L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

アリシャ・サイド――『裏側』



 とある真夜中。


 街道沿いにある野営地の一画で、1匹のゴブリンの戦士が、寒さに震えていた。
 周囲には、既に死に絶えた仲間が倒れており、皆、雪に埋もれている。
 そこは、局所的に、吹雪に見舞われていた――。


「あなただけ、生かしている意味は解りますかしら?」


 寒さか、別の要因か、震えるゴブリンに、冷涼な声が呼びかける。
 その声の主は、メルクリエである。


 メルクリエも身長は130~140の間という小柄さだが、それでもゴブリンよりは背が高い。
 だから、メルクリエは、青いロングのドレスの裾裏を両の掌でなぞる様にして、スカートを膝裏に挟んで、折りたたむように、しゃがんだ。
 目の前には、自分の身体を抱えるようにして、心底不安そうなゴブリンが居る。
 そのゴブリンに、メルクリエは笑顔で話しかけるのだ。


「私はね。私の知るお優しい方たちのように、命を奪うことに何かを感じたりはしない。もしも、あなた達に、何か企てていることがあるのでしたら、洗いざらいお話ししてくださいません?」
 とてもゆっくり。
 まるで、幼い子供に言い聞かせる母親のように。
 メルクリエは語り掛ける。


「……ク、クワダテ……?」 


 ゴブリンの中で頭が良い者は少ない。
 メルクリエの言っている意味が、すぐには理解できない様子だ。
 しかし、何もしなければ、殺されることは良くわかっているらしい。
 ただ一人、生かされているゴブリンの視線はおろおろとして、屍と化した幾人かの仲間うちの、一人に向けられた。
 その仲間のゴブリンは、右手から先がなくなっていた。
 メルクリエに武器で殴りかかったときに、勝手に右手がポキリと折れて転がったのだ。
 冷気の障壁に触れたために、腕が瞬間的に凍結し、脆くなって零れ落ちてしまったのだった。
 さらに死体は、重度の凍傷により、あちこちが黒ずんでいる。
 ゴブリンは、少し先の未来を想像して息をのんだ。
 今生かされているゴブリンも、吹雪の影響で末端が凍傷になりつつある。


 黙ったままのゴブリンに、メルクリエはさらに語り掛ける。
「そのままでいますと、ちょっとづつ手足のお肉が腐り落ちますわよ? それとも、今すぐどこか切り落とします?」
 しゃがんだままのメルクリエは、右手の人差し指を、ゴブリンに向ける。その指の先端に、小さな水塊が発生し渦巻いた。


 何をされるのかと、ゴブリンの眼が見開かれ、恐れをなす。


 その水は、周囲の冷気に作用されず、凍てつかずに渦巻いている。
 その水塊は、やがて極細の水砲となってゴブリンの肩に命中した。
 まるで水流のレーザーのように。


「うがぁ、あ、あッ!」


 肩の肉を容易に貫通し、血が舞うが、その血液は少しずつ凍結していく。
 肩を穿った水流の残った水も、凍てついていく。
 ゴブリンは必死の形相で、メルクリエが求める情報を探った。 
 そして、記憶から絞り出した情報を、片言の共通言語で話し出した。
「ア、アレカ、アレダロ。オレたち、ニンゲン、街、襲う、ソレ!」
「そうそう。たしか王都だって聞いたわ。いつ攻めるの?」
「ソ、ソウダ、オート。攻メ、ル。イツ、ワカラナイ」 
「分からないのですか?」
 終始メルクリエは微笑を浮かべている。
 その様子は優し気だが、下がり続ける気温も相まって、ゴブリンには悪寒しかしなかった。
「ホ、ホント、シラナイ、ホント、信ジロ」
 その様子に、嘘ではなさそうだと思ったメルクリエは、まぁいいですわ、と言って、
「では、何のために?」
「ミンナ、ニンゲン、ニ、怒ッテル。ニンゲン、戦争スル。ソノアト、死ンダヤツ、ソノママ。死ンダヤツ、襲ウ、ミンナの村。イッパイ、クル、イッパイ……ツヨイヤツモ」 
「戦争したあと、放置した死体が、アンデッドになって襲ってくるっていう意味ですか?」 
 それが本当だとすれば、数千、数万規模のアンデッドになるだろう。
 力量の高かった兵や、怨念の強い者は、なお強力な者に成りやすい。
 メルクリエは周辺の地形を知らないが、王都と他国が良く戦争をしている平原があった。
 戦後はアンデッドが湧いているというので有名なそこは、ある意味冒険者たちの定期的な稼ぎ場となっている。
 しかしそれは、平原内の話だ。
 平原の外へ出ていくアンデッドはどうしているのか。
 それが、魔物の集落にまで襲い掛かるということだろう。
 戦争があり、アンデッドが大量に沸き、いつの間にかいなくなる。するとまた戦争が始まる。
 そういうサイクルの中、人間はいつの間にかアンデッドが居なくなっていると思っている。
 だが違うのだ。
 冒険者が狩り、魔物たちが狩り、除去しているから、居なくなっているだけなのだった。
 ただひっそり暮らしたい魔物たちにとっては迷惑でしかないことだ。
「何度季節ガ変ワッテモ、変ワラナイ、ダカラ、ヤメサセル、ソウ決マッタラシイ」
「ふぅん。まぁ、理由はわかりましたわ。他には? 何か知っていることはないのですか?」
 メルクリエは、ただ、両の掌を合わせて組んだ。
 身じろぎする、と言うのが正しいだろう。
 なのに、そのポーズすらも、ゴブリンには攻撃されるのではないかという疑いを生む。 
 びくびくしながら、ゴブリンは声を出す。
「コ、コノ先の、小サナ城攻メル。3日後、ミンナ来ル!」
 小さな城。砦か何かかしら、とメルクリエは思うが、そのあたりの地形は、あとでアリシャに聞くしかないと判断する。
 言えることはこれで全部だ。助けてくれ、ゴブリンはそう言った。  
 メルクリエも、もう聞くことは無い、と立ち上がる。
 そうして、
「あなたは、もうすでに、四肢の凍傷が進みすぎています。もう、動かすことはできないと思いますわ」
 それにね。
 と、満面の笑みを向ける。
「私、温度を下げることは出来ても、上げることはあんまり出来ませんの」
 凍傷を回復させるためには、熱が必要だ。
 40度近いお湯に浸さねばならない。
 だが、それで元通り回復するのは、軽度の凍傷の場合だ。
 ゴブリンはすでに手遅れだった。
「だからせめて、安らかに、おやすみなさい」
 そう言って、メルクリエはゴブリンに掌を向ける。
死に至るフェイタリティ・安楽催眠コールドスリープ
 メルクリエの冷気の魔法によって、強力な睡魔に見舞われたゴブリンは安らかな眠りを得るのだった――永遠に。




「さて、夜が明けるまでまだ時間がありますわね。情報の信憑性でも確認してまわるとしましょう」


 七分封界アルカンシェルは、ラピス同様、疲労もしなければ飲食も必要としない。
 無休で活動できるのだ。


 
 メルクリエは、他の亜人たちにも同じ質問を投げかけるため、別の情報が無いかを探るため、野営地から離れて独自の調査を続けるのだった。


 今は亜人たちが活発になっている。
 今しがた永眠したゴブリンたちのように、野営地を襲撃に来たり、旅人を襲う者も増えている。
 通常に比べて、遭遇率が上がっているということは、情報収集するにはうってつけの、サービス期間なのであった。







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