L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

一夜明けて

 翌日、天気の良い早朝。
 ラピス邸の外の一画には、武術の訓練場がある。その場所だけは、草花は植わっていなくて、代わりに砂地になっている。
 そこでラピスは日課の訓練をしていた。
 相手は、魔法で作りだした自分の分身――その幻影シャドーである。


 両者とも獲物はレイピアと呼ばれる類の刀身の細い剣、その中でもやや小ぶりな部類だ、そして防御用の小盾を左手に装備している。
 今は、フードとケープ付きの黒外套も、二股の帽子も身に着けず、コルセット付きのドレスとスカート、そしてタイツ姿だ。二つおさげで三つ編みにした髪を、くるくると頭の両サイドでドーナツのように巻いてバレッタで留め、疑似的にショートカットな髪型になっている。 
 それもすべて、動きやすくするため――。


 ラピスとシャドー、二つのシルエットは、訓練場の中を目まぐるしく動いていた。
 剣と剣、剣と盾、四肢と四肢が、ぶつかり合いせめぎあう。


 時間すら遅延したかのように見える一瞬。
 その瞬間に、シャドーの突き出した細剣を、ラピスがサイドステップで回避する。と同時に、相手の突進に合わせて膝を突き出した、そんなクロスレンジ。
 ラピスの膝が、シャドーの腹部にめりこむ……、
 その直前、シャドーはニーキックを左掌で受け流しつつ、剣を握った腕を折り曲げて、身体を回転させ、肘鉄を仕掛けてきた。
 ラピスは迫る肘鉄を、細剣の柄頭ポンメルを打ち付けて弾く。しかし、肘を弾かれても、そのまま腕を伸ばして、遠心力で切っ先が斬り払われる。
 ほぼ真横から、右脇に迫る刃を、ラピスは自分の持つ細剣を叩きつけるように振るって、下方向に弾いてそらした。
 それは間一髪だった。
 そこに蹴りの奇襲が迫った。
 ラピスは、左手の小盾でそれを防ぎながら押し返す。
 互いの距離が開き、それで仕切りなおす形になる。


 結果、打撃らしい打撃は、シャドーの肘に柄頭ポンメルの強打が命中した程度で終わった。
 このすべては、シャドーとラピスが接触した1秒ほどの瞬間の出来事だった。


「いやだわ。まったく誰かしら、こんな泥臭い戦い方をあなたに教えたのは」
 答え:自分。
「しかも、無駄に脚が長いせいで、足癖も悪いなんて、よっぽどお行儀の悪い師匠についたのね」
 答え:自分。


 そんなラピスの戦い方は、すべてにおいて我流であり、一般的に流通している技やセオリーなど全く無いものだった。常に自分同士でぶつかり合い、高めてきたものだ。 
 もういちど、打ち合おうかという時、見学者の気配にラピスは気づいた。
 アリシャだった。
 これにて訓練終了、ということで、シャドーが消滅する。
 ラピスが動きを止めたのを見て、寝間着――ネグリジェ姿のアリシャが、裾を引きずらないように、スカートをつまんでやってくる。足は裸足だ。
 寝ぐせの入った、ぼさぼさの金髪は、今は結わえられておらず、長い髪が風にもてあそばれている。
 服と髪型が変わるとまるで別人のようで、たとえ整えられていない髪であっても、その姿は、美しさをも兼ね備えた、貴族令嬢のようだった。
 大き目の翠玉色の瞳や、大人と子供の中間を行く愛らしい顔立ち。
 それはラピスにはない、大人の魅力を持っている。


