女顔の僕は異世界でがんばる

ひつき

不器用な冒険者 4


十万Gがたった五日で溜まった。
 このことをリュカさんたちに知らせると、めちゃくちゃ驚かれたけど、特に詮索してくることもなく教会の神父さんを呼んできてくれた。

 ヨナの説得が一番大変だった。
「そんな大金、わたしなんかに使っていただくわけには……」と渋りに渋っていたが、こればかりは引けない。
 なんとかごり押すことに成功し、今、神父さんに彼女の容体を看てもらっている。

 少しして、神父さんが顔を上げた。

「どうです!? 治りますか!?」

 僕が食いつくと、老年の神父さんは皺の多い顔にさらに皺を刻みこみ、渋い顔をした。

「……難しい、こんなに難しい呪いを見たのは初めてです」
「――っっ!? そ、それじゃぁ……」
「残念ですが、私の手には……」

 足元が崩れていくような気がした。
 頭がぐらぐらして、まっすぐ立っているのかわからない。
 何を言われているのかすらわからない、いや、聞き取れてるけど処理が追いついていない。

 この人は、いわば解呪のエリート。
 そんな人がお手上げしているーーつまり、それは……。

 ヨナは、その非情な宣告を、身じろぎひとつせずに静かに聞いていた。
 なんでそんな冷静でいられるんだ? こんな、こんなのって……。

 リュカさんがずいと僕の前に出た。

「何か手は?」
「一つだけ。しかし非常に難しいでしょう」

 その言葉が、僕の脳を再起動させた。

「あるんですね! 教えてください!!」
「落ち着きな」

 リュカさんの冷静な言葉に宥められ、僕は自分が神父さんの襟首に掴みかかっていたことに気付く。

「すみません」
「いえ。……可能性があるとすれば、ドラゴンの肝でしょう」
「ドラゴン?」

 珍しいんだろうけど、それってどれくらい? 
 説明を求めるようにリュカさんの顔を見ると、眉間にしわを寄せていた彼女が口を開いた。

「ドラゴンは、魔人が支配する大陸――魔大陸にしかいない、珍しい生き物だよ」

 魔人? 魔大陸? 
 初めて聞く単語だが、今はどうでもいい。

「じゃあそこに行けば……」
「……だめだ」

 壁に寄りかかり、話をじっと聞いていたエーミールさんが口を開いた。いつにもまして厳しい声だ。

「なんでっ」
「危険なんだよ。今はおとなしくしてるけど、魔人は人間を……ごみのように殺す」

 リュカさんの声は恐ろしく落ち着いていたが、それが逆に誇張でもなんでもないということの証明に思えた。
 それに、なぜかとても説得力があった。二人は、魔人と会ったことがあるんだろう。

「じゃあどうすれば……」
「あぁ、ごめんごめん。それでもドラゴンはたまにこちら側に来て、人里を襲うんだ。去年も一度来たから、魔物の動きが活発な今年も来る可能性は高い。その時討伐隊に加わってしっかり活躍できれば、肝だって分けてもらえるよ」

 ぽんと、頭の上に手が置かれた。

「大丈夫、私もエーミールもいろいろコネもってるから、ドラゴンの情報は絶対に見逃さない。だからオーワがやるべきことは、もっともっと強くなってギルドの連中を認めさせることだ!」

 エーミールさんも小さくうなずいている。
 心強い。二人の何の保証もない言葉に、なぜか僕は全幅の信頼を置けた。こんなこと、母さん以外にはありえなかったのに。

「ありがとうございます。よろしく、お願いします」

 僕が頭を下げると、ヨナの声が聞こえた。

「皆さん、わたしなんかのために、申し訳ございません」
「ヨナちゃん? 『なんかの』とは聞き捨てならないなぁ~」

 リュカさんは陽気な声をかけ、ヨナに近づく。そしてヨナの頭にも同じように手を置いた。

「そういう時はありがとうって言えばいいんだよ? そうすれば、もっとずっとかわいくなれる。オーワみたいにね」

 そしていたずらっぽく笑った。


 神父さんには何もしていないからお金はいらないと言われたが、それは申し訳ないので千G渡して、お礼を言った。

 さすがに、ショックだろう。
 だから今日はヨナについてようと思っていた。
 そんな僕たちの方を見て、ヨナはうっすらと笑みを浮かべてくる。

「私のことは気にせず、外へ行って構いませんよ?」
「いや、でも……」

 その時、腕を引かれた。振り返ると、それはエーミールさんの手だとわかる。

「ちょっ、エーミールさん?」
「……」

 無言の圧力。有無を言わさぬ力だった。

「ヨナちゃん! お土産期待して待っててね!」

 リュカさん、なんでそんな元気なんだよ?
 思わず怒鳴りそうになって、一瞬何かを感じ、振り返る――

 ――ヨナの口は、確かに笑っている。しかしほんのかすか、いつもと違う感じがして。

 結局僕は声を呑み込んで、せめてもとベビードラゴンを召喚して、部屋を後にした。 





「さて、お金が有り余ってるところで少年!」

 部屋を出るなり開口一番、リュカさんが声を張り上げた。
 わざとらしい明るい声に、ムカッとくる。

「……なんです?」
「武器を調達しようじゃないか! お姉さんが見繕ってあげちゃうぞ~」

 僕もそろそろ本格的にスキルを解放して、接近戦の訓練をしようと思っていた矢先、願ってもない申し出ではあるが、ガキ扱いするように笑みを浮かべられると断りたくなってくる。
 何より、気分じゃない。こんなときに。

