L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

ラピス・サイド――『北の都ノースルーリエ』



 北の都、あるいは、湖の都と呼ばれる都市、ノースルーリエ。
 湖につながる水路が、全域に張り巡らされた美しい都市だ。
 街の周囲には、幅の広い大きな河が流れ、真っ白で長大な石造りの橋が懸架されている。
 都市はまるで一つの島のようにも見え、その中心部には、王城が聳えている。
 ラピスが街の様子を最後に見たのは、飛行の魔法を試した時だ。   
 数百年ほど前になる。
 それも上空から見ただけのことだった。


 だから今、ラピスは初めて橋の前に降り立った。
 そして、自分の足で歩きだす。
 いつものケープ付きの黒外套姿だが、今は二股の魔術帽子は無く、フードを頭からかぶっていた。
 橋の上を歩きながら、流れる河に目を奪われる。
 水の青さ、空の青さ、陸地の緑と、白い橋のコントラスト。
 お世辞を抜きにしても、美しい景観だ。
「以前は、渡し船を使っていたのに、いつの間にか、こんな大きな橋を作ったのね」
 橋の素材は何だろう?
 普通の石材。
 どういう風に支えてあるのだろう?
 水底まで貫く橋脚。
 橋を往来する人々は?
 様々な種族。人間が多い。旅人や武装した者も多数。
 商人も多い。
 商用馬車は、街に入るのに別のゲートがあるらしい。
 などなど、興味に駆られて、ラピスは道すがら、観察を怠らない。
 橋を渡りきると、街を包む背の高い壁が聳え立っている。
 壁の門となりえる部分は、跳ね上げ橋になっていて、有事の際にはそこを閉じれば、防御に優れた難攻不落の城砦になるように設計されている。
 しかし、通常は自由に行き来が可能だ。


 街に入るってすぐの所には、兵士が立っており、傍の掲示板に、街の入り口での露天商を禁ずる旨の張り紙が、王の判入りで掲示されていた。
 商売をするには、商業区を使うようだ。
 そんなラピスは、人ごみに揉まれていた。
 なにせ、130の身長だ。
 たくさんの人の背にその姿は埋もれてしまう。
 気づかれずに、なんども人に接触していた。
「おう、嬢ちゃん、きぃつけろや」
「おっと、ごめんなさい、気づかなかったわ」
「どこに目つけてんだ、ガキが」
 なんて、様々な声が、ラピスにエールを送ってくれる。
 疲労を感じない身体ではあるものの、ラピスは少々辟易していた。 
「ダメね、人混みはあまり得意じゃないわ」
 ラピスは、大通りは避け、人の少ない路地に入る。
 そこは日陰で、悠々と歩くことができる。
 街の喧騒が遠く、まるでステージを彩る背景のように、聞こえている。
 ところどころ、野良猫が寝そべって、走り回っている。
 そんな路地裏で。
 角を曲がって、不意に、ラピスは足を止めた。
「悪いけど、お金は持ってないわよ」
 そう言って、くるりと、身体の向きを反転させる。
 すると、
「へ、気づいてやがったか」
「なかなか鋭いでやんす」
「あんたが悪いんですよ、のこのこと俺たちの縄張りに入ってきてしまったから」
 人相の悪い三人組が、物影から姿を現した。
 順に、身長190はあろうかという、入れ墨の入った筋肉質の大男。背の小さなやせ細った男。ちゃっかり逃げ道をふさいで立つ、中肉中背の男。
「目当ては何?」
「もちろん金だよ、それ以外に何がある」 
 と大男。
「一目見てぴんと来たでやんす、おまえ、なかなか儲かりそうでやんす」
 と小男。
「手持ちの心配はしなくていいですよ。あんた自身が、金になるってことなんで」
 と中男。


