底辺騎士と神奏歌姫の交響曲

蒼凍 柊一

朝食をともに

 窓の外で小鳥が啼いている。
 古びた木で出来た二階建ての家…その一室。
 男子学生の部屋とは思えないほど整理整頓が行き届いている部屋に、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。


「…ん…ここは…?俺の部屋…?」


 体を起こそうとするも、鉛のように体が重く起き上がれない。
 昨日の夜激しい運動でもしたような…そんな疲れが体に残っているのだ。
 時計をみると、朝の7時を指していた。
 学院に行くのは9時からなので、まだ間に合うことに安堵する。
 それと同時に体の痛みが気になってきた。何かしただろうかと、まだ目覚め切っていない朦朧とした頭で昨日のことを思い出す。


「~~~っ!?あぁあああ!!」


 途端に激しい頭痛がした。頭の中身に直接ナイフを差し込まれたような、そんな痛み。そしてフラッシュバックする記憶。
 歌姫のSevenseの少女。
 彼女はこちらに向かって言ったのだ。


 ――『……私、神姫なの。契約して?セツナ』


 そこまで思い出すと息が荒くなり、頭痛が増してくる。
 だが、思い出さなければならない。
 なぜかは分からないが、早く思い出さなければならない、と自分が叫んでいる気がした。


「くっ…はっ、ぅぅぅ…!!」


 ――思い出せ、思い出せ、思い出せ…!!


 脳内をかき分けるかのように頭を激しく振って、思い出す。
 そして、ついにソレは見つかった。


「そうだ…俺はカノンを助けようとして…!!」


 昨夜の記憶が鮮明によみがえった。
 だが、何かに不条理を感じてそれからの記憶が全くない。
 肝心の、カノンがどうなったかがわからないのだ。


 ――こんなところで寝てる場合じゃないぞ!俺!!


 重い体を引きずり、壁にぶつかりながらも部屋の扉を開け、廊下に出る。
 そこは見慣れた木の通路。そこをまっすぐに進み、階段を下りる。そして一階の居間へと続く扉の前に立った時、中からいい匂いがしてきた。


 ――朝食の準備…?でもいったい誰が…?まさか…。


 この家には今、家主のルナ、そしてリアナとセツナしか住んでいない。リアナは生徒会に入っているため、この時間にはもう学院に行っているはずなのだ。家主のルナは3日後にしか返ってこない。
 であれば…いまこの先に居るのは一人の人物しか思い当たらない。


 ――頼む、無事で…いてくれ!


 ガチャリ、と軽快な音を立てて開いた扉の先には…


「おはよ……セツナ。今起こしに行こうかと思ってたの……」


 エプロンをして、学院のひらひらしたスカートをしたカノンが立っていた。
 その姿を見るや否や、セツナは膝から崩れ落ちる。


「……!」


 体の力が入らない。
 騎士団の連中から逃げ切れた。そんな安堵で胸がいっぱいだった。


「どうしたの?」


 カノンはセツナの目の前まで歩いていき、膝を地面について顔を覗き込む。


 ――外傷もないし…本当に無事みたいだ。でも、どうして…?


 未だあやふやな記憶を探る。やはり目の前の少女と一緒に自分がいるのか理解ができない。何かに不条理を感じたのは覚えているのだがその先の記憶がないのだ。


「どうしてって…こっちが聞きたいくらいなんだけど…俺達がどうやってここまで来たのか記憶がないんだ。君は何か知ってる?」
「……」


 ふるふると首を横に振るカノンの様子を見て、セツナは疑問が深くなる。


「君も、覚えてないのか…?」
「うん…セツナと会って…あの人たちに追われたところは覚えてるけど……そのあとは覚えてない」
「そうか……」


 覚えていないものはしょうがない、とセツナは思考を切り替えた。
 何はともあれ、生きているのだ。それが最重要事項であり、事実だ。
 そこまで考えが至ると、途端にこの部屋に漂う焼けたトーストの匂いに腹がぐぅ、となった。


「朝食……できてるから、一緒に食べよ?」
「そうするか……」


―――――


「……私が作ったんだよ?どうだった……?」
「あ、ああ、すごくおいしかったよ」
「……よかった……」


 トーストに、簡単なサラダ、デザートと朝から量がさっぱりと食べられてとてもおいしかったのだ。
 全てカノンが準備してくれたということで、彼女の手料理が食べられただけでもセツナはとても満足していた。
 すると、向かい側に座っていたカノンが徐に立ち上がり、セツナの隣に座った。そしてセツナの右腕を抱きかかえて、体を擦り付けてくる。


「カカカ、カノンさん何を…!?」
「カノン、って呼んで?」
「えっ、あ、ああ…」


 さん付けで呼んだ途端に恨みがましい目でにらまれたので、セツナはあわてて言葉を訂正しようとするが、そんな場合ではないないことに気付く。
 年頃の男の朝はいろいろと大変なのだ。こんなに密着していては寝巻越しにソレに触れられてしまうかもしれない。セツナの頬を嫌な汗が伝う。


「って、そうじゃなくてっ!何をしてるんだ…?」
「ダメ…?」
「いやダメじゃないというか、むしろうれしいというか…」


 朝食の良い匂いではなく、密着する女性の匂い。甘い、男の本能を刺激する匂いだ。


 ――ヤバイ、これはヤバすぎるっ!!


