L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

プレシャス・ランチタイム

 お昼を少し過ぎた頃。 
 ラピスは料理の前に座らされていた。
 一度露天風呂に入り、さっぱりしたラピスは、何故か、吸血鬼と戦っていた時の、黒づくめに二つに結んだ銀髪、という格好で。二股の帽子だけは身に着けていない状態だ。
 ラピスにとってはそれが正装なのかもしれない。


 ――ラピスは人とは違う。
 飲食などしなくても生きていけるし、睡眠も疲労も無く、24時間無休で活動できる。
 けれども、食べてはいけない、と言うことでもない。
 ただ、必要性を感じずに、放っておいただけだった。
 ゆえに、まともな食卓というのは、初めてだった。


 しかし今、ラピス邸のリビングのテーブルに、湯気のあがる料理がいくつも並んでいる。
「デザートはあとでお持ちいたしますね」
 料理人として、調理と給仕を行うエプロン姿のアリシャが、トレイからテーブルに出来上がったばかりの料理を置いていく。
 そんな光景は、長い時間を独りで過ごしてきたラピスに、無いものだった。
 食べるということをしないラピス邸で、食材という物は存在しない。
 どちらかと言えば、薬剤や、素材に使うためのものばかりだ。
 食材になるものはあっても、脱穀や、乾燥、つぶして粉にするなど、時間のかかる加工済みの食材は、当然のように無かった。
 なので足りない部分は、アリシャが持って歩いていた干し肉や、保存食、調味料、バター、ビスケット、料理酒、作り置きしてあるソースなどを使った。
 この先の旅のことなどを考えない、アリシャなりの大盤振る舞いだ。
 しかし、干し肉はすでに干し肉とは別の料理になり、キノコや野菜など、庭園で採ったばかりの食材と調和されている。
 特にアリシャは、ソースを作るのがとてもうまかった。勿論、生焼炒揚煮茹炊蒸の調理技術もそれなりにある。しかしどんな食材であろうと、ソースを極めれば美味しくできる。アリシャはそう考えて修行してきた。
 干し肉から出汁を取り、その出汁を元にソースを作り……そうやってうま味を循環させている。
 さらに極めつけは、ラピス邸の果物一つとっても、最高級に値する鮮度と品質。そして、抜群に整った設備だ。
 冷蔵庫、冷凍庫はもちろん、スイッチを入れるだけで点火するコンロは4か所設置されているため、作業効率がとても良いし、作ったデザートは冷蔵で保存しておける。
 どんな原理かは不明だが、箱に入れてスイッチを入れるだけで、温めてくれる器具――レンジや、オーブントースターまで完備されている。
 どれも、暇つぶしで作られたとは思えない、簡便で有能な設備ばかりだ。 
 もちろん、アリシャの知っている世界にすれば、どれもがオーパーツのような代物だった。




