底辺騎士と神奏歌姫の交響曲

蒼凍 柊一

教官

 教室へと入ると、無言の視線がセツナの体を突き刺す。


 ――なんだ?この空気?


 誰もがセツナを警戒しているような、そんな空気だ。
 セツナには理由がわからないのでいつも通り席に着いた。


「おはようセツナ。色々と噂が入ってきてるよ?君、Sevenseと一緒にいたんだって?」
「おはようカイト…。もう噂になってるのか……なるほど、教室の空気がこんなのはそういうことか…」
「で、なにがあったんだい?もしかして…昨日覚醒して、実は神姫だったSeveseと契約した…とかかい?」


 教室の席に着いたと同時に隣のカイトがこそこそと話しかけてきた。カイトとは入学した時からの友人で、その気さくな性格、神姫使いとしてのそこそこの実力を持つ好青年だ。


「…それが…なんかよく覚えてないんだよな…」
「覚えてない…?」


 その時ガラリと教室の扉が開き、一人の女性…リリア・アレクディ教官が入ってきた。それと同時にセツナを含めた生徒全員が起立する。
 カツカツと靴の音を鳴らしながらリリアは教室の壇上へと上がる。そのタイミングで生徒全員が挨拶をした。


「「おはようございます!」」
「おはよう。貴様等。……さて、噂には聞いているとは思いますが…今日、セツナくんの神姫として編入生が来ます」
「……」


 教室の空気が一段と重くなった気がした。
 男子生徒はセツナを親の仇を見るかのように睨んでくるし、女子生徒は好奇の目で見てきた。


「入ってください」


 リリアが手招きすると、やはりカノンが入ってきた。
 ざわざわ、と一気に教室が騒がしくなる。当然と言えば当然だ。なにしろ有名な歌姫、Sevenseが目の前に現れたのだから。
 他の女子生徒と比べても比較にならないほどのスタイルのよさ、現実離れしたそのナマの美しさに全員が息をのむ。
 そしてとうの本人はというと。


「……カノン・ナナミ、です」


 ぺこりと一礼して、黙り込んだ。


 ―――自己紹介それだけ……?というかこっち向き過ぎ!?


 セツナは壇上に立つカノンの熱い視線を一身に受けながら、冷や汗をかく。


「さぁ貴様等ぁ!……仲良くしてあげてくださいね!?…カノンちゃんが有名な人だからってオイタしちゃだめなんだからっ☆」


 数秒の間があいた。
 それにリリアがブチとキレた。


「朝から面倒な手続き踏んでやっと成功したんだ…わぁ、とか言え」


 ドスの効いた暗く、低い声。最初の可愛さとは一変した雰囲気にセツナは胃が痛くなってきて、逃げ出したくなっていた。


「おいセツナどういうことだぁ!!」
「テメェ俺たちのSevense様…カノン様に一体何をしでかしてくれてんだ!」
「ぜってぇ許さねぇ…!!」
「今日は実戦訓練の日だからな…ぼっこぼこにしてやらあ!!」


 男子生徒の怒号が飛び交う。
 教室はてんやわんやの大騒ぎだ。中には泣き出す男子生徒や、思わず悲鳴を上げている女子生徒までいる。
 だが、一人だけ冷静な女性が声を上げる。


「おい貴様等…まだ私の話が終わっていないのだが?」


 バキィ!!という轟音と共に教卓が真っ二つになった。
 しん、と教室が静まり返った。


「静かにしろ。いいな?」


 壇上の教官の声に生徒たちが一斉に返事をする。


「「はいっ!」」
「返事はイエス・マイ・ロードだろう?」
「「イエス・マイ・ロード!!」」


 ――相変わらずリリア教官は怖い…。まぁでも助かった…これで俺に皆からの集中砲火が来ることはなくなったよな…。


「……セツナくんはあとでカノンちゃんと先生のところまで来るように」
「逃げられない、か…」
「なにか言ったか?あと返事は――」
「イエス・マイ・ロード!!喜んで!!」


 値踏みしているような目でセツナをリリアが見てきたので、思わず姿勢を正してしまう。
 どうせカノンと一緒にいたことについて質問を受けるのだろう。


「は~いそれじゃあ貴様ら~解散ですぅ☆!!」


 教官はそれだけ告げると教室の外に出て行った。
 途端に生徒たちの群れに囲まれるカノン。


「サインください!!」
「ちょっと、押さないでよ!」
「俺と、俺とチューしてくれぇえええ!」
「お前…何抜け駆けしてんだよっ」
「男子は後よっ!!女子が先でしょっ!!レディファーストの精神を忘れたのかしらっ!!」


 まさしく餌にたかるアリ…という表現がぴったりな光景だった。
 そんな中、ちょいちょい、と背中をつつかれて、セツナは後ろの方へ体を傾ける。


「セツナ君、おめでとう!騎士に成れたんだね?」
「ユキ…あぁ、ありがとう…」


 ユキと呼ばれたこの少女はカイトの神姫だ。性格は明朗快活、という言葉がぴったり当てはまるほどのお転婆さんだ。


「…キミも大変だねぇ」
「お前は絶対楽しんでるだろ…カイト」
「当たり前じゃないか?」
「こりゃまたビックネームと契約したねぇ…」
「いや…それが良くわかんないんだよ…」
「そういえばさっきもよく覚えてないとか言ってたけど…一体どういうことだい?」


