L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

ラピス・サイド――『特訓Ⅰ』

 
 チンピラの三人組みが待ち合わせの場所――お馴染みの大衆酒場に到着した時、ラピスはたくさんの荷物を傍らに置いていた。
「来たわね」
 ラピスは三人を確認すると、座っていた樽から飛び降りて出迎える。
 依頼に自信がないのか、3人の表情はどんよりと曇っていた。
 今にも、やっぱりやめましょうと言いたげだった。
 しかしラピスは、構わずに3人に今後の予定を話す。まるで、指揮官のように。
「今回の依頼の期日は14日後。つまり、13日は準備にあてることができるわ。そのうち10日間は、ラースルーリエで特訓にあてる、いいわね」
「特訓だって!?」
「いったい何をですか……?」
「姉さんが教えてくれるんでやんすか?」
「そうよ。まぁまずは、お店に入りましょう。中で話すわ」


 店内の奥のテーブルにて。
 ごとっ、とラピスは荷物から金属の何かを取り出して、置いた。
「錠前でやんすね」
「そう。あとこれもね」
「スカウトツールですか?」
 それは、スカウト御用達のツールセットで、開錠や罠の解除などに役立つ道具を纏めたものだ。持ち運びに便利なように、収納するケースもついている。
 販売は主にスカウトギルドや、ツール制作を請け負っている鍛冶組合、商業組合でされている。 
「一番いいものを選んでおいたわ」
 ツールにも品質があり、高い品質のものはそれなりに高価だった。


 今日の朝、スカウトギルドで、ラピスがツールを買おうとした時、一度は低品質のものを、バカ高い値段で売りつけられそうになった。
 なので、ラピスはわざわざ、そばの木箱を持ち運び、そこに乗って踏み台にしたうえで、スカウトギルドの販売員の首根っこをつかんで(非力なのであまりゆすれていなかったが)ガクガクと揺すって言ってやった。
「もしかしてまだ、試験は終わっていなかったのかしら? 私の目利きのテストがしたかったのなら残念だったわね。それとも、あなたたちの目利きが死んでいるのかしら? 馬鹿にしているの?」
 腕力は無いものの、千年の実績を持つ職人気質の魔法使いの瞳は、あまりに深く、その眼光に販売員はビビってしまった。
「すいません、当ギルドではスカウトの方の意識を高めておくために、こうして試すことがよくありまして……ちゃんと見合った品質のものをお持ちいたしますので!」
 平に、どうか平にご容赦を。
 そんな感じで、ラピスは良いツールを買うことができたのだった。


「――だから品質は心配ないわ」
 その錠前とツールを、マクドウェルに差し出す。
「これは、あなたによ、マクドウェル」
「ボクに?」
「あなたは、周りを見ることに長けているわ。先のことを考えて動くこともできる。私と路地裏で争った時、あなたは私の退路を塞ぐように立っていたし、スキをついて、背後から襲うという、頭を使った仕事をしていた。だから、スカウトに向いてる。この錠前とツールは、あなたにあげるわ。まずはこの、錠前を開けれるようにするのよ」
 ラピスの袋の一つは、簡単なのから難しいのまで、いろいろな種類の錠前たちで一杯だった。
 重量があるため、ラピスには魔力を使って強化しないと、持ち運びはできないが。
「これは今後の分よ、依頼が終わっても、気が向いたときに特訓してみて」
 それに、マクドウェルは固まってしまった。
「ラ、ラピ姉!?」
 感動しているのか、困っているのか、どうしていいのかわからないが、とにかく嬉しい。そんなマクドウェルに、ラピスは構わず、次を取り出す。