 そんな、ラピスの技術力とアリシャの頑張りで出来た料理たちは、今、


 ラピスの目の前で、役割を果たす時を待っている。


「さぁ、召し上がってください」
「…………」 
 その状況に、ラピスは唖然としていた。
 暖かい食べ物なんて、ラピスは知らないのだ。
 料理というものを知らないのだ。
 どうしていいのかわからない。
 そんな目で、アリシャを見つめるラピスは、本当に子どものようだった。
 だから一歩、アリシャは歩み寄った。
「ナイフは、利き手に、フォークは利き手ではないほうでお持ちください。こういう感じで」
 幾度もお店で働いていたアリシャは、お客様を相手にするときと同じように、教えていく。 
 本当は好きに食べて良い、とアリシャは思っているが、ほんとうに何も解らない、というラピスには、道具の使い方から教えるほうが良いと判断した。ラピスが不器用なはずないのだから。
「こうかしら」
 ラピスが、ソースのかかったお肉をフォークで押さえながらナイフで切る。
 ラピスブランドのナイフは、切れ味抜群で、音もなく切り分けることができる。
 切り分けたお肉を、フォークで刺して持つ。
 アリシャのアドバイスひとつで、既に様になっていた。
 しかし、フォークを持ったまま、止まってしまう。
 この後はどうしたらいいの?
 ラピスの無言のまなざしに、アリシャが動いた。
 アリシャは、ラピスの左側に立ち、かがんで、ラピスの持つフォークに手を添える。
「フォークを一度離してみてください」
 素直に応じられ、お肉の刺さったフォークがアリシャの手に渡る。
「ではこちらを向いていただけますか」
「こう?」
 ラピスの顔がアリシャの方へ向いた。
「では」
 とアリシャ。
「お口を開けてください」
 お約束も忘れない。
「はい、あーん」
 右掌を下に添えて、フォークに刺さったお肉を、ラピスの口元へ運ぶ。
 ラピスは一度、目をぱちくりさせてから、遠慮がちに口を開いた。
 まるで、エサを待つひな鳥のように、目をつむって。
 そこに、そっとお肉を入れて、
「失礼します」
 ラピスの顎に手を添えて、フォークだけを引き抜いた。
「噛んでみてください」
 鼻腔に届く、出来立ての温度と、ハーブの香り。
 言われた通り、むぐ、っとひとたび噛むと、広がる、肉汁の香ばしさ。
 後から混じる、炭火の香り、ソースの香り。
 外は、ひと焦し分だけ焼かれ、内は、とろとろに煮込まれた、軟らかいお肉の食感。
 淡い塩味に、甘辛いソースの味が染みている。
 ソースは複雑な味だ。
 お肉の出汁だけではない。様々な野菜の煮汁や、肉汁、スパイスの味が調和している。
 噛めば噛むほど、その味は、ラピスの心を刺激する。
 最後に飲み込むと、口の中は、スパイスなハーブの香りが残った。


 すぐに、ラピスは何某かの感想を言おうとした。
 言いたくて仕方なかった。
 だがラピスには、それらすべてを、どう言葉で表せばいいのか、解らなかった。
 褒めるべきか、感謝すべきか、なにをどうすればいいのか。
 ラピスはただただ感動していた。
 感動していたが、それを表す名を知らなかった。
 そんな感情を宿した目で、ラピスはアリシャを見て、ついに、出た言葉。
「貴女、錬金術師だったの!?」 
 ラピスには、高度な錬金術にしか思えなかった。
「すごいわ、なんていえばいいのかわからないけど……」
 アリシャは笑ってしまう。
 口にソースをつけたままの、その姿も、微笑ましいが、素直に感動してくれていることが、なによりもアリシャへのご褒美だった。
 決して勝てない、そんな凄い人物に、料理でだけは、圧勝だった。
 アリシャは微笑みながら、ラピスに言うのだ。
「そういう時は、おいしい、って言ってください」
「うん、おいしい」
 ラピスは素直だった。笑顔だった。それでもう満足だった。
 アリシャはフォークを、ラピスの手に持たせた。
「さ、まだたくさんありますよ。お好きに召し上がってください」
 ラピスはもう迷わなかった。
 興味のある料理から、順に手を付けていった。
 ひとつひとつ、丁寧に味を堪能していく。
 食べては感動し、素直に感想を言う。
 おいしいと、言う。
 食事をしているときは、ラピスは子供のようだった。
 アリシャは、その様子をテーブルの対岸に座って見ていた。
 一緒に食事をとりながら。
 だがしかし、ラピスはたまに恐ろしいこと言い始めた。
「これは、うちのお庭のハーブの味ね、あの赤いやつかしら。あと少しだけ甘酸っぱいわ……隠し味にブドウでも使ったの?」
「えっ!? ち、ちがいますよ。まったく。そんなの使ってませんよ。やだなぁ」
 使ってる使ってる。もう一押しでカップインしちゃうくらいのニアピン。
「そう?」   
「そうですよ。もお、お料理は、そういう細かいこと考えて食べちゃいけないんですよ!」
 アリシャは思った。
 ラピスに料理は絶対にさせてはいけないと。
 

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