L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

メアの視点



 空っぽの器。
 そこに、いっぱいの水が満たされる。
 最初は中心から、そして少しづつ末端まで、水は行き渡る。


 水は魂だ。
 あるいは精神だ。


 心が満たされれば、あとは感覚が生き始める。
 伝わるひんやりした温度は、床の冷たさ。
 ざらついた感覚は、地面の感触。
 そうして、今までにない新しい、感覚。


 真っ暗な闇をさ迷い、出口を見つけたかのように、瞼に光が注がれる。
 視力が、発揮される。
 そして、どっと、感覚の波が押し寄せ、心に詰まったかのように――痛みと苦痛が走った。




 のたうち回ったせいで、脚が、何かにぶつかる。
 地面に金属の破片が、落ちて、甲高い音を立てる。
 感覚のすべてが鋭敏になりすぎている今、軽い痛みも激痛に感じられ、音は耳をつんざく。
「ううっ」
 声が漏れる。
 少女とも、少年ともつかぬ、中性的な声。


「もう大丈夫みたいね」


 そんな声が、聞こえて。


 オートマタは、完全に目覚めた。
 真っ白な長髪、真っ白な体躯。丸っこくて大き目の赤い双眸、艶のあるふっくらとした唇。
 厚めの素材で創られた、ぴっちりと張り付く純白のワンピースと、同素材のニーソ。服装を加味した外見はどちらかと言えば、少女寄りだ。
 そして――頭には、うさ耳のような飾りが付いている。
 その飾りは硬質な素材で出来ていた筈だったが、今は転生の力か、軟質の素材に変貌し、まるでうさみみのようになった。しかも自分の意思で動く。
 多分本当は、馬耳だ。


 オートマタは、全身の感覚が落ち着き。
 倒れていた体を起こす。
 はっきりと覚醒した視力で、周囲を見渡す。
 すると、目の前には、二人の少女が居た。


 片方は、銀髪で瑠璃色の瞳をした、黒い法衣の仏頂面。
 もう片方は、うつ向いたままの、金髪に王冠を乗せた少女。
 その金髪の少女が、起き上がったオートマタに気づき、微笑と涙を浮かべる。
 そして、恐る恐る尋ねてくる。
「メア……なの?」


 メア。
 その名前には聞き覚えがある。
 そう――ボクの名前だったはずだ。


「アリシャ……?」


 自然と、名前が出る。


 アリシャと名を呼んだ瞬間に、突然、感極まったかのように、少女は抱きついてきた。


「ごめんね……勝手に生き返らせて」 


 反射的に、抱きとめる。


 一緒に、農村から逃げた少女だ。
 農村で火に包まれたとき、この少女が居なければ焼け死んでいただろう。
 一度はぐれた後も、元のご主人様のところに戻ったら、ゴブリンに襲われてしまって。 
 そこを助けてくれたのも、この少女だ。


 いつも泣いている。
 今も泣いている。 


 恩を返さねばならないと、ずっと思っていたのに。
 あの砦に。
 あの戦火の中に、飛び込む覚悟はあったのに。
 逃げろと言われて――、いけなかった。ただ心配で、逃げたところで居場所も無くて、留まってしまった。


 そこで。
 死んだ。
 撃たれて。
 刺されて。
 斬られて。
 無念だけが残る。
 この身体でなければ、もっと役に立てたかもしれないと。


 それなのに、また、助けられてしまったのだ。




 だから、謝らなくてもいい。
「……ありがとう。生き返らせてくれて」
 これはもう一度与えられた機会だ。
 抱きつかれたまま、自分の掌を見つめる。
 もう、元の身体ではない。
 今度は絶対に、無力に死んだりはしない。
 そう誓って。


「御恩は返します。次は、ボクが守りますね、マスター」


 その言葉を聞いて、不機嫌になった者がいた。


「もう、なによそれ。創ったの私なのに……っ」
 あと守るのも私!


 ラピスである。




 
 そして、アリシャが涙をぬぐって、立ち上がる。
 メアが、無事に目覚めたこと。
 生き返らせたことを怒ってないこと。
 それだけで、アリシャは胸がいっぱいで。 
 部屋の端に落ちている五円玉のことなど、もう忘れていた。







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