今日から俺は四天王!
1章14話 『剣豪』の恐れたもの
橙色のパンチパーマに黒いハチマキ。力強い眉毛、奇妙な太刀。話し方。
今まで見たことがない。
つまり、それは、単純に、
_____敵が侵入したのである。
「あー、見つかんねーな、勇者。...もしかしてお前がクロサキカイトか?」
「...!城の兵はどうしたっ」
右の手で剣を抜くキンライ。左はカイトをかばうように手を広げている。
「サンライト国『三銃士』、『ヴァン・フレイビア』だ。ヨロシクな?勇者サマ。」
「カイト様、早く階段へ!魔王様の元に急ぎなさい!」
今までに見たことのない、鋭い目つきでカイトを睨む。
「あっああ!」
カイトはその形相に押されるように背後の、王室へと向かう階段に足を向けた。
「っ!?...させねーぜ!」
ヴァンは道着のような服、その懐に手を伸ばし金属らしきものを刺すように投げる。その鋭利な金属はカイトが向かおうとした階段の上の、石造りの天井へ刺さる。
「あれは、クナイ...?」
「塞がせてもらうぜ、その出口。」
クナイは淡い赤色に光り始め、次第にその強さが増していく。瞬間、爆音が広間を包む。石の天井は崩れて、簡単に階段を埋めてしまった。崩れゆく音にカイトは固唾をのむ。
(さ、最悪だ...相手は城の兵士をなぎ倒す程の力の持ち主。たとえキンライが、どんなに凄い剣豪だったとしても、俺が大きすぎる...俺に、何か俺にできることは...!)
「...カイト様。」
「はっはい!」
「手を、出さぬ様に。逃げる事だけを考えてくだされ」
「...ああ、分かった」
(俺は...無力だ...!)
パンチパーマの男は顔をしかめる。
(おかしい...聞いてた話と違ぇ。)
今回の目的はアズフィルアに“囚われている”西の勇者の『救出』である、そうユージンは言ったのだ。
しかし、ヴァンが見たものは勇者をかばう四天王の一人と、四天王の言われるがままに逃げる勇者。まるで、こちらが勇者を『捕まえにきた』様だった。
(チッ...後で説明してもらうぜ、ユージン!)
「行くぜ、おっさん!」
ヴァンは特殊な模様の太刀を両手で構え、キンライへ走り込む。
広間は半径50m程の大きな空間になっている。先代の頃はダンスホールとして活用していた広間は、今はただの無駄なスペースになっていた。しかし今、広間は皮肉にもむさ苦しい男二人が凶器を振り回すには十分な空間と化していた。
「『三銃士』の力、見せてもらおうか...!」
眉間にしわを寄せ、剣を構えるキンライ。
走り込むヴァンは右手を前に出し、左から右に切るような動作をした。指先から放出した魔力は、次第に集まり始め、2つの赤い球になる。
「カエンダン!」
爆発音とともに2つの火球がキンライを襲う。
(回避すれば後ろのカイト様に当たる...!)
キンライは火球を避けず、剣で切り凌ぐ。二つに割れたカエンダンは軌道を変え床に着弾し爆破した。
塵に包まれ、周りが見えなくなる。
爆発音と塵による煙により、完全にヴァンの位置が失われる。
だがキンライは長年の経験もあり、落ち着いた様子で足を肩幅まで開き、腰を深く落とし、視界の中の違和感を目で追う。敵の位置がわからないまま、完全に静止した状態で音を聴く。
 
塵は辺りを包み、一寸先が見えない。
突然、回り込んだヴァンが煙の中から飛び出す。刀を構え、一直線にキンライへ向かう。
(背後を取った!これで...!?)
