底辺騎士と神奏歌姫の交響曲

蒼凍 柊一

乖離

「なんだって!?騎士団の要人を攫った…ってもしかしてカノンさんのことですかっ!?それなら誤解ですよっ?」
「そうだよっ!私たちはあんたたち【白の騎士団ホワイトナイツ】からカノンちゃんが襲われていたのを助けたんです!」
「それに………私はもうあなたたちの…仲間、じゃない」


 カイトとユキが必死にウィゼルに対して弁明し、カノンが冷たい目をしていた。


「…リアナを開放してください」


 セツナは努めて平静を装いながら話す。
 内心はリアナを案じる気持ちでいっぱいだが、今目の前の男から逃げ出すようなことがあれば、それこそリアナは永遠に牢獄に囚われたままになってしまう。


「ンン…やっぱり一筋縄じゃあ…いかないか。よしわかった!これからお前たちと俺とで…勝負をしよう」
「勝負…!?」
「ンン…一対一じゃないぞ?それなら俺が余裕で勝っちまうからな?…お前ら全員と、俺とだ」


 余程自信があるのだろう。
 だがそれも当然の事。一学院生と歴戦の勇者であるウィゼルとでは格が違う。
 ウィゼルは続けて言う。


「……俺が勝ったら、カノンは俺のもの。嬢ちゃンも俺のもンだ。」
「リアナは関係ないだろう!?」
「ンン、あの嬢ちゃン、かなり良い素質を持ってるからな…!是非うちの騎士団に入ってもらいてぇンだよ…それに、お前らが俺に意見できるとでも思ってンのか?」


 眼光鋭くウィゼルは言い放つ。
 それだけでその場に居た四人は動けないほどの重圧を感じた。


「ンン……安心しろ…ないとは思うが、万が一にでもお前らが勝つようなことがあったら…カノンはあきらめる。嬢ちゃンも解放しよう?拒否権はないぞ?」
「なんて…卑怯な…!」
「ンン?強さが卑怯?なにを言ってるンだ?神姫の嬢ちゃン?神姫使い、騎士にとっちゃ強さがすべてだ。…強いか、弱いか、弱いものは強いものに従うしかない、そういう世界だろう?」


 ユキはその言葉になにも言えない。
 セツナは思考を巡らせる。


 ――どうやったら、この男を超えられる…?どうやったら、カノンを守れる…?


 だが、答えは見つからない。
 ウィゼルは最強の神姫使いとされるほどの騎士であり、到底かなう相手ではない。


『俺がやってやろうか?』
「!?」


 不意にセツナの頭に声が響く。


『俺なら、あいつに勝てるぞ…?身体を明け渡せ』


 まさに悪魔のささやき。
 それがもう一人の自分からの呼び声だとセツナは分かった。


 ――俺はお前に頼りたくない…!


『なにを変な意地を張っている?ここで俺が出なきゃ、お前らみんな死ぬぞ…?ククッ』


 セツナは思う。
 これは意地を張っているだけではない。己の存在を駆けた駆け引きなのだと。


 ――お前に俺の体を明け渡したら、俺はどうなるんだ?


『お前を殺してやるよ?…できそこないのお前なんて、いらないからな』


 なんという凶暴性を秘めたものか、とセツナは驚く。
 これでは別人がもう一人自分の中にいるようだ。


『カノンを救えるなら、安いモノだろう?』


 ――俺は…、俺は…!


 カノンを救うために…ヒーローになる為にもう一人の凶暴な自分に体を明け渡すことが正しいのか。
 カノンを救うために自分が犠牲になるのは正しいのか。
 セツナの体から汗が噴き出る。
 頭は痛み、今にも崩れ落ちそうなほど息が荒くなった。


「セツナ……?」


 その様子を見ていたカノンは嫌な予感がした。
 まさかセツナはあのセツナに変わろうとしているのではないだろうか、という予感だ。
 ウィゼルと戦えばきっとカイトもユキも…セツナも無事では済まないだろう。
 リアナだって不憫だ。
 確かに、あのセツナに変わればきっと目の前の男は倒せるだろう。
 だがどうにも嫌な予感がぬぐえない。それに自分のせいで今この状況を招いてしまっていることに、カノンは気付いた。
 だから―――


