L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

『|七分封界《アルカンシェル》』

 
 お料理はお片付けまでがお料理。
 それは、コックの常識だ。
 アリシャは食器のみならず、使った機材はすべて、元通りに綺麗に洗った。


 一通り片付け終わり、テーブルがある方を見ると、ラピスはまだ座っていた。


 そのテーブルの上に、正八面体の宝石が、七つ置かれている。
 いや、置かれているというにはやや語弊があった。
 七つの宝石は、重力を無視して、八角形の頂点でその身を支えて立っていた。ちょうど、正面から見ればひし形に見えるように。
 くるくると自転する宝石は、照明を反射して、きらりきらりと輝きを放っている。
 ラピスは突っ伏すような状態で、だらっと、それらを眺めていた。
「何か悩み事ですか?」
 アリシャが尋ねると、ラピスは、ううん、と否定する。
「貴女が言ったように、いくつかの魔法と、アイテムに名前を付けてみたのだけど……気に入ってもらえたかな、とおもってね」
「その宝石たちですか?」
「ええ、そう。私の本当の武器である、魔石たちよ」
 アリシャは、ラピスが見つめる宝石の一つを覗き込む。
 深緑の魔石。
 ガラスとも水晶とも違う、透明感のある正八面体の中に、ゆらゆらと光を放つ球体が入っている。
 その球体はよく見ると、黄緑色の核と思われる物が存在し、その周辺を何かが流動している。
 核には、緑色の何かがびっしりと生えていて、そこから散った破片が、流動に乗って渦巻いていた。


 そこは世界だった。
 核は、小さな惑星だ。
 黄緑色に見えるのは、草原だ。
 生えているのは木々だ。
 流動しているのは吹き荒れる風だ。
 風に乗って散っているのは、木の葉だ。
 地形があり、山があり谷がある。
 その中に、誰かが佇んで――。


「はっ!」
 アリシャは一瞬どこかに、飛んでいたかのような錯覚を覚えた。
 魔石の中に、世界が広がっている。
 それは、どの魔石にも感じられた。


 どこか寒気を覚えたアリシャが、身動きもせずに固まっているところに、ラピスの声が問いかける。


「『七分封界アルカンシェル』って、名をつけてみたのだけど、どうかしら?」
「えっ?」
 突然、意識のスイッチをオンにされたアリシャは、その問いがうまく聞き取れなかった。 
 だからラピスが再び、同じ問いを投げかけると、アリシャはようやく意味を理解した。
「えっと、どういう意味なんです?」
「虹、よ」
 七色だから、と言う理由だった。
 単純でしょ、と、やや自虐めくラピス。
「良いんじゃないですか。名は体を表す、と言いますし、何も変なことありませんよ」
 アリシャはそう答えながら、手を伸ばす。
「この、」
 アリシャが、何かを言おうとしつつ、魔石の一つに触れる。


 その瞬間に、アリシャは、嘔吐感と、眩暈を覚えて、すぐに手を離した。
 端的に言えば、泥酔したような感覚だった。
 なんだったのだろうと、アリシャは自分の掌を見つめる。
 その様子に、大丈夫だろうかと心配したラピスは、ぐでんとしていた上体を起こす。
「うかつに触れるのは危ないわよ。魔法の感覚に慣れていないと、酔ってしまうかもしれないわ。度数100%のお酒みたいなもんだから」
「それ、もうお酒じゃないですよ」
 そうね、とラピスは苦笑する。
「ところで、何を言いかけたの?」
「ああ、この子達の名前は無いのですか、って」
七分封界アルカンシェル』は、武器としての名前。
 各色、固有の名前は無いのか、と言う問いだ。
 ラピスは得意げだった。自信はともかく、一生懸命考えた名前だからだ。
「聞いてくれる?」
 そう言って、ラピスは微笑んだ。
 アリシャは当然、聞きたいと思った。
「教えてください」
 アリシャがそう答えると、ラピスは、ひとつひとつ指をさして、呼んでいく。 


