ゾンビになって生き返ったので 復讐してやる

カイガ

68話「魔人とモンストール」


 魔人族。クィンが以前解説した内容に、そんな種族は聞かなかった。ミーシャを見ると、彼女も知らない様子だった。

 「魔人族...?そんな種族は、私が知っている限りの歴史書には書かれていません。最後に絶滅した魔族は、鬼族のはずです...」
 ミーシャは戸惑った様子で呟くように言った。彼女の言葉にザイ―トは不敵に笑う。

 「ならお前が読んできた歴史書は不完全だったということだな。この国のどこかに俺たちについて書かれた本がしまっているのじゃないのか?」
ザイ―トの言葉をミーシャは否定する。

 「私は幼い頃からこの世界の歴史、国内に存在する全ての書物を読み解き、知りました。ですが、魔人族という単語は、どの書物にも存在していません」

 その言葉に嘘は感じられない。ミーシャなら、この国にある全ての本を読破することなど可能だろうと思えた。そんな彼女が知らない歴史があるとするなら...

 「おそらく、お前の先祖どもは、俺たちのことについての歴史を闇に葬ったのだろう。ちょうどお前らの世代には一切知ることがないように徹底的にな。
 アレはお前ら人族にとっても、他の魔族全てにとっても忌々しい、恐怖に彩られた記憶であり、歴史であったのだろうから」

 ザイ―トは昔を懐かしむようにそう言った。つまりは、魔人族に関する歴史は全て隠蔽もしくは抹消、無かったことにされたということ。
 先人による歴史の隠蔽・抹消は、あってもおかしくはない。漫画ネタにもよくあることだし、現実の世界だって、もしかすると俺の知らない出来事があったかもしれない。その主な内容は、知られたらマズイ不祥事やあまりにも残虐で非人道過ぎるてその内容を明るみに出すのも憚られるほどの事件などだ。
 で、今回のは、たぶん後者だろう。魔人族がかつて世界を恐怖のどん底に陥れた、みたいな。

 「では、そんな俺たち魔人族について少し教えようか。

 魔人族は、魔物を使役させることができる魔族だ。はるか昔から魔人族は魔物を使って他種族と争い、領地を広げてきた。今から500年くらい前には、俺たちの領地はこの世界の半分ほどだったそうだぞ。自慢になるが、魔人族は強い。他種族を圧倒する程に。他種族同士が手を組んで魔人族を倒そうとしていたくらいだからな。」
 「魔族への支配がある程度進んだ後、今度は人族を完全に滅ぼそうとその領地への侵略を始めた。人族にもいくつかの国があったが、その時奴らは初めて国と国との境界を越えて手を組んで、魔人族と戦争した。」
 「何百年も続き、次第に魔人族が人族を追い詰めた。因みに魔族は、魔人族への侵略で疲弊していて、人族への救援どころではなかったようだ。」
 「だが100年くらい前になると、戦況が変わった。その時代には俺も戦争に参加していた。魔人族陣営の総大将、魔王の右腕としてな。
 あと少しで人族を終わらせるというところで、奴らの戦力が急に強くなった。いや、圧倒的力を持った戦士が数十人、突然現れたのだ。」
 「そいつらの進撃により、俺を含む同胞たちは次々に倒され葬られた。
 そして、その戦士たちに、俺たちの総大将の魔王様は討たれて、この世界から消滅した。そこからドミノ倒しのごとく、俺たち魔人族はお前ら人族と、俺たちが崩れたところを狙って出てきた魔族どもによってほぼ絶滅に追いやられ、そこからしばらくは日を見ることがなくなってしまった...と、ひとまずはここで区切ろうか。」

 そこまで言って、ザイ―トは手を叩いて話を区切った。

 「圧倒的力を持った戦士...それってまさか...!?」
 ザイ―トの話に出てきた、人族陣営から突然現れた戦士たちのことでミーシャは何かに気付いたようだ。俺も彼女と同じことに気づいたかもしれない。

