女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

恨みを抱く少女 48

 まだ日も登り切らない明け方に<スクルム>を発ち、僕らは<ハンデル>に戻ってきていた。

 合流したリュカ姉たちの話では、<ハンデル>の周囲は交代制で冒険者が見張られ、妖精たちの溢れる町中では人々が死体の処理を始めているらしい。
 事実、まだ惨劇から間もない、ましてや危険が去っていないというのに、外では所々から活気のある声が聞こえていた。
 この町はたくましい。
 もちろんいまだ防空壕の中でふさぎ込んでしまっている人や、悲しみに暮れている人も多くいるけれど、すでに<ハンデル>では復興が始まっているのだ。

「それなら、ここはもう平気だね」
「な~に生意気言ってんのよ。ねぇマルコ?」

 僕の言葉に、カリファがからかうようにツッコみ、マルコに振った。

「この町の冒険者はしぶとい。クソガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「まっ、オーワがいなかったら全滅してたけどねー」
「そういうことじゃねぇよ」

 マルコの言葉の後、リュカ姉がちらと舌を出しながら言う。
 二人の仲はだいぶ改善されているようだ。
 軽口を叩きあっていると、後ろから肩をちょいちょいとつつかれた。
 リタさんに預けた男の子だった。
 不満げな顔をしている。

「どうしたの?」
「兄ちゃん、腹空いた」
「……食べさせてもらってないのか?」

 いくらリタさんでも、それはないだろう!?
 いや、あり得るのか?
 まさかと思い尋ねると、首を小さく横に振る。
 リュカ姉が横から口をはさんできた。

「あぁ、配膳は量が少ないからね~」
「配膳?」   
「そう。まぁこんなの前代未聞だからさ、いつまで続くかわからない以上、食料は大事にしないといけないってことだよ」

 尋ね返すと簡単に説明してくれた。
 そういえば、魔物の死骸は妖精たちに処理させたんだ。
 どっちみちあれは食べられそうになかったけど。
 とすれば、外へ食料収拾へ行くのが危険な今、人の多いこの町じゃ遠からず問題になってくるだろう。
 再び男の子に顔を向ける。  

「リタさんには言わなかったのか?」
「言ったら怒られた」

 男の子はぶすっと呟いた。
 なるほど、それで僕のところに来たのか。
 それほど多くの食料を持ち歩いているわけじゃないけど、可哀想だし、少しくらいならいいかな。
 そんなことを考えながら巾着袋を取り出す。 

「やらんでいい」

 マルコの声だ。
 表情一つ変えず、マルコは言い放った。

「この状況で食料がどれだけ貴重なのか、わからないわけじゃねぇだろう? ましてお前はこれから戦争に行くんだ。食料はどれだけあっても足りねぇ」
「いや、そんな長い戦いには――」
「ならないと思うか? 俺たちはつい最近、数週間も続いた戦争に駆り出されたばかりだぜ?」

 カオス・ドラゴンの時のことを言っているんだ。
 確かに、マルコたちは長い戦いを強いられて、死まで覚悟しただろう。
 でも今回は違う。
 僕の力ならそれほど時間はかからない。

 ――本当に、そうだろうか?

 先の魔人と同等の力を持っている魔人が何人いるだろうか。
 僕が合わさったところで、人間側に勝ち目なんてあるのか?

 マルコは男の子へ目を向けた。
 その視線に、明らかに男の子はたじろいだ。

「それくらい我慢しろ。それが嫌なら外行って食えそうな魔物でも狩ってこい」
「う……でも、俺にそんなこと……」
「できねぇか? やろうともしねぇで、命の恩人に貴重な食料を集る気か、お前は」
「っ!」

 冷たく言い放たれ今にも泣きそうな顔になり、僕が止める間もなく、男の子は走って行ってしまった。
 追いかけようとすると制止の声が飛んでくる。

「どこ行く気だ」 
「冷たすぎませんか?」

 振り返り、無表情でこちらを見るマルコに尋ねる。

「あぁ? 当然のこと言ったまでだろうが」
「相手は子供ですよ? しかも、つい昨日親を失ったばかりの」
「子供だろうが関係ねぇだろう」
「関係ありますよ! 子供じゃどうすることもできないことだってあるでしょう!?」
「今、この時点でそんなものねぇ。少なくとも生きるのに事欠くほど飢えてるわけでもねぇし、外敵と戦ってくれる冒険者もいる。
 ましてや保護者までいるんだぜ? それすらいないガキどもがどれだけいると思う?」

 確かに、ここにはそういう子が何人もいる。

「でも、少しくらい……それに、僕にはあの子たちに責任もあるし」
「それはあのガキのためか? それとも自分のためか?」
「はい?」

 質問の意味が分からなかった。 
 尋ね返すと、マルコがこちらをじっと見て少しためらい、口を開く。
 
「あのガキの面倒見れねぇから、その代わりにとか考えてんならやめとけ。そりゃどっちのためにもなんねぇよ」

 その言葉に、なぜかすごく腹が立った。

「そんなんじゃないですよ! あの子を助けたのは僕だ、だから責任がある!」
「責任だと。信頼もしてねぇ奴に、ましてや一番めんどくせぇ時期に無理やり押し付けておいて何言ってやがる。自分じゃ面倒見れねぇんだろうが」

 そりゃ、そうだろう?

