今日から俺は四天王!
1章19話 黒崎エスケープ②
「よー、元気ねーな勇者様。」
そう言ってヴァンは寂しげな勇者の背中を叩いた。
「...ヴァンか。」
表情を変えずに『朝田悠仁』は振り返る。
「『国創会』の連中はそんなに頑固かよ?融通が効かないったらありゃしねーぜ」
「誰のせいだと思っているんだ。どういうつもりなんだ、海斗に戦闘経験なんか積ませて。彼には必要ないものだ」
『黒崎海斗』とは、悠仁と同じく、異世界召喚されたもう一人の勇者。ただ、悠仁と違って海斗は一般人。現在地下牢なう。
「ンだよ拗ねんなよ、稽古の事か?ありゃあ、最低限の護身術みてーなモンだよ。外に出るなら必要だろ」
「僕が守る、必要は無い。それにあれはやり過ぎだ。」
ヴァンの稽古。あまりにも無茶無謀な、拷問のような修行。海斗は血と汗を流し続け、寿命を縮める勢いで剣術の稽古をしている。
「あらら、随分と過保護だこと。...カイトがあんなボロっちいのは、アイツがそれを望んでいるからだ。アイツがやりたいっていうからやってんだよ」
「君はもう海斗に会うな。国創会の指示だ。」
「...周りから嫌われるぜ、そーゆータイプ」
「構わない。僕に支障はない」
「…あー、今はな?...最後にカイトにちょっくら会ってくる。話だけだぜ?」
「待て、僕も――」
「勇者サマー」
「王様が呼んでるよー」
遠くで小さな子ども2人が手を振る。
「お、『レツ』と『レイ』か。呼んでるぞ勇者様。王様だってよ、ご機嫌取りに向かわなくていいのか?」
「フン...海斗に余計なことは言うなよ。」
「へーへー」
そうして二人は別の道へ歩いて行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
悠仁からは、海斗に修行をさせないように、と言われている。のだが、
「遂に、隠さなくなりましたね。」
独房の鉄格子を外して素振りをしている。檻外しはヴァンから教わったものだ。
「どうだ、エルベハート、だいぶ、形になったんじゃ、ないか」
以前はエルベハートという厳つい鎧に包まれた人物にバレないようにしていたのだが、海斗はいつのまにか堂々と剣を振っていた。自信満々に振りを見せる。
「まったく、貴方はっ……む……そう、ですね、こうやって、もっと、手元から出す意識で剣を――」
「お?お嬢も剣教え始めた?んだよ、結局教えんじゃねーか。ユージンに怒られっぞ〜」
「ヴァ、ヴァン様!」
「ヴァン!...え、お嬢?男じゃ...?」
「ああ、お嬢。国で一番剣術に詳しい。女性だ」
がしゃん、がしゃんと重たい音を鳴らすその人物を、格好だけで海斗は男だと思っていた。
「ゴツい鎧着てっからつい男かと...何も騙さなくたっていいだろうに」
「エルベハート家っつったら最近話題だろうに、なんも知らないのかよ異世界人は」
ヴァンはやれやれ、と腕を組む。
「は?」
「エルベハート家は代々、剣術に優れる長男が引き継ぐんだが、病気で跡取りが亡くなってな。弟はまだ幼く、荷が重い。先代は寝たきり。つーんで、エルベハート家に仕え、エルベハート家の剣に最も詳しく、剣術において最も優れたお嬢が代理で後を継いだのさ。」
「…つまり、エルベハート家の中で一番強いメイドが後を継いでる、みたいな」
「まー、ちょっとちげーがそんなもん。異例中の異例だろ?だから界隈では話題なのさ。まー、良くねー目でも見られるしな?」
「弟様も、もうご立派です。私がこうして代理でいるのも、年内限りでしょう。」
「だからって、性別を偽る理由には...」
「良くない目で見られるっつってんだろ?舐められんだよ、仮にも部外者が継いでるってなったらな。それが女でしたってなったらもっと大変だ。エルベハート家は代々男が継いでるからな」
「これは私の問題ではなく、エルベハート家の問題ですから。私はこれでいいのです。」
「…大変なんだな、ごめん。」
海斗は申し訳なさそうに頬をかく。
「いえ」
「鎧、重いだろ?脱いでもいいよ。俺はこっちの世界のしきたりとか知らないし、何より暑苦しいだろ?」
「...では、指南の時に。お気遣いありがとうございます」
「...うし、カイト、俺もうここ来ねーから。」
「は?」
「釘刺されちまったんだよ。立場上もう顔合わせらんねーから、ヨロシク」
「頼むぜ嬢ちゃん〜!」
手を振って、ヴァンは階段をのぼっていった。
「は、はあ...」
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地下牢の階段を上がると、壁に悠仁がもたれかかっていた。腕を組んで、ヴァンを用心深く見ている。
「んだよ、もう会わないって言ったぜ?」
「諦めが早いな?」
「ああ?まあ、アレだ、アレ。お嬢がうっさくてな?近寄らせてくれねーんだわ。」
「お嬢...?」
ヴァンは少し眉を動かし、小さくため息をつく。
「...独房の兵士だよ。剣を教えるのは止めろってよ。アレじゃあカイトはなんも出来ねえよ。」
「へえ、物分かりのいい兵士だ。ならカイトの見張りはその兵で大丈夫そうだ。」
「で?他に用は?」
「カイトの今後なんだが、危険性は無いと判断し、精神汚染の検査と治療をした後サンライト国で最上級市民として迎えることになった。」
「最上級市民だぁ?聞ーたことねーぞそんなの」
「この国の城で生活するための形式上のものさ。数週間後から正式に迎え入れる。おとなしくするように言っておかなければね。...と、僕が伝えるから海斗に会うなよ」
「あー。カイトには会わねーよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「...つーことらしーぜ。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「...ということらしいです。」
稽古中、エルベハートはヴァンから聞いた内容をそのまま話した。
「市民ねぇ。俺に剣を持たせないつもりか、ユージンらしーな。」
「...では、稽古はもう必要ありませんね?」
鎧の女は木刀の構えを解き、背を向ける。
すかさず、カイトは素早く踏み込み、背を狙う。
女はそれを見越していたかのように振り向き、木刀で受ける。
カイトは足を素早く踏み替え、2撃、3撃と追撃する。
木刀と木刀がぶつかり合う音が牢に響く。
瞬時に隙をついて女が間合いを詰め、カイトの手元に一撃を入れる。
痺れた右手から木刀が離れ、カランと転がる。
女はカイトが木刀に目をやった隙を見て、首元に刀を振り下ろすーー!
カイトはその一撃を避けようと、女の左を通るように素早く転がる。
振りを避けられた女は転がったカイトが手放した木刀を背にするように一歩引いてカイトを見る。
「《創造》――剣―!」
カイトの左手に青い渦が現れる。
渦が拡散すると、青色の半透明な、木刀が現れた。
青い木刀を構え直し、間合いを互いにとる。
互いに静止した後、ふう、とカイトが木刀を下ろす。
「稽古が必要ない?バカ言え、まだまだ足りねーよ。...にしても数週間、ね。」
半透明な木刀を消し、カイトは腕を組んで考える。
あ、悪いことを考えてるな。と、エルベハート家の女は思った。
「むぅ...何か考えてますね...」
カイトが敵国に囚われて、1ヶ月半が経とうとしていた。
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