「断るです」
「早く強くならないといけないだろ? ならいい武器揃えないと」

 リュカさんのおちゃらけた口調で放たれた言葉は、それでも正論で、言葉に詰まった。

「さぁ行こう~買い物は機運が高まったときにしないとねぇ~」

 リュカさんは僕の腕を脇に抱え、引きずるようにして駆け出した。
 なんて力だ!?

「うわぁっ!! て、それ破産するやつの考え方ですって!!」
「ふっ……宵越しの金は持たない、それが冒険者さ」
「カッコつけてますけどそれマジでカッコ悪いですからね」

 僕の突っ込みはフルシカトされました。



 高級中古武具店なるところにやってきた。
 強力な武器は持ち主が死んだあとも残るため、そういったものが売られているそうだ。
 現状、僕は大した素材を持っていないため、ここが一番いいとリュカさんは言う。

 杖と短剣の二刀流が今のスタイル。しかし僕の運動能力じゃとても両方扱うことはできない。
 だから、どちらかをあきらめた方がいいのかとリュカさんに尋ねると、

「なら合体すればいいじゃん」

 と、わけのわからないことを言われてしまった。

「……剣杖」

 エーミールさんが補足にならない捕捉をする。

「こういうのだよ」
「うわっ」

 何のことかわからない僕に教えるためか、リュカさんは巾着袋から巨大な大剣を取り出した。

 真っ赤な刀身が一メートル以上はある片刃で、幅はやや狭い。柄と鍔が十字架を模していて、鍔の部分には五つ、長い柄の先端に一つ、真っ赤な宝玉が付いていた。
 その中二心をくすぐられるデザインを見れば、誰もがそれを強力な武器だと認識するだろう。

「す、すごい……」

 思わずそう漏らすと、リュカさんは自慢げに鼻を鳴らした。

「ふふん、どーよ。これが私の愛剣『フランベ・ルージュ』だぜぃ。そん所そこらの杖十本分に匹敵する魔力補助効果があって、しかも剣としての性能もぴか一。ドラゴンだって捌けるよ」

 くそ、悔しいけどかっけぇ。
 中二病満載な大剣を前にして、どうしてもわくわくしてしまう。こんなときだってのに。
 こちらを向いてリュカさんはうれしそうに笑う。

「まぁそれはそうと、フランみたく、長い柄と宝玉が杖の役割を、そのほかが剣の役割をしているのが剣杖って言うんだ。
 まぁ杖の分普通の剣よりちょっと重くなるけど、魔法が使えるならこっちにした方がいいと思うな」

 フランて……自分の愛刀を擬人化してるのか……。
 リュカさんは大事そうに剣をしまいこんで、こっちだよと僕たちを引き連れ移動を始めた。

 リュカさんについて行った先にあったのは、長めの柄の先に宝玉が埋め込まれた剣だった。
 ほかにも、先端が槍のようになっている杖や、宝玉の埋め込まれた弓などがある。

「たくさんありますね」
「高名な冒険者の中になると、むしろ魔法が使える剣士のほうが多いからね。で、君はどんな武器をご所望だい?」

 と言われても、武器のことはよくわからない。実際まだ、接近戦らしい接近戦は数えるくらいしか経験していないわけだし。

 僕が考え込んでいると、リュカさんが助け舟を出してきた。

「う~ん。基本的にオーワは魔法を使って戦って、敵に接近された時だけ接近戦に切り替えるって感じだよね?」
「はい。なのでできれば攻撃より防御の方を重視したいんですが……」

 とにかく接近されたとき、使い魔たちに対処させるまでの間もちこたえることが第一だ。
 それに後々、召喚以外の魔法も解放するつもりだから、わざわざ無理して接近戦で敵を倒す必要はない。

「だとしたら、やっぱ短剣かなぁ。槍とかは論外だし、オーワに片手剣はちょっと重すぎる気がする……でもある程度のリーチとか考えて……うん、ちょっと重いだろうけど脇差がいい」
「脇差?」
「そう。あそこら辺にある、少し短めの刀のことだよ。ちょっと短剣より重いから最初苦労するかもだけど、柄が長いから両手持ちにできるし、大丈夫だと思う。それに刀だと、相手に押し込まれそうになっても反りの部分を手のひらで押せるから、腕力が無くても押し負けにくくなる。どうだろう?」

 脇差かぁ。そう言われてみれば、刀はいいかもしれない。かっこいいし。

 にしても、西洋風な建物が並ぶこの世界に、刀があるとはこれいかに?
 まぁでも、他にもいろんな種類の武器があるし、冒険者なんて職業が普通にあるこの世界なら、開発されててもおかしくはないのか。
 鉄砲とかの兵器が無い分、こういう武器が発達したのだろう。 

