L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

わがまま





「『空間接続コネクティング解放ゲート』」
 暫くすると、突然アリシャたちの傍の空間に、豪奢で大きな両開きの扉が出現する。 
 それが開くと、そこからラピスが現れた。
「主殿……!?」
 メルクリエが驚く。
 メルクリエが呼んだわけではなかったが、遠くから見ていたか、もしくは何かを察してラピスが駆け付けたのだ。


 突然現れたラピスにアリシャも驚いていた。
 その間に、ラピスは、メルクリエからメアのことを含めて、事情を説明される。


 そして、
「お願いします、ラピス様」
「私からも、お願いいたしますわ、主様」


 アリシャとメルクリエが頭を下げて懇願する。
 白馬を蘇生させてほしい、という、そのお願い。


「なるほど。理解はできたわ」


 そうは言うが、ラピスの興味はまず別のところにあった。
 人の姿で顕現しているメルクリエのことを、つい物珍しそうな眼で、見つめてしまう。
「それにしても、おかしなものね……まさか、人の形になるだなんて。しかも、こんな明瞭な意思を持って」


「そんなに熱烈に見つめられますと、照れますわ、主様」
 ほんとうに照れた仕草のメルクリエに、ラピスは嘲笑のような自虐のような笑いを浮かべる。
 なんともこそばゆい性格をしている、と。


 ため息交じりに、話を切り替える。
「まぁ、とりあえず……」 
 顕現した七分封界アルカンシェルのことは後回しにして。
「……蘇生。やろうと思えば出来なくないけど、ただ何もなしに行うわけにはいかないわ」
 ラピスの表情は険しい。
「ダメ……ですか?」
 悲しそうな。懇願するような。
 そんな表情で、座り込んだままのアリシャは、ラピスを見上げる。
「ダメ、というか。ルールなのよ」
 ルール?
 アリシャは首をかしげる。
「殺されたら死ぬ。世界にはそういうルールがあるわ」
 当然のように感じること。それがすでに摂理なのだと。
「産まれたら生きるし、殺されたら死ぬ。当然だけど、これは定まっている順番よ。蘇生と言うものはそれを逆転させる違法のような物ね」
 通常、逆順になることはありえない。
 死んだらそれまでなのだ。
「出来るからやっていい、という気軽なものじゃないということよ。それは分かるわね?」
 ラピスはアリシャに確認する。
 それに、ゆっくりと頷きが返ってくる。
 そうして、やっぱり出来ないのかなと、アリシャは落ち込みかけている。


 ラピスは考え込んだ。


 以前のラピスなら話はここで終わっていただろう。
 森で独り、暮らしていたころのラピスならば。
 しかし、アリシャを助けたときに、その責任を負うと誓っている。
 大事にしようと思っている。


 だからここからは、『情』の話だ。


 ラピスは何某かの覚悟を決めるように、一度瞳を閉じ、開く。


 そして、真剣なまなざしで問いかける。
「アリシャにとって、その馬は大事?」 
 こくん、とアリシャはすぐに首を縦に振った。
「蘇生を望む理由は?」


 その問いに、アリシャは即答えを出せなかった。
 考え込んでしまう。


 なんのためにだろう?
 メアのためだろうか?


 でも、違う、とアリシャは思った。


 メアは生き返らせてくれなんて言ってない。


 ではなんのために?




 他人を救うということは自己満足だと、ラピスは言っていた。
 その理由が、アリシャには今わかった。


 それは決まっているのだ。
 自分のためだ。
 我儘なのだ。
 ただ、死んでほしくない。
 そう、アリシャが思っているだけなのだ。


 その我儘を押し通すべきか否か、アリシャは分からなかったが、思っていることを、言おうと決めて、口を開く。
 アリシャは、ゆっくりと話す。
 心苦しそうな声だ。
「私は……メアのことを、助けたかった。生きていてほしかった。そうしないと、私が殺した魔物たちのことが、無意味になってしまう気がして……! これは我儘なんです。解っているんです……でも……」
 アリシャはいつの間にか泣いていた。
 泣き虫なやつだと、ラピスは思う。
 そして、
「良いわ。あなたにとって、特別な者なのね。ならば、この件も特別なものということに、しましょう」
「ラピス様!」
 アリシャの表情がぱぁっと明るくなる。


