ソラの世界

ユウ

1話

 カーテンの隙間から射し込む日差しが室内を照らす。それは時間とともに少しずつ移動し、ぐっすりと眠りにつく河内ソラ(こうちそら)の顔に降り注いだ。目覚まし時計が鳴る10分ほど前に緩やかな意識を浮上を感じるこの瞬間が、憂鬱な時も楽しみな時もある。今日は、比較的楽しみな日だ。

「起き、た!」

 鳴り始めた目覚まし時計を止めて、勢いよく体を起こす。まだ眠気にぼんやりするなかベッドを降りて、制服に着替えて鞄を持てばもう自室に用はない。ドアを開けて階下から漂ってくる朝食の匂いにお腹を鳴らし、でもまずは洗面所に向かって身なりを整える。何せ今日は気分が良いのだ、無駄に怒られるのは避けたい。

 リビングで家族に挨拶をして、いつも通り用意された朝食を食べ、朝のテレビニュースを見ながら歯を磨く。それから改めて身支度をし、そろそろだと思ったタイミングでチャイムが鳴った。幼なじみの外山ユキ(とやまゆき)だ。

「おはよう!」
「おはよ」

 挨拶を交わし、他愛ない話をしながら学校へ向かう。ソラと違い、いつもと変わった様子のないユキが少しして小さく吹き出した。

「なに?」
「だって、ソラったら、元気なんだもの。......ふふ、」
「あ、また笑った!」
「体育があるからって、もう、本当に分かりやすいんだから」
「いいじゃん、体育! 私体育好きだもん」
「あなた、魔法ダメだものね」

 尚も笑い続けるユキの言葉に、ソラは分かりやすく頬を膨らませて怒っているとアピールした。ツボに入ったようで、笑いが止まる様子のないユキに「もう」と一言言い捨て、ふと空を見上げる。

 通学路を歩く二人の上には、太陽と、それを遮るように頭上遥か上を通り過ぎていく人がいる。箒に、絨毯に、バイクに、それからそれから。様々な乗り物に乗った人達が、通学や通勤のため急いでいる。

「......ユキもさぁ、私に付き合わず、上通っていいんだよ」
「あら。悪いけど、私、これが気に入ってるの。それにこの時間帯、こっちの方が静かだし」
「ならいいけど」

 もう何度目か分からないやり取りを繰り返し、横を歩くユキを盗み見たソラは内心大きなため息を吐く。魔法が使えて、運動もまぁ人並にできて、頭もいい。幼なじみでなければこうして登下校をともにすることもないであろう彼女と違い、ソラは魔法がからっきし駄目なのだ。小学生でも使えるような簡単な魔法でさえ、補助具を使っても使えない。天性のものね。なんて、健康診断で言われたときには、世の中に絶望したものだ。

 生まれたのが今の時代で良かったと、善意か悪意か図りきれないことを言われたこともあるけれど、それについてはソラ自身100%同意している。昔の人々は魔法のみで生活していたらしい。歴史の教科書は、その時代にソラのような存在が生きる術はなかったことを示していた。

「今はいいよね。魔法だけじゃない、体術や勉強も学業のカリキュラムに組み込まれてる。社会も色んな人に寛容で、そりゃ差別が全くないとは言わないけれど、排他的ではない。こんな風に、道だって2つ用意されている」

 カツとローファーの踵を鳴らし、ユキが地面に目を向ける。魔法を使える・使う人は上空を。使えない・使わない人は地面の上を。2つの間には国や県、市が張り巡らした透明の壁がある。陽光や空気、鳥などは通すけれど、人は通さないようになっているのだ。

「で、も! 全くできないって分かってるのにやらなきゃいけない授業を受けるのは苦痛なの~!」
「ハイハイ」

 ソラが叫び、ユキが苦笑混じりに相槌を打つ。己の不遇を嘆きながら、けれどソラの気持ちは朝から変わりなく晴れ晴れとしている。

 道路には当然ながら二人以外にも目的地に急ぐ人や乗り物があり、けれどその人達があくまで魔法を“使わない”でいることも理解していたけれど。
 今この国に、ソラ以外に魔法を“使えない”人がいないことも知っていたけれど。

 遥か上空にいる人々の影が、ソラの上を通り過ぎていく。それでもソラの気分がいつもよりずっと良いのは、純然たる事実だった。

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