 木と風のエレメントを担当する、緑光色の結晶石――
「ヨーウィス」


 火と熱のエレメントを担当する、赤光色の結晶石――
「マールティス」


 土と重のエレメントを担当する、紫光色の結晶石――
「サートゥルニー」 


 金と雷のエレメントを担当する、黄光色の結晶石――
「ウェネリス」 


 水と冷のエレメントを担当する、青光色の結晶石――
「メルクリエ」 


 光、聖、生命のエレメントを担当する、白光色の結晶石――
「ソーリス」 


 闇、邪、死滅のエレメントを担当する、黒光色の結晶石――
「ルナエ」 


 七色の魔石たち。
 名を呼び終えると、宝石たちがふわりと浮く。
 ラピスを中心として、円形に並んで浮遊する。
 椅子を引き、ラピスが立ちあがる。
 ラピスの手の五指には、金に黒のライン、そこに細かな文字がびっしり書かれた指輪がはまっている。指一つに1本ずつ、全部で10個の指輪だ。
 その掌を、上に向けて差し出すと、魔石たちはそこに集まってくる。
 そうして、一つしか乗るスペースの無い掌に、乗ろうとする魔石たちの席取りゲームが始まる。弾き弾かれ、その姿は、戯れているようで、微笑ましい。
「名前、気に入ってくれてるんじゃないですか?」
「そうかしら」 
 席取りゲームを眺めるアリシャは、ひとつひとつに性格がある様にも感じられた。
 アリシャはその様子をちょっと可愛いと思い、見つめていた。
「ラピス様のこと好きなんですね」 
「姉妹のようなものよ、私の、1/8だから」 
 どちらかと言えば、一心同体。
 ラピスのセリフは良くわからなかったが、姉妹、と言う言葉に、アリシャは微笑みを浮かべていた。


 そして宝石たちは、ふっと、姿を消す。
 ラピスが、仕舞ったからだ。


 
「あの、ラピス様」
「なぁに?」
「突然の申し出なんですが、もしよかったら、明日買い出しに行っても、よろしいでしょうか? 」
「何か足りないものでもあるの?」
 ラピス邸には、大概のものはそろっている。しかし、アリシャにとって必要なものは、足りなさ過ぎていた。
「小麦粉、パン粉、可能なら卵も欲しいところです。あとは肉類も……。運搬にかかる日数を考えると、干し肉でもいいのですが。使い切ってしまった調味料もそろえたいですし」
 問題はどれも重量があるという点だ。卵に関しては運搬中に割れる可能性が非常に高く、難易度が高い。
 そのことを一緒にラピスに伝えると、えっ、と驚きの声が上がる。
「また料理をしてくれるの?」
 感激や期待のこもった目と声が、アリシャに向けられた。
「私は、毎日何か食べなければ生きていけませんので。それに、普通、人は一日に2度か3度は食事をとります」
 無論、アリシャは夕食も作るつもりをしている。
「そうなの。解ったわ。食材、それはとても大事ね」
 美味しいものを一度味わってしまったラピスには、もはや捨て置けない案件だった。
「それなら丁度いいわ。私も少し街に出たいと思っていたの」
 ラピスは、ここ数百年、森から出たことは無い。
 急に街に行こうと思ったこと。
 それはきっと、寂しいと感じ始めたことと、人と言うものに、興味を持つことができたからの心境の変化だった。
「確か、北の湖近くに、それほど大きくないけど、街があったわよね」
「ノースルーリエですか?」
 湖の近くにある北の街といえば、アリシャが知るのはそこだけだった。そしてアリシャが目指していた街でもある。
 魔の森にも通じるエリント河の源泉となっている大きな湖、ノースレイクの恩恵を受けた水の都だ。そこは比較的、大きな戦争にも巻き込まれたこともなく、平和で豊かな街で知られている。
 その分、地価や、物価が高く、税率も高い、と富裕層向けの街となっていた。
 しかし、そこは大陸内でも有数の大都市だ。なので、
「それほど大きくない……?」
 その言葉に首をかしげざるを得なかった。
 うすうす感じていたが、ラピスはエルフなどに近い長命種なのだろうか、とアリシャは思う。 だとすれば、そういった時間感覚の差というものは、別に不思議なこともない。
「そういう名前の街なのね」
「はい、ここからでしたら、ノースルーリエが、一番近い都市です」
「じゃあ、そこに行きましょ。運搬に関しては私に任せて頂戴」
「明日は、一緒にお出かけですね」
 女の子二人でショッピング。
 それは、アリシャにとっても、ラピスにとっても心躍るイベントだった。
 二人は自然に、笑いあっていた。
 そのあとは、翌日の予定にはじまり、他愛無い雑談で、時間は過ぎていった。





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