 今のラピスには、誰かを大事に思う気持ちが、少しわかる。
 ラピスも、アリシャが死んでしまったら、きっと蘇生させようとしてしまうだろう。
 ルールはルールだが、『情』には勝てない。 


 だがルールを破る代わりに、そのままの蘇生と言う形を、ラピスは拒んだ。


「でも、代償は必要よ。だから救うのは半分だけだわ」
「代償? 半分、ですか?」
 ええ。とラピスは頷く。
「それに、せっかくだから私にも利が欲しいわ」
 無料で蘇生などと言う大仕事はできません、と。
 ラピスは微笑を浮かべていた。


「だから、蘇生――ではなく、転生になるわね」


 転生と言う言葉に、驚くアリシャをしり目に、ラピスは白馬の死体の前にしゃがむと、掌を向ける。
 そうして、
「メルクリエ、悪いけれど、顕現は解除させてもらうわ」  
 じっと、アリシャとラピスのやり取りを見守っていたメルクリエは、
「承知いたしましたわ」  
 そう満面の笑顔で言って、すぐに青い色の正八面体に姿を戻した。 
 さらに、
「あなた達の力も借りるわ、七分封界アルカンシェル
 残りの宝石たちも召喚する。
「皆、失敗しないよう、気を引き締めなさい」 
 ラピスの言葉に、宝石たちはいっそう輝き、了解を示す。


 そして施術が開始された。


 白馬とラピスの掌が、稲妻のようなもので結ばれ、宝石たちがまばゆい輝きを放つ。
 とても繊細な術なのだと、アリシャにも分かるほど、ラピスは真剣だった。


 アリシャはその様子を固唾をのんで見つめる。


 やがて、白馬の身体から、白く輝く靄のようなものが切り離され、それを素早く、正八面体の形に封じ込める。
 その状態は、七分封界アルカンシェルの宝石に少し似ている。


「できたわ」


「できた、って……?」


「精神を切り離したのよ」
 これを、別の器に移し替えるわ。


 そう言って、その新しい八面体の結晶の姿が消える。
 ラピスが仕舞ったのだろう。


 そして、七分封界アルカンシェルの赤い色の宝石以外も消えた。
 残った赤い宝石が輝く。
「――木を糧に起こり、灰燼、土に復す――今別れを唱え、変わりなき炎の理を示さん――『火葬式典クリメイション』」
 ラピスの、属性節、固有節、式名節の全詠唱を籠めた全力の火葬だ。
 精神を抜かれ、空っぽになった白馬の肉体に火が点る。
 一瞬で、炎に包まれた身体は、あっというまに骨だけのシルエットになり、立ち上る火炎の中で揺らめいている。


 その炎に、はっ、として、アリシャは胸を締め付けられた。
 たとえその体が空っぽでも、少し前まで動いていた者が炎に焼かれる様を、平常な心で見ていることは出来なかった。


 涙でさえすぐに蒸発してしまうような熱気と光が、アリシャを照らし続け、


 いつしか、炎は骨までを溶解し終え、その名残ごと、煙となって蒸発していった。
 やがて炎が消え、突き刺さっていた剣や槍の残骸と、焼けた地面だけが残った。


「メア……」


 アリシャは、さようならを言うように、名をつぶやく。


「大丈夫よ、これはただの器だから。せめて、存在の半分は、せかいに返してあげないとね」


 理解して頂戴。
 そういうラピスに、アリシャは頷いて、行くわよ、と言われて、立ち上がった。




「『空間接続コネクティング解放ゲート』」
 再びゲートが開かれ、開いた扉の向こう側に、ラピス邸の地下通路が見えた。
 地下通路の奥には、アリシャが一度行ったことがある、『倉庫』の扉が見えている。




 そしてラピスに促されて、アリシャはゲートをくぐる。
 そのあとからラピスも続いた。





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