 ため息交じりに、
「めんどうね」
 とラピス。


 とはいえどうしたものか、と、ラピスは悩んだ。
 相手はどう見てもただの人間。ヴァンパイアを相手にするのと同じ要領で相手をするわけにはいかない。そんなことをしたらきっと死ぬ。
「今からでも遅くない、やっぱり見なかったことにして、諦めない?」
「はっ、オレには解るぜ。そのフードの下、かなりの上玉と見た。おまえみてぇなのが大好物の貴族なら、100ゴールドでも買うやつはいるだろうさ」
 と大男。
「……100ゴールド、ね」
「声も可愛いでやんすから、それも含めりゃ、120ゴールドでも堅いでやんす」
 ちょっと売るには惜しいくらいでやんす。
 と、おまけでつぶやく、小男。
 諦める気はない、ということだろう。
「つーわけで、一緒に来てもらう。抵抗するってんなら……」
 大男が、拳の骨を鳴らしながら進み出る。
「『力づく』ね。じゃあ、あなたもその、『力づく』ってやつをされる覚悟はある、と受け取るわ」
「じゃ、抵抗する、とみなします」
「取り押さえるでやんす!」
 まず大男が、ラピスを捕まえようと襲い掛かる。
 対するラピスは、魔力を一滴も込めず、徒手空拳のままするっと、大男の脇をすり抜け、後方へ周り込んだ。その膝裏を、すれ違いざまに踏みつける。
 ちょっと乱暴な膝カックンだ。
「なにっ」 
 大男が膝をつく。その隙を、
「旦那!」
 小男の投石がフォローする。
 その石をラピスはキャッチして投げ返した。
「いてっ」
 その間に、背後から掴みかかろうとする中男の腕をつかんで、足を引っかけてぶん投げる。
 背負い投げだ。
「ぐはっ」
 大男は膝をつき、中男は地面に倒れ、小男は悶絶している。
 3人の動きが止まっている。
 逃げようと思えばこの一瞬で逃げることはできた。
 しかし、そうはしない。
「それで、次はどうするの?」
「ぐっ……てめえ」
 背負い投げの時にフードが取れて、ラピスの素顔が見えていた。
「は、やっぱりな。可愛い顔してるじゃねえか。150だ。意地でも捕まえて、150ゴールド、せしめてやる」
 最初よりも少々乱暴になって、再び襲ってくる三人。
 しかしラピスは、木の葉のように舞い、薔薇のように刺す。
 魔力を通さなければ、ラピスは非力だ。
 だから、攻撃は打撃や投げ技や、合気道のような動きで、相手の力を利用してカウンターのみ行い、少しづつ、そして執拗に脚と腰を狙い続け、ピンポイントで負担を与えていく。
 気づけば、三人は、フラフラになっていた。
 足腰をやられた結果、三人共が膝をつく。
「さっき、あなたたち、言ったわよね。私は150ゴールドだって――」
 三人はラピスを見た。少女に、良い様にあしらわれたこの状況が信じられないという顔で。
「――そして私は言ったわ、『力づく』ってやつをされる覚悟があるのかって」
「あんた、まさかっ」
「私に払ってもらうわよ、その150ゴールドとやらを」
「ふざけんな、でやんす!」
 三人は懸命に抗おうとするが、膝が言うことを聞かなくなっていて、もはや立つことはできなかった。
 戦うことも、逃げることも許されない。
「ひとり、50ゴールドね」
「うっ」
 三人は観念せざるを得なかった。
「それじゃ、ゆっくりお話しできるところにでも、案内して頂戴」




 おぼつかない足取りの小、中、大の男たちに案内されたのは、商業区にある大衆酒場だった。
 三人の男と、少女一人が、奥の4人掛けのテーブルを陣取っている。
 人相の悪い三人組。特に大男はスキンヘッドで入れ墨、さらには筋肉質であることもあって、人間としては、かなりの威圧感がある。
 中肉中背の男は、糸目の穏やかな顔をしているが、いろんなところにピアスを身に着けている。
 一番小さな、細い男は、やや猫背気味で、鼻が高い。
 三人の身なりは、ちょっと薄汚く、まさにチンピラという風体だ。
 そこに混じる、130cmの銀髪は、淡い花の香りを漂わせ、黒い外套や、身に着けた装飾品、全ての指にはめられた指輪など、高級感のある身なりはかなり浮いていた。
 店の端っこに座っているといっても、それなりに人目は集めていた。


