L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

ウォージンガ砦にて

 


 既に、戦闘は始まっていた。
 いや、戦闘というよりは、もはや戦争だった。
 亜人たちと、蟲人、有翼種。中には、リザードマンや、ギルマン、純昆虫種、植物種など、さまざまな魔物が混じっている。
 長年にわたり、迷惑千万を突きつけてきた人間の身勝手に、堪忍袋の緒が切れた連中だ。
 人間同士の戦争で発生した強い怨念がもとで、災害クラスのアンデッドから大打撃を受けたことが、大きな怨恨となっている。




 そんな理由など人間たちは知りもしない。
 魔物は打倒してしかるべき、魔物に迷惑をかけるなど、知ったことではない。
 人間とはそういうものだ。
 ただただ、向かい来る厄介ごとを、悉く迎撃しているに過ぎない。
 砦の大砲が火を噴き、魔術師部隊が魔法を放ち、弓兵部隊が矢を撃ち、砦の陥落を阻止している。
 人間の戦力には、冒険者も混じっていた。
 亜人の戦力には、ゴブリンロード等の指揮官も混じっていた。


 あちこちで断末魔や、檄が飛び交う中、亜人の群れはどんどん押し寄せる。


 第一波、第二波、寄せては返す波のように、攻撃が続く。


 ウォージンガは、山岳にある砦だ。
 山を抜けるためには、必ず通過せなばならない位置にある。
 また山頂付近のため、砦より高所は無く、砦のすぐそばは切り立った崖だった。
 ゆえに、道は、東西と南に伸びる3本のみだ。
 その一本……南は王都への道である。


 そして、第四波、五波が、砦の東西から挟撃をしかけようとしていた。


 
 アリシャたちが到着したのはその時だ。
 数多の咆哮が聞こえてくる。
「もう始まってますわね」 
「うん……でも、よく頑張ってくれた」 
 4日かかる所を、3日で来たのだ、白馬は疲労困憊と言った様子だった。
 砦内に入れば、メアもただでは済まないだろう。
 軍馬用の甲冑なども身に着けていないのだからなおさらだ。


 アリシャは少し迷ったけれど、メアとは砦の外で別れることとした。
 しかし、メアは不安なのか、責任感なのか、アリシャたちとすぐには離れようとしなかった。
「ダメよ。メアが生きていてくれないと、私は戦えない」 


 力を振るい、命を奪ったのなら、せめて誰かは救われていなければ、納得することができない。たとえそれが、魔物の命であっても。
 アリシャにとって、メアはその象徴のようなものなのだ。少なくとも、今は。 