 「少し前にお姫さんがこの場で言ってた、百数年前に行われていた詳細不明の異世界召喚。あれが今の話に出たやつのことだったのか」

(資料に書かれていたものによると、異世界召喚は、あの時以外にも、過去に1度行われていたとのこと。それも100年以上も前に。
 ただ...詳しい内容が無くて、召喚が行われたこと以外については全く知ることができませんでした...)
 少し前にミーシャが言ったことが脳裏に浮かぶ。

 「俺たちの先駆者たちが、テメーら魔人族を退けて、この世界に平和を取り戻した、というわけか。だが、魔人族は絶滅してはいなかった。

 ザイ―ト、テメーがその生き残りの筆頭だってわけだ」
 俺の視線を受けてザイ―トはまたも不敵に笑う。

 「そうだ。あの忌まわしくも強大な人族戦士どもによって、当時の俺は死にかけたが、どうにか生き延びて地下深くへ逃げた。その間に、魔王様を筆頭に、たくさんの同胞が奴らと魔族どもに消された。あの時の魔人族は滅んだも同然だった。生き残った魔人族は俺を含めてどいつも深手を負っていて死んでもおかしくない奴ばかりだった。流石に絶滅を覚悟したぜ...くく」

 そう答えてザイ―トは自嘲するように笑う。その目は笑ってはいなかったが。

 「テメーがこうやって表舞台に再び現れたのは、自分たちを絶滅寸前まで追い詰めた人族と他の魔族...いや、この世界そのものへの復讐か何かのためか?」
 「まぁそれもあるが、この世界を完全に魔人族の支配下におくこと。俺は魔王様の遺志を継いで、の方が大きいな。俺自身もこの世界を潰すことは楽しみにしてるからな...」

 復讐よりも支配がお望みのモンストール現トップ。それを聞いたミーシャは戦慄していた。無理もない。Sランクモンストールを圧倒した俺を圧倒した奴が今暴れ出したら、この世界など簡単に終わるだろう。それくらいの力が、今のこいつにはある。

 「気になることがある。異世界召喚された戦士どもによってテメーは死にかけ、魔王は討たれたって話だが、そいつらは今のテメーを瀕死にさせるくらいに強かったのか?今の俺よりも、はるかに強かったのか?」

 俺の顔を少し見つめて、ザイ―トが答える。

 「いや、お前程ではなかった。確かに強かった。さっきお前が葬った同胞たちを簡単に倒すくらいには。あの時の俺だったら、とっくにお前に殺されていたさ。
 ...そうだな。次はいよいよ、お前らが言うモンストールの誕生について話すか。100年程前、俺たちが戦争に敗れて地下深くへ逃げて、そこから何が起きたのかを、な」

 ザイ―トは咳払いして俺とミーシャを見ながら話し始めた。

 「俺たちが逃げた先は、カイダ、お前も行ったことのある深い深い地下だ。
 ああ、言っておくが、当時のあそこには、あの瘴気は無かったからな?

 あれは、俺たち魔人族が人工的につくった産物だ」

 「え...!?」
 ミーシャが驚きの声を上げるも、ザイ―トは構うことなく続ける。

 「俺たちが拠点を張った当時、あそこには魔物以外は何も無かった。奴らを支配して、そこから10数年間、俺たち生き残りは戦争の傷を癒すことに時を費やした。それ程までにダメージはデカく深かったからな。 傷が癒えてからは、各々勝手にしていた。お前ら人族と魔族どもに復讐すべく鍛える者、復讐は諦めて地下での隠居生活をする者、何をするでもなくただボーっとしていた者、色々だ。」
 「そんな中で俺は、力を求めて研究と実験に漬かった日々を送っていた。その題材は、“圧倒的力”だ。人族の切り札戦士どもを殺すには、普通の鍛錬では奴らを上回ることは到底不可能に思えた俺は、鍛錬とは別の方法で強化できないか模索していた」
 「そしてその答えにたどり着いたのが、地下にあったとある鉱石だった。研究に頓挫し、地下の探索の途中で見つけた漆黒の鉱石だ。俺はそれを“魔石”と名付けた。まぁ適当に付けた名だ」
 「魔石を持ち帰ってその石を解析した結果、魔石にはあらゆる生物を強化させることができる成分が含まれていることが分かった。
 さらに調べてみると、魔石の成分は死体にも効果があるということも分かった」