「だって、戦いがあるんだ! しょうがないでしょう!?」
「そうだ、しょうがねぇ。お前が面倒見るなんて無理だ。わかってたことだろうが。お前には今、何よりもやらなきゃならないことがある」
「ですが、少し食料を分けるくらい」
「なんてこともないだろうな」
「だったら!」
「『それはお前のためにもあのガキのためにもならない』でしょ、マルコ」

 カリファの声が割って入った。
 なぜかカリファは微笑んでいる。

「カリファ?」
「マルコ、口下手すぎ。・・・今食べ物をわけてあげるのは、あの子のためにならないのよ。
 少なくとも、この町で、冒険者として生きていくならだけど」
「どういうことですか?」

 僕がカリファに尋ねると、なぜかマルコがため息をついて答える。

「生きるために必要なもんを身に着けなきゃならねぇってことだ」
「それは一人で魔物を狩りに行くってことですか? 死に行くようなものじゃないですか!」
「ちげぇよ」
 
 マルコは目線を僕から反らして続ける。
 どこかを見ているのかわからない。

「気に食わねぇ大人どもに媚びを売るってことだ。
 少なくとも、今、奴の保護者はあのメイドだろうが。もし、お前に戦いで何かあったら、あいつが頼れるのはそこしかねぇ。
 それにだ。もしこの状況で、あのガキだけ特別扱いされてみろ。ほかの、同世代のガキからどう見られる? ただでさえ余所者なんだぜ?」

 はっとした。
 あのくらいの年代の子は、異端者に厳しい。
 異端者が特別優れているか、カリスマ的性質を持つならともかく、そうでなければ容赦なくストレスのはけ口に、あるいは娯楽の対象として扱う。
 ましてこの状況なら。

「冒険者に一番必要なのは仲間だ。不規則な事態が多いこの職で生き残るのに必要なのは、力だけじゃねぇ」
「なにより、マルコはおチビのために言ってんのよ」
「はい?」

 カリファはマルコをからかうようにちらと見て言った。
 マルコは舌打ちをしてそっぽを向く。

「どうせあんたのことだから、責任とか関係なしに、乞われたら断り切れないでしょ? 
 とんでもない戦争が控えてんのに、すごく遠いところまで遠征して、しかも途中でほかの町にまで寄って子供を拾ってきて。
 どんだけお人好しなのよ。
 こんな状況で、表面上はみんな助け合ってるけど、犯罪だってそこら中で起きてんの。
 ちょっとでも余裕があるとこ見せれば、恥も外聞もない連中に集られるわよ。
 あの子だって利用されるかもしれないし」

 何も言い返せなかった。
 確かに僕は寄り道をしすぎているのかもしれない。
 だけど。

 リュカ姉が笑う。 

「マルコもカリファも長すぎだよ。
 ま、よーするに、オーワがさっさと戦争終わらせちゃえばいいってことさ」
「わかりました。確かにそうかもしれないです」

 みんなの言うことはわかった。
 少なくとも、僕を想って言ってくれているんだ。
 でも。
 
「でも、それならここにいる全員に提供すればいいんですよね?」
「だから、そういうことじゃ」 

 マルコが顔をしかめる。

「わかってます。
 でも、マルコも言ってたじゃないですか。『やりたいことをやれ』って。
 考えたんですけど、僕は別に、責任がどうとかで提供したいわけじゃないんです。
 ただ、少しでもここにいる人たちに苦しんでほしくないだけなんだ」
「言ったが、それとこれとは」
「別じゃないですよ。
 だって、ここにいる人たちが苦しんでるのは、ヨナのせいかもしれないんですよ? なら、僕ができることは少しでもやるべきなんです」

 マルコは何か反論しかけて、言葉を詰まらせていた。
 リュカ姉が小さく笑った。

「こりゃこっちの完敗だね、マルコ」
「ちっ」

 リュカ姉の言葉にマルコが舌打ちしたけれど、どこかうれしそうにも見えた。
 リュカ姉はこちらを真剣な目で見つめてきた。 

「でもさ、オーワ。
 私たちは君の心配をしてるんだ。負担を少しでも減らしてやりたい。戦闘じゃ役に立ちそうもないから、せめてほかの部分ではさ」

 真摯な言葉だと思った。
 その言葉はすごくうれしいんだ。

「うん、わかってるよリュカ姉。
 ありがとう。
 でもこれくらい、本当に何でもないからさ」

 せめて心を込めて、けど軽く礼を言った。
 過剰に表現する必要もない。
 そして<解放>リストを開く。

 狩りに優れた妖精なんているかな?
 適当な妖精を召喚するなら、ついでに<解放>できないか確かめてみよう。
 
「ん?」

 おかしい。
 解放エネルギーの溜まり方がまた落ちてきている。
 <王の力>のレベルか、<解放>が進んだからかは知らないが、それに伴ってエネルギーの溜まりは速くなっているはずなのに。
 各地に派遣した妖精軍団がやられているのか。

