L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

アリシャ・サイド――『清と濁』

 目の前に突然現れた青色の少女に、オーガたちは、濁った声で嗤う。
 食料が増えたと。


 それを、海色の切れ長の瞳を伏せ、
 メルクリエと名乗った少女はぽつりと落ちる雫のように、言葉を落とした。
「さて、この不快な者どもをどうしてくれましょう」
 再度アリシャに、メルクリエの視線が向けられる。
「別に、殺してしまっても構いませんか?」
 七分封界アルカンシェルの顕現には、アリシャの『名前を付ける』という助言が不可欠だった。
 だから、ラピスの次に重要な人物と考えている。


 メルクリエは、ただ静かに、オーガの処遇についてアリシャの答えを待っている。
 だが、アリシャは答えられなかった。
 混乱しているというのもあるが、なにより殺すという行為に、快諾してはいけない気がしたのだ。状況よりも、理性や、倫理が、邪魔をしていたから。


 それなのに、オーガたちの威勢が、その答えを強要する。
「はなしはすんだか? じゃあ」 
 いただきまぁす。一匹のオーガが、目前のメルクリエめがけて、持っていた武器で斬りつける。
 しかし当然のように、その武器は止められた。
 メルクリエは、自分の両手に1本づつ、『氷の剣』を作り出し、その片方でオーガの武器を受け止めていた。
 氷の剣から伝わる冷気が、まるで感染する病のようにオーガの武器を侵食し、凍てつかせる。
 オーガがいくら力を込めたところで、武器を動かすことができなかった。
「やれやれですわ。アリシャ殿の無垢な戸惑いに、水を差すとは……。あんなに、人間めいた方を、私は他に知りません。我が主が気に入るわけです」
「なので」
 アリシャ殿が、清涼な水であり続けるために――
「私が、濁流となりましょう」
 とたんに、氷の剣が、オーガの武器をすり抜けたかと思うと、オーガの全身から、数多の水飛沫が噴出した。
 同時に、オーガの巨体は、粉々の肉片へと変貌する。
 周囲に血と肉の雨が降り、メリクリエの貼った水の膜が、そのすべてを防ぎ切った。


「メ、メルクリエさん……!?」 
 アリシャには、可愛らしい青い少女が、平然と血を浴びる姿が、鬼か悪魔のようにも見えた。そして、悪魔と言うのは時に美しくも見えるものだ。
 アリシャが善であるために、メルクリエは悪を行うと決めた。


 あっというまに、原形すら失った仲間に、オーガたちが恐怖し、後退さる。
 しかし、生命の危機を感じ取るには遅すぎた。


「我が主が良く言う言葉があります。殺そうとする者には、殺される覚悟がある、そう思うことにしている、と」 
 今、メルクリエの片手には、氷の剣ではなく、超高水圧の水流で出来た鞭のようなものが、握られている。
 そう、氷の剣を、瞬時に水流の鞭に変えることで、武器をすり抜けてオーガを切り刻んだのだ。


 ラピスの分身と言うべきメルクリエは、当然その戦闘技術を受け継いでいる。
 そしてラピスから譲り受けた魔法のエレメントは、『水』と『冷』。


「というわけで、さようなら――」  


 オーガの群れに、メルクリエの右手、氷の剣の切っ先が向けられる。


「――ごんに伝いて、残滴ざんてき木花もくかへ芽吹く――その自由を捨て、今、儚き強さを得て、愛は疎遠、孤独の御霊みたまは、すべてをほふる――落ちよ、冷徹冷酷の鉄槌――『大氷塊落としアイス・スフィア』!」


 上空に水気と冷気が集結する。
 それはやがて、直径5メートル程の氷塊となって、オーガの群れに落下する。


 その重量は65トン。


 オーガたちは、まず重量で押しつぶされ、地面に激突して砕け散る氷塊から、垂れ流される冷気に氷結し、破砕する。
 さらに、メルクリエの合図で、大氷塊は大水塊に変貌した。
 大量の『氷』が一気に『水』に変わり、突如として周囲に極所的な津波が巻き起こる。


 そうして、冷凍肉になり果てたオーガたちは、大量の水で粉々になって洗い流されていった。


 無論、馬とアリシャには、メルクリエの水流を操る力によって、さほどの被害は及ばない。
 せいぜい、飛沫を浴びた程度の被害だ。
 そしてその飛沫は、アリシャの返り血も、手の赤も、すべてを洗い流していった。


 最後には、水浸しになった地面と、アリシャ、白馬、メルクリエの3人だけが、残っていた。


 
 もはや、綺麗事などを語る意味は無い。
 とにかく、アリシャと白馬は助かったのだ。
 否、助けてもらったのだ。
 だから、メルクリエに言うべき言葉は、決まっている。
「ありがとう、メルクリエさん」


「あら、私のことは、メルってよんでほしいですわ。アリシャ殿」
 戦闘態勢を解除したメルクリエは、腰の裏で手を組んで、屈託のない笑顔で、振り返った。
 まるで、ダンスのターンのように。











「L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く