L a p i s ~ 世界樹の精霊《スピリット・オブ・マナ》 ~

神の味噌汁

VS吸血鬼

「見たところ無事みたいでよかったわ」
 そう言って、黒づくめの小柄な少女は、おもむろに何もない空間から一振りの武器を取り出した。
 一見するとそれは、少し歪曲した杖だった。純白の本体に、金の装飾と宝石を施した意匠は、一目で一級のものであると解る品だ。
 そこに。
「何者だね、この私の邪魔をするのは!」
 吹き飛ばされていたヴァンパイアが戻ってくる。
「そういえば、あの人、自分のことをヴァンパイアだって……」
 アリシャは今更思い出した。そして今更実感した。
 ヴァンパイアと言えば、人間では到底太刀打ちが出来ぬほどの種族。竜種などと並ぶ幻想種族に近しい存在だ。ひとたび怒りを買えば、手は付けられまい。
 それは旅人としては新米のアリシャにも、当然の知識として持っているものだ。
 なのに、黒衣の少女は、へぇ、と初耳のような反応をする。
「有名なの?」
 ヴァンパイアが、くつくつと笑う。
「これはこれは、身の程もわきまえずに、私に喧嘩を売るとは。この代償は、高くつきますね」
「ごめんなさいね、それは悪かったわ。でも、私はこのを助けると決めて出てきた。それを今さら覆す気はないわ」
 運が悪かったと思って、この娘のことは諦めて頂戴。
 そう言葉を続ける少女に、ヴァンパイアは憤る。
「ふっ、餓鬼が! なぜ私が、おまえごときのために諦めるのですか。寝言は寝ていえ!」
 細身の初老の男性とは思えぬ殺気が、その身体から瞬時にあふれた。
「うっ」
 アリシャはたったそれだけで、胸に重石を乗せられたかのような圧迫感と威圧感を覚えた。
 息苦しさのあまり、その場に座り込んでしまう。
「貴女はそこでじっとしていなさい」
 それをものともしない少女は、そう言って純白の杖を左手に提げ、吸血鬼に歩み寄る。
 もはやそこは吸血鬼の間合いだ。
「あんまり気は進まないのだけど、仕方ないわね」
「はっ、物を知らんと言うことは大罪だぞ、小娘!」
 その言葉とともに。
 右腕の五指から延ばされた爪が、物凄い速度で、少女の体に斬りかかる。
 だが少女は冷静だ。それを小柄さを活かして、かいくぐる様に躱した。
 鞘走りの音が鳴る。少女が手にした杖は杖にあらず。その実は鍔の無い片刃の曲剣。抜剣から弧を描いた軌跡が、逆風より吸血鬼を一閃する。
 ――続く袈裟懸けの斬り下ろし、身体を反時計回りに回転させて打ち付ける鞘のこじり、後ろ回し蹴りで叩きつける左足のかかと。
「ぐ、が、あ、は……あが……っ」
 さらに、少女は眼前に作り出した魔力の球を、右脚で蹴り飛ばす。
 斬撃、斬撃、打撃、蹴り。
 そして、そのあとに飛翔する魔力の砲弾が、連撃をあびて態勢を崩し切った身体に直撃した。
「ごがはっ!」
 特に、最後に直撃した魔力弾の威力はすさまじく、『く』の字に曲がった身体は大きく吹き飛んで地面をバウンドし、幾度も血飛沫をあげながら地面を転がっていく。
 全てを浴びた吸血鬼の身体は、たった一瞬でズタボロになっていた。
 かちん。
 一連の動きを終えた少女は、再び剣を鞘に納める。
「え、え、え、えっ?」
 座り込んだままのアリシャは、その様子を見て、困惑していた。
 戦力も胆力も魔法も。そんなあらゆる部分が、小さな女の子という見た目と違いすぎたからだ。
 少女は、すぐに起き上がれそうもない彼方の吸血鬼を注視しながら、アリシャに向けて言う。
「まだ油断はできないけれど、とりあえず距離は稼いだわね」
 そうして、また、何もない空間に手を入れたかと思うと、アリシャの傍に何かを放り投げる。
「こ、これは!?」
 長方形で厚みのある、鎖のついたお札のようなアイテムだった。
「念のために持っておいて、お守りよ。貴女が願えば、『守護の防壁』が展開するわ。もしもの時はそれで、身を守るのよ」
「こんな貴重そうなものを!?」
「気にしないで。在庫処分したいくらいいっぱいあるから。あげるわ、それ」
 驚くアリシャを背に、そう言うだけ言って、黒衣の少女は、吸血鬼が倒れているところへ歩き出した。