 ポーション、スローイングダガーを何本も収めたケース、毒の瓶、解毒薬、果物、空の瓶、金属の杭、などなど。


「サミル。これはあなたのよ」
「え? あっしにも?」
「あなたは路地裏で、ラージスが膝を付いた瞬間に、石を投げて私の動きを止めたわね。私はあなたに対応したせいで、ラージスへの素早い追撃を行えなかった。それをあなたは、瞬時に判断して行ったわ。あなたは、誰かをフォローするのに向いていると思う。あなた、他人のことを大事にできる人よ。だから――」
「姉さん!」
 突然、サミルが、テーブルに置かれた品々を抱え込んで、テーブルに突っ伏した。
 感極まったのだろうか。サミルは震えていた。
「――だからね。あなたは、これらを狙った場所に投げて命中させる練習をしなさい。そうすれば、あなたは手に持った物をどんなものでも武器にできる。毒の知識も身に付ければ、たとえ浅く当たったナイフであろうとも、致命傷を与えられる。身体の小ささを活かせば、相手の虚をつくこともできるはずよ。仲間にポーションを投げれば、少し乱暴だけど傷も回復できるわ。まずは止まって、次には動きながら、少しずつできるようにして」
「…………姉さん! ありがとう……!」
 サミルは突っ伏したまま頷いた。


「最後に、ラージス」
「おう!」
「あなたにあげる物は、何もないわ」
「ええ、なんでぇ、ちょっと期待してたのによお」
 ラピスはわずかに苦笑する。
「勘違いしないで。あなたにあげるのは、戦う技術よ。戦い方を教えてあげるわ」
「戦い方?」
「あなた、今まであまり強いヤツと戦ってこなかったわね?」
「うぐっ」
 ラージスは痛いところを突かれて黙った。
「でもそれって、高位の魔物でもあることよ。そういう連中は、持って生まれた力だけで乗り切ってきたせいで、どんな動きも雑なことが多いわ」
「雑……?」
「まず、相手のことをよく見ていないことが多い。次のことを考えていないことも多いわ。攻撃と言うのはね、攻撃しようと思った瞬間に、既に避けられているものなの。そして避けられたということは、もう攻撃されているということよ」
「え?」
「まぁ、それは、これから説明するわ。港の方に、倉庫を一軒借りてあるの、そこにいくわよ」


 あなたたちも。とマクドウェルとサミルを誘って、4人は湖岸の方へ移動する。
 錠前や投擲の練習用の品も、マクドウェルとサミルが率先して、持ち運んでくれた。




 そこは、港の一画にある、倉庫街だった。
 借りた倉庫の前には、さび付いたボートや、放置された木製コンテナが並んでいる。
 だれも使われていない物件だったため、10日間、格安で借りることができた。
 大きくて、さび付いた固い扉を開けば、がらんとした内部に入る。
 鉄骨の骨組みが露出している武骨な建物で、ただ広い砂地の空間があり、端っこに買ったばかりのテーブルとイスが置かれていた。
 テーブルの近くには、飲料用の水の入った樽や、適当に買ったと思わしき食糧が置かれている。どれもラピスが買ったものだ。


 荷物をテーブルに置いたあと、ラピスが指示を出した。
「あなたは、中央に立って」
 言われるまま、倉庫内部の中央にラージスが立つ。そこから2メートルほど置いて、ラピスが向かい合って立った。
 その様子を、マクドウェルとサミルが見つめている。
「じゃあ、ラージス。さっそくだけど、私に殴りかかってきてみて」
「は? いいのか? ケガしても知らねえぞ」 
「あら? 私に当てる気なの?」
 心配するラージスに対して、ラピスは当てれるもんならやってみろ、という意の挑発を行った。
「へっ、そうだったな心配するだけ無駄だったぜ。絶対当ててやるからな!」
 ラージスは挑発に乗って、早速動き出した。
 拳を大きく振りかぶって、めいいっぱい突き出す。
 真っすぐラピスを狙うラージスのパンチは、190の長身と鍛えられた腕力から、風切り音を発生させる。
 しかし、構えて攻撃に移ろうかという時点で、当たる軌道に、標的の身体はもうない。
 ラピスはすでに回避行動を終えているからだ。
 それなのに攻撃命令を出されている身体は、勝手に拳を突き出してしまっていた。
 結果、パンチは大きく空ぶった。
 そんな攻撃はいくらやっても無駄だ。
 予備動作を行った時点で、どこに攻撃が来るのかをラピスは知っていて、すぐに当たらない位置に移動をし終えている。しかも最小の動きで。
 たった一歩動くだけ。体を少し逸らすだけ。突き出された拳を、少し触って軌道をずらすだけ。そんな、ちょっとのことで、ラピスに攻撃は当たらない。
 まるで鼻歌を歌いながら、散歩でもしているかのように、ラピスには余裕が感じられる。


