ファンタジー異世界って・・・どういうことだっ!?
第11話 三人の絆
(俺は…何をしている?)
男は自問する。
(生きてる?何のために?)
男は思い出す。
もう誰かもわからないが、確かに…二人の笑顔が見たい、と思ったのだ。
そして同時に…もうその笑顔が見れない、という事実が、男の脳裏を掠めた。
白い…どこまでも白い部屋の中心に、男はうつぶせになって倒れている。
そこで、誰かが隣に降り立った気配がしたが、男はもう振り向く気力さえない。
「…クックック…いい具合に壊れているな…。どれ…【時間の牢獄】!!」
男の隣に立った黄金の鎧をまとった、若き男の姿のゼウスは、魔法をかける。
【時間の牢獄】…それを受けたものは、実際に流れている時間とは違い…圧縮された時間…途方もないような長い時間を過ごすことになるのだ。
通常の1分が1年に感じられる…そんな恐ろしい魔法を、男にかけたのだ。音もなく消え去るゼウス…残ったのは男だけ。
そして、男は時間に…周囲に取り残される。
――――――
(どうなってる…?ここは、どこだ?…俺は…だれだ?…何のために生きてる…?)
目の前を果てしない荒野が広がっている。
周囲の気配が変わったことに気付くが、そんなことはどうでもよかった。
男は自分の名前さえ思い出せないのだ。
不安だけが募っていく。
ー1日目ー
男はとりあえず周りを散策することにした。
だが、いくら歩いても、走っても、見える景色は変わらない。
ためしに、全力で走ってみると、自分でも驚くようなスピードが出ているのを感じた。
少し、気分が高揚したが、すぐに下がった。景色が何も変わらないのだ。
まるで、同じような場所をぐるぐるとまわっているような錯覚に陥る。
それでも、男は走り続ける。…すぐに夜がやってきた。
あたりが暗闇に覆われる。空を見上げるが、星は見えない。
チクリ、と心が痛んだ。
男はそれが何かわからない。
(今日はもう寝よう…)
あたりは変わらず静かだ。
瞼を閉じた男は、死んだように眠りについた。
ーそんな日が、何日も続いた。ー
来る日も来る日も、男は歩き続ける。
全力で走り抜けた日もあった。…結果は変わらない。
一日中ぼぉっと突っ立ってることもあった。…結果は変わらない。
誰かが居た気がして、叫んだ。…当然、結果は誰もいないし、何も変わらない。
誰かの温もりが欲しくて、泣いた。…それでも、何も変わらない。
男はどうしてこんなことになっているのか考えた。…少し、思い出した。
女が、死んだ。
それだけ、思い出したら、なんだか体が重くなった。
ずん、と胃に鉛が入ったように、体の中が、重くなった。
原因不明の、その事態。…だが、周囲は、何も変わらなかった。
過ぎた日数は、数えていない。
もう、数百の明暗を男は過ごしていた。
考えてみれば変だ。太陽が無いのに、あたりは明るくなる。
なにもないから、あたりは暗くなる…でも変だ。さっきまでは明るかったのに。そんなことに気付いたのは、数千の明暗を過ごした時だ。
頭の中の知識を掘り返す。…役に立つものすべてが消えている。太陽とか、明るいとか、暗いとか…ここは荒野みたいだ…とか、実物なんて見たことが無いのに、名前だけは浮かんでくる。
不思議だ。
男は思う。
本当に不思議だ。と。
ーもうそうして、365の明暗を、100回は経験した。-
なにも、ない。
男はあきらめた。
何もないなら、滅べばいい…全部滅びればいい…と、そんな退廃的なことを思うようになっていた。
身体は来た時のままだ。やつれも、汚れもしていない。だが、涙は流れていた。ずっとだ。赤い、紅い涙が…。
だが、周囲は来たときと何ら変わりはなかった。
途方もない絶望が、男を襲った。
だが、その時だった。
声が、聞こえた。
耳障り声だ。
瞬間、世界が変わった。
今まで何もなかった世界が、白い部屋に変わった。
その瞬間、男の脳内で、二人の女の映像が映し出された。
(あの獣人は……?だめだ思い出せない…もう一人は…人間か…これも、思い出せない。)
だが男の心がざわついた。
確かに、心がざわついたのだ。
そして一拍遅れて、女の声が聞こえる。
「奴らを倒して―――」
その声に、男の心が震えた。
そして思い出した。
誰かは分からないが、愛したものを奪われたことを。
そして同時に思う。
身体が自由に動く、と。
男は全力で上に向かって気を放つ。
同時に思いっきりジャンプした。
形容しがたい高さのソレを、男は難なく超える。
そして、上の階層に…静かに降り立った。
男は呟く。
「全部…滅びろ…」
―――――――――
それは怨嗟の声か、私の耳にはアレンが確かに苦しんでいるように見えた。
目の前のアレンは、やつれてしまっているけれど、確かにアレンだと感じることができた。
「…アレン!!」
全力で呼びかける。
だが、次の瞬間、全身を強く殴打されたような感覚が私を襲う。
壁際まで吹っ飛ばされた私は…吹っ飛ばした女…アテネを見やる。
「あっはっはっは!!もうそいつは君達の知ってるアレン君じゃないよ?…全部殺したんだ…記憶も、情もね!!」
「嘘ですっ!!そんなの嘘です!!アレン!!早く正気に戻ってください!!」
リリアが荒々しく声を上げる。
だが、アレンはいまだ、ぼーっと突っ立ったままだった。
―――――――
声が、聞こえた。
どこか懐かしい、先ほどの女の声とはモノが違うのを、男は感じた。
―――ン!!
