L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

アリシャ VS ルルヴィトール



「……金髪、か。眼の色も違うな」
 ルルヴィトールがつぶやく。
 アリシャは、少しばかり痛む右肩を押さえている。
 右手には、血の滴るレイピアがあった。
 だが、ルルヴィトールも同じだ。
 手にした剣は、血のりが付いたままだ。


「どこの姫君かは分からぬが、今ので私の実力が多少は知れただろう? 死にたくないのなら、今すぐ逃げることだ」 
 かなり遅れて、アリシャはようやく、この蟲人に攻撃されたのだと思った。
 逃げれる物なら逃げたい。
 アリシャはそう思う。
 けれども、もうすでに、途中で投げ出せるほど、背負ってしまったものは軽くない。
 だから逆なのだ。
 アリシャは少しだけ、心に力を入れる。
「あなたの方こそ、死にたくないのなら、逃げたほうが良いですよ」
 精いっぱいのハッタリ。強がりだ。
 相手の実力くらい、先ので十二分に分かった。
 可能な限り相手にしたくない。
 頼むからどこかへ行ってほしい。
 そういう願いだった。
 が。
 ふふふ。
 くっくっく。
 はっはっは。
 蟲人は、三段階に分けて笑い飛ばした。
 こみ上げる物に段々と抗えなくなるような笑いだ。
 まだ出てくる笑いを封じ込めるようにして、ルルヴィトールは嬉しそうに言った。
「面白い」
 ――と。
 そこそこ全力で殺しに行った攻撃をすべて躱し切ったアリシャを、ルルヴィトールは弱いとは思っていない。むしろ強いと思っている。
 相手が女子だから。
 銀髪でないから。
 もしかしたら、無理やり戦場に立たされているかもしれないから。
 本当に姫かもしれないから。
 だから、逃げろと、一度は言ったのだ。
 本心は……願ったり叶ったりだった。 
「我が名は、ルルヴィトール。お相手願おう、どこぞの姫君よ」
 そう言って、蟲人は、剣を構えた。
 それだけで、やる気だと解る。
 戦闘経験がほとんどない、アリシャでも、ルルヴィトールの強さ、闘志が伝わってくるのが分かる。


 失敗したかな、と。
 火に油を注いだのではないかと。
 アリシャは覚悟するしかなくなった。
 そして、一瞬でも気を抜いたら死ぬ、と。それくらいは理解できた。
 なので、アリシャも、有るのか無いのかわからない構えを取った。
「ア、アリシャ=ハインリス」
 あんまり相手にしたくないけど、そう心でつぶやいて。


 アリシャの構えを見て、ルルヴィトールは素人同然のような雰囲気を感じた。
 そこを不思議に思いながら。
「……アリシャ……ハインリス。覚えておこう!」


 その言葉が、開始の合図。


 ルルヴィトールが、瞬時に、踏み込む。
 三本指の独特な爪先が、土を踏みしめ、ルルヴィトールは前に躍り出る。
 恐ろしい速度で、振りかぶられた剣。そんな極小の隙に付け入ることなどできない。
 アリシャの……いや、ラピスの判断は即決だ。
 その踏み込み、振りかぶりと同時に、アリシャも全力で前に出る。
 その段階で、左腕の盾を構えんとする動きで、防御を意識する。
 目指すのは、ルルヴィトールの剣を持っている方、右サイドをすり抜けようという素振り。


 されど。
 横薙ぎに払うつもりだった剣を止め、ルルヴィトールは柔軟に対応する。
 ルルヴィトールは剣を振るわず、体当たりに切り替えた。
 その瞬間がアリシャに予知される。体当たりの身体をブラインドにして、上方から唐竹に斬りつけてくる。
 その予想も立つ。
 アリシャの盾はサイドに構えられている。上方には対処できない――。さらにサイドをすり抜けようとするアリシャの身体は、体当たりにも対処できない――。
 なんてことはなく、あくまで構えんとする動き。素振り。
 それを、フェイントと呼ぶ!


 アリシャは、急ブレーキをかけた。
 体当たりをいなすように、軽く半歩後方へ跳び、迫りくる上段からの唐竹割に、盾を滑らせるように叩きつけるように宛てがって、弾く。
 その盾の裏側から、レイピアを刺し向ける。
 甲冑の隙間を、相手の視界の裏から狙う。メイルピアシング。
 アリシャは、覚悟を決めていた。
 勝てなければ死ぬことを理解している。
 だから、本気だ。
 右手の拳を握りこむ。


