L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

ラピス・サイド――『特訓Ⅱ』

 
 特訓の前準備として、ラピスは天井から、ロープで円形の板を垂らした。
 その間に、マクドウェルとサミルに、手ごろな石ころをたくさん見つけてきてもらった。
 湖岸の浜辺にいけば、いくらでも調達できるだろうという話だった。
 準備を終えて、まずはサミルの特訓からだ。
 つるした円形の板は、的。そこから距離を置いて、ラピスとサミルは立っている。
「いい、サミル」
「はい、姉さん!」
「あなたは、この位置からあの的に向けて石投げて命中させる練習をしてもらう。でも、1発当てればあの的は揺れると思うわ。それでも構わずに狙って当てれるようにするのよ。実際の戦闘では、敵も味方も止まってることは少ないわ。まずは、自分は止まった状態で、動いてる相手を狙えるようにするの。相手にダメージを与えようと思わなくてもいい。あなたは、前で戦っているラージスのスキや、失敗を、埋める役よ。この役には、とても勇気がいるわ……わかるかしら?」
「当たった敵が、こっちにくるかもしれないから、でやんすね」
「そのとおりよ。でもためらってはいけない。あなたがためらった瞬間、ラージスは死ぬわ」
 ごくり、とサミルは唾を飲み込んだ。
 サミルの表情が緊張で強張っていく。
「もし、敵がこっちに来たら、逃げなさい」
「いいんでやんすか、そんなこと……」
「敵があなたに向かってくると言うことは、ラージスから見たらどうなると思う?」
「……背を……向ける!?」
「そういうこと。その時、ラージスは最高のチャンスを得るということよ」
「それが、あっしの仕事なんでやんすね」
 ラピスは笑顔を向ける。


「ちょっと見本を見せるから見ていなさい」
「はい!」
 ラピスは、4個ほど石を手に持つと、一つを的に向かって投げる。揺れていない的に、それは難なく命中するが、その衝撃で、的は大きく揺らいだ。しかし、揺らいだ的にすら、ラピスは2個目、3個目、4個目を命中させる。その後何個投げようと、容易に当て続けた。
「悪いけど、これに関しては、慣れるしかないわ。投げるものの重さや、距離で感覚をつかむしかない。可能なら、目や、膝や、口といった部分をピンポイントで当てれたら言うことは無いわね」 
「練習あるのみでやんすね。でも、姉さん、あっし、これだけは得意でやんす!」
 そういうと、サミルは石を持って、手首のスナップを使って投石する。
 1発目を容易に的に命中させ、揺れる的に、2発目を命中させ、3発目も掠らせた。
「すごいわ、うまいのね」
 姉さんほどではないでやんす、そうサミルは謙遜する。
「昔、いじめられて悲しいとき、湖に行って、良く石を投げて紛らわしていたでやんすよ。そのうち、ある程度狙ったところに当てれるようになってたでやんす」
 才能がないと言っていたのに……そうラピスは思ったが、少し思い直した。自然に、反復練習を行ってきた結果だと。 
「それじゃ、あなたは、今までちゃんと訓練してきたのね」
「訓練……?」
「大丈夫よ、その思い出、今、役に立つわ」




 思いのほか出来ると解ったため、ラピスは予定を前倒しして、練習内容を変更する。
「もし、投石がちゃんと当てれるなら、次は、水の入った小瓶や、果物や、もっと大きな石、スローイングダガーなんかでも試してみて。どんなものでもどんな状況でも当てれるように。それぞれ、命中させれる最大距離も、把握しておいて」
「わかりやした、このサミル、必ずやご期待に応えて見せます」
 サミルの気合の入りように、ラピスは面食らうが、きっと出来るようになるという確信があった。もしかしたら、もっと別のことにチャレンジする時間を得られるかもしれないと。 