 死体の単語に俺は眉をピクリと反応させる。魔石の成分は、こっちの世界で言うドーピング薬だろう。それが死体にも効くだと...?この時点で察しがついたのだが、話を最後まで聞くことに。

 「だが魔石の成分で強化するには、その摂取方法に条件があった。魔石そのものを気化しなければ効果が無いようでな。身体に直接取り込んでも、溶かして液状で摂取しても何の変化が見られなかった。石を細かく砕いて加熱して気化させたものを吸い込むことで、魔石の強化成分を完全に摂取できたわけさ。それを明らかにしたには、今から大体50年程前だったな。その頃に俺たちは満を持して気化した魔石を取り込んだのだ」

 「だが、全員が強化に成功できたわけではなかった」

 「大きな何かを得ようとするには、リスクが伴うものだ。あの魔石には強化成分があるが、その副作用として身体の細胞が破壊されることが分かった。その痛みを耐えた者が、圧倒的な強化を遂げられる。
 魔石を気化したものを俺は、“瘴気”と名付けた」
 「それは奇跡の力を授けると同時に死のリスクをももたらすものという意を込めてな。
 瘴気を発生させたことでさらに多くの同胞を失う羽目に遭ったが、死のリスクを乗り越えて生き残った俺を含む僅かな魔人族は、一人一人が世界を滅ぼし得る程の力を得ることができた」
 「そこから数年間、この奇跡の力を完全に使いこなせるよう鍛錬と研究の日々を過ごして、準備していた。

 この世界を滅ぼして魔族の世界にするための、な...」

 ザイ―トは昏い笑みを浮かべて腕をを広げる。世界をこの手で支配することを示すように。

 「それが、モンストールの誕生秘話というわけか...そんなドーピング強化素材があの地下にあったとはな」
 俺の呟きに、ザイ―トは気が付いたように反応する。

 「ああ、そのモンストールのことだがな?俺たち魔族はモンストールじゃないぞ?」
 「「え?」」

 思わずミーシャの声とハモってしまったが気にするところではない。

 「お前たちが今まで戦ってきた同胞たちだが、あいつらの素体は魔物の死骸だ。
 そしてあいつらをモンストールに変えたのも、俺たちの仕業だ。
 地下と地上にいる魔物どもを生け捕りもしくは死体にして持ち帰り、そいつらに瘴気を摂取させて強化させた、そいつらこそがモンストールの正体だ。あいつらは魔人族と違って、死体になった後でも強化して、しかも生前と同じように行動できるという、死体戦士としても使役できるようになった。
 俺たちはあの同胞たちを、“屍族”と呼んでいる。ああ、俺たち魔人族は、昔と同じ“魔人”で通しているからな。ま、もう昔の魔人族とは大きくかけ離れて規格外の力を持っているからどう呼んだものか分からないがな」
 「......」
 
 ザイ―トによるモンストールの真実を聞いて、俺は黙り込む。
 あいつらは、元は死体だったのだ。一部生きた素体もいたかもしれないが、ほとんどは死んだ魔物が瘴気に当てられて復活して、ゾンビとして活動するようになったのだ。
 ゾンビとして...。それって、同じじゃねーかよ。《《誰かさんと》》...!

 俺が全て分かったことに気付いたのか、ザイ―トは俺を指差してこう告げた。



 「お前も、同胞たち、モンストールと同じ、人族から“屍族”として生まれ変わったんだよ。
 お前は俺たちに似た者、モンストールたちと同類のようなものなんだよ」


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