心が満たされる…だが、同時にふつふつと怒りが込み上げる。
確かに、この声の持ち主を、男は知っていた。
だが、それはもう死んだはずの人のもの。男にとってそれは、愛する者への冒涜だった。
(なんで…あいつらが……)
耳がよく聞こえない。
視界はぼやけている。
「うおおおおおおおおお!!」
ありったけの怒りを、その場にぶちまけるように…男は叫んだ。
―――――――――
目の前のアレンが、見たことのない形相で叫んでいました。
私はそれでも叫びます。アテネの言うことが本当なら、また思い出せるかも、と思ったからです。
「アレン!何を怒ってるんですか!!怒りたいのはこっちです!!…くっ…」
言い切ったら、アテネが剣を持って私の方に迫ってきました。とっさに振られた剣を、持っている杖で凌ぎます。
「無駄よ!!今のあいつには、お前たちの声なんて聞こえちゃいない!!さあアレン!!すべてを滅ぼすんだよ!!」
「うああああああ!!」
再び、アレンは叫びます。血の涙を流しながら。
「ぐぅ…っ!…あ、アレン!!何やってんの…よっ!!」
クローディアが血を吐きながら立ち上がりました。私はアテネと戦闘をしているので、助けてあげることはできません。
ですが、クローディアの…その覚悟を決めた瞳を見たら、なんだか私も力が湧いてきました。
「まだ動かないのかっ!?早く動け!!」
段々アテネの顔に焦燥の色が浮かびます。
それを見て、私は確信しました。
アレンは、戻りかけている、と。
―――――二人の声が重なる――――
――――――――
「「アレン!!」」
再びした声に、俺は怒りの叫びをあげた。
やっと思い出した…。この声は、クローディアと、リリアの声だ。
聞きたくて、聞きたくてたまらなったこの声が、今の俺には…死者を冒涜するものにしか聞こえない。
「その声で、俺の名前を呼ぶなぁあああああああ!!」
上空に向かって放った俺の雄叫びは、四角い部屋の天井を吹き飛ばした。
それでも、俺の気は晴れない。
眼が…まだ見えないんだ。
未来が…見えないんだ。
「俺のクローディアと、リリアを…返せええええええええええ!!!!!!」
俺は叫ぶ。泣きながら、いなくなった二人を思って、ありったけの力を込めて、叫ぶ。
周りに誰がいようと関係ない。
全部、吹っ飛べばいい!!
――――――――
「ああああああ!!!」
アテネの悲鳴が聞こえた。
どうやら、今のアレンの叫びでアテネが、吹っ飛ばされたようだ。
もう元通りになっている鉄格子の床の隣で、アレンが膝をつく。
「寝ざめの悪いアレンには、アレが一番効くわ!!リリア!!アレンがもう一回叫びださないうちに…ぶちかますわよ!!…何が俺の名前を呼ぶなよっ!!私たちじゃなきゃ、あんたなんて呼ばないわっ!!」
クローディアのその声に、リリアが大きな声で返事をする。
「…アレですね!!分かりました…!!思いっきり、やっちゃいましょうっっ!!」
二人は駆けだす。夫の元へ。
「「さっさと………起きなさあああああああいッッ!!!!」」
―――――――
(死にたい…。)
そう思い、俺は服の袖で、目をぬぐう。
すると、わずかに自分の視界が、確保された。
そして、俺は目の前の異常な光景に目をまたこする。
完全に、視界が戻った。
思わず、情けない声が漏れた。
「…は?」
目の前に、死んだと思ったはずの…リリアとクローディアが…。
…しかも、こっちに向かって走ってくるではないか!!
(どどどどういうことだっ!?は!?…ま、まさか…最高神の、幻術!?)
一体何が本当で、何が嘘だったのか、頭がパニックに陥った俺は、目の前に迫りくる二人を前に、情けないことだが…棒立ちしていた。
そして…。
ついに…。
「アレーーーーーンッッ!!」
「【猫パンチ】ィィィイイッッ!!」
二人のグーパンチが、俺の腹に吸い込まれるように向かってくる。
それを見て、アレンは再び、涙を流す。
(あ、これ、本物だ。)
全ての疑問が、悲しみが、溶けてなくなるのを感じながら…。
俺の腹に、懐かしく、痛くないが、すさまじい衝撃が襲いかかった。
身体が、数十センチ浮き上がるほどの、素晴らしいボディーブロー…。
そして俺が返すべき言葉は、これだ。
「いてええええええええええええええええ!!何すんだクローディア!リリア!!……全然痛くねぇけど、すっげぇ痛いんだからな!!コレ!!」
「うるさいわよアレン!!このっ!!このぉっ!!」
「ちょっと黙って殴られてください!!この馬鹿アレン!!」
しりもちをついた俺に向かって、まだ足りない、と言わんばかりに殴ってくる愛しの嫁たち…。
「へ!?ちょっ!?ぶべぅ!…まてって!!ぐぶふぅ!!げふぶぅ!!」
ひとしきり殴り終えると、クローディアが、抱き着いてきた。
続いて、リリアもだ。
「…心配、したんですからね!!」
「ぐす…ひぐ…」
俺は、謝罪しなければならない。
二人が死んだと思ったこと。
そして、死にたいと思ったこと。
なにより…最高神に、負けてしまったことを。
「ごめん…。」
俺は二人を強く抱きしめながら、こっちに飛びかかってきそうなアテネを【闘神の威圧】を使い、壁際に追い詰めた。
そして、放置。
今は二人の抱擁が先だ。
身体も、心も、回復していくのを感じながら、俺たちは抱きしめあっていた。
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