三白眼と爆乳に告られた

伏見 稲荷

第1話 三白眼と放課後の教室

冴えない僕、北河悠太。
平凡な日常を送る、普通の高校2年生。
でもそれが、とある出来事で全部ひっくり返った。


「なんだよ、コレ……」

どう見てもラブレターだった。
僕の下駄箱に入れられた白い封筒が、赤いハートのシールで綺麗に閉じられている。
……いや、ちょっと待ってコレ。
本当にラブレターなのだろうか。そう断言して良いのだろうか。
まだ中身も見ていないのに一人で興奮していて、傍から見たら多分僕今相当キモい奴だろ。自分の下駄箱の前でニヤついてるぼっちとか。誰がどう見てもキモいだろ。
自分を一度罵ってから、その封筒を取り出した。よく見ると右下に、文字が書いてある。


「凛……?!」


凛からだ。
……いやいやいやいや!おかしいおかしい!
だって……凛って、あの凛かよ?!
あの……有名ヤンキーの、白山凛?!
……無いだろ。そうだよ。無いよ。
そういえば後輩にもう一人、凛って奴が居たな。前、委員会が同じだった記憶がある。
その後輩ならわかる。地味で眼鏡で、陰キャ中の陰キャって感じの奴だ。いや、陰キャの僕が陰キャを見下すなって感じだけどな。
そうだよ。きっとそいつだ。
少し安心して、封筒を開ける。

――放課後 あなたの教室で待ってる。

ちょっと待て。あの後輩、こんな字だったっけ?
書記だったから黒板に字書いてたような記憶があるけど……。え、こんなに字、汚かったっけ?
……そんな考え失礼だ。きっと急いで書いたから字が乱れたんだろ。 
僕の事をあなたって書いてある事と、語尾にですますが無い事にも少し(だいぶ)違和感があったけど、考えないようにした。
そんな事より、今は放課後だ。もう待ってるのだろうか。
僕は早足で、自分の教室へ向かった。




恐る恐る教室を覗く。
――誰も居なかった。一瞬悲しくなったけど、イタズラだと思う事にした。
なんか、不安が全部飛んだ気がする。うん。
軽い足取りで、僕は来た道を戻……ろうとした。


「……どこ行くんだよ」

「帰る」

「はぁ?手紙読んでねーのかよ」

「あぁ、読んだ読んだ。あの汚い字の」

「汚いってなんだよ!!お前……人があんなに一生懸命書いたのに……!!」

「そりゃあ……ごめん。………………って」


――沈黙。からの。


「えええええええええええええええええええええええええええええええ?!?!?!?!?!?!」


思わず叫んだ。


「うるっっせーな!!そんなでかい声出すんじゃねぇよ!!」

「だってお前……白山凛……?!」

「……!」


急に黙った。
三白眼に金髪……てことは多分コイツ、本当にあの白山凛だ。
……いや、でもなんで?なんで白山凛が?
理解出来ない。アホな事ばっかやらかして当たり前の様に生徒指導室に呼ばれていると噂のあの白山凛が、どうして俺をここへ。
……もし、もし俺の考えていた事が、そのまま起こるとしたら……。
これ、かなり、ヤバい状況……?!


「あの……僕、もう帰りますね……」

「おい……ちょっと待てよ……」

「いや僕その……え?」


白山の割に弱った様な声だったので、チラリと顔を見ると、白山は今にも泣き出しそうだった。顔を赤くして、プルプルと震えている。
……え、いや、なんで?!


「な、ななな何で?!僕何かしましたか?!」

「ちげーよ……何もしてねぇよ……」

「でも……あの……泣いて……ますよね?」

「……泣いてねぇ…………」


「泣いてねぇよ……」と言いながら、白山は泣き出した。
グスッ、グスッ。廊下に白山の鼻詰まりの音が響く。けど僕はそんなのを大人しく聞いてはいられなかった。
だって目の前でヤンキーが泣いてたら焦るでしょ?!