 令嬢の訪問を、ラピスは武器を鞘に納めて出迎える。
「おはようございます、ラピスさん」
 アリシャはスカートをつまんでいた手を離すと、両手を腰前で合わせて、一礼を加えた。
「ええ、うん」
 挨拶などした経験があまりないラピスは反応に困る。
 アリシャは気にもせず続けた。
「お稽古ですか?」
「ただの日課よ。あなたは? 体調はどう?」
「大丈夫……と、いいたいけど、なんか昨日お風呂に入ってから記憶が無くて」
「でしょうね」
「何か知ってるんですか? 朝起きたらベッドにいたということは、その……何かご迷惑を……?」
「倒れていたのよ、露天風呂で。入り慣れていないせいか、のぼせたのね」
「え?」
 アリシャは驚いた。さらにやっぱり迷惑をかけていたと知って、申し訳なさそうな表情になリ、慌てだした。
「それじゃ、運んでくれたんですか?」
「そうよ。寝間着も着せたわよ」
「ご、ごめんなさい!」
 アリシャは平伏したように、深々と頭を下げた。
「気にしないで頂戴」
 しかしラピスに気にしている素振りは無い。
 ラピスはアリシャに微笑みかける。そうしてちょっとした悪戯心を発揮するのだ。
「貴女……、ちょっとお尻が大きいわね」
「はっ!」
 くすくすと、楽しそうなラピスの一言に、アリシャは真っ赤になった。結構気にしていることだったからだ。そして、理解した。真っ裸を見られ放題だったことを。
「――――」
 アリシャは言葉を失くして、顔を伏せてしまった。反論しようもなく、ただただ恥ずかしかったからだ。
 その様子を、ラピスは面白そうに見ていた。
 他人と関わるのは面白いのだと、ラピスは知ってしまった。
「次は、人、というものを研究するのも悪くないわね」
 そんな言葉は、今のアリシャにとっては、ただのいたずらな言葉にしか聞こえなくて、
「そんな、意地悪な……」
 小さく漏れたアリシャのセリフに、ラピスは涼しげに言うのだ。
「私も、そのことに昨日気づいたのよ、あなたのおかげで」
「ううっ」
 意地悪だ、と重ねてアリシャは思う。
「それに、貴女からかうと面白そうだものね」
 やめてー。と叫びたい衝動を抑えて、早急に話題を変えようとアリシャはラピスを探していた本題に入る。口調も丁寧に切り替えた。
「ところで、お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい、私に武術、もしくは魔法を教えてくれませんか?」
 その一言で、楽しそうだったラピスの表情は一気に硬くなった。 
 声も。
「理由を聞かせてもらえるかしら?」
「はい」
 アリシャは、とある農村が亜人に襲われたこと。
 そこから命からがら逃げてきたこと。
 農村の人たちを見殺しにしたこと。
 その時の後悔が今も残っていること。
 そのすべてをラピスに話して聞かせた。
 ラピスはその話を一言一句しっかり聞いて、考え、質問を口にする。
「……それは、復讐したいという意味?」
 アリシャは首を横に振った。
「守りたいんです。自分がこれ以上無力なままでいるのが、嫌なんです」
 アリシャは泣きそうになっていた。言葉や表情から、悔しさがにじみ出ていた。
 ラピスはひと時も表情を変えず、終始真顔、ともすれば怒りすら感じる表情だ。
「たとえ『力』を得たとしても、きっと根本的な解決にはならないわよ」
 そうラピスは否定を口にして、うつむき気味になっていたアリシャが、何故? とラピスの顔を見るまで待った。待ってから、続ける。
「何かを救えば、何かは救われない。そんな選択に、貴女は常に悩み続けることになるわ。きっと、それは無力を感じる瞬間になる」
「それはどういう……?」
「例えばの話よ。街の西側と、東側で、同時に襲われている親子がいるとするわ。あなたはどちらの情報も得ている。でも、間に合うのは片方だけだということよ」
「そんな……」
 アリシャは一瞬、悲しそうな表情になるが、でも! と瞳に光を宿らせて食い下がる。
「片方は助けられるんですよね」
「そのあとで、貴女は後悔するんでしょう? もう片方も助けたかったと。そしてさらなる力を求めてしまうでしょうね、今と同じように無力を嘆いて。そうやって、後悔を繰り返して、貴女は心を壊していく」
 私にはそんな気がするわ。とラピスはアリシャを見た。
 アリシャの決意が揺らぐ表情が、ラピスの予想が当たっていることを裏付ける。
「誰かを救うということは、ただの自己満足なのよ」
「ラピスさんが、私を助けてくれたことも?」
 アリシャは、善意からだ、という答えを求めたのだろう。
 しかしラピスは、無慈悲にも、首を縦に振った。
 自己満足だったと。
「…………」
 アリシャは黙ってしまった。
「貴女は、戦いをするには心が綺麗すぎる」
 その言葉も、アリシャには誉め言葉に聞こえない。


「だからね」
 ラピスは続ける。


「考え方を変えなさい」
「へ?」


「誰かを助けるためではなく、間違った暴力を、止めるために、力を使うのよ」
 アリシャは顔を上げる。瞳に光が宿る。
「貴女の自己満足のために、戦うの。弱者を良い様に蹂躙する、私利私欲のために命を奪う、そんな力は、間違っていると思わない?」
 アリシャは頷いた。少なくともアリシャは納得できる言葉だった。
「ラピスさん、それじゃあ……」
 武術や魔法を教えてくれるのか、と祈るような仕草で、瞳を輝かせ、期待のまなざしだ。
 そこに食い気味に、ラピスは質問する。
「あなた、第七の感覚ってある?」
「え? なんですかそれ」
 五感、六感、それに続く第七感。
 五感というのは、肉体に宿る、味覚、聴覚、視覚、触覚、嗅覚の五つ。
 六感というのは、精神に宿る、直感的な知覚。
 そして七感というのは、自己の中、あるいは周囲にある魔法の力を感じ取る力。
 その説明をアリシャにしたが、要領を得ない様子だった。
 だから結論を言う。
「ないわね」
「ない、ですか」
 ええ。あなたに魔法の才能は無い。
 ラピスは断言する。
「それに、魔法でも武芸でも、今から始めてもろくに動けるようになるのは数年先よ。私にとっては一瞬だけど、あなたたちにとっては、そうもいかないでしょ」
 アリシャは、まだラピスが千年生きていることを知らない。
 ヴァンパイアを倒した後にそのような話は出たが、アリシャに明言はしていないのだ。
 だから、一瞬、その言葉を出した意味が、アリシャにはわからない。
 そこを不思議に思う前に、ラピスは続けるのだ。
「というわけで、少し倉庫に行くわよ」
「倉庫?」
「そう。私が作ったガラクタがいっぱいあるところ」







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