 同時に、拳を振り回すラージスの身体に、ラピスは、つん、つん、と指先を当てていく。
 それは弱いけれど、攻撃した、という意である。その攻撃の箇所も、まともに当たれば致命傷になりえる急所に位置していた。
 ラージスは必死だった。ムキになっていた。
 だが、無理だ。ラピスが小さいからと言う理由もあるが、1発も当たらない。
 最後に、ラピスがラージスの拳を掌で受け止めて、講義の一幕は終了した。


「私は今、けっこう雑に避けたわ。攻撃の兆しが少しでも見えたタイミングで動いていた。もう少しあなたが達人だったなら、私の回避の甘さにつけ入ってきていると思うわ」
 ラージスは冷や汗をたらした。
 当てれる気がしなかったからというのもあるが、ラピスの言葉の意味を理解できるレベルではなかったからだ。
 ラージスは、背筋を伸ばして、堂々と言う。
「今わかったぜ。俺は、弱いんだな」
 その宣言はどこか清々しさがあった。


「でもなんとなく解ったでしょう? 攻撃するには、予備動作が必要だっていうこと。それと、攻撃している瞬間は、隙だらけっていうこと」
「まー、なんとなくな」 
 ラージスは、ラピスにつんつんされていた感触を思い出していた。


「では、攻守交替よ」
 ラピスは、少し離れてから、倉庫の隅に落ちていた角材を拾って持ってくる。
 凶器を持ち出す姿に、ラージスは肩をすくめる。
「なかなか本気じゃねーか」


「全然よ。私のパンチじゃ、リーチが無さ過ぎるし、今からする話には適さないのよ」 
「それで、どうすりゃいい?」
「とてもゆっくり攻撃するから、避けてみなさい。ちゃんと動きを見るのよ」
「おーけー、マム」 
「だれがマムよ」
 つい。ひゅん、と振るわれた角材が、
「イテッ!? ゆっくりやるっていったろうが!」
 ラージスの脇っ腹に命中してしまった。
「あら、ごめんなさい、つい」


「でも、次は避けなさい?」
 ラピスは、角材をゆっくりと振りかぶった。
 ラージスはラピスの腕を見ていた。
 そのまま、ふざけているのかと思うほど、角材がゆっくりと振り下ろされる。
 さすがに、遅すぎてラージスも回避は余裕だ。


「ね。避けれたわ」
「こんなにゆっくりじゃ、さすがにな」
「今どうやって避けたか、思い出して。次はもうちょっと早いわよ」


 そうやって、ラピスは少しずつ角材を振る速さを上げていく。
 ラージスの反応速度が限界だと思ったところで、振る速度を維持し、慣れるまで繰り返す。
 振りは、最初は横と縦に振るのみだ。
「横に振るときは、特に武器のリーチを意識して、まずはあなたの眼を鍛えるのよ」 
 腕や身体の動きを見る、動く。それを繰り返すうちに、ちょっとづつだがラージスの避けるという動作が様になってくる。
 しかしまだまだ、回避ひとつひとつの動きが大きい。
「避けた後も考えるのよ。攻撃のチャンスを得るためには、回避の動作を小さくするの」
 動作を見ながら、ラピスが口をはさんでいく。
「剣などの武器が通る軌道はたった5つよ。横、縦、右斜め、左斜め、そして突きの5つ!」
 ラピスが、剣を振る軌道に種類を追加していく。剣の狙う場所は9つ。しかし、通る道筋は、5つだ。理解しやすいよう、ラピスは5つと言った。
 ただ止まって振るだけではなく、少しづつ踏み込みも加えていく。
「一度踏み出した脚は、簡単に方向転換できない。そういう時は思い切って、相手の横をすり抜けてみるのも手よ! そうすれば、横へ剣を振られても、やり過ごせる。でも判断は早く。遅れるとケガするわよ」


