ファンタジー異世界って・・・どういうことだっ!?

蒼凍 柊一

第15話 アレンの一番長い2日間~後編Ⅰ~

突如現れた謎のドラゴン。目撃者が多数いるにも関わらず、それを詳細に説明できる衛兵はその場にはいなかった。
2人の青年が剣を交えていたのは証言より明らかだったが、その内容に衛兵隊隊長、ギャンデルは驚きを隠せずにいた。
やれ、伝承にしか出てこない【不死族】の名が聞こえた、だの、ドラゴンが人間に変化した。だのとてもではないが信用できない情報しか彼のもとに集まってこない。だが、彼も衛兵隊隊長に就任してから10年、遊んでいたわけではない。部下に周囲の警戒と、北区近辺の住人に聞き込みと突如として現れた黒い球体の監視を同時に進行させていた。だが、思ったほど情報が集まってこないことと、かろうじて来た情報がまったく取り合う必要もないと思えるほど異常な情報ばかりなことに、ギャンデルは歯噛みしていた。


「なぜだ……なぜこうも……我々がいったい何をしたというのだ……。ドラゴンが都市の上空にいきなりあらわれ、北門を破壊した?はっ!まったく意味が分からん!」


ギャンデルは思考を放棄し、目の前の事態の収拾をつけることにした。
その時。


「なっ!?なんだ!?黒い塊が揺らぎ始めたぞ!?」


突然、いままで静かにそこにあるだけの球体が大きくゆがみ始めた。騒ぎ出す衛兵たち。


直感でギャンデルは、まずい。と思ったが、撤退命令を声に出す前にソレは姿を現した。


カツン、カツン、と悠然と黒い球体の中から、黒髪長髪の禍々しい鎧を身にまとった青年が降りてきた。


「アレと戦うのも飽いた。貴様ら…滅びよ。」


瞬間、黒い球体はそのままに、周囲が爆散する。




衛兵隊数十人と、隊長、ギャンデルはあっけなく、その人生に幕を下ろした。


「ハッハッハ!脆すぎるな!人間!奴を殺しつくしている間に、この都市も……破滅に導いてやろう!!」


狂ったように笑いながら、青年は周囲を黒い炎で爆散させながら歩いていく。城壁都市の北区、リリアとクローディアがいる方へと……






—————―






周囲はまさに深淵の闇のように暗く、深い黒色をしていた。


そこに一人の青年が、痛みに耐えるようにうずくまっている。


青年の体は黒色に浸食されているように所々黒く染まっていた。


彼が、黒い球体に取り込まれてからというもの、彼の目の端に映るログの残存命数が減り続けている。


ー残存命数 8870540ー


いったい何が起きているのか、彼……アレンにはわかる気がしなかった。


思考はできるが、すさまじい痛みが断続的にアレンの体に襲い掛かるため、まともな思考はできなかった。


彼の頭によぎっていたのは、クローディアの最後の泣き顔と、あのアジ・ダカーハの気に障る笑い声だけだった。


そんなとき、声がした。聞きたくない、奴の声だった。


「ハッハッハ!脆すぎるな!人間!奴を殺しつくしている間に、この都市も……破滅に導いてやろう!!」


続いて、映像が彼の頭に流れ込んでくる。
死屍累々と言ったところか。衛兵隊のみんなが、見るも無残な姿に成り果ててしまっていた。あるものは腕が千切れ、あるものは頭が吹き飛んでいた。
アレンはどうしようもない吐き気と、悲しみに襲われるが、痛みがそれを許さない。
せめて、クローディアと、リリアは無事でいてくれ…と彼は願う。


そして、声はつづく。


「フン…見ているか?不死族?キサマが存在するだけでこの犠牲者の数だ……憎いだろう?我が憎かろう?キサマの感情は手に取るように我に伝わってきおるわ…。そうか……その、クローディアと、リリアという獣もどきと人間は殺すな…と?フッ、フハハハハ!!」


アレンはその笑い声を聞き、怒りの感情が顔をのぞかせる。


「我が貴様の様な、『殺す対象』の言うことを聞くとでも思ったのか?片腹痛いわ……。」


ログが更新されている。


ー残存命数 7504812-


これはなんだ?とアレンが思う。すると、アジ・ダハーカがそれに応えるように言葉を紡ぐ。


「キサマ、それが何かわからない…ようだな?いいだろう。特別に我が教えてやろう…ックック…ソレはな…不死族たる貴様の命数だ。あと、その数だけ貴様はその痛みに耐えねばならん。その数がゼロになる前に、精神を崩壊させ、愛しき者の死を嘆き、負の感情を我に与え続けねばならん。なぜ…?だと?面白いことを聞くな?…いいだろう。我の目的を話してやろう。我の目的は、ひまつぶし……だ。」




