L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

ギブ・アンド・テイク

 アリシャが案内されたのは、ラピス邸の地下にある一画だ。
 巨木を利用した住居は、地下に張り巡らされた根っこも尋常ではない太さで、その空洞は各所の部屋として使用できるほどに広い。
 そして当然のように、地下も建築物として頑丈にリフォームされており、タイルやブロックが敷き詰められ、壁には存在を感知すると自動で点灯する明かりも常備されていた。
 ラピスは、その中の、ひと際分厚い扉の前に立つ。
 そして、魔法を展開した。
 空間に、突然、キャッチーなBGMが奏でられた。
 一つの音色をあらゆる加工で駆使し、メロディ、ベース、ドラム、和音で出来た、完全なるインストロメンタル。FM音源のようなものだ。
 それを、魔法の波長をコントロールすることで、ラピスは奏でていた。本当はダンスも付けてあるのだが、アリシャの手前恥ずかしいのでそれはしなかった。必要ないし。
「なんですか、この、素敵な曲!」
 ダンスをするのにぴったりそうな、軽快な曲は、一定時間で終わりを迎えた。
 そうして、倉庫の扉が開く。
「玄関の扉と一緒よ。ただちょっと、本気で鍵をかけてあるだけだわ」
 開いた扉に、ラピスが入る。一瞬唖然としていたアリシャも続いた。
「思うんですけど、ラピスさんにできないことって何かあるの?」
「あるわよ、たくさん。むしろ、私ができることは、魔法のことだけよ」
 広大な倉庫の中は、金銀財宝がたくさんある――というわけではなく、乱雑に武具と思わしきものが、各所の箱からあふれ、そこかしこに立てかけられてあるだけだった。
 その数は膨大だ。何千とあるだろう。
 どちらかといえば、武器庫だった。
 しかし、そのどれもが目を疑うような一品ばかりなのだ。
 さらに、奥に扉があり、何層かになっているようだった。
「出来栄えで部屋を分けてあるのだけど、最初のここの部屋は、ゴミクズ置き場よ」
「ご、ごみ?」
「そ。あなたにあげたお守りも、その辺にいっぱいあるし、あの時使ってた剣も、たぶんあそこにあるわ」
 アリシャの視線の先には、たしかに、『守護の防壁』が出せるというお守りがいっぱい捨てられているし、白に金の意匠を施した曲剣も、無造作に何本も置かれていた。
「……どうみてもお偉いさんしか持てなさそうな武器ばっかりなのに」
「まぁ、どんなに良くできていても、それらはただの武器よ。そのお守りも、3回も使えばもう使えなくなると思うし」
 奥の部屋を目指すラピスに、ネグリジェのままのアリシャは、地面に転がる武器や防具に気を付けながら、スカートをたくし上げ、慎重に進む。
「ここは多少、特殊な効果が付与されている武具があるところよ」
 次の部屋は、前の部屋よりも整理されていた。壁に、様々な武具が展示されている。
 選りすぐりと言うことだろう。
 だがまだ先の扉が見える。
 そして……アリシャは気が付いた。
「あれ、これ……」
「あなたのよ、暇つぶしに、勝手にメンテナンスしておいたわ」
 壁の隅に置かれた椅子、その上に、アリシャが身に着けていた装備が置かれていた。
 けれど、それはすでに似て非なるものだった。
 アリシャが手に取ると、それがどれだけの非を得たかがわかる。
 その中でも、同じに見える白いブラウスは、元よりもサラサラでシルクのような手触りになっている。
「それは、魔銀の糸で編んで一から作り直したわ。見た目は同じだけど、生半可な刃物は通らないし、魔法に対しても強いわよ。もとは袖なしだけど、防御性を考えて、脱着可能なスリーブを足しておいたわ。同じ素材で、マント、ペチコート、靴下もサービスよ」
 そう聞いて探せば、確かに、置いてある。
 それに、レザーのベストとスカートは内部に何かが埋められているように感じる。
「それは、私が開発した新しい合金を縫いこんであるの」
「開発!? なんていう金属ですか?」
「名前は無いのだけどね……」
 そして、ラピスは、それがレザーではなく、ラピス作の合成繊維で出来ていて、衝撃を緩和する特殊効果が付与されているのだと、解説を加える。
 しかし、アリシャが一番気になっているのは、傍のテーブルに置かれている、ちょっと艶めかしいアイテムだった。
「あの……これは……ガ、ガーターベルトですか?」
「そうよ」
 さらっと肯定されたが、きっと私のものではないだろう、そうにちがいない、とアリシャは思いこもうとした……が、
「戦士として動き回るなら、身に着けたものはズレないよう固定しておいたほうが良いと思うわ」
「や、やっぱり私のなんですね、それ」
「ちゃんと防御性能の高い素材でできているから安心して」
 などと、ラピスは最もなこと『も』言っているのだが。
 ただ単に、ガーターベルトをつけさせてみよう、というだけの策謀だった。
「さぁ、とりあえず着替えてみて頂戴。次の部屋で、貴女の望む『力』をあげるわ」
 そう言って、ラピスは先の扉を開けて出ていく。
 しかし扉がもう一度開いた。
「そうそう、ガーターベルトを先に身に着けてから、下着を穿いたほうが良いわよ。ご飯を食べる種族なら、その方が後々困らないわ」
 それだけ言うと、また扉が閉まる。
 ということは、一度下着を脱がねばならないということだ。
 寝巻と一緒にラピスが用意した下着は、アリシャが思うものよりもずいぶん面積の少ないものだった。なんだったら、腰の部分は紐一本パンツのゴムだけである。それまで使っていたかぼちゃパンツのような物とは、全然違っていた。特に保護面積。
「し、したぎのぼうぎょりょくは、かんがえてくれないのかな」
 おずおず、とアリシャは装備を身に着けていく。もちろん、下着も、ガーターベルトもだ。
 左右で別の宝石が埋まったガントレットを装備し終わると、最後に数枚のカードがセットされたベルトが余った。
 一緒に置かれていたものなので、きっと装備の一つだろう、とそれを太ももに装着した。そうすれば、片側の太ももの露出をある程度隠せる、とアリシャは考えたのだった。