「いや……でも……!」

「……たから」

「え……?」

「……お前が、名前……覚えてたから…………」

「え、誰の?」

「はぁ?!」


白山は急に声を上げた。素直にびっくりして、体がビクッとなってしまった。恥ずかしい。
けど白山はそんな僕から目を逸らし、


「……あたしの名前、知らないかと思ってたのに……覚えててくれたから…………その…………嬉しくて……」


白山の顔はただでさえ泣いているせいで赤いのに、さらに赤くなったような気がした。
それは確実に、僕のせいだ。
でもひとつツッコミを入れるとしたら。


「だって白山さん有名人だから……」

「あたしが?なんでだよ……」

「生徒指導室が当たり前だって、噂になってるから?」

「……はぁ?!お前舐めてんのかよ!!」

「な、舐めてないですすいませんでした……!」


聞かれたから答えただけなのになんで僕は謝っているのだろうか。謎で仕方がなかった。
でも僕は一秒も油断しなかった。いつ白山が腹パン入れてきても、飛び蹴りかましてきても良いように、警戒していた。


「まぁ、良いけど……あのな?」

「は、はい……?」

「あたしがさ、その……お前を呼び出したのはな?」

「はい?……」

「その、さ……その………………」


……怖い。そんなに溜めないでくれよ。
これはさぞ強烈な腹パンが僕の腹にパーンしてくるのだろう。マジで怖い。
……くっ…………!


「その…………」


……来る……!


「……お前の事が好きだ!!」

「うぐぁっ!!!!!あぁ……!!!!!」


……あ?
あれ、来ないな。腹パン。
でも今白山は確か………………

『お前の事が好きだ!!』

――――――?!


「え……今……なんて…………」

「だから、お前の事が……好きなんだ。ずっと前から」

「いや、違……」

「あぁ、違うかもしれない。あたしがお前みたいな……あたしと全く真逆の奴の事好きになるなんて、常識外れかもしれない。けどさ、なんか……気づいたら、好きになってたんだよ。お前のその、誰にでも優しくて、話す時はいっつも笑顔で、男なのに可愛らしくて……ある意味お前に憧れてたのかもしれない」

「…………えぇ」 

「でもさ、あたしはバカだから、多分……大学も、お前と同じ所になんて到底行けないし……来年はもう、受験だし…………って考えたら、なんか、今すぐ伝えたくなったんだ。お前が好きだって」

「…………なる……ほど?」


我ながらアホみたいな相槌だ。
僕は今までずっと、白山とは違う世界にいると思っていた。けど、白山はずっと、俺の事を同じ世界の住人で、特別な存在として見てきてくれた。
白山の中での僕は、いつ何時も、『好きな人』だったんだ。僕の中の白山は、いつ何時も、『恐ろしいヤンキー少女』だったのに。


「だから……あたしで良かったらさ……彼氏になって欲しいんだ。あたしの」


白山はきっと、こういう事が苦手なんだろう。さっきからずっとソワソワしているし、言葉が途切れ途切れだ。
そんな白山が、僕の事を想って、僕の事を考えて、勇気を出して告白してくれた。
なのに僕は、腹パンでもかまされるのでは無いかとビクビクしながら告白を聞いて、失礼な事をしたなと自覚する。
……まずはその事を謝ろう。


「その……ごめん」

「え……」

「あぁ!違くて、その、告白の返事じゃなくてさ……」

「あ、あぁ……」


思ったより僕も言葉が途切れ途切れだと、気づく。


「白山さんは、勇気を出して僕に告白してくれたのに……僕、てっきり、腹パンされるのかと思ってて……その……ちゃんと告白聞いてあげられなくて…………だから、ごめん」

「……腹パン?なんであたしがお前に腹パン?」

「……白山さんは、ヤンキーだから?」

「や、ヤンキー?!お前……あたしの事、ヤンキーって……!!くそっ……!!」

「痛っ!痛いよ白山さん!!」


今度は本当に叩かれた。腹パンじゃなくて良かった。


「ごめん、ごめんって……!!許してください、白山さん!!」

「…………良いよ、許してやる……」

「あ、ありがとう……?」


許してくれたのはいいけど、まだ何か言いたそうだ。


「白山……さん?」

「けど、許すってのは……おま…………」


おま……?