 僕は見てみると言って、脇差コーナーに移動した。


 武器を買ったところで、僕は試し打ちをするために二人と別れ、森に来ていた。
 リュカさんは戦い方を教えてくれると言っていたが、スキル<解放>をすればいろいろ面倒なことになりそうだったので固辞した。 

 森の前で立ち止まり、買ったばかりの脇差を抜く。

 それは薄赤い刀身に長い柄、柄の先端には刀身と同色の宝玉が埋め込まれている。
 もともとは高名な冒険者の片手剣だったらしいが、事故で折れてしまい、そのままじゃもったいないからと叩き直されてできたのがこれ。『マジョノケツルイ(魔女の血涙)』という名がすでに付けられていた。
 それにしても、なんて名前つけやがるんだ。呪われてるんじゃねえかこれ? と思って別のにしようとしたが、一番しっくりきたのと、性能は折り紙つきだという言葉に押され、結局五万三千Gも払って買ってしまった。

 さて、それじゃあスキルを解放しようか。
 候補は『刀術』『短剣術』『格闘術』『駆術』『怪力』『高速反応』『縮地』の六つだ。

 まず問題は、脇差が刀なのか短剣なのかだが、リュカさんに聞いたところ刀だろうとのこと。けれど間合いの取り方とかは短剣に近いものがあり、防御法とかは格闘術を齧ってるとなおいいと言われた。
 なかなかに奥が深い。

 この五日間、新しい召喚魔法とか取らずに貯めていたとはいえ、全部取得するのは難しいだろう。とりあえずあまり消費量の多くない、『刀術LV1』『格闘術LV1』『怪力LV1』あたりから解放してみようか。

 方針が決まったところで『刀術LV1』を解放したところ、リストに変化が現れた。
『刀術LV2』と『大太刀術LV1』、そして『脇差術LV1』が現れたのだ。

 派生ということなのだろうか。基本の刀の使い方を知らないままに、他は使えないとか? でも剣術と短剣術は二つ出てたし。
 むぅ、難しい。

 とにかく『脇差術LV1』と『怪力LV1』を解放したところで、エネルギーが尽きてしまった。どうやら派生である『脇差術』は消費が大きかったらしい。
 さて、スキルの確認をするか。


『刀術』……基本的な刀の使い方を習得できる。また、刀を振る速度、冴えに補正がかかる。

『脇差術』……基本的な脇差の使い方を習得できる。また、脇差を振る速度、冴えに補正がかかる。

『怪力』……発動から数秒間、筋力を上昇させる。上昇率、時間はレベルに依存する。


 うぅ、わかるようでわからない。
 基本的なってどんなん? 冴えってキレとかそういうこと? 
 まぁとにかく、使ってみよう。

 脇差を構える。
 ん? なんかしっくりくるというか、余計な力が入っていない気がする。気が付くと半身になっていて、右片手で脇差を持っていた。
 両手に持つと、左拳がへその前あたり、右こぶしが気持ち少しだけ正中線から外れた構えになる。

 とりあえず振ってみる。
 振り上げたと思った瞬間、ひゅんっと小気味のいい音を立て、刀は振り下ろされた。そして刀はピッと止まる。 

 明らかに僕の動きじゃない。
 ほかにもいろんな角度で振ってみたが、どれも自分の体とは思えない動きができた。

「おぉぉ……」

 これはいい。今ならオークにだって勝てそうだ。
 でも念のためピクシーを召喚して、森の中へ突入した。

 入ってすぐ、ゴブリンを見つけた。

 ピクシーに待機を命じて、すぐに斬りかかる。近づいてまっすぐ切り下すと、呆気なくゴブリンは倒れた。

 でも、体が自動で動くわけでもなければ、力が強くなったわけでもないようだ。
 あくまでスキルは肉体の使い方を教えてくれるだけで、その先は自分で学べと言うことなのだろう。

 あぁぁ、やっぱたくさん戦って覚えていくしかないのか……まぁ動きの基本が得られるだけでも、その道の人に大激怒されるほど狡いことなんだろうけどさ。

「しょうがない、やるか」

 つぶやいて、ゴブリンを捜しに出発した。


 半日ほど訓練してわかったことは、スキルを得ても過信してはいけないということと、怪力の効果持続時間が約三秒だったということだ。

 スキルを得ても僕自身の経験値が上がるわけではないため、とっさのことがあれば反応できない。
 それでも怪力を使えばオークの攻撃を受け止められるようだったし、振りの速度が速くなったから防御にも攻撃にも余裕ができた。

 経験値はこれから積み重ねていけばいいものだ。最初のうちは、ちょっと申し訳ないけど、リュカさんたちに稽古でも頼み込んでみよう。

 一刻も早くドラゴンを倒さなくちゃいけない。ドラゴンの強さがどんなものかは想像もつかないけれど、それが途方もなく難しいことだけは確かだ。
 でも、やらなくちゃ。
 ヨナのいつもと違う笑みを思い浮かべて、僕はそう思った。




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