 踏み込みに対処できなかったラージスに角材が命中する。
「おほぅぁ、痛ってーッ!」


 そこでラピスは動きを止めた。
 気が付けば、はぁ、はぁ、とラージスの息が上がっていた。
 体も傷だらけだった。
 疲れ切ってしまったラージスを見て、ラピスは相手が人間だったことを思い出した。


「ちょっと休憩ね」


「姉さん、相変わらず超人でやんすな」
「言葉もありませんね」
 サミルとマクドウェルは、ラピスに感心していた。
「あねさん、めっちゃ強いんだな。どうみても小さい嬢ちゃんなのによ」
「小さいは余計よ」
 そしてサミルは、あらかじめ用意していた、水の入った容器をラージスに手渡した。
 さんきゅー、とラージスは礼を言って受け取ると、それを一気飲みして口元をぬぐう。


 ラピスはそれを微笑ましいと思いながら、
「ラージス、あなたは、そのまま武器を持たないつもり?」
「魔物と素手で殴りあうのかって意味か?」
「そうなるわね」
 ラピスの言葉にラージスは想像を膨らませる。
 大剣、槍、弓、メイス、ハンマー。
 しかしどれも定まらない。
「まぁ、でかい剣とかは性に合いそうだが……オレは武器なんて持ったことないからな」
 拳の経験しかない、とラージスは言うのだが、ラピスはじっとりした目で諫める。
「でもあなた、拳法も初心者じゃない。今なら何の武器を始めても一緒よ」
「まいったな、あねさんから見たら何でも初心者かよ」
 ラージスは豪快に笑った。
「戦いで、リーチの長さっていうのは結構重要よ。まぁ、どれも一長一短なのだけど……始めるなら早いほうが良いわ、明日までに、武器のことは考えて置いて」
「ああ、解ったぜ」


 その返事を聞きつつ
「ソーリス」
 ラピスは光の魔石を呼び出した。
 真っ白に輝く、正八面体の宝石が、ラピスの傍に現れる。
 ふわふわと浮遊し、小鳥のようにラピスと戯れたがっている。


「とりあえず、傷を癒すわ」
 ラピスは詠唱を始めた。
 いつもは、黒外套など、魔術師然とした姿で武術を行うというちぐはぐさだが、今は、本業である魔法の行使。
 その姿は、服装と相まってとても様になっている。


「闇ありしところに我あり、表裏一対の理を示す――輪廻転生の灯火とうかをもって、今、愛しき大地を温めん――その優しさ、抱擁となりて御身を包む――」 


 生命属性の治癒魔法。その中で最低ランクの術式だ。
 それでも全詠唱を込めれば、効能は飛躍的に上昇する。


 対象はもちろん、何度も角材で打ち付けられて傷だらけのラージスだ。
 ラピスの掌が、ラージスに向けられる。


癒しの光ヒール・ライト!」


 ラージスの身体が輝き、暖かい光に包まれたかと思うと、傷はきれいさっぱり無くなった。


「すげえ、傷が一瞬で!」
「ラピ姉、何でもできますね」
「神々しいでやんす」


「さんきゅー、あね、さ……」
 そして、直後に、ラージスは鼻血を噴出してぶっ倒れた。
「旦那!?」
 どんなに効果の高い薬であろうと、用法容量を守らなければ、身体の負担になる。
 それはいい例だった。
 回復効果の余波で、鼻血はすぐ直ったが、酩酊したような眩暈とともに、ラージスはそのまま眠ってしまった。


「ごめんなさい、効きすぎたようね」
 名前と詠唱を、考えたばかりだからと、調子に乗って付け加えたのが失敗だった。
「ラージスにはそのまま休んでいてもらいましょ。次はあなたたちの特訓よ」





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