「……き、北河だから許してやるって事だから!!」

「……それは、どうも……」

「な……!!」


白山の癖に、思ったより積極的に言うじゃないか。


「……ふはっ」

「なんだよ笑いやがってー!!」

「いや。白山さんって……思ったより普通の女の子だなって」

「……!」


白山の三白眼が泳ぐ。


「なんか、安心したんだ。僕みたいな陰キャの事もちゃんと視界に入れてくれてるんだなって」

「それは違う……北河だから見てた。他の陰キャなんか興味ねぇよ」

「そ、そうなんだ。でもさ、すごい新鮮だよ。僕、こんな風に人と面と向かって話す事そうそう無いからさ。なんか、ちょっと楽しいかも」

「……そうかよ」


いつもは全くもって違う世界で学校生活を送っているのに、今は同じ世界で、同じ空気に包まれている僕達。
素直に楽しいんだ。この空間が。
相手が白山だからとか、そういうのは、まだよくわかんないけど。


「なら……あたしがさっき言った事……受け入れてくれたりする?」

「……それは」


正直まだ、人と付き合うとか、誰かの彼氏とか、そういうのがわからない。
過去に好きな人が出来た事はあるけど、学年のマドンナ過ぎて手が届かなかった。
まともな恋をした事がない僕に、こんな純粋なヤンキー……じゃなくて、白山の彼氏の役目なんて果たせるのだろうか。

――多分、無理だと思う。


「僕には……白山さんの彼氏なんて、到底向いてないよ」

「……」

「まともな恋した事ないし、僕みたいな奴と付き合ったら、白山さんが何て言われるかわかんない。白山さん、僕が思ってる以上に純粋で、素直な女の子だから……僕じゃなくて、僕よりももっと良い人が白山さんの目の前に現れると思う」

「そんなの嫌だ……。あたしは、北河が良い。北河が良いから、北河の事見てきたんだ。高校じゃなくて、もっと早く知り合ってたかったって思うくらい。あたしの北河への気持ちは、期間は1年間だけど……何年分もの想いだよ。なのに、今更他の人の話されたってさ……諦めらんねーよ」

「ごめん……すごい嬉しい。けど…………ダメだよ」

「……北河」


なんでだろう。胸が痛い。


「ごめん、白山さん。僕には無理だ……」

「…………そうか」


白山の顔が見れない。


「なんかごめん。あたし、呼び出しといて時間遅れるし、話も一方的になっちゃって……北河がそんな風に考えてるって知れて良かった。聞いてくれてありがとな。……じゃあな」


白山はそのまま振り向いて、走り去ってしまった。
――僕、最低な事しちゃったかもな。
ってか自覚してない時点で最低な男だし、せっかく勇気出して告白してくれたのに自分の都合で振って……
……こうやって後々考えて、後悔して。
僕は白山の事が嫌いな訳じゃない。正直、あんな純粋で素直だって事知れて、むしろ好印象だ。
だから尚更だと思う。僕みたいな、影でコソコソ暮らしてるような人間に、白山の事、好きになる資格なんて無い。
白山は僕だからって言ってくれたけど、僕はそんなの、ダメだと思う。
白山にはもっと素敵な人を見つけて欲しいって、そう思うんだ。





――――ピコン。
こんな時に、誰からだろうか。
おもむろに制服のポケットからスマホを取り出し、画面に目を向ける。


『黒島架純 があなたを友達追加しました。』


「は……?」


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