L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

一方その頃





 総数数千規模の亜人の群れが、日に日に、少しづつ南下してきている。
 その情報は、王都セント・ファンドラッドにも届いていた。


 それを食い止めるべく、王都勢力は南下途上にあるウォージンガ砦に兵士を招集しつつあった。
 ただし、亜人と一括りにしても、その強さは千差万別で、兵士一人の戦力が亜人一人の戦力とイコールで計算することはできない。むしろ、人間兵士のほうが戦力として低く見積もらねばならない。
 数千の亜人軍を相手にする兵力とは、万の単位に届く兵力でなければ、安心できないのだ。
 そのため、砦の兵力が整うまで、その先の、中規模の街――イナドーナ・エマナで、敵戦力をできるだけ食い止める作戦が立てられた。


 そして、イナドーナ・エマナでは今、亜人部隊との戦闘が始まったばかりだった。


 襲ってきたのは、亜人勢力の中の、一部隊だった。
 中には、亜人だけでなく、有翼種や、悪魔のような者、植物の魔物などが、低い割合で混じっている。
 数は総数で700前後だろう。
 街には兵士がすでに二千人ほど入り、街の住人の避難誘導にあたっていた。


 そんな折の強襲であったため、人間勢力はやや混乱している。


 満足に防衛の準備もできないままだったため、十分な作戦などはなく、避難誘導に当たる兵士と、迎撃に当たる兵士に分かれて街の防衛に当たるのみだ。




 その亜人勢力の中に、真っ白な甲冑とマントを身に着けた剣士が居た。
 名を、ルルヴィトールと言う。
 種族は、昆虫種から派生して進化した、蟲人。
 人間に近い知能と、言語を有する、二足歩行の生命だ。
 角のあるヘルムや、純白甲冑に見える物は、高質化した昆虫の外皮であり、ルルヴィトールは、甲虫種――そのなかでもビートルの系譜を持つ蟲人だった。


 マントを翻し、背の鞘から抜き放ったつるぎは、鎧を身に着けた兵士の首を容易くはね飛ばす。
 剣一筋に生きてきた蟲人は、亜人勢力の中でも、戦闘力は抜きんでていた。
 他の強者とは違い、己の能力に頼った戦い方ではない、確かな剣の技術、戦闘経験を宿した戦いをする。


 兵士の振り下ろす剣も、ハルバードも、難なく躱し、甲冑の隙間に刃を当てていく。


 けれどそれは兵士が弱いわけではない。
 国を守る兵士は、オーガなどの強めの亜人であろうと、2人がかりで互角くらいの戦いはできるよう訓練されている。


 兵士が弱いのではなく、相手にした剣士が強すぎるだけなのだ。


 まさに一騎当千。


 だが、そのヘルムの奥に隠された眼は、つまらなそうに細められる。


「……さすがに、このような場所には居そうにない、か」


 兵士を斬り倒す片手間に、街の様子に視線を巡らせても、
 銀髪、瑠璃色の瞳。
 そんな少女の姿は、街のどこにも見当たらない。


稲妻ライトニング!」


 ただ作業のような戦いを続けていたルルヴィトールの背後から、突然、稲妻が迸る。
「ほう、魔法使いも混じっていたか」
 すぐに気づいたルルヴィトールは、振り向きざまに愛剣で、その雷を受け、そのまま振るって、傍の街路に叩きつけた。
 それで、雷の魔法は、逸らされてしまう。
 剣がバチバチと帯電し、少しばかり手に火傷を負ったが、その程度のダメージでは、きっと魔法使いの予想を大きく下回っていることだろう。


 何者だろう、と。
 ルルヴィトールが向けた視線の先には、冒険者の一団が布陣していた。
 依頼を受けたか、それともこの町を拠点にしている者たちか。


 盾の剣士、槍使い、魔法使い、弓使い、神官。
 と戦闘面ではバランスのよさそうなパーティだ。
 だが、ルルヴィトールは少しがっかりした。
 銀髪は混じっていなかったからだ。




 しかしその冒険者たちの背後には、亜人たちが、幾人も倒れている。
 すべて、打倒したということだろう。
 それなりの実力を持ったパーティなのだ。


 だからすこしだけ、ルルヴィトールはやる気になった。


 ルルヴィトールは、その一団を正面に捉える。
 その様子が見えたのか、パーティも武器を構えなおした。


 亜人と他種族で出来たこの他種族連合軍が、王都を侵攻するには理由がある。
 勿論、ルルヴィトールもその理由に、納得できるからこそ、参戦しているのだ。


 けれど、ルルヴィトールにはそれとは別に、癖があった。
 どこかで強者を探してしまうことだ。
 それは時に、伝えられた、街の確保という任務など、二の次にしてしまう。
 今まさに、発揮される悪癖なのである。