 よく考えれば、この町にやってきたあの魔人みたいのがいれば妖精軍団だって歯が立たないに決まっている。
 ティターニアがいたって勝てないだろう。

 ――ちょっと待て。

 じゃあ、北の境界線のあれはどういうことだ?
 確かにエンシェント・ドラゴンは恐ろしく強い。
 一対一ならあの魔人だって簡単に倒せるだろう。

 でもあの数だぞ?
 あまりにもあっけなさすぎないか?
 それとも精鋭部隊以外はそこまで強くないのか? 

「オーワさん? 大丈夫ですか?」
「え? あ、うん、大丈夫」 

 雰囲気で察したのか、ワユンが心配そうに声をかけてきた。
 少なくとも境界付近の魔物を一掃したことは確かだ。
 深く考えすぎるのもよくない。
 それより今は食料だ。
 猫の妖精<ケット・シー>を解放し、召喚した。

「わぁ、かわいい」

 ケット・シーは猫耳にしっぽを生やした、白髪の妖精で、よく利く五感を持っている。
 その可愛らしい見た目に、ワユンが感嘆の声をもらした。

「適当に食べられそうなものとってきてほしいんだけど、大丈夫?」

 尋ねるとこくりとうなずきを返してきた。
 クールな感じだけどアプサラスと違って鋭い雰囲気を纏っている。
 ネコ科なんだから狩りも得意だろうと思ったんだけど、どうやら大丈夫そうだ。
 
 適当に増殖させ次々と放っていくと、間もなくケット・シーたちはウサギやら果物やらを持って帰ってきた。

 すごい早さだな。
 まぁ森とか草原とか近くにあるし、強い魔物を狩れとか言ってるわけじゃないから当然か。
 なんだなんだと町の人たちも集まってくる。

 気が付けば食料で一山作られた。
 配給係の人を呼んで食料の足しにするよう言うと、歓声が沸き起こる。

「あはは、心配は無駄だったみたいだね」
「そんなことないよ」

 苦笑いするリュカ姉に返して、僕は男の子を探す。
 人ごみの中からリタさんが女の子を連れ、駆け寄ってきた。

「エリクは来てませんかっ?」
「エリク?」

 額に汗をにじませ、肩で息をしている。
 こんなに焦っているリタさんは初めて見た。
 ワユンがリタさんを落ち着かせ話を聞くと、どうやらあの男の子――エリクがどこかへ行ってしまったというのだ。

「お腹が空いたとうるさいので怒ったらどこかへ行ってしまって……防空壕を探しているんですけど見つからなくて、もしかしたらと」
「オーワさん」
「わかってる」

 ワユンが僕を見上げ、目で訴えてきた。
 僕はシャドウを召喚、<増殖><群化>して町へと向かわせる。
 まだ時間はそれほど経っていないし、男の子の、エリクの痕跡はたくさん残っているからそれほど時間はかからないだろう。
 ワユンもそれをわかっているのか、リタさんを宥めていた。

 しかし、リタさんがここまで心配してるなんて思わなかったな。
 母性とか責任感とかあんまなさそうなのに……メイドとしてのプライドだろうか?

 そんなことを考えていると、リュカ姉が口を開いた。

「外へ行っちゃったかもしれないね、誰かさんのせいで」
「そうね、誰かさんのせいで」
「そうですね、マルコのせいで」
「う……」
 
 カリファと僕が続けて三人で睨むと、マルコはたじろいだ。

「しょ、しょうがねぇだろ! まさかこんな状況で外行くとは思わねぇじゃねえか!」
「しょうがなくないです。いちいち言い方がきついんですよ、マルコは。これを機に少しは改善してください」
「そーだそーだ。このバーバリアンが」
「てめぇ、ただの悪口になってんじゃねぇか」

 マルコが僕とリュカ姉を睨んだ。
 なぜかカリファが少し赤くなりながら言う。

「まぁ、その、そこがいいんだけどさ、もう少し状況を考えてもらえると」
「ぐ……というか、門番とか見張りとかいんだろうが! 外へ行くわけねぇだろう!」

 まぁそうなんだよな。
 そんなわけで特に心配はない。
 いまだ慌てているリタさんをよそにマルコをからかっていると、正面入り口から足音が聞こえてきた。
 まだ遠い。
 冒険者ギルドに入ったところか。
 見張りの交代の時間かな?

 ――違和感。



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