「策が若い。」
飛び出す音、足が地面から離れ、床が擦れる音。それだけで来る方向を決め、剣を構えていたキンライ。いざヴァンが飛び出す時には、足を踏み出し剣を振り上げていた。あまりの予想外、防ぐすべもなく、深い一撃が胸に入る。
「ぐぁっ....!化け物かよてめー!」
「そう見えるのであれば、まだまだ...!」
さらに足を踏み出し、追撃をするキンライ。
ヴァンは太刀で防ぎ、ダメージを最小限で抑える。
「っ!カエンダン!」
「む、」
劣勢の状況にあるヴァンは苦し紛れで、鬼気迫る剣豪の足元に、爆発するエネルギー弾を数発放つ。
キンライは瞬時に『カエンダン』と呼ばれる、爆発性の含む赤属性のエネルギー弾の威力を思い出す。先程剣で切り、防いだカエンダンは地面に着弾、爆発した。半分に切れて、威力が落ちたと思われるカエンダン。その時の床は、かなり削れていたのだ。
直撃は危険である、と判断したキンライは追撃をやめ、後ろへ大きく下がった。
ヴァンが体制を立て直す。
「この距離なら、得意分野だ!」
懐からクナイを4、5本取り出し、キンライへ投げる。
飛んでくるクナイ見たキンライ。クナイ一本を残し、他は全て切って爆破させる。残ったクナイは、剣で上に掠らせて弾き、勢いを殺し、手にとった。
「...化け物で間違いねー見てーだなアンタ。」
「このクナイ...先端だけ金属の種類が違うな?ここに触れると、しばらくして爆発する。緑魔力の量で起爆時間が変わる」
「へっ、まるで武器博士だな。随分と目もいいらしーじゃねーかよ」
「いや、最近、老眼になってきている。ふう、私も、もう歳だ...君のような戦い方を私は知っている。このクナイも、実に懐かしい。」
「...まあ長い人生、俺の師匠に会う事もあらーな。」
「そう、それだ」
「あ?」
「経験だよ。何事も」
クナイを窓の外に捨て、キンライが再び剣を構える。
「雑談はここまで」と言い、目を細め目の前の敵に集中し始める。
「...経験か、じじーのてめーが言うなら、そーかもな。それか、じじー過ぎてそれしか言えねーだけかも」
ヴァンも剣を構え、再びキンライへ向かっていく。
剣と、剣の交わる音が続く。
広いダンスホールに数ある柱の裏でカイトは戦いをただ見ていた。
(何もできねぇ。エネルギー弾をなんとか狙い定めて撃つ程度の俺じゃ、ここにはついていけない...)
ただひたすら、一般人は殺し合いを見ていた。
「ふう、君は常に決め手に欠けるな。サンライト国らしい、実につまらない剣さばきよ」
「近づけねーくせに何言ってんだよ!」
遠距離からカエンダンとクナイ。
中距離からはカエンダンと太刀で対応。
対してキンライは剣一本。体内に魔力を有していないため、エネルギー弾の一つも撃てないのだ。
「ほほ、確かにこれでは近づけない。若かったら話は別だったんだがなぁ...さて」
「...?」
「君ばかりが、はあ、技を見せてもつまらないだろう、いくつか、見せよう」
「なっ...」
「先程、近づけないと言ったね。別に近づかなくとも君を切ることは、できる」
「剣一本で何ができるっつーんだよ。まさか、疲れて動きたくねーからっつって投げるんじゃねーだろうな」
右足を前に出し、腰を深く落とし、深呼吸。
すると、キンライの剣が黄色く発光し始めた。
「『孤月円斬』!」
剣を振ると、黄色く光る剣の残像がその場にとどまり、それは次第に分かれていき、いくつもの三日月の形へと変化した。形成された三日月状の塊たちは回転を始め、弧を描くようにヴァンへ飛んでいく。
「おっおいおい、エネルギー弾撃てんじゃねーかよっ!」
ヴァンは踏み換えてエネルギー波から距離を取るように走る。それから振り返って...
「カエンダン!」
カエンダンは一直線に、回転する黄色い三日月のようなエネルギー波に向かっていき、そしてそのまま
スッパリと切れてしまった。
「い!?」
エネルギー波、もとい斬撃波たちはスピードを変えず『ヴァン・フレイビア』へ向かう。
(太刀で防ぐしかっ...!)
太刀を構え、次々に襲う斬撃波を弾き防いでいく。弾かれた斬撃波は黄色い火花を強く散らして消滅する。
火花で周りが見えにくくなった瞬間、いきなり目の前に剣が現れた。
「ぐっ!」
キンライである。
若干スピードの遅い斬撃波は、全力で走れば逃げれるものだ。
しかし、そこにキンライが加わることによってタイミングが重なり、全てを防ぐことがほぼ不可能になる。
キンライの剣さばき、斬撃波の追撃。
あまりにも多すぎる手数に圧倒されるヴァン。弾き続けるが、斬撃波をモロに受け始め、血が飛び散る。
「ぐっうぅ...!」
(こんな攻撃防ぎ切れねー…!しかも、あのじーさん、まだ剣からエネルギー波出してやがるっ!エネルギー波がなくならねー!)