 乱れていた髪を整え、着ていた寝間着を畳んで置いてから、次の部屋へ入る。
 ラピスが佇んで待っていた。
「なかなか様になってるわね」
 素材や性能は別物だが、根本の服のデザインを尊重して作られているため、見た目はちょっと実力がありそうな冒険者、といったところだが、マントやスカートが赤を基調とするように変更されているため、やや良いところのお嬢様感が増している。
 そのほかはガントレットが追加されているくらいでそんなには変わっていない、ただすこし、一部が色っぽいというだけだ。
 スカートの下にペチコートが追加され、ニーソをつなぐガーターベルトが、チラ見えするというのが、特に一種の欲望をつぶさに刺激する、というだけなのである。
 カードホルダーが少し邪魔しているが、それはそれで、魅力がある、とラピスは思った。
 さらに本人が恥ずかしがってスカートのあたりを気にしているのが余計に拍車をかけていた。
「す、すごい、へんな、かんじなんですけどっ」
「大丈夫よ、すぐ慣れるわ」
 すべては計画通り。
 ラピスは心の中でちょっとほくそ笑んでから、
「本当の目的は、ここからよ」 
 ラピスは、カチャカチャと自分の小盾を外す。
 そして、盾とともに鞘に収まった小さ目のレイピアを差し出した。
 さっきまで訓練に使っていたやつだ。
「私の戦闘経験を石にして嵌めてあるわ。たとえ貴女がド素人でも、多少は戦えるはずよ」
「戦闘経験を?」
「そう。ただ注意して。その経験は剣と盾だけのものだから」
 盾の中心部と、剣のナックルガードの部分に、それぞれ黒い宝石が埋まっている。
 それこそが、ラピスのレイピアと小盾の戦闘経験を宿した宝石だった。と言っても、それは試作品だ。先ほどの訓練は、実際には試作アイテムのテストも兼ねていたのだが、ここから先のテストは、アリシャに任せよう、ということでもある。
「どうしてここまでしてくれるんですか」
 アリシャは不思議に思う。
 平然と貴重な品を提供して、ラピスにどんな利があるのだろうと。


「私ね、拾ったペットは、最後まで面倒を見る主義なの」
「ぺっと!?」
 さすがに、アリシャはムッっとした、そこに、
「だから、めいいっぱい可愛がろうと思って」 
 ラピスは背伸びして、アリシャの頭をよしよしと撫でる。
「なんで私が、よしよしされてるんですか」
 なんか逆です。
 とアリシャは思う。
 そして、なでなでされながら、思い直した。
 ヴァンパイアに殺されそうだったあの時、ラピスが助けてくれなければ、死んでいたということ。
 ならば、アリシャの命は、ラピスに拾われたも同然だ。
 そのうえで、家にまで招待してくれて、夢のような待遇を受けている。
 それになのに不満などいえる資格があろうか。
 とは思うものの。
「しかし、ペットは……」
 さすがに抵抗がある。
「じゃあ、何ならいい?」 
 背伸びを頑張るラピスが忍びなくて、アリシャはひざまずいた。
 そうして、片手を自分の胸に添える。
「生徒でどうですか、先生」
「先生……は、いやよ」
「師匠。では?」
「師匠もいや。弟子はとらないもの」
「それなら……ご、ご主人様……?」
 ラピスは微笑んだ。それだ、と。
 アリシャは、嘆息する。ペットとあまり変わらないからだ。
 そんな跪いたままのアリシャに、そうだわ、と何かを思いついたかのようなラピスの声が聞こえた。
 そうして不意に、小さな王冠が、アリシャの頭にそっと置かれた。ラピスの手で。
 まるで戴冠式のように。
「うん、思った通り、とても似合うわ。お姫様みたいね」
 きっと似合うだろう、と言う思い付きでもあるが、それだけではない。
 それは、頭部用の防具だった。ヘルムでは顔を隠してしまう。
 だから、そこはアイテムの特殊能力で補おうというのだ。
 王冠には、攻撃をある程度自動で逸らす力と、少しだけ先を見通すことができる力、様々な言語に対応できる力、が付与されている。
 王冠であれば、ファッションとしても愛らしく、武骨な感じもしない。
 むしろ、赤白の装備に金髪王冠ということで、完全に姫である。