 ソファの隣なので、片腕を体全体でホールドすることができる…故に、指先にあたるカノンの大事なところとか、太ももに挟まれているところとか…やけに生あたたかいその感触に女慣れしていないセツナはまさしく硬直してしまった。
 そして線の細いその体についている…自己主張激しい胸がやたらと視界に入ってくる。制服を着ているはずなのだが、この弾力とはまったく恐れ入る。がっちりとつかまれているせいで身動きが取れない。


「あ、あの~カノンさん?」
「………」
「無視…?」


 とりあえず離れてもらわないとセツナのソレが段々と凶器じみてくるのでやめてほしいのだが、呼びかけても一向に反応しない。


「ね、ねぇ…君……どいてもらわないとそろそろ俺ヤバイ…」
「……カノン」
「え?」
「……君、とか、さん、とか嫌。カノン、って呼んで」
「そういうことなのかっ!?」


 こくりとカノンは頷く。
 どうやらそういうことらしい。もうセツナの理性は半分はじけ飛んでいたので一刻もこの歌姫様にはどいてもらわないと襲いかねない。
 意を決してカノン、と呼ぶとあっさり口から出たので自分でも驚いた。


「なに?」
「っ……!!」


 嬉しそうな顔をしてこちらを見るカノンにまたもや硬直してしまう。
 激しくなる動悸、荒くなる息。


「はぁはぁはぁはぁ…!!」
「……?セツナ、顔赤いよ…?どうしたの?」
「どうしたもこうしたも…これはヤバイって…!!…死ぬ!」
「えっ…!?死んじゃやだ…!」


 余程カノンはセツナを大事に思っているのだろう。死ぬ、という言葉に過剰に反応した彼女は腕を開放し、胴体へと抱き着いた。
 先ほどより感じていた感触が、もっと生々しくなった。


「おうふっ!!」
「セツナ!?」
「ちょっ!ヤバイ!!これはヤバイ!!いいから、大丈夫!うん!」
「死んじゃいや!!」
「わかったから!死なないから、大丈夫!」
「ホント…?」


 その言葉に安心したのか、カノンはゆっくりとセツナから離れる。


「はぁはぁ……あぶねぇ…一体どうしたっていうんだよ……いきなり抱き着いてくるなんて…?」
「……セツナがなんだか顔色が悪いから…」
「低血圧なんだよ……朝に弱いんだ…」


 額に流れる汗をぬぐうセツナ。すっかり体は暖まり、ソレはまだ立っている。
 ソファから立てないセツナは時計を見やると、学院へ向かう準備を始めないといけない時間になっていた。


「そういえば…カノンはどうするんだ?俺はこれから学院があるんだけど…」
「リアナさんが転入手続済ませておいてくれるって言ってた……」
「リアナが!?え、というか学院に一緒に来るのっ!?」
「うん……セツナの神姫として入学するから……よろしくね?」


 セツナは嫌な予感しかしなかった。


―――――


 ざわざわ…
 うるさい、とセツナは思う。


「なぁ…あれって…【底辺騎士できそこない】とSevenseじゃないか…?」
「え~何言ってんだよお前…あんな奴と歌姫が一緒に…って…」


 全員が全員、こちらを見てアホみたいに口を開けているのだ。
 うざったらしいこと、この上ない。


「セツナ、みんなこっちを見てるけど……」
「カノンが歩いてれば、そりゃみんな見るだろう…大人気だからな。Sevenseは」
「……そうだったんだ…」


 なぜかいきなり暗い顔になるカノン。
 理由を聞いてはいけない気がしたのでそのまま二人は学院へ続く坂を上る。
 坂を上り切るとそこにはいつも通っている学院の姿があった。
 相も変わらず豪奢なつくりをしているそれは、最初こそ目新しくてわくわくしていたが今では見慣れてしまったのでどうでも良い光景である。
 年月を経て蔦などが絡まっている塀に赤茶けた木で出来た大きな門。
 外門を潜り抜けて敷地内の広場に入ると、毎朝恒例の挨拶が始まった。


「「「おはようございます!!」」」


 学院の生徒会の朝の挨拶だ。
 前の学生にはきちんと挨拶していたのに、なぜかセツナとカノンは素通りだった。
 正確には、カノンを凝視しすぎて、挨拶を忘れたのだ。


「おはようございます。お兄様」


 ただその中の…ひときわ美しさが際立つ黒髪が目立つ少女は、挨拶をした。
 リアナだ。


「ああ、おはよう……」
「……(ぺこり)」


 学院の一年生にして、Sランク級の実力と言う規格外なリアナ。
 そんな完璧なリアナの兄である…【底辺騎士できそこない】…セツナ。
 彼ら二人は学院内ではかなり有名な方だった。
 もちろん…リアナはプラスの方向で、セツナはマイナスの方向で…だが。
 ここで問答をする気はないらしい。
 リアナは無言の威圧をセツナに掛けながら、セツナは背中に妹の冷たい視線を受けながら学院に入るのだった。


(今日は…大変な一日になりそうだ…)


 荘厳な装飾がなされている天井を見上げ、セツナはそう思った。

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