 チンピラの三人は、一度座ってしまうと、もう簡単には立てそうになかった。
 疲労と痛みで石のように重くなっている身体を実感していた。
 スキをついて逃げようなんて真似もできそうになかった。
「あんたたち、名前は?」
 席に座って暫くすると、ラピスが切り出した。


 三人のうち、率先して大男が口を開く。
「オレは、ラージスだ。この中ではリーダーだな」


 次に中男。
「マクドウェルです」


 そして、小男。
「あっしは、サミルでやんす」


 順にイニシャルがLMSで覚えやすい。
 ラージス、マクドウェル、サミルね。
 ラピスは一人づつ復唱して確認してから、自分の名を名乗る。
「私は、ラピス=フィロソフィ。あなたたちに教えてほしいことがあるの」
 アリシャに出会って、ラピスはこの世界のことを知らなければならない、と思った。
 だから街へやってきたのだ。その目的のために、この三人を利用すると決めたのだった。


 ラージスは観念したように、肩をすくめる。
「こっちは借金かかえた身だ、拒否する権利はねえよ」
「どうせしばらく動けそうにないですしね」
「ラピスさん……可愛いでやんす」 
 サミルはどこかへ旅行に行っていた。心が。


「まず、150ゴールドってどれくらいの価値なの」
 ラピスの質問に、ラージスとマクドウェルは、はぁ? とそろって驚きの声を上げる。
「おいおい、嬢ちゃんはどこかのご令嬢か何かなのか?」
「箱入りってやつですかい? それにしちゃ、武芸の達人のような動きでしたが」
「まぁ、そんなところよ。あまり外に出る機会がなかったの。武術はまぁ、嗜みってやつね」
 なるほど、と、ラージスとマクドウェルは、良いところのお嬢様という線で信じ込んだ。


「ラピスの嬢ちゃんは、こういうの見たことあるか?」
 おもむろにラージスは懐から、金、銀、銅のプレートを取り出して机に並べた。
 それはお金だった。
「左から、金貨、銀貨、銅貨で、これらがこの地域で使われている金……貨幣になります」
 マクドウェルが説明してくれるが、もちろん、ラピスは見たことがなかった。
 ラピスはその一つをつまんで観察する。
 どれも小指ほどのサイズの、長方形の金属プレートで、端に穴が開いている。
 ラージスも1枚それをつまんで解説する。 
「この金色は、そのまま金貨だ。勘定する時は、金貨1枚、もしくは1ゴールドと呼ばれている。1ゴールドは100シルバー、1シルバーは100カッパーってのが、世界共通で使われてる金の単位だ。150ゴールドっつーと、150万カッパーってこったな」
 ラピスは、酒場に貼ってある木製のメニューを見た。見やすいように、480カッパーと書かれているが、4シルバーと80カッパーと同等と言うことだろう。
 ビール一杯の値段が、この店では480カッパーだった。
 また、今いる酒場は2階から上が宿になっているようで、一泊80シルバーと表記されている。 
 150ゴールドというのは、なかなか高額な査定をしてくれたようだった。
 ラージスは、今度は円形の銅貨を取り出す。
「こっちは、王都で使われてるコインで、価値は一緒だ。こんなかんじで、見た目は地方で違っていて、その細工が、その国の技術力の象徴ってことになってるらしい」
 よく見ると、貨幣にはそれぞれ、細かな意匠が施され、小さく製造番号のようなものも刻まれていた。
「この穴は?」
 ラピスは、長方形の硬貨に空いている穴を指さす。 
「ここに紐やワイヤーを通して、纏めたり、持ち運ぶんです。こんな形の貨幣を使ってるのは、ノースルーリエだけですよ」
 とマクドウェル。
「なるほど、ありがとう。お金のことはなんとなくわかったわ。あとはそうね……」
 それからラピスは今の世の中のことを3人から聞き出していく。
 例えば、ノースルーリエの街は、正確には、ノースルーリエ国領、首都ノースルーリエ、と呼ぶらしい。
 他には、大陸内には五つの大都市があり、北の都ノースルーリエ、南の都サウスディーズ、西の都ウェストヘッジ、東の都イーストシュバルツベルク、そして王都セント・ファンドラッド、に分かれている、だとか。
 これらの首都を中心にそれぞれの城主……つまり王が、領地として統括していて、その領地内を、国としている、だとか。
 それらの領地外は、基本的に魔物の住む地域であり、多種の魔物が集落などを形成して、組織として、あるいは、里として、機能しているらしい、だとか。