 雷が迸り、レイピアに伝達する。


 雷はアリシャの全身にも伝わるが、幸い、魔法防御は最高に高い。
 それは、図らずも、攻防一体の、秘技となった。


 電光石火ライトニング突き・ピアース


「こいつ……! 私の予想以上か……!」 


 構えの素人っぷりに、やや油断があったようだ。
 フェイントに加えて、魔法を混ぜ合わせる攻撃に、ルルヴィトールは感嘆する。
 されど。
 ルルヴィトールは弱くない。
 咄嗟の判断で、そのレイピアを、膝で蹴り上げ、軌道を逸らす。 
 同時に、少し翅を使い、燐光の力を推力にして、横に跳んだ。


 盾に弾かれた剣が、そのまま、予備動作となり、ルルヴィトールの剣が、再度振り下ろされる。
 アリシャは、攻撃を逸らされた直後で、反応を取れない。


 さらに、それは青色のオーラを纏って加速する。
武心ブルー光波斬りスラッシュ!」


 ゆえに、三度目。


「私の祈りに応えて!」


 守護の防壁。


 響く、轟音。
 轟く、残響。


 青白い、輝きと、迸る稲妻。


 激突の衝撃に、アリシャとルルヴィトールは距離が離される。
 地面を削り、踏ん張るアリシャとルルヴィトール。


 だが。


  
「ああっ」
 それは悲鳴だ。


 二度目など無かった。


「当然だろう……今のは本気の技だ。防ぎきられても困る」 


 アリシャは右腕に重傷を負っていた。
 血まみれでだらりと垂れ下がる。
 地面に、赤い雫が零れ落ちる。
 服が破けないのは、防壁の力と、装備の頑丈さによるもの。
 そうで無ければ、右腕は斬り飛ばされていただろう。


 しかし、ルルヴィトールも無傷ではない。
 至近距離で本物の雷と同等の威力を浴び、さらにその剣を蹴り上げたのだ。


 装甲のあちこちに稲妻によるダメージを受けているようだった。
 そのダメージを軽度で済まし切ったことこそ、ルルヴィトールが本当に強いという証、さらに蟲人の装甲の堅牢さの証なのだ。


 そしてもう三度目……否、四度目は無い。 
 ラピスにもらったお守りは、今ので灰となって消えていった。


 強い。とルルヴィトールと名乗った者のことを、アリシャは思い実感する。


 けれど不思議だった。


 借り物の力とは言え、ここまで、こんな強者と戦えている自分が、アリシャは信じられなかった。よく、逃げないでいると、自分で思っていた。
 自分で自分をほめたいほどだった。


 問題は。
 何度も渡り合える自信が無いことだ。


 だからせめて――。
 アリシャは、左手に力を籠める。
 セルフ・ヒーリング。


 ケガを負った右腕が治癒される。
 同時に、肩に追っていた打撲も治った。


「……なるほど、厄介だな。魔法……いや、そうか……」
 ルルヴィトールは感じていた。
 狙った攻撃が不意に急所から外される感覚。
 斬り飛ばすつもりで放った剣が、打撲程度で終わらせられる、強靭さ。
 不意に、感じる魔法の力。
 素人のような存在感のアリシャ。
 なのに、達人を思わせる技巧。


 そのすべてから導き出されるものはひとつだ。


「……それは、おまえの力ではないな」




 そうして、確信ではないが。ただの勘だが。
 ルルヴィトールには、目の前の少女に尋ねる意味はあると、踏んだ。


「もしや、銀髪、瑠璃色の眼をした少女を知らぬか」


「えっ!?」 


「……どこにいる?」 


 アリシャの驚きが、何よりの証拠だと、ルルヴィトールは思った。
 そして、それを仮定すれば納得がいく。


 素人なのに、強い理由。
 アリシャから透けて見える強さは、ルルヴィトールが求める者の強さ。その一端なのだ。




 しかしアリシャは無言だ。
 言ってはいけない、そんな気がするからだ。


「構わぬ。教えられんと言うのなら、教えたいと思わせるだけだ」 


 目的のために我を忘れる。
 やさしさすらも投げ捨てるほどの、本気度。
 力づく、というのが、何よりも、魔物である証だ。


 ルルヴィトールの次の攻撃に、手加減など無い。
 その身に、蟲人の身体に、燐光の力のすべてが注がれる。
 輝きが、剣に集約する。
 さらに、『筋力強化』を施し、翅を広げる。


 正真正銘の必殺技が――来る。




超絶ヴェイパー武心ブルー光波斬りスラッシュ!!」


 跳躍し、飛翔し、防御も回避も、威力で叩き潰すという、その一撃。


 小盾などで防げるものではない。


 守護の防壁も使い切っている。


 セルフヒーリングなど、死んだ体には使えない。


 そしてなにより、本気のルルヴィトールは速すぎた。
 アリシャは、反応すらできずにいた――。


 予知は、反応せず。
 ラピスの経験も、反応しない。




 その理由は一つ。




 『音速の13倍マッハ 13』で迫る、魔法の矢が――飛来してきているから。





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