「じゃあ、暫く個人練習をしておいて」
 サミルにそう言い渡し、ラピスはテーブルで順番を待っているマクドウェルの傍へ向かう。


「さて、あなたは錠前を開ける訓練よ」
「はい、ボクに果たしてできるかはわかりませんが」
「大丈夫よ。錠前破りは、知識と技術、慣れれば難しくないわ」
 ラピスは、一番簡単な錠前をテーブルに置く。
「まずは、構造を理解して」
 ラピスは、錠前をスカウトツールを使って、手慣れた手つきで分解した。
 同じタイプの新品と、分解済みの物を使って、実演と説明をする。
「このタイプは中にいくつかの、ピンがあって、鍵を差し込むと、一直線に並ぶようになってる。だからこういう感じで、フックで固定しながら、針状のツールを差し込んで……」
 ラピスは分解してないほうの錠前の鍵穴を覗き込みながら、ツールを前後させて、ピンの位置を整える。
 その様子を、マクドウェルは真剣に見つめていた。
 やがて、ゆっくりとフックを回すと、そのまま音もなく鍵が外れる。
「錠前破りは速度が大事よ。時間をかけるとそれだけ敵に発見されやすくなるわ。あとは、なるべく音を立てないこと、目に見える部分に傷をつけないこと。不自然に真新しい傷がついてると破ったことがばれやすいからね」 
 さ、やってみて。
 とマクドウェルにスカウトツールを渡す。
 マクドウェルは、ラピスの見込み通り頭がいいようで、錠前の構造をちゃんと理解して、開錠するだけなら、1時間ほどで完璧に覚えた。
「あとは、速さとか細かいところに気を配れるようにね。持ってきた袋にいくつも錠前があるから、いろいろ試してみて。例えばこういうやつ」 
 ラピスが例として取り出したのは、タイプは前述の物と同じだが、さび付いた錠前だ。
「錆てて固くなってるやつよ。新品のようにはいかないわよ」
「解りました、チャレンジしてみます」




 そうして、マクドウェルとサミルは、それぞれの訓練に励み、やがて疲れて眠ってしまった。




 その夜。
 眠ることのないラピスは、港から湖面を眺めていた。
 森の中では決してみることがない、水の風景だ。
 遠くでは、灯台の明かりがちらちらと揺れている。
 佇むラピスに、湖面からのそよ風がやってきては、通り過ぎ、そのたびに長い銀髪がもてあそばれていた。


 アリシャと森で別れてから、3日目が過ぎようとしていた。
 念のため、『メルクリエ』を渡してきたし、装備も良いものを与えたはず。
 だから大丈夫とは思うものの、無力を嘆いた姿を思い出せば、安心することはできなかった。
「出来れば、臆病なままで居てくれないかしら」


「……誰が臆病だって?」 
「あら、ごきげんよう」
 背後から突然声をかけてきたのは、ラージスだった。
 しかしその気配をラピスは悟っていた。
 だから、慌てることもなく、後ろを振り向いて答えたのだ。
「なんだ、驚かねえのか、つまんねぇな」 
「明日も特訓するのよ、戻って寝ていなさいな」
「へっ、あねさんのおかげで、何時間寝てたと思ってるんだ」


「それは、その……」 
 ちょっと治癒魔法の加減を間違えたのよ。とラピスは小声で言う。


 その珍しくしゅんとした姿に対してか、それとも悪戯心か、ラージスはにやりと笑って言う。
「あねさんは、おせっかいだよな」
「おせっかい?」
「じゃなけりゃ、チンピラみてえなオレたちに、まっとうな仕事を与えよう、なんて思わねえだろうに」
「なんのことかしら?」
「オレたちみてえなやつは、見た目から信用なんて無いもおんなじだからな。だから、わざわざ、全部のギルド周って、全部の証を取って、誰にも文句を言わせないくらいの信用を得て、そこに俺たちを混ぜ込んだ。そうしたら、オレらも手っ取り早く冒険者の仕事ができるようになる……そういうことなんだろ?」
 何を言っているの。とラピスは眉を吊り上げ、ラージスを睨み付ける。
「違うわ。勘違いしないで頂戴。単にさっさとお金を返してもらわなきゃいけないからよ。悪事を働いて得たお金なんて、もらってもうれしくないでしょう?」
「じゃあなんで特訓なんてするんだ」
「それは……」
 ラピスの眼が泳いだ。 
「この先俺たちが、悪事を働かねえようにか? 冒険者として金を稼げるようにか?」  
「違うと言ってるでしょ。弱いままだと、魔物に殺されるかもしれないからよ」


 もっと何かを言いかけたが、ラージスはそれ以上は口をつぐんだ。
 少なくとも、ラピスは3人のことをよく考えている。そのことは間違いない。
 だからそれ以上は、言わなくてももう十分だと思った。 
「そうかい、まぁそういうことでもいいけどな」


「それより、武器は決めたの?」
「ああ、それな……あねさんに任せるわ」
「私に?」
「オレに合いそうな武器、見繕ってくれ」
「…………分かったわ」  
 ラピスはそういうと、早速歩き出した。
「朝までに調達してくるから、それまでもう少し寝ていなさい」
 そう背中越しに言い捨てながら。
「え? おい、あねさん!」
 止める間もなく、ラピスは途中から空へ飛んで行ってしまった。




「あ~あ。しまったぜ。まだ肝心のことを言ってないのによ」
 ラージスは暫く、夜空に消えていく小さな女の子の影を、見つめていた。
 

「L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く