「『孤月円斬』はただ斬撃波を飛ばすだけじゃない...お前のような長い武器のやつにはもってこいの技だ。どうかね、気に入ったかな?」
「...っガエンダンンンッッッ!!」
「ふむ」
至近距離のカエンダンを切り上げて弾く。剣筋はブレず、ヴァンを切り続ける。
「もう一つ、見せよう。」
「がああっ!(もーじゅーぶんだっつーの!!!)」
「ふう、体力がもう、持たなくてね...終わらせて、もらおう。」
キンライは一瞬剣を構え直す。黄色く光っていた剣は、今度は淡い青に光り始めた。ヴァンは隙を見て間を取ろうとするが、まだ残っている斬撃波の対処に追われ、動けないでいる。
「『明星一閃』!」
青いオーラに包まれたキンライはフェンシングのように、槍を刺すように鋭く、そして素早く突いた。
ヴァンに剣先が触れた一瞬、あたりが眩しく光る。
その突きを直接受けたヴァンは後方へ、物凄い勢いで吹っ飛び、ホールの壁に激突し、そして、ぐったりと倒れた。
「勝った...のか?」
「死んでいるフリかもしれません。まだカイト様は安易に近づかない方が良いでしょう。」
倒れている男と柱に隠れているカイトの対角線上に入り、剣を構えながらヴァンに近づいていくキンライ。
「...にしてもホールがぐちゃぐちゃだな。せっかくならダンスパーティーとか見てみたかったぜ。」
すっかり力が抜け、小言を言いながら辺りを見回すカイト。目の前でとんでもない闘いが起き、状況についていけてない事の現れである。胸に秘めた緊張感と高揚感に耐えられないのだ。
「...ふむ、気絶している。トドメをここで刺すのもいいですが、彼は『三銃士』の一角。貴重な情報が手に入るやもしれません。早く縛り付けて牢に入れましょう」
「『三銃士』ってのは?」
「サンライト国王を支える直近の部下3名の事です。私たち四天王と似た立場ですな。ヴァン・フレイビアと、確か、双子だったような。」
「へぇ...三銃士の割にはそうでもなかった...?」
「ですな、まあ、師が悪いのでしょう。」
ヴァン・フレイビアの師匠とソード・キンライは仲が悪いのだろうか。遠く離れた敵国、どのような関係を持っているのか。そんなことを考えながら、魔王が進んでいった王座の間への道を塞ぐ瓦礫をどかす。
2メートル近く積もった瓦礫は、爆発するクナイの威力を物語る。
ふと、道への入り口の上の壁を見てみると、デコボコになり、崩れているのがわかった。恐ろしい威力のクナイである。
(...ん?)
壁のついでに、ふと天井も見上げるカイト。
広い空間の天井の所々に、見え覚えのあるものが見える。しかも、数本も。
瞬間、カイトは思考する。
屈強な城の兵をなぎ倒す程の実力を持ちながらも、似た立場の四天王に成すすべもなくやられてしまう、矛盾性の感じる実力。
硬い壁を破壊し、瓦礫の山を作ってしまうほどの威力を持つクナイ。
遠距離、中距離が得意と言ったヴァンが土煙をあげ、近距離で攻めた意味。
!!