 吸血鬼の体は、今も地面に倒れている。
 距離を離す。そんな生易しい状態ではなかった。
 一度目の斬撃で腹部を割かれ、二度目で左肩から先を失い、殴打と蹴りで、臓物が溢れ、魔法の一撃で、内蔵は根こそぎ破裂した。各所の骨格も歪み、折れ曲がり、頭部の骨には穴が開いた。
 強靭な吸血鬼の身体を難なく切り裂いた少女の腕は卓越しており、手にする剣は名匠クラスの業物だった。
 今なお、命があるのは、その身体が吸血鬼のものだからだ。
 その体も、夜であることが幸いして、つぶさに再生していっている。
 吸血鬼には強い自己治癒能力があるからだ。
 とはいえ、すぐに身動きはとれなかった。
「……いったい何が……」
 血まみれの老紳士は、その状況が呑み込めていないようだった。
 そこに、規則正しい足音が、悠然とやってくる。
「あら、意外と重症なのね」
 少女の到来に、無意識に吸血鬼は身じろぎし、体を動かそうとしたが出来なかった。
「お、のれ……っ」
 悔しそうに声を漏らす姿を、少女は見下ろす。
「あなたたちはいつも、暴力で何かを得ようとするわよね。でもそういう輩には、私はこう思うことにしているわ。『あなたたち自身も暴力を振るわれる覚悟があるのだろう』とね」
 吸血鬼には、少女の淡白な声だけが聞こえていた。
 眼球がつぶれていて視力が戻っていなかったからだ。
「だから、これはあなたが望んだ結果よ。弱肉強食、あなたたちが好きな言葉でしょ?」
「ぐ……何、者なの、だ、おまえ、は……、おまえにとって、私が、この私がっ、弱者だと、いうのか!」
「さぁ、どうかしら。でも――」
 自分が何者なのか、それは『名もなき少女』にこそ、知りたいことだった。
 だから答えられるのは片方だけだ。
「一つ分かったのは、あなたは私よりも弱いということね。私の専門は魔法。趣味で始めた程度の武術で負けてしまうあなたは、少なくとも弱者だわ」
「く、はは、戯言をいう」
 乾いた笑いが、倒れたままの老紳士から漏れる。
 ただ遊ばれただけだと、いうのか、と。
「で、どうする? とどめを刺してほしいならそうするし、まだ生きたいなら、私は去るわ」
「…………」
 吸血鬼はすぐに答えられなかった。
 当然だ。自分よりも弱いと侮った輩に、生殺与奪の権利を渡しているのだから。これ以上の屈辱などなかった。誇りを投げ捨てて生きるか、誇りとともに死ぬか。
 力を籠め、最後の力で抗おうとしたところで、思うように体は動かない。
 いくら怒りに身を任せても、その分だけ、悔しさだけが増す。
 それが、あまりにも無様で、吸血鬼は、全身から力を抜いた。
「滑稽だね。今まで私が嘲笑っていた側だったというのに……この有様とは」 
 ため息とともに、
「ええ、観念しますよ」
 力のない答えが虚空へと消えていく。
 ――さぁ、殺してください。
 その一言を言おうと、
 薄っすらと、戻った視力で、吸血鬼は自分を倒した少女を見た。
 幼いが美しい、銀髪の少女の姿を。
 ただ、今の一瞬まで邪魔者としか見ていなかった姿を。
 その無垢な仏頂面が、不意に吸血鬼の覚悟を鈍らせた。
「それで、答えは?」
「生かしてくれ、そう頼めば、本当に見逃してくれるのですか?」
 気が付けば、勝手に口が動いていた。生きたいと。
「ええ。そのとおりよ。私の知らないところで、貴方がどう食糧を得ようと、そのあたりに口をはさむ気は無いし」  
「そうですか。では、見逃してくれませんか」
「良いわ。私も少しやりすぎたようだし、サービスで治療もしてあげるわ」
 その言葉とともに少女の傍らに、拳大の真っ白な、正八面体が現れる。
 宙に浮くそれは宝石のように透き通り、輝きを放っている。そこに凝縮されたエネルギーに、吸血鬼は息をのんだ。たったそれだけの大きさの中に、光で創られた世界が入っている。それは少女の本気の魔法使いとしての武具だった。
 そして、その宝石に定められたエレメントは――。
「ちょ、まちたまえ、それはっ!」
 吸血鬼は、一度死んでいる身体、所謂アンデッドに属する者だ。
 そこに回復の魔法などを受ければ……
「ま、まて、やめるのだ、私に治療はいらな……うぎゃああああああっ」
 月夜の夜空に、断末魔が響き渡り、焦げた匂いがたちこめた。








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