女顔の僕は異世界でがんばる
恨みを抱く少女 14
(これは、夢か?)
目の前に、天使のような笑顔を浮かべた園児たちが映っている。
埃臭い倉庫の中、彼らは無垢な笑顔のまま僕を拘束し、拷問していた。
(これは……あの時の)
僕は幼児期の僕の体の中に、魂だけで入っているようだった。
口内には何かが詰め込まれ、視界がかすんでいる。
とたんに苦しみと吐き気、そして言葉では言い尽くせないほど暗く濃厚な怒りに襲われた。
本能に根差した、剥き身の怒り。
理性ある人では決してあり得ない、純粋な殺意があった。
人であることを捨てた、生の塊。
――お前らみんな、死んでしまえ。
その時、確かに感じた。
この空間にいるすべての生物の動き、感情、その生命活動の全てを。
そしてそれは、すべて思い通りになる物だと、確信した。
圧倒的な全能感。
その機能は確かに、元から備わっていたものだ。
時折身の回りで起きた出来事――突如粉砕したカエル、自らの身を差し出すように寄ってくるセミたち、躾けてもいないのに芸をする野良猫。
ただ、使い方がわからなかっただけだ。
それは自然な現象だと思い込んでいた。
だから、敵に対してろくに対処できなかった。
(僕の周りで起こる不可思議な光景に、父さんはどう思ったか。
今なら、わかる。さぞ、不気味に映っただろう。むしろよく、耐えていたと思うべきなんだろうな)
拘束が外れ、僕は胃の中からすべてを吐き出した。
致命傷――けれど対処は容易だ。
操れるのは生命の最小単位――細胞レベル、さらにDNAをもつオルガネラから。それら全機能に、異物の排除を命じる。
さらに命令――体内に侵入した細菌どもを自殺させた。
オルガネラレベルでは、人もその他も大差ない。
至極容易だった。
最後に――敵の、排除。
瞬間、爆発音がした。
五つ。
返り血を、全身に浴びた。
体を起こす。
そこには、何もない。
倉庫内一面に、血と、飛び散った肉の破片だけが四散していた――
――背後で、扉が開かれる。
「えっ? あっ……」
息を呑む、若い女の先生。
悲鳴が、耳を劈いた。
喚く父の顔。
泣く母さんの顔。
長い長い時間、僕は感じ続けた。
僕のせいだ。
僕のせいで、みんな悲しむ。
反撃はいけない。
いけない。この力はいけない。
いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけない、いけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけないいけない。
――いけない。
神経細胞にアポトーシスを命じる。
能力の根幹の破壊と――
――記憶の封印、完了。
僕の能力の残骸ーー無数に絡み合う糸の中、ただ一点のみ無残に焼き払われていた。
しかし、数本、荒れ地に力強く生えた植物の芽のように。
糸が伸び、絡み合っていくのを感じたーー
「――――はっ!?」
目を覚まして、荒く息を吐いた。
なんか、すごい悪夢を見ていた気がする。
「……ふぅ」
それはそうと、気持ちいいな。
太陽の臭いがする、やわらかい布団に包まれていると、わかった。
ふっかふかのベッドだ。ってか、ここはどこだ?
「――ん?」
体を起こそうとして、違和感に気付く。
何が、とは言えないけれど、何か、変だ。
確認しようとすると、手が動かなかった。
手錠のようなものがかけられていた。
「これは……?」
あ、思い出した。
確かドラゴン倒して力尽きた後、お貴族様が堂々と闊歩してきたんだったか。
てことはあれか、手錠かけられてるってことは一応捕まってるってことか。
魔力とか使え無いっぽいから、これは警備ギルドのアレだな。
よく見ると、服も装備ではなくただの服に着替えさせられていた。
もっとも、囚人服とかではなく、ゆったりとして柔らかい、ボタン式の寝巻のようなものだったが。
装備はベッドの隣にある棚の上に、巾着袋とともに置かれている。
まぁ、それはいいとして。
「なんでこの部屋、こんな豪華なんだ?」
危機感がまるで無い、というかついていけてない理由の一つだ。
キングサイズほどもあるふっかふかのベッドに、なんの毛皮かわかんないけど毛皮の絨毯。
オシャレな丸机の上にはコップと飲み物のビン三種類に、果物の入ったバスケットが置いてある。
頭上には巨大なシャンデリアが設置されていた。
なんで手錠かけられてんのにこんな好待遇なの?
