女顔の僕は異世界でがんばる
恨みを抱く少女8
轟音と地響き。
「なんだ!?」
「外だよ、行こう!」
リュカ姉の一声と同時に、僕たちは他の冒険者たちとともに、ギルドの外へ出た。
「「「――――っっ!!」」」
全員が息を呑んだ。
町の一部が、消えていた。
いや、焼き尽くされたと言った方が正しいのか?
木造、煉瓦造り問わず、すべて押しつぶされ、黒こげとなっている。
悲鳴すら無い、完全なる静寂。
人は、本当に理解できない状況に陥ると、声が出ないんだ。なんてことを、ぼんやりと思った。
「グォオオオ――――――――!!!!」
「っ!?」
直後、静寂をぶち破る巨大な吠声が、上空から落ちてきて、僕たちは思わず耳をふさいでうずくまってしまった。
若いとはいえ、歴戦の冒険者であるマルコたちでさえ、そうだ。
尋常じゃない。
――いったい、何が!?
上を向いて、絶句した。
まず、禍々しさを感じた。
空を覆い尽くすほどの、黒い翼。
一薙ぎで町など消し飛ばしてしまえるほど長大な尻尾は、その先に巨大な鎌のような刃物を装備している。
頭からは幾重にも角を生やし、その中の二本が前方へ攻撃的に突き出していた。
漆黒の龍が、そこにいた。
これが、本物のドラゴンだって言うのか?
こんなの、人間がいくら束になったって、勝てるわけないじゃないか……。
「は、はは……なんだよ、あれ?」
リュカ姉が呆けた声でポツリと言った。
「ドラゴン、じゃないのか?」
「たぶん、ね……でもあんなヤバそうなの、リュカ姉も見たことないよ」
つまり、ドラゴンの変異種ってことか? だとして、ランクはいったい?
いや、測れるわけないだろあんなの。スカル・デーモンとかの比じゃない――
「――っ!?」
――炯々(けいけい)と赤く光る双眼が、こちらを捉えた気がした。
それだけで、死を覚悟した。
『出でよ<ピクシー><アプサラス><ノーム><サラマンダー><シルフ><ドリアード><ワイバーン><ゴーレム><ビッグパンサー><ウィルム>!!』
反射的に、脳内で戦える限りの使い魔を呼び出し、召喚魔法を発動した。
とその時、
「今こそ我ら王国騎士団の立ち上がる時ぞ!! かかれ!!」
町の中心部の方で怒声が響き、種々の魔法が一斉にドラゴンへと発射された。
騎士団だ。
魔法は次々とドラゴンに直撃するが、毛ほども効いてはいないようだ。
何やってるんだ!? そんなの無謀に決まっている。それくらいわかるだろうが!!
今はそれよりも、住人を避難させる方が先――
――でも、どこへ?
頭の中で上がった咄嗟の非難は、すぐに否定される。
あんなのから、逃げられるわけがない。
なにせ、たった一撃で、都市の一部を消し飛ばせるほどの力を持っているのだから――
無謀などと、騎士団は分かっていた。しかし、逃げ場がないこともすぐに理解して、誰もがおじけづくあの化け物に、先陣を切って攻撃を仕掛けた。
それが自分たちの義務だと信じて。それが正義だと信じて。
王国騎士団は、伊達ではなかったということだ。
――なんとかして、助けなければ。
一瞬の思考の内に、ドラゴンの顔が町の中心部へと向けられた。
「みんなっ頼む――」
しかし、遅かった。
ドラゴンは何のためらいもなく巨大な火の玉を放ち、その瞬間、熱波とまばゆい光に視界が奪われる。
耳鳴りがした。
余りに巨大な音に、聴覚がマヒしてしまったらしい。
けれど、取るべき行動は分かった。
『ワイバーン、ドリアード、頼む』
視力が回復するまでの間に、やつが攻撃を仕掛けてこないとも限らない。
なら、とにかくまずは、この場を離れなければ。
ワイバーンとドリアードは、すぐに行動した。
ドリアードがみんなを蔦で捕捉し、ワイバーンの背に乗せ、飛ぶ作戦だ。
浮遊感を感じて、とりあえず脱出できたことを悟る。
直後、視力が戻ってきた。
――町の中央部には、黒い穴が出来ていた。
「なんだよ、あれ……?」
僕のつぶやきに、誰も答えない。
ワイバーンは、命じてもいないのにぐんぐん高度を上げていく。
『どうした、ワイバーン?』
尋ねてすぐ、ワイバーンの背が震えているのを感じた。
震え? まさか、ワイバーンが怖がっているのか?