 つまり『魔の森』も、領地外の魔物の地域にあたる場所だった。


 大陸外は大洋であり、その外にも大陸はあるが、ラージスたちは良く知らないということだった。


「で、たびたび領地を脅かす魔物を狩ったり、普通人間じゃどうにもできないことを解決したり、そういう高い賃金と引き換えに労働力を提供する連中を、オレたちは『冒険者』って呼んでる。そして、そいつらに関連して、技能育成なんかを支援しているのが、各種ギルド、冒険者に関連しない組織を、組合って呼んでるな」
 騎士団や国直属の連中はまた別だ。
 と、ラージスは付け加える。
 冒険者に関連するギルドといえば、冒険者ギルド、アーチャーギルド、ファイターギルド、スカウトギルド、魔術師ギルドなど。冒険者に関連しない組合といえば、商業組合、鍛冶師組合、漁業組合、などがある。
「ふうん、冒険者、ね」
 ほぼ千年引きこもっていたラピスには聞き覚えの無い言葉だ。
「たまに見かけるだろ、武装してる連中。例えば、あそこにいる連中なんかそうだと思うぜ」
 ラージスに言われたほうに視線をやれば、ビール片手に盛り上がっている連中が目に入る。
 革鎧なんかを身に着け、壁には彼らのと思われる剣や槍が立てかけられている。
 そういえば、アリシャもそういう格好していたな、とラピスは思う。
「依頼から帰ってきて、一杯やってるんでしょうね」
 そんなマクドウェルとラージスに問う。ついでに、ラピスを見つめたまま呆けているサミルにも向けて。
「冒険者って、誰でもなれるの?」
 サミルはやっぱり反応しない。
 ラージスが答える。
「誰でもなれるっちゃなれるが、仕事を得るにはそれなりに信用が必要だ。一番手っ取り早いのは、ギルドで技能検定を受けてくることだな。世の中、資格がなきゃ、仕事なんてなかなか手に入らねえのさ」
 はぁ、とラージスは溜息を吐いた。
「そういうのに嫌気がさしてしまった連中が、ボクたちみたいになる、ってのが、今の世の中ですよ」
「そそ、あっしらみてぇに、才能のないやつぁ、なにやってもダメでやんす」
 その話題には、目がハートだったサミルも食いついた。
「どっちかというと、物を言うのは夢中になった時間だと思うのだけど、それ」 
 才能。
 そんなことで諦めてしまうのかと、ラピスは思った。
 とりあえず50年くらいやってみてから判断しなさいよね、とラピスは思うのだが、人間とでは時間感覚が異なるので、その言葉は心の奥にしまい込んだ。
 つい、出た言葉は、三人には理解が及ばなかったらしく、そろって首をかしげていた。
「とりあえず、ギルドでテストを受けて、証を得ればいいのね」
「あ、ああ、そういうことだな」 
 大体はわかった、とラピスはいったん話を切った。
 気が付けば外はもう夕刻だ。酒場も賑わってきていた。


「明日はギルドを回るわ、あなたたちには案内をしてもらうから、明日の……」
 ええっと、時間はどういうふうに言えばいいのか。
 ラピスは時間の表し方を知らなかった。なので、
「……お昼。お昼に、ここに集まって頂戴」
「あ、明日もか?」
「明日も会えるんでやんすか?」
「当然でしょ、150万ゴールド、返してもらわないといけないんだから」 
 ラージスは、すべてを諦めたような表情で、マクドウェルは糸目をさらに細めて苦笑し、サミルは、いやっほーと喜んでいた。
 そうして、そのまま酒場で夕食を取る流れになった。

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