と、この状況に戸惑っていたら、ぐるる、と腹が鳴った。
いやだってさ、おいしそうなんだもの、果物。喉もめちゃくちゃ乾いてる。あれから結構時間が経ってるっぽいな。
ジュースに果物。
うぅ、食べたいけど怪しいしなぁ。
「お目覚めになられましたか、オーワ様」
知らず知らずのうちにベッドから這い出てたらしい。
とりつかれたかのように果物を凝視していると、扉の方から声がかかった。
そこにはメイドさんがいた。
「……あなたは?」
「あなた様の専属メイドでございます。リタとお呼びください」
しずしずと頭を下げるメイドさんは、物静かな雰囲気のお姉さんだった。
ロングの茶髪を三つ編みで一つにまとめていて、口調はしっかりとしているのになんかおっとりとした印象を受ける。
ってか何より、リアルメイドですよ!?
メイド服って異世界でもこんな感じなんだなぁ。フリフリで、白エプロンで、ちょっとおっぱい強調する胸元で、激キュートなカチューシャで。
どうやら男の性欲は世界の壁すら超えるらしい。
って、見惚れてる場合じゃない!!
「みんなは? えっと、僕と一緒にいた人たちは無事なんですか?」
「お連れの方々も治療を受け、今は別室で待機していただいております。主人の命令でお連れすることはできませんが、最大限おもてなしさせていただいておりますので、ご安心を」
警戒されてるってことか。手錠もかけられてるくらいだしな。
まぁいい。
とりあえずよかった。一安心だ。なんとなく、このメイドさんは嘘言ってないって気がする。
何より、一切敵意がない。
ほっとしたらまた腹が鳴った。
そこはテンプレ通りなのかよ。ちくしょう、恥ずかしいじゃないか。せめてチーレム無双の方でお願いしますよテンプレはよぉ。
メイドさんは無表情だったが、たぶん心の中で笑ってる。口元がゼロコンマ数ミリ動いたのだ。
僕の目をごまかせると思うなよ?
嘲笑されることに対しては敏感なのだ。敏感すぎて、目に見えないはずのところで笑われてることにさえ気づけるくらい。
もはやテレパシーである。
「すぐにお食事をご用意します。備え付けてある物はご自由にお召し上がりください」
って言われてもなぁ。
このメイドさんが信用ならないってわけじゃないけど、あの時の感じだとここは敵地だろ、たぶん。
アドラー伯だっけか。
朦朧としてたからあんまり覚えてないけど、奴の口ぶりは明らかに見下してきていたというか、少なくとも味方ではない感じだったような。 
ベーゼ伯、いや、ルーヘンに近い感じ。
でも、手を出そうと思えばいくらでもできただろうに、手錠以外は何もされてないことを思えば、今さら毒だとかは考えづらいし……。
躊躇う僕の様子をどう受けとったのか、メイドさんは続ける。
「お手伝いいたしましょうか?」
「はい?」
お手伝いとは?
メイドさんはつつつっと滑るようにこちらへ来て、ミカンをでっかくした感じの果物、<レオンジ>をそっと手に取り、丁寧に、しかし素早く剥いていく。
その無駄の無い、しかし優しげな手つきは、まさに芸術。
手つきに見惚れてぼけっとしてる間に、メイドさんは皮の裏にある白いアレまでも丁寧に剥き終えた。あれ、なんかエロくね?
メイドさんの白くて細い指が、皮を剥いて、残った白いアレもきれいにとっていく。……いや、大丈夫。健全健全。みかんみかん。みかんの白いアレってなんて言うんだろうなー?
そんな凄絶にくだらないことを考えていると、メイドさんは一房摘んで、口へと運んでいく――僕の口へと。
「え? は?」
「失礼いたします」
「あ、いやちょっと何を?」
「お手伝いでございますが?」
ちょっとそんな顔しないでくれません? まるで僕が変なこと言ってるみたいじゃないですか。ん? 僕が変なこと言ってるのか? どうなの?
