L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

アリシャ・サイド――『表側』

 
 アリシャたちが農村を出立して2日後の夜。
 メルクリエとメア、アリシャの2人と1頭は、街道沿いの休息場で、一夜を明かすことにした。


 往来が多い街道には、途中で野営するのに適した場所が設けられている。
 それは、人が歩けばそれが道になる様に、旅人が休憩するのに使っていた場所が、勝手に発展して出来たものだ。
 そこには、家具付きの小屋が何軒かあり、共用の井戸、調理に使えるかまどなどが設置されている。
 タイミングが合えば、行商人や、野営地を目的にした屋台などが来ていることも少なくない。
 冒険者が良く利用しているため、軽い魔物の襲撃くらいならば、守ってもらえる可能性もある、といううま味もあった。


 そんな野営地の朝。


 習慣のように、アリシャは決まった時間に目を覚ます。
 だいたい朝の6時ごろだ。
 意識が覚醒し、閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。
 そうして、その翠玉色の双眸にまず飛び込んできたのは、海色の双眸だった。
「おはようございます、アリシャ殿」
 囁くような、冷涼な声。
 アリシャが起きると、すぐ。
 語尾に音符やら、ハートマークでもつきそうな程、嬉々とした挨拶がアリシャの枕元に囁きかけられた。
 小屋のベッドは4つあり、すべてシングルなのに、メルクリエはアリシャと同じベッドに横たわっていた。
「メ、メル……さん!?」 
 壁際なので、メルクリエの身体と挟まれているような状態だ。
 ふふ、っとメルクリエは笑う。
「暇でしたのでずっと寝顔を拝見しておりましたわ」
 不思議と、無性に、接触したいとおもう欲求に駆られるところ、必死に耐えておりました。
 そう言葉をつづけ、そして。 
「でももう無理ですわ」 
 突然、小さい少女に、ベッドの上で抱き着かれるという所業に、アリシャは慌てふためいた。
 むしろ、起きて目が合った瞬間に照れていたのに。
 ずっと見ていたと言われて真っ赤になっていたのに。
 無慈悲な追い打ちである。
 就寝時は、装備のほとんどを外しているため、露出度は高めだ。
 お肌すべすべですわ。などと言われている。
 そんなメルクリエからは、昨晩の名残は感じられない。
 血の匂いも、返り血も、何もなかった。
 馬鹿なヘマはしない子だった。
「ダメですよ、もう。出立の準備しないといけないんですから」 
 無理に引き離すようなことも出来ず、アリシャは言葉で訴えかけるのみだ。
「それにほら、暑いですから!」 
 そんな言葉は、メルクリエには効果が無い。
「じゃあ涼しくしちゃいます」
 メルクリエは、言うなり、『少女型クーラー付き抱き枕』と化してしまった。
 いや、抱きつかれ枕だろうか。
 しかもクーラー機能をオフにすれば体温で温かいという、優れものである。
「うっ」 
 悔しい、けど、快適。
「って、そんなことをしている場合では」
 がばっと、アリシャが起き上がった。
 抱きついていたメルクリエが、だらっと漏れなくついてくる。
 アリシャの首に両手を引っかけながら。