 だから、逃げて。
 と、アリシャは、メアの横腹を軽く触った。


 そうして、渋々な感じで、白馬は戦線を離脱する。




「さて、アリシャ殿。どうやら砦の両側から攻めるつもりみたいですが、どうなさいます?」  
 白馬が遠ざかるのを眺めていたアリシャは、メルクリエの言葉で、考える。
「私の強さって、どれくらいだと思う?」
 勿論、それはすべてラピスの力だ。
 借り物の力、装備の力だ。
 しかし、知らなければいけなかった。
 その問いの意味を、メルクリエは分っている。
「どちらかの方角に加勢した場合、戦線を覆せるくらいの力はあると思いますわ。それに、アリシャ殿はまだ、その装備の力をすべて使ってないですもの」
「装備の力?」
「ええ」
 と、メルクリエは頷く。
 ラピスの記憶は、メルクリエにも多少受け継がれている。
 装備の情報を、メルクリエは説明する。
「そのアリシャ殿が、身に着けているカードホルダーですが、それはガントレットの甲に差し込んで使うもの……のような気がしますわ。カード一つにつき何かの魔法が一つ入っているはずです」
 アリシャは、片方の太ももに、カードを収納したベルトを身に着けている。 
 カードには中央にレンズのような宝玉がはめられていて、ガントレットの甲のスリットにセットできるようになっていた。
 ガントレットの宝玉は、カードの宝玉が、見えているだけなのである。
「念を込めて手を強く握りこむと、カードの効果が発揮されるはずですわ」 
 言われた通り、アリシャが両の拳を握りこむと、左手は『自己回復セルフ・ヒール』が、右手は『サンダー』が、発動する。
 アリシャの生命力が瞬時に回復され、行き場のない雷は、近場の岩に落ちて炸裂した。
 とても頼りになる力だ。 
 それと同時に、注意を払わねばならない力でもある。
「注意してください。カードの中の装魔量がなくなると、使えなくなりますわ」
「分かった。ありがとう」
 説明してくれたメルクリエにお礼を言って。
 一拍置いて。
「私……やってみる。助けてみる」
 助けて見せる。
 アリシャには決意があった。
 命を奪うことになるかもしれない。
 でも、自分の心に傷を負ってでも、何かしなければ後悔すると、アリシャはもう知っているのだから。
「でもね……東と西、どっちかだけしか助けられないのは、嫌なんだ」
 その言葉に、メルクリエは微笑む。
「私は、西側を担当致しますわ。それで、よろしいですか?」 
 アリシャも、そうしてほしいと、微笑をメルクリエに向ける。
「……一瞬で終わらせて、アリシャ殿に加勢します!」
「じゃあ行こう」
「了解ですわ」
 二人は散開する。
 アリシャは東に。
 メルクリエは西に。








 人魔入り乱れる戦場。
 砦の門前は、地獄絵図と化していた。
 それは、西も東も同じだ。


 だが、メルクリエは単騎でも規格外の力を得ている。
 自動的に、周囲に水と冷気の障壁を張るスキルをオンの状態に切り替え、敵陣に突っ込むだけで、弱小の魔物などあっという間に凍結して崩れ落ちる。
 凍結の障壁はカウンターの障壁。
 水流の障壁は、防御の障壁。
 その2つを同時に展開しているメルクリエを、止められる者は希少だ。
 さらに、周囲に冷気を垂れ流し、動きを鈍らせるスキルもオンにできる。
 その計算では、片側の鎮圧など一瞬で終わるはずだった。


 しかし、メルクリエは失念していたのだ。
 人間を巻き添えにしては何もならないということ。
 ゆえに広大な範囲の魔法で瞬時に終わらせるということもできない。
 氷の双剣や、水流の鞭を使い、少しづつ片付けるしかない。
 そしてチャンスを見て、適切な範囲の魔法を放つしかないのだ。
「――ごんに伝いて、残滴ざんてき木花もくかへ芽吹く――か弱き流れを束ね、屈強なる剛打と成せ――『水渦衝アクア・スウィール』!」 
 超高圧縮、超高速で叩きつけられる水流の衝撃がオーガの全身の骨を打ち砕く。
 さらに、魔法は、続けざまに放たれる。 
 高さ2メートルの水飛沫の斬波が、地面を伝い、一直線上を攻撃する、『飛沫の斬襲スプラッシュ・レイド
 岩すらも両断する、水の戦輪、『水輪斬カーレント・ソーサー


 たしかに、兵士に比べればメルクリエは獅子奮迅の活躍だ。
 周囲の兵士や、冒険者も、突然現れた青いドレスの少女に、歓声を上げ、士気を回復させる。
 なのに、メルクリエは焦っていた。
「……思ったより時間がかかりそうですわ……これは不味いですわね」 
 アリシャは強いはずだ。
 戦えるはずだ。
 身に着けた装備はすべて一級品。
 低級の魔物などに、遅れはとらないはずだ。
 ただ立っていれば、ラピスの戦闘経験が勝手に処理していくはずだ。


 だが、不安はぬぐえない。
 どこか、不安になってしまうのだ。


(ラピス様――我が主よ。どうか、アリシャ殿に、力を貸してあげてください。せめて、私が、間に合うまで) 


 メルクリエは、神に祈る様に、そう願った。
 ラピスの授けた装備が、アリシャを守ってくれるようにと。
 そんな救援信号だったのだ。







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