「ごめんなさい………セツナ……」


 一歩、カノンは歩き出した。
 すべてをあきらめた表情で、また会えるという希望を抱きながら。
 手も足も震えている。だが、皆が助かる道はこれしかない。


「……え?カノン……」
「だめだカノンさん!」
「カノンちゃんダメだよ!」


 セツナは遠ざかる背中に手を伸ばすが、届かない。
 振り返ることのない少女に声を掛けたいが、口が渇ききって言葉がでない。


「ンン……そうだよなぁ?殺しちまう可能性がある俺との闘いより、自分から降伏した方が利口ってもンだよなぁ?…大人になったな!カノン…!!ハッハッハ!!」
「嘘…だろ?」


 やっと出た言葉はかすれていて、カノンの耳に届くことはなかった。


「大丈夫…セツナ。私なら…大丈夫だから」


 ――その団長が嫌で逃げ出したんじゃなかったのか…!?


 そんな思いが止まらない。
 その騎士団長が嫌で逃げ出したのに、自分からそちら側に行くなどセツナには理解できなかった。
 カノンはその身を騎士団長に捧げることによって、皆を守ろうとしていたのに。


『フン…本当にお前はできそこないだな』


 ――うるさい!お前に俺の何がわかるって言うんだよ!お前はカノンを助けたくないのか!?


 セツナはもう一人の自分に向かって叫ぶ。
 この状況をどうすればいいんだ、と。
 なんとかできるなら、なんとかしてみろ、と。
 叫んでしまったのだ。








「おい、待てよデカブツ」






 ――!?




 セツナ・・・の意志とは関係なく、口が勝手に動いていた。
 意識は完全には死んでいない。
 完全に自分と言う存在が居ながらにして、体が勝手に動いている感覚だ。
 もう一人のセツナが、現れたのだ。


「カノンは俺のモノだぞ…?勝手に触れるなよ」


 その刹那、ウィゼルの顔つきが変わった。


「なんだとこのクソガキが…?もう一回言ってみろ…」
「何回でも言ってやる。カノンは俺のモノだ」
「っ…ククク……ハッハッハッハッハ!!おいクソガキ……俺をホンキにさせちまったみたいだなぁ?」
「セツナ…!?」


 完全にセツナはもう一人のセツナに変わっていた。
 目は青色に変わり、声のトーンが先ほどとまるで違う。


「いいぞ…!勝負してやる…!!お前なンて、神姫なしでも殺せるからなぁっ!!!!」
「ごたごた言ってないで、さっさとかかってこいよ?」


 セツナは腰に差していたナイフを取り出す。


「そンなもンで勝てると思ってンのかぁ!?」


 次の瞬間、戦闘が開始された。
 ウィゼルが大剣の重量をものともせずに目にもとまらぬ速さでセツナへと切りかかった。


「【善行には報いを、悪行には罰を、大義あるものに力を】!」


 一拍遅れてカイトは言葉を紡ぎ、甲冑を纏う。
 大剣とナイフ。勝負は分かり切っている。
 それにカノンとセツナの距離が空いているせいで、セツナは神姫を使えない状態であるとカイトは判断した。
 とっさにウィゼルとセツナの間に入ろうとするが…。


「邪魔するな」


 低く、冷たい声をカイトは聞いた。
 ボソリと言った言葉だが、確かにそれはカイトの耳に届いたのだ。
 本当に介入を望んでいない声だったため、動きが止まってしまう。


「一人で十分だ」


 そう言いながらセツナは迫りくる大剣を完全に見切る、
 甲高い音が学院の広間に響いた。


「俺の一撃をナイフで…!?」
「思ったよりお前の一撃…軽いのな?」
「弾いたっ!?あの大剣を!?」


 だが、ウィゼルも普通の人ではない。
 素早い動きで次、また次と斬撃を繰り出す。
 しかしセツナはそのこと如くを避けたり、いなしたりと人間離れした身体能力でかわし続ける。


「僕も…セツナの力に…!」
『やめといた方がいいよ…カイト…あの空間に割って入ったら、カイトまで殺されちゃう!…それに、セツナ君の邪魔をするのも…』
「…」


 ユキに諌められ、カイトは動き出す足を無理矢理止めた。


『いくらカイトが私を使ってても…きっとあのウィゼルには勝てないから…』
「…くそ…見てるしかないって事か…!」

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