とりあえずこの状況がこっ恥ずかしかったのでやめさせる。
「じ、自分で食べられますから……」
「はぁ、失礼いたしました。では、お飲み物は?」
「いや、それも自分でやりますから」
慣れないんだよな、かいがいしくお世話されるのは。
僕がそう言うと、メイドさんは食事を用意すると言って出て行った。
念のため見た目、匂いを確認し、舐めてみる。
スキル〈毒薬調合〉のため勉強してきた知識によれば、一応、毒らしい感じはしない。まぁ、代表的なモノに限るけど。
一房口へ運ぶ。
「う、うまい……」
デコポンクラスだった。
デコポンとは、大きくてでこってるポンカンである。わからない? ググれ。
まぁともかく、くっそ甘くて果肉がめっちゃつぶつぶしてる、ありえないくらいおいしいミカンのことだ。
それと同等ということは、最強を意味する(?)。
あまりのおいしさに混乱しつつ一瞬で二玉も平らげ、リンゴジュースっぽいアプルジュースを飲むと、ようやくひと心地ついた。
とりあえず、状況整理といくか。
あまりにもいろいろありすぎて、混乱してるし。
リュカ姉たちを助けるためにギルドから飛んで。
オーガの大群蹴散らして騎士団と一悶着起こしたあとリュカ姉たちと再会して村五つ救って。
マルコとリュカ姉の喧嘩に巻き込まれて。
また騎士団とぶつかって。
ドラゴンが出てきて。
よくわかんないけど強くなって。
都市の人たち救助して。
ドラゴン倒して捕まった。
ヤバい、全然整理できてない。
っていうかまだ一週間くらいしか経ってないのかよ。半年くらい経った気がするわ。
こんなんじゃダメだ。
問題点を挙げていこう。
まずはみんなのことだけど、それは無事らしい。最大限のおもてなしって言ってたから、不自由はしてないだろう。
まぁ、メイドさんを信じるならだけど。
次は残してきちゃったヨナだ。
心配してるよなぁ……いや、そこはハンナさんが何とかしてくれてるはずだ、きっと。
よし、だいぶ落ち着いてきたところで、本題だ。
なぜ軟禁されているのか。
それは十中八九、口封じだろう。
あの時の会話からすれば、あたかも自分たちがドラゴンを討ったと王に報告するためってところか。
じゃあなんで、殺されてないのか。
瀕死だったんだから、一番単純なのは、暗に殺してしまうってのが理想だったはず。
そうしないで、こんなによくしてくれる理由。
僕が住人たちを救ったから? 隠しきれないとわかったからか?
それとも、リュカ姉たちがまだ戦えたのか? 戦えば犠牲は免れないと悟ったか?
「いや、簡単なことか……」
領主にとってのベストは、僕たちを従えることだ。
そうすれば、ドラゴンを討った功績も自分のものにできるし、住人たちからの支持も篤くなる。なにより、軍事的にほかの貴族より優位に立てるからな。
別に自分の力を過信してるわけじゃないけれど、たぶん今の僕なら、そん所そこらの一個軍隊くらい簡単に捻り潰せるはずだ。
政治的な利用価値も、相当にあると思う。
さっきから危機感が全くないのも、たぶんそのせいだろう。
「どうするかなぁ」
あちらさんが擦り寄ってくるなら、戦う理由はない。
むしろ、敵対して無理に事を荒立てるよりは、適当に和解して手柄譲ってしまった方が後々安泰だと思う。
なにより、一刻も早くドラゴンの肝を持って帰りたいというのがある。
ドラゴンの肝さえ渡してくれれば、正直あとは、手柄も素材も全部タダで提供したっていい、とさえ思う。
でも、配下になるってのはなぁ。
今後いろいろ制限されるかもしれないってのは困る。てかめんどくさい。
まぁ、どれもただの憶測だ。
決まったことじゃないし、結局はあちらの出方次第ってことになる。
脱出するのは容易いけど、ドラゴンの死体がどこにあるかわかんないし、面倒なことになりそうだし、あまりいい選択肢じゃないだろう。
正直またルーヘンの時みたいなことはしたくない。あれはコミュ障には辛すぎる。
「お食事をお持ちしました」
とりあえず栄養補給だけしとくか。
ノックの音とメイドさんの声で我に返り、とりあえず腹ごしらえをすることにした。
「女顔の僕は異世界でがんばる」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
176
-
61
-
-
66
-
22
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
5,039
-
1万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
3,152
-
3,387
-
-
2,534
-
6,825
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
3,548
-
5,228
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
1,295
-
1,425
-
-
2,860
-
4,949
-
-
6,675
-
6,971
-
-
3万
-
4.9万
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
344
-
843
-
-
76
-
153
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
1,863
-
1,560
-
-
3,653
-
9,436
-
-
14
-
8
-
-
108
-
364
-
-
2,951
-
4,405
-
-
2,629
-
7,284
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
88
-
150
-
-
51
-
163
-
-
2,799
-
1万
-
-
42
-
14
-
-
614
-
1,144
-
-
164
-
253
-
-
220
-
516
-
-
2,430
-
9,370
-
-
9,173
-
2.3万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
1,301
-
8,782
-
-
4,922
-
1.7万
-
-
614
-
221
コメント