 出方をうかがう冒険者たちとの距離は、10メートル程だろうか。
 蟲人は、ひとりごちる。
「兵士の相手をするよりは、骨があるか……」 


 言葉とともに、真っ白な甲冑姿の脚部、その膝が、ググっと曲げられる。


 ルルヴィトールは昆虫をルーツとした種族だ。
 だから、背中に背負った盾の下の装甲には翅が仕舞われている


「……試してみよう」 


 ――ルルヴィトールはその翅を展開して、空へと舞いあがった。 
 蒼光色の鱗粉のようなものが周囲に散り、何かの力が、推力として発揮される。
 その力は、多くの蟲人に備わっている『燐光の力』だ。
 ルルヴィトールの燐光の色は『青』。


 その輝きを纏い、上空から、冒険者のうちの槍兵に向けて、落下の速度を載せて剣を振るう。
 さらに、その刀身にも、燐光の力を纏わせ、剣の推進力に上乗せすることで、威力と剣速を劇的に増強する。
 青色に光輝く、大きな剣の軌跡。
 光の粒子を吐きながら迫るソレは、光の剣のようでもある。


 10メートルを飛翔し、その速度に、燐光の推進力を載せた一撃。


 槍兵を狙ったそれは、別の冒険者の盾に命中した。


 激震する。
 重く甲高い音が、大きく響く。 


 ルルヴィトールの剣を、受け止めた盾がひしゃげてへこみ、盾の冒険者はこらえきれずに体勢を崩した。


 そのまま押しつぶす気でいたルルヴィトールは、突然、離れて距離を置く。


 離れた瞬間に、矢が、槍が、魔法が、ルルヴィトールが居たはずの空間に炸裂した。


 翅を仕舞い、地面に降り立つ。
「小手調べとはいえ一撃凌いだか」
 盾の冒険者は、先の一撃で、左腕が折れ曲がったはずだったが、今はもう神官により治療されている。
 素早くて、整ったチームワークだ。
 もしかしたら、パーティー単位でみれば、強敵かもしれない。
「これは、張り合いがありそうだ」  
 装甲で覆われ、ヘルムのようになっている顔だが、ルルヴィトールの声は、嬉々としていた。


 次はもう少し強く当たってみよう。




 そうして、白い甲冑の騎士は、冒険者の一団に挑みかかるのだった。




 数分して。




「……あまり本気を出すものではなかったな」


 パーティは壊滅していた。
 ただ、手加減の仕方を心得るくらいの技量は持ち合わせている。
 だから、冒険者たちは瀕死だが、死ぬには少し遠い状態だった。
 神官もいることだ、死んだりはしないだろう、とルルヴィトールは思う。
 むしろ、死んでもらっては困るのだ。
 せめぎあえる者は貴重だ。
 いつか、もっと、張り合いのあるやつらになる可能性がある。
 そんな芽を、摘む気は毛頭ないのだ。
「次に会うまでに、もう少し強くなっておけ」 


 ルルヴィトールは、そう云い捨てて立ち去って行った。


 やがて、ルルヴィトールの活躍もあって、イナドーナの街は、亜人軍に押しつぶされていった。


 今や、街のいたるところに、人間の兵士や亜人の死骸が転がっている。


「この街での、仕事はこれで終わりだな……」


 残るは後始末だけだ。


 ルルヴィトールは街を見回っていく。
 亜人が食料として人間を食うのは構わない。
 だが、人間を嬲り殺して楽しんでいるようなヤツを見かけたときには、構わず頭をはねて回っていく。


 理由は簡単だ。
 醜悪すぎて見るに堪えない。
 それだけの理由だった。


 こういった街を襲った作戦の後には、少なからずあることだ。
 たまには想像を絶する醜い行いが、横行することすらある。
 思い出しただけで吐き気を催す所業。
 そんなものは、目に入れた瞬間に消してしまいたくなる。


 だからそうしているだけのこと。


 ルルヴィトールは嘆息する。
 そして、吸血鬼の王、クヴェインが言っていた少女のことを思い出す。
「できれば、清々しい心の持ち主であればよいのだがな……」 
 その願い事が、空気に溶け切ったころ。
 亜人の血で染まった剣を一振りし、背の盾に内蔵された鞘に、仕舞った。


 任務はまだ続いている。
 この先の砦。それを攻略することが、次の任務となるだろう。





「L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く