。
 だから、おとなしく話を聞く。一種のあきらめの境地だった。




「あなたの知り合いに、ルルヴィトールと言う者が居るわね」
 その、短刀を直に叩きこむ、唐突な問い。
「!?」
 クヴェインは本気で驚いた。
 あの阿呆は忠告も聞かずに、あなたに挑んだのか? と。
「その様子では知っているようね」
「私の友人、だが……?」
 あたりだ。
 ラピスの予想は当たっていた。
 ルルヴィトールに、『銀髪で瑠璃色の瞳の少女』のことを話したのは、こいつだと、ラピスは確信する。


「ということは、あなたも、亜人たちが王都の人間をどう思っているか、知っているのかしら?」
「その質問に答える前に、ルルヴィトールはどうしたのだ……もしや」 
 死んだのではないのか、と危惧するが、
 メルクリエが答える。
「大丈夫よ。生きてますわ」
 それは良かった、とクヴェインは胸をなでおろす。
 その様子に、メルクリエは、机に両肘を乗せて組んだ手に顎を置いて、ふうん、と言った反応をする。
「ずいぶん、警戒されていますのね、主様を」
 メルクリエは、クヴェインがラピスのことを恐れていることに気づいた。
 浮かべた微笑が、少し意地悪い。
「警戒? そのような必要が?」
 クヴェインは強気に言った。
 わけではない。しても無意味だろうという事だった。受け取られ方はさておき。
「――で、知っているの? いないの?」
 何故か嬉しそうに笑うメルクリエを、窘めるかのように、ラピスは強引に話を戻した。
 亜人が、人間を恨んでいるのかという問いかけ。
「知っているとも。王都に攻め入ろうという話は、そこから出た物だろう。私は参加しなかったがね」
「他の種族が混じっているということは、亜人達に協力しているという事よね。それはつまり……」
「つまり?」
「……勝手について行ったわけではないでしょう? 何かあるわね? それを決定するための、場が」
 亜人たちが数千居たとして、そこに混じっていた他種族は数割。
 しかし数割と言えば、少なくとも千程になる。
 その数を、ノリでついていった、という理由で収まるはずがない。
 ラピスはそのことを言っているのだ。
 どこかで、会議をして決めたことだろう、と。


 クヴェインが、すぐに思いつくのは定例会だ。


 ラピスはそれがあるものだと、既に確信して言う。
「私もそれに、参加させてもらえないかしら」


「……なんだと?」


「千年前に、この森を荒野に変えた魔法使いでは、役不足かしら?」


 クヴェインは黙ってしまった。
 千年前の伝説は、クヴェインも知っている。
 その張本人だという話は初耳だ。
 だが、納得はいく。
 役不足どころの話ではない。


 これはそういう意味ではない。


 脅しなのだ。


 少なくとも、クヴェインはそういう意味で受けた。
 連れて行かなければ、殺される。
 クヴェインが連れて行かないのであれば、次はルルヴィトールを訪ねるだろう。
 しかも、相手はラピスだけでなく、従者まで引き連れている。
 クヴェインは、メルクリエを見る。
 どれほどの強さか、予想は出来ないが、強者の風格を感じていた。
 このような二人を相手にすることは出来ない。


 この駆け引きに勝てる札が、何もないのだ。
 弱肉強食で成り立っている魔物の世界では、強さこそが、最大の手札だ。
 ジョーカーのファイブカードしか出してこない相手など出来るはずがない。


 ただ救いがあるとすれば、闇雲に定例会の連中を殺そうという風には見えないことだった。


「いいだろう。案内するとも……。ただ、次の定例会は、3日後のはずだ」
 それで構わないか、と言いかけたところに。


「ええ。でもその前に、あいさつ回りに行かないとね」
 メンバーの名前と、居場所を教えてもらえる?
 ラピスは、そんなことを言うのだった。





「L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く