「キンライ!上だ!!」
「むっ!?」
轟音がホールに響きわたる。
土煙の時に仕掛けられたであろう、大量のクナイによって。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
鈍い痛みで感覚が覚醒する。
打ち付けられたような全身の痛みで、思わずため息を声に出して吐く。
「ぐぅっ...キンライっ、生きてっか...」
「カイト様!お守り出来ず申し訳ありません...!」
「はぁ、頭だけ急いでバリアで防いだ...でかいのだけ防げた、けど、あと全部当たったわ...身体挟まってるけど、痛くはないから、大丈夫」
「傷が深い...安静になさってください。ヴァンを見てきます」
「くっそ...最後に一発、やられたな。」
瓦礫で埋まったホールに、腰から下が埋まってしまったカイト。1.5m近くの大きな岩を、頭だけに特化したバリアでとっさに防ぎ、致命傷は免れた。しかしバリアが割れた後はなすすべもなく、瓦礫に埋もれてしまい、身動きが取れず、ぐったりとしている。
「カイト様!ヴァンがいません!バリアの準備を!」
「なっ...!」
眉を細め、カイトに指示をするキンライ。剣を即座に抜き、足場の悪い瓦礫の上で周りを見渡す。
「おおおおっ!!」
突如、瓦礫の山から飛び出し、叫ぶヴァン。
「があああああああっ!!」
カエンダンらしきものを10発キンライへぶつける。
爆風によってキンライは身動きが取れず。カイトは爆風によって動いた瓦礫に緩みを感じ、全力で抜け出した。ふらりと立ち上がったカイトにヴァンが目を合わせる。
「これは一対一の決闘じゃねー。使えるもん使わせてもらうぜ!」
そう言って、血塗れのヴァンは懐からクナイを数本取り出し、カイトへ投げた。
「っ!!」
「カイト様!」
キンライが名を呼びながらカイトの方向へ向かう。体力を消耗したカイトは何も出来ず、ただ腕で防御の体制をとるだけ。間に合わないと感じたキンライは剣を投げ、カイトに当たる寸前のクナイを弾く。足元の瓦礫を投げ、ヴァンに牽制、すぐさまカイトの前、ヴァンの正面に立つ。
「カイト様、腰にある剣を!」
慌てながら、血を流しながらも腰に刺さっている護身用の剣をキンライに投げる。
受け取ったキンライは剣を抜き、クナイをひたすら投げ続けるヴァンに応戦する。
しかし足場が悪く、膝を崩し、何本ものクナイに苦戦する。
その様子を見たヴァンは、クナイを今までと違う、別の持ち方で投げた。
軌道が変化し、咄嗟に防ごうとするキンライだが、足場が崩れる。
「むぅっ....!」
まるでプロ野球選手のピッチャーのように、巧みに変化する軌道と、真っ直ぐの軌道のクナイで翻弄され、剣の振りが次第に鈍くなるキンライ。
(まずい、体力が...!)
息切れを起こし、視界がぼやけ、身体のキレが悪くなっていく。足元がふらつく...。
青年、『ソード・キンライ』は若くして剣術を極め、『剣豪』の称号を与えられた。
サンライト国の剣術士であったキンライの父、『パルキ・キンライ』を師とし、幼い頃から剣術を仕込まれていた。18になる頃には父を超え、『剣豪』の名を継ぎ、サンライト国最上位兵士となっていた。
ある時、サンライト国を離れ、剣の道を極めることにしたキンライは様々な地域を渡り、多くの師から多くを学び、剣への努力を怠らず、常に戦いの中にいた。
アズフィルア国に落ち着いた時、ソード・キンライは剣を極め、その道においては最強と呼ばれるほどになっていた。
はずだった。
気がついたのは四天王に就任してから、しばらく経ったある日のこと。
椅子に立てかけてあった剣を取ろうとしたが、掴むことなく、そのまま手をぶつけて倒してしまったのだ。それは側から見ればごく普通の事だったが、剣を誰よりも愛し、労ってきたキンライにとっては驚くべき事であったし、深い焦燥と嫌悪感に襲われた。
たった一瞬、瞬きの間くらいであったとしても、自分で自分の感覚を『放棄』していたのだ。
生を受けてからその日まで、研ぎ澄まされていた死へ直結する感覚を、理由もなく削られていっていたのだ。
固唾を飲み、乱れた息遣いで、地に堕ちたと言わんばかりの剣を拾おうとする。
鼓動が早くなり、胸を打ち付けるように動揺しているのを感じる。
ふと、剣を掴んだ自身の右手を見た。
それは焦燥から震え、刃と鞘をカタカタと音を立てて震わせていた。
鼓動がまた、早くなる。
視界が狭まっていく。
荒れた息から、微かに掠れた音が聞こえる。
齢18にして剣豪の名を手に入れた彼の手。時がたったその日、彼の手は既に枯れていた。
そうして、いつからか...
最強の剣豪は、『老い』を恐れた。
「キンライッッ!!!!」
隙間から一本のクナイがキンライの右胸に刺さる。
クナイはやがて、光を帯び、
彼の右腕を消しとばしたのだった。
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