と、直後、ドラゴンの周りに巨大な召喚陣が現れた。
同時にその中から、無数の小型ドラゴン――ワイバーンが出てくる。巨大なはずのワイバーンも、あのドラゴンと比較すると、まるでトンボほどに小さく見えた。
「召喚陣!? まさか、ロードクラス以上のドラゴンってこと!?」
前でカリファが悲鳴を上げる。
「ロードクラス?」
「召喚魔法を使える魔物のことだよ。そういうのって種の最上位クラスなんだけど、そいつらのことをロードとかクイーン、キングって呼ぶんだ。まぁでも、妖精やドラゴンのロード以上は、勇者たち以外見たことないって言われてるけどね」
後ろから説明してくれるリュカ姉の口調は、震えを隠せていなかった。
「たぶん、形から言って、カオス・ドラゴンに違いないかな……はは、本当にいるんだ、あんなの」
ワイバーンの軍勢は瞬く間に町を覆い隠し、その一部がこちらへと向かってきた。
「わわっ来た!!」
「わかってる!!」
妖精たちをワイバーンの周りに展開し、逃げ続ける。
町を助けようなどと言う気はさらさら起きなかった。
無理だ。
あんなのに立ち向かったとして、犬死するに決まっている。
ワイバーン一体でも恐ろしいというのに、こちらに来た一部だけでも数えきれないほどいる。全部合わせれば、優に三ケタを超すだろう。
加えて、ドラゴンの最上位種だ。
こんなの、戦いにすらならない。
「カオス……ドラゴン・ロードの一体ってか。ははっ、おとぎ話の化け物に遭えるなんて、ついてるぜ。あれ倒せば英雄だぜ?」
「冗談言わないでマルコ!! おチビ、もっと速くならないの!?」
「これが限界ですよ!!」
「うわわっ赤いの来てる!!」
どうやらワイバーンの上位種もいるらしく、赤いワイバーンが突出してきた。
「くそっ!! みんな頼む!!」
瞬間、一斉に妖精たちが魔法を連射する。
瞬く間に背後は黒い煙に包まれ、ちらと見ると、地上へ落ちていくワイバーンが見えた。
「やるじゃんおチビ!!」
「オーワさん!! 上です!!」
カリファの歓声とワユンの絶叫が交差した。
上を見ると、いつの間に迂回してきたのか、一回り大きいワイバーンが降下してきていた。
「ちぃっ!!」
「はぁああっ!!」
すでに気づいていたらしいマルコとリュカが、一斉に攻撃する。
リュカ姉の火の斬撃とマルコの風の斬撃が、ワイバーンの片翼を捉えた。
「どんなもんよ!!」
「油断すんなリュカ!!」
直後、左右からワイバーンが現れる。
「左は任せて!!」
「わかりました!! ワユンっ!!」
「はいっ!!」
ワユンが右のワイバーンへ向け跳躍すると同時に、ワイバーンの片翼を取り出した金属による錬金術で拘束し、さらに金属で足場を作る。
直後、ワイバーンが断末魔を上げた。
ワユンがその上に着地し、ワイバーンの眼球を抉ったのだ。
ワユンを錬金術で回収すると、左で爆発音が鳴り響く。
カリファの火魔法がワイバーンに炸裂したのだろう。
『みんな、後ろは頼む!!』
すぐに妖精へ指令を出した。
追いついてくるのは、上位種だけのようだ。
荷物を抱えているとはいえ、僕のワイバーンは、他の同種より速く飛べるらしい。
けれど、数はそれほど多くないとはいえ、上位種だ。
いくら妖精たちでも、力を併せなければ対処しきれないだろう。
「わわわっどんどん来る!!」
「対処は頼む!! ワイバーン、全速力で飛ぶことだけを意識しろ!! 周りは僕が見る!!」
ワイバーンが少しでも速く飛べるよう、かじ取りを僕がすることにした。
これは完璧に意思疎通がとれないと逆効果にしかならないが、ワイバーンは僕に服従しているため、問題ない。
とたんに、スピードがさらに速まった。
同時に、僕は周囲へ目を配り、方向のイメージを送っていく。
しかし、意識を集中していると、否が応でもわかってしまった。
徐々に、囲まれてきている。
どうやらワイバーンたちは、やみくもにこちらを追いかけていたわけではなく、逃がさないよう、上手く調節しながら追って来ているようなのだ。
異常な連携力だ。まるで、全部で一体の魔物のよう。
加えていまだに召喚が続いているのか、それとも町の方にはそれほど数は要らないと悟ったか、数がさらに増えてきている。
――このままじゃ、逃げ切れない。
それは明らかだった。
けど、全員が死力を尽くしている。
打開策なんて、考えている暇がない。
とにかく今は、逃げ続けるしかない。
どれくらい逃げ続けただろうか。
「あぁっいやぁあっ!!」
カリファの叫び声の直後、ワイバーンの左翼に、赤いワイバーンが食らいついてきた。
がくんと、速度が落ちる。
同時に、上下左右から一斉にワイバーンの群れが襲いかかってきた。
『来てくれ!!』
とっさに妖精たちを呼び戻し対処させる。
とにかく魔法を撃たせ、僕も錬金術で加勢する。
全員の魔法や攻撃が飛び交い、ワイバーンの断末魔と咆哮が鼓膜を叩いた。
何が何だかわからない。
全方位、ワイバーンの牙に囲まれた。
唾液が、生臭い息が、叩きつけられる。
「あぁアあああ!!」
標的すら定めず、がむしゃらに攻撃を続ける。
何度もワイバーンの牙が、爪が、体を掠めていく。
最前線に立つ妖精がやがて消え始め、その度に召喚魔法で再召喚を繰り返した。
もう何十匹も倒しているだろう。
特にリュカ姉やマルコの奮戦が大きい。
けれど、一向に数が減らない。
それどころか、密度が増してさえいた。
視界はもはや、ワイバーンの牙に覆い尽くされている。
時間の経過などわからない。
ただひたすら迎撃し続けた。
けれど、物量が違いすぎる。
やがて一体の敵ワイバーンが、僕のワイバーンの首に齧りついた。
絶叫。
同時に、ワイバーンの姿が消え――
「「やぁああああっ!!」」
「わわわわっ!!」
「「――――っ!!」」
僕たちは空中へ放り出された。
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