 そんな朝の一幕を終えて、装備を付け終わったアリシャ。
 メルクリエは、備え付けのテーブル、その傍の椅子に座っている。
 そして、「ねぇ、アリシャ殿」とメルクリエは呼びかけた。
 なんですか? と、アリシャは反応する。
「ここから先に、小さいお城、と言うものがあるのですか?」
「小さい、お城……? ウォージンガ砦のこと?」
 そう言いながら、アリシャは折りたたんで仕舞ってあった地図を、取り出してテーブルの上に広げる。
「それでしょうか? ここから遠いのですか?」
 アリシャは、他の砦や、それに近そうなものを目で探る。
「小さいお城、のようなものはこの近辺にはそれしか無いね。ここからだと……徒歩で8日はかかるかな」
 ウォージンガ砦と、現在地を地図上でなぞり、経路を想定して日数を割り出す。
「でも、メアに頑張ってもらったら4日くらいね……」
 それがどうかしたの? とアリシャはメルクリエを見る。
「3日後、亜人たちと他の種族で作られた連合軍が、その砦に、攻撃を仕掛けるみたいですわ」
「えっ!?」
 どこでその情報を得たのか、という驚き。
 本当なのか、という疑惑と動揺。
 しかし、王都を侵攻すると言っていたゴブリンシャーマンの話が本当なら、まずは拠点となる砦を攻略するのは、正しいことだ。メルクリエの仕入れた話と噛み合う。
「それと、良く戦争がされている平原、というのはどこなのでしょう?」 
「戦争……と言えば、ここね。王都セント・ファンドラッドと東都イーストシュバルツベルクが定期的に、争っているところよ」 
 アリシャが指し示したのは王都から北東の広大な平野だ。ネイヴァーカッシ平野、と地図には書かれている。平野は、王都、東都のどちらの領土でもない領域で、平野の周囲は森や山岳で囲まれている。
「王都を攻めるのはそこが原因みたいですわ。戦争で放置された死体が、アンデッドになり、それが魔物たちの住処へ侵攻して、被害を出しているそうです。毎度毎度、その処理を強いられてきた魔物たちが、我慢できなくなった……ということみたいですわね」
 つまり原因は人間にある、ということだ。
 ゴブリンシャーマンが、言っていたことは本当だったらしい。
「亜人たちは少なくとも数千、ということですが、どうされますか、アリシャ殿?」
 アリシャは、何か行動すべきだとは思った。
 何もしないのであれば、力を求めた意味は無い。
 それに、メルクリエが助力する、と言ってくれている。
 出来る限りのことはしなくては。
 また、後悔はしたくない。


 砦侵攻、さらには王都侵攻。
 これが成されれば、亜人も人も、多大な命を失うだろう。
 ――誰かを救うのではなく、暴力を止めるために。
 それが、ラピスがアリシャに送った助言だ。
 それを指針とするならば……。
「まずは亜人たちを止めたいと思う」  
 それがアリシャの決断だった。
 両軍の兵力が分からないけれど、どちらにせよ、王都まで攻め入らせるわけにはいかないと思った。
 だってそこには、たくさんの人が暮らしている。
 その人たちが蹂躙されるようなことは、あってはならないと思うからだ。


 そもそも、戦争の管理に関して、都民は関係ない。
 けれど、数千も相手にはできないだろう、ましてや殺さずに止めることなど無理だろう。
 アリシャにも、命を奪う覚悟が必要だ。
「メルの力に頼ることになるかもしれない、それでも大丈夫かな?」
「当然ですわ! メルクリエは、アリシャ殿にご助力するために、顕現したのですもの」


「ところでこんな情報をどこで?」
 メルクリエはふふふ、と不敵に笑った。
「内緒ですわ」 
 アリシャはちょっと不満だったが、何度せがんでも教えてはもらえなかったので、途中であきらめた。




 というわけで、準備をして早速出立することになった。
 日数にして、馬で4日の道のりを、3日で行かなければならない。
 メアに無理を強いることになる。
 なので、できるだけ早く出なければならなかった。


 馬の前に立ち、今にも、乗ろうかというアリシャの太ももに、メルクリエは注目していた。
 そして、ポロっとこぼす。
「アリシャ殿は、太ももがえろい! ですわね」
 ガーターベルトをつけさせた主様ぐっじょぶ。
 メルクリエは嬉しそうだ。
 変なことを言わないでください、と、アリシャはたしなめるが、全く持って効果はなさそうで、
 二人が白馬に跨ると、手綱を握るアリシャの前に、背が低いメルクリエが乗ることになる。
 そこでもまた嬉しそうなのである。  
 アリシャは思い始めた。メルクリエはちょっとおかしな子なのではないかと。
「ふむ。そっか、お尻がおっきいから、ということもありますわね」 
「もう、何の話ですか!」 
 お尻が大きければ太腿も太くなるのは当然である。
 気にしていることに触れられて、アリシャはちょっとご機嫌斜めなまま、馬を走らせるのだった。
 ウォージンガ砦に向けて。











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