 セツナはユキとカイトにありのままを話した。
 昨日の夜カノンと出会ったこと、覚醒して騎士団の連中から逃げ切ったらしいこと、契約に必要不可欠な【契約の言葉ラストリア】を覚えていないことをだ。


「…白の騎士団ホワイトナイツが彼女を…?にわかには信じがたいが…」
「なんだよカイト…俺が嘘ついてるっていうのかよ…」
「いや、そうじゃない。白の騎士団ホワイトナイツが彼女を求める理由がよくわからないんだよ」
「そうだよね?…神姫が必要だったら、持ち主の居ない姫科の生徒たちをピックアップして、根こそぎ攫えばいいのに」
「おいユキ…発想が飛び過ぎじゃないか……?」


 セツナはとんでもないことを言い出したユキを咎めるが、カイトがそれに同意する。


「いや、あながちユキの言ってることは間違いじゃない。それだけのことができる騎士団なんだよ…【白の騎士団ホワイトナイツ】は」
「…じゃあ…なんで…」
「それがわかれば、ここでこんなに悩んでないだろう?それに君のことも謎だらけだ。初めて聞いたぞ?幼少のころの記憶があんまりないとか…」
「…ホントに記憶がないんだからしょうがないだろ…それになんでカノンが追われてるか本人に聞く暇もなかったからな……」
「それに【契約の言葉ラストリア】を覚えてないってのは神姫使いとして致命的だよね…?そのあとカノンちゃんと神姫契約したの?」
「いや、してないし…カノンがそういう素振りをしてないから…」


 三人でセツナ達が話していると、カノンを囲んでいた男子生徒が勇気を出して一つの問いかけをしていた。


「セツナ君と神姫契約はしたんですよね!?ですが貴方には彼氏とかいるんですかっ!?セツナ君が彼氏じゃないですよね!?」
「そうだそうだ!あいつとはどこまでいったんだ!」
「なんか面白そうなこと話してるよ?」
「こらユキ…あまりセツナをからかうんじゃない」
「変なこと言うなよ…カノン…」


 セツナの祈りは…打ち砕かれる。


「セツナとは……一緒に(同じ屋根の下で)寝たくらい…?」
「ッッ!!」


 ――大事な部分が抜けておられるぅ!?


 一斉に殺意を帯びた視線がセツナの方へ向く。


「セセセ、セツナ君!?ソウいうのは、もっと契約が長い騎士と姫がやることじゃないの!?」
「…こりゃあセツナ…覚悟を決めたほうがいいよ?…僕は助けないから…あはは…!」
「…おい、誤解だ…俺は何も…!!」
「【底辺騎士できそこない】のくせに…!」
「そうだっ!お前ふざけんなよっ!俺たちより弱かったくせに!!」
「俺にもあんな可愛い神姫がいたら…羨ましいぞコノ野郎!!」


 次々と捲し立てられる言葉。
 セツナを中傷するものはあったけれど、誰が何を言っているのか理解できる状況ではない。
 今この場は妙なテンションになりつつある。
 それは全部壇上の…未だ質問攻めにあっているカノンのせいだろう。


「カノン!!」
「……なに?セツナ?」
「逃げるぞ……!!」


 セツナは立ち上がり、包囲している男子たちの上を跳んだ。
 そして、教室の一番前にある壁に垂直蹴り、カノンの居る方へ飛び込み、彼女を抱き抱えた。その勢いでドアをぶち破り、セツナは全速力で執務室へと向かった。
 あとに残された生徒たちは呆然とする。
 その中でカイトとユキも驚いた様子で固まっているが、しばらくすると口を開いた。


「…あの動き…すごいな…神姫を使っても僕にはできないぞ…?」
「わぁ…セツナ君…身体能力結構すごかったんだねぇ…」


――――――


「セツナ…苦し……」


 廊下を全力疾走している中、肩に担いでいるカノンがうめき声をあげたので、ハッとする。


「あ、ご、ごめん!」
「……んんっ……けほっ…どうしてそんなに急いでるの…?」
「教室でカノンがあんなこと言うから……もう少し言い方ってものがあるだろう?」


 セツナがカノンを下ろしながら抗議すると、カノンは首を左に少し傾げた。


「……じゃあなんて答えれば……合格……?」


 その問いにセツナは悩んだ。
 段々とセツナの中に焦燥感のようなものが浮かんでくる。


 ――神姫と神姫使い?いや…俺は【契約の言葉ラストリア】を覚えてない…。


「…そういえば、カノンは…俺との【契約の言葉ラストリア】覚えてる?」
「……私も昨日の夜の記憶…あんまりないから…」


 ――やっぱり…っていうことは俺はカノンとは契約してないってことになるんじゃ…。


 口を開きかけたその時、カノンの背後に急にセツナは気配を感じた…よくない気配だ。


「危ないっ!!」


 とっさにセツナはカノンを抱きしめ、後ろへバックステップした。
 間一髪と言ったところか…いままで二人がいた場所を剣が薙ぎ払ったのだ。


「誰だっ!?」


 態勢を立て直し、セツナは襲撃者に対して吠える。
 そこに居たのは…


「おやおや…今のを避けるとは…私が睨んだ通り…覚醒したみたいですね…?」


 不機嫌な顔をしながら、剣を片手に持った教官…リリアがそこに立っていた。

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