ソラの世界

ユウ

2話

 わぁと歓声が沸き上がる。明るく、楽しげな盛り上がりだ。“体育”という名称で行われるクラスメートと一対一で戦う体術の授業の最中、このような盛り上がりを見せるのは自分のクラスだけだろうと、ユキは思った。

 自分の番が終わり、幼なじみ兼友人のソラの様子を見る。毬のように跳ね、瞬きの間に距離を詰める彼女の戦いぶりは見ていて気持ちがいい。

 この授業では、皆等しく同じ環境に置かれる。普段は理性でもって制御している魔法を、戦闘の興奮からついうっかり発動してしまわないよう、道具をもって抑え込むのだ。
 与えられる武器は、魔力を要さないただの運動着と、靴。それ以外は持ち込み不可で、あとは何をしようが自由という緩さ。カリキュラム的にどうかと思うそれが、この国が“体術”をさして重んじていないことを示唆しているようだけれども。

(多分、間違ってる)

 魔法を使うには詠唱する必要があるため、どうしても発動に時間がかかる。咄嗟に使うことはできるけれど、必要な行程を省略するため、力は大幅に弱まる。だから皆魔法を使う際には詠唱を行うし、行わずにそれなりの効果を発現できるのは、この国では自衛隊くらいのものだろう。

 姿勢を低くしたソラが同級生の足元を払う。彼女の動きに翻弄されていた同級生は簡単に体勢を崩し、受け身もとれずに背中から落ちそうになったところを、ソラに支えられて無事回避した。理解が追い付いていない同級生がポカンと口を開けたまま数秒固まり、周りの歓声に引き摺られるように笑い出す。

 気持ちがいいのだ、本当に。してやられたという悔しさと、それを上回る驚嘆。他のクラスがどうかは知らないけれど、ユキのクラスの人間はおそらく皆同じ考えを持っている筈だ。

 一対一、魔法も体術も自由に使って良いのなら、最初の一手をしくじればソラに負ける。うまく発動できたとしても、外れたり避けられたりしたなら、やはり負ける。体術が重要であることを思い知らされたユキのクラスは、体育の成績が学年だけでなく、2年生でありながら学校内でもトップに君臨している。それでも、未だに誰一人としてソラを打ち負かした存在はいないのだけれど。

(これで、魔法が使えたなら)

 おそらくソラ本人が一番考えているだろうことを、今日もユキは考える。飛び抜けた運動神経を持つ彼女が、せめて人並にでも魔法が使えたならば。いや、魔法が使えずとも、せめて魔力量が人並にあって、魔道具だけでも使えることができたなら。--考えても、仕方のないことだけれど。

 魔法の発現は人それぞれだ。くしゃみをして風が起こったり、怒った瞬間に火が灯ったり、流した涙が生き物のように蠢いたりと、様々なタイミングで使えるようになる。
 得意なものも人それぞれで、ユキはいわゆるオールラウンダーであるが、得意だと自他共に認めているのは風魔法だ。幼少期より、己よりも重いものだって浮かせられる。
 天才だと誉めそやされ、天才じゃなくていいからソラに半分力をあげられたらいいのにと泣きじゃくったこともある。それほどに、今でも納得ができないくらい、悔しかった。

 今は昔と違い、戦争は世界を見てもほとんど行われていない。国が抱える自衛隊だって、災害時の出動がほとんどだ。
 水で火を消し止める。
 瓦礫の撤去に風を使う。
 豪雨や豪雪は炎で蒸発させる。
 --ソラが、この環境に身を置くことはできそうにない。

 一般的な会社も、魔法を使えることが前提だ。コピー機ひとつとっても、少量魔力を注いで稼働するのだ。魔力を一定量蓄積して売り出す機械もあるけれど、その分値が張るため、敢えて蓄積シリーズを買う会社は少ない。

 何をするにも魔法が必要不可欠なこの世界で、年月を重ねるにつれ、ソラが押し潰されていくような錯覚に襲われる。

「ユキ!」
「!」

 ハッと我に返る。いつの間にか横に座っていたソラが、ユキの顔を覗き込んでいた。気分がいいのだろう、いつになく輝いた飴色の瞳がどうしたのと問い掛けてくる。

「......お腹空いた」
「あ、わかる~! 今日どうする? 学食?」
「購買で買って中庭で食べたい」
「いいね!」

 にこにこ笑う幼なじみが、己の境遇を真剣に考えていることを知っている。魔法を使えないことを理解しながら、それでも腐らず法則や理を読み解こうとしていることも知っている。

 色々思うところがあるとはいえ、ソラほどではないが魔法が不得手な人もこの国には沢山いる。元々魔力量が極端に少なく、使い続ければ命に関わるような人。魔力量は多いのに、魔道具を介してしか魔法が発現できない人。

 色々な境遇の人に合わせて発展してきた現代社会だ、ユキほど極端な例はないけれど、なんとかこの世は回っている。それを理解しているけれど、友人である立場から納得ができるかといえば全く別の話なのだ。

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