L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

『ナイトメア』

 


 ルルヴィトールはの翅は伊達ではない。
 跳躍も出来るし、短時間の飛行も可能だ。


 今、ルルヴィトールには――。 
 上空から、地上にいるアリシャに向けて、叩きつけようとしている、渾身の一撃がある。


 そこに飛来する脅威。


「何っ!?」


 ルルヴィトールは、即座に気づき、間髪入れずに反応する。


 燐光の力を、背中の翅や、各気孔から、推力として噴出させ、180度方向転換するとともに、アリシャに向けていた刃――『超絶ヴェイパー武心ブルー光波斬りスラッシュ』を、


 40キロメートルを3秒かけて、到達する魔法の矢に叩きつけた。




 青い閃光、光の粒子が散る。




 それで魔法の矢は逸らされ、近場の地上に着弾した。
 その威力で、着弾点周辺の亜人の群れが肉片すら残さずに消し飛んでいく。




 ルルヴィトールは空中にとどまったまま、矢が放たれた方角を凝視していた。
 しかし見えよう筈がない。40キロ先の人の姿など、何の強化も無しに把握することなど無理だ。
 だが、狙撃手を見ているわけではない。
 ただ、また飛んでくるかもしれない、第二射だけを、警戒しているのだ。 




 とそこに、ひゅんひゅん、と風切り音が、頭上から降ってくる。


 そうして、その正体が、アリシャ間近の地面に、ざくり、と突き刺さった。


 ――音速の13倍という速度に、タイミングを合わせて弾き飛ばせるような強者は、そうはいない。
 だが、速さはパワーなのだ。
 威力と言うものは、重さと速度の影響を受ける。
 マッハ13などと言う、馬鹿げたものを弾き飛ばしておいて、ただで済むはずがなかった。


「おのれ……ッ」


 ルルヴィトールが気付いた時、手にしている剣の刃が、半分無くなっていたのだ。
 その欠片が今、地上に突き立ったというわけだ。


 剣に生きてきた武人にとって、剣というのはとても大切な物だ。
 毎日手入れをするのが当然なほど、一心同体と言ってもいい。
 それが砕けた。


 心を折られるも同然だ。


 さらに、


 地をかける靴音がして、


「遅くなりましたわ、アリシャ殿」


 蒼いドレスの少女が、氷の双剣を手に、駆け付けてきた。
 それとほぼ同時に、西側から東側に、人間勢力が雪崩れ込んでくる。


 すなわち、それは西側の亜人連合軍が壊滅したということを意味する。


 剣は折れ、増援が駆け付け、西側は壊滅。
 そのうえ、いつ、遥か彼方から、正確無比な狙撃が放たれるかも、分からない。
 こんな状況を良しとするほど、ルルヴィトールは狂人ではなかった。
「もはやこれまでか……」 
 ルルヴィトールは、折れているのを構わず、剣を背の鞘に仕舞う。
 そしてアリシャと、駆け付けた少女の顔、背格好を目に焼き付けると、
「今回は、おまえたちの勝ちだ、ハインリス」
 なかなかに楽しめたぞ、また会おう。
 そう、言い残して、飛翔したまま、その場から飛び去った。








「……逃げた……? 助かったの、かな?」
 ルルヴィトールの渾身の一撃で、死ぬかと思っていたアリシャは、夢と現の感覚があやふやになるほど、生きている自信を失っていた。


 その様子を見たメルクリエは、武器を仕舞い、アリシャのもとへ歩み寄る。


 そしてアリシャの、その、血濡れた細剣をにぎった手に、ふと、触れた。
「大丈夫です。勝ちましたよ、アリシャ殿」
 メルクリエの暖かい手の感触に、アリシャは、やっと、現実味を感じることができた。
 勝ったのだ。
 勝てたのだ。
「良かった……」 
 気を張っていたのだろう。
 慣れないことをしすぎたのだろう。
 心の疲労が、どっと押し寄せたか。
 アリシャはその場にへたり込みかける。
 それを、メルクリエが抱きとめた。