 アリシャは立ち上がると、深々と頭を下げた。
「ほんとに、ありがとうございます……その、ごしゅじんさま」
 控えめな、ごしゅじんさま、にラピスは得も言えぬ感覚を受けながら、
「可愛がると言ったでしょ。気にしないで。貴女を助けようと思ったときに、最後まで面倒を見るって、決めたの」
 それは、抱えた面倒事は最後まで責任を負うということに通じている。
 アリシャはその気持ちを感じていた。
「ラピスさ、ま、は、お優しいですね」
 不慣れな様付けに、ラピスは苦笑しつつ、
「ご主人様は、やめたのね」
 残念だわ、と。 
「ほら、やっぱり、せっかく付けたお名前がありますから、そのほうが、良いかと思って」
 ご主人様と呼ぶのは恥ずかしい、という気持ちも半分だろうけれど、そのことはラピスも納得できた。
 そして名前の話題を経て、アリシャは思い出した。
「そういえば……さきほどの金属や、お創りになったものにも名前は付けないのですか?」
「名前……そんなに重要かしら?」
「私たちは、気に入ったものには、名前を付けます。名前を付けることで命が吹き込まれる、なんていう人もいますし、魔法にも名前がついていることが多いですよ」
「魔法に?」
 魔法に名前を付ける、という言葉は、ラピスに何か革新的な予感をもたらした。
「確かに、やってみる価値はありそうね。あとで試してみるわ。ありがとう」


「――それで、あのオリジナルの金属は、どうやって作られているのですか?」
 何か名前のヒントになるかもしれない。そう思いアリシャが質問をすれば。
「あれ? あれは、アダマンチウムとオリハルコニウムを、粒子分解して、極小のブラックホールの圧力と熱量で合成させたものよ。時間を遅延させてゆっくり合成すると、もっと別の、もう一段上の合金にもできるわ。面倒だけど」
 などと、アリシャには意味不明の解説がなされた。
「他には粒子の配列を変えて、重オリハルコニウム、とかも作れるわよ」 
 アリシャはちょっと引き気味になりつつ。解説は、名付けのヒントにはならない。
「えっと、それでは、『ラピシュウム』なんてどうですか」
「私の、合金の名前?」
「はい、どことなく金属っぽいと思うんですけど」
「へぇ、いいわねそれ。ほかにも名付けられそうなものがあったら教えて頂戴」


 ――そうやって、二人は倉庫で話し続けた。
 アリシャの腹の虫がなるまで。
 ラピスは失念していた。
 人間は、疲れもするし、お腹がすくのだ。
「すいません」
 アリシャは恥ずかしそうにうつ向いていた。きゅうきゅう鳴るお腹を押さえて。
 ラピスは微笑む。そして思い出す。
「昨日私が作った飲み物がキッチンの冷蔵庫にあるわ……食料は……庭の木の実と果物、野菜とキノコも、どこかに植えてあったと思うけれど」
 いろいろな趣味はある。薬学と調合を応用して、飲料物を生成するくらいならなんでもない。
 けれど、調理はやったためしがなかった。必要に迫られたことが無いからだ。そのまま生で食べるくらいしか、ラピスには思いつかない。
 だが。
「私のカバンってありますか?」
 アリシャは突然そんなことを訊いた。
「ええ。住居スペースの広間にあるとおもうけれど」
「それじゃ、お庭の食材と、キッチン、貸していただいても良いでしょうか?」
「それくらい構わないけど……?」
「お世話になったお礼に、私の料理を、ご馳走いたします。ラピス様」
 アリシャの翠玉色の瞳に、確かな自信が宿っていた。
 ラピスは気迫めいたものを感じて驚き、唖然とする。その顔に、アリシャは笑顔になる。
 さっきまでの自分は、ラピスと同じ顔をしていたに違いないと。
 だから、気合を入れるのだ。
「他のすべてでは負けますが、料理だけは、負けませんからね!」
 ここにきて、アリシャは悟った。料理だけは、ラピスはできないのだろうと。
「それ、私にも教えてもらえない?」
 ラピスが料理に興味を持とうとしている。
「絶対ダメです!」
「後ろから見ているだけでいいわ」
「ぜっったいダメ! キッチンに入れませんからね!」
「どうして……意外とケチなのね」
「だめでーす」
 左右の人差し指で×を作って訴える。
 そんなことをしたら、あっという間にアドバンテージを失ってしまいそうだからだ。
「お願いですから、ラピス様は、料理の勉強はしないでください」 
 妙に懇願されて、勢いに押されて、ラピスは、
「解ったわ」
 そう言ってしまった。
「約束ですからね! 忘れないでくださいね!」
「解った、解ったから」
 気づけば、15歳の少女が、見た目10歳程度の少女を困らせているような図になっていた。
 それからも、再三念押しをされて、
「私は暫く『名前』について考えているから、料理とやらは任せたわ」
 ラピスは疲れたように言った。もう好きにしてくれ、と。





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