「ふざける…な!お前の…暇つぶしの、ために、俺や…クローディア、ぐぅっ!…リリアさん…町のみんなを…殺すっていうのか!!」


やっと声を出せるまで、痛みに慣れ始めたアレン。暗闇の中に向かって叫ぶ。あらんかぎりの怒りを。


アレンのログがその間にも更新されていく。


ー残存命数 6459642-


アジ・ダハーカの目から来ていると思われる映像は、北門の前まで迫っていた。周りが塵と化していく。


「おぉ?話せるようになったか?なかなかの精神力だな…だが、それがいつまで続くか…。貴様が早く死んでくれなければ、次の場所に行けんのだ。…貴様には飽いた。さっさと死ね。」


その言葉を最後に、アジ・ダハーカの声はアレンには、聞こえなくなった。


(くそ……もう話す価値もないってことかよ……)


痛みに慣れ、まともに思考できるようになったアレン。
必死で考える。状況を打開する策を。


この黒い闇の中にいても、彼は希望を捨てていなかった。


(俺にはなにがある?ステータスを確認してみたが、使えそうなのは…スキル取得欄にもないか…この痛みの中、まともに動けるかどうかはわからんが、まだ……俺はまだ…生きてる!)


彼は自分を奮い立たせる。そうしなければ、二度目の死の『恐怖』に負けそうだったから。
頭をフル回転させ、今の打てる策を考える。


(奴が使っていた……魔力解放は?今の俺の魔力量だったら、この闇を払えるか?)


アレンは続く痛みのなか、自分の中の魔力を感知する。地球では感じなかった感覚だ。すぐにソレが魔力だとわかると、それを外に広げるように爆散させる。


ードゴォン!!


爆弾を爆発させたような音が周囲に響く…が、アレンの蒼い魔力は、黒い壁に、天井に、床に、すべて吸い込まれるように吸収されてしまう。


(クソ…これじゃあだめか…)


そう思った瞬間。
四方八方から黒い闇が押し寄せてくるのを感じたアレン。
瞬間、今までの痛みとは比較にならないほどの痛みを感じる。
肉を裂かれ、削がれる痛みだ。
アレンの腕の骨と脚の骨が露出する。


「ぐわああああああああああああ!!」


たまらず、絶叫するアレン。
そして、自分の体を見て、驚く。いままでだったら治っていたはずの、負傷。だが、先ほどの黒い闇に引き裂かれた部分は修復しなかったのだ。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……)


気を失いたくても、次からくる痛みに覚醒させられる。それが何度も繰り返される。
アレンの目から、光が失われて行く…


ログが更新される。


ー残存命数 4459062ー


あと、445万回も、殺されなければならないのだ。普通の人間であれば発狂してしまうだろう…


だが、アレンはまだ、正気を保っていた。


彼を支えていたのは一つの『約束』。


クローディアと、リリアと約束した。必ず、生きて帰る。と。


彼は思考する。極限の状態で、極度の集中状態に入った彼は、やがて、ある考えにたどり着く。


(【刻印付呪】を…俺の体に施す…?)


通常、この世界では人体に付呪は施さないことになっている。なぜなら、付呪は魔術的な刻印を刻むもの。その魔術的な刻印は、武器や防具であれば、刻印するときの注入した魔力を糧にし、使用者が魔力を提供すれば、永続的に効果を発動させることができるが、人体に刻むと、その人体の持ち主の命を食らって発動する。人体に刻んだ瞬間。魔力ではなく、魔力の核となっているもの…『生命』を糧とするのだ。だが、核となる『生命』を吸収した刻印はそれが『生命』と同一化するため、魔力の補充は自動化され、発動は意のままになる…という仮説がこの世界では、たてられている。刻印に成功したら必ず死ぬため、確証はないが。


(今の俺には、『生命』がたくさんある…魔力が足りないのは、【魔力増加】の付呪を施せばいい…そして、アレとアレと…アレも刻印すれば…)


アレンの目に光が宿る。だが、失敗すれば死が待っている。


(生命って、俺の場合も適用されんのかもわからんが、このまま待ってても、食い物にされて、クローディアたちも死んじまう………やるか…)


アレンは覚悟を決める。早くやらねば先にアジ・ダハーカの黒い闇に命を食い尽くされてしまう。


(ぐぅうぅううううううう!!)


腰にあった短剣で、魔力を…幾重にも重ねた命を込めながら、脚に刻印を施すアレン。
肉を裂かれるよりも、【痛い】ダメージを精神と肉体に受けながら、我慢しながら書いていくアレン。


その様子は見るに堪えないほどひどいものだった。涎は垂れ流しになり、体液という体液が体中から噴出し、黒い球体の中に血の匂いを数百倍に濃くしたものの匂いや、汚物の匂いなどが充満していく。










そして彼は書き上げた。


数十万、数百万もの命を犠牲にし、彼はついに書き上げた。


彼の骨にはどんな刻印付呪士にも掘ることのできない、数百万の命を犠牲にした刻印が。


彼のロングソードにも数十万の命を犠牲にした刻印が刀身に描かれている。


それは、青白く光り輝きを放つ。


瞬間、アレンの体を飲み込む光。


鈍い音を立てながら、元通りの肉体を形成していく。




そして、ログが更新される。










ー残存命数 1 -










瞬間、周囲を覆っていた暗闇が








光り輝く蒼に、切り裂かれた。

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