 周囲からは、たくさんの歓声や咆哮が聞こえている。


 戦況が覆り、東の亜人軍も敗走者が増え、壊滅状態になりつつある。


 そうして、気が付けば、いつの間にか、アリシャたちの回りに、兵士や冒険者が集まっていた。皆、戦いを経て、傷だらけで、疲労困憊の様子だ。


 なのに、彼らは、アリシャたちを称えに来たのだった。
 アリシャが、ルルヴィトールと戦っていたこと。
 メルクリエが、西側で獅子奮迅の活躍だったこと。
 それらは、勝手に、注目の的となっていた。


 メルクリエは、幼い感じだが、可愛らしい少女だし、
 アリシャは、大人と子供の中間をまっすぐ行く、金髪の美少女だし、


 特に、あたまに乗っかっている王冠の所為か、その姿は、両者とも、カリスマ性にあふれている。


 歓声や賞賛の雨が降り注ぐ中、積極的な手合いが、話しかけてくる。
「あんたたち、何者なんだ?」
「冒険者なのですか?」
「どこの国の人?」
「あんなのとまともに戦えるなんて、あんた強いんだな!」
「ちっちゃいのに凄い」
 などなど。


 アリシャはそれに、どうしていいのかオロオロしてしまうばかりだ。


 それを遮るのは、青いドレスだった。


「ごめんなさい、皆様。私のご主人様はお疲れのようですので、そのへんでお許しくださいませ」
 メルクリエに肩を貸され、引っ張られるようにして、アリシャは人垣から連れ出される。
 そのまま二人は、東の門を抜けて、外へと出た。


 外へ出ると、とたんに倦怠感にさいなまれる。


 アリシャは疲れ切っていた。そのことを自覚する。
 帰りたい。
 そう思っても、ラピスのところに帰っていいのか、アリシャには解らなかった。
 なにせ、居候の許可などもらっていない。


 だが。
「そうだ……小麦粉と、卵と、牛乳……あと調味料と……」
 忘れていた。
 食材を買いに行かなければいけないことを。


「どこかで買って……」
 帰らなければ――。




 砦のある山岳から、平野へ抜ける坂道。その途中に、真っ白な馬が、横たわっているのが見えて、アリシャの言葉は止まってしまう。




「……」


 名を呼びたくても呼べない。
 呼びたくはない。


 目を閉じて、開いたなら。
 その姿が、嘘のように、消えているかもしれない。


 そう願っても。


 現実というものは、どこかへ行ったりはしない。


 本当は。
 一目でわかる。その馬はメアだった。
 そして、その腹部には、矢が刺さっており、背や、腰や、首に、無数の剣や、槍が刺さっていた。


 どう見ても死んでいる。致死だ。
 流れ出た、おびただしい血が、道を染めている。


 血の様子、ケガの様子からして、今やられたばかりだった。
 アリシャは、ふらふらとメアに駆け寄り、座り込む。


「きっと、敗走兵にやられたのですわ! ……今なら、まだ!」
 メルクリエは、そう言って、ものすごい速さで、駆けて、走り去っていく。


「……メア……?」
 残されたアリシャは、メアに呼びかける。


 何度も。


 何度も。


 だんだんと語気を強めながら。 


 だがしかし……メアはもういない。


 いないのに、呼び続けた。


 メルクリエが、敗走した亜人たちを、皆殺しにして帰ってきても、アリシャは壊れたおもちゃのように、呼び続けていた。


「アリシャ殿……」 


「ねえ。どうして……? 逃げてって……言ったのに……!」


 もっと遠くに、逃げていてくれれば。
 でもそれは今更なのだ。
 もしも。
 そんな仮定では、死は覆らない。


 メルクリエは、アリシャの姿を見ていた。


 放っておけば、アリシャの心は壊れてしまうかもしれない。
 メルクリエは悩んだ。
 言いたいひとことがあった。
 だが、それには、重責が発生する。


 それを負うのか負わないのか。
 だれが負うのか。


 悩んだ。


 そして、ついに。
 アリシャの心が、壊れてほしくないという一心で。
 だから、メルクリエは、希望を口にする。


「……もしかしたら、我が主――ラピス様ならば、メアを生き返らせることができるかもしれません」 
 呟くように言った。
 メルクリエは笑顔だった。
 その裏に、死んだものを蘇らせる、ということの意味を覆い隠した。


 それでも、アリシャが顔を上げる。


 表情が明るくなる。
「ほんと……?」


 アリシャの眼に、色が戻った。


 メルクリエは思う。
 アリシャが笑顔ならば、それでいっか――なんて。





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