底辺騎士と神奏歌姫の交響曲

蒼凍 柊一

覚醒

「どういうこと…?」


 セツナは抱き着いてくる少女に聞き返すが、少女は小さく嗚咽をもらすだけでセツナから離れようとしない。
 なおも離れない少女の体にセツナは顔が熱くなるのを感じた。


「き、キミSevenseでしょ…?なんでこんなところに…」


 次々と湧き上がってくる疑問。すり寄せられる身体。
 ふにふにとする感触がとても心地よくて、セツナは一瞬意識が飛びそうになった。


「やっと……やっと会えたの……」


 数分だろうか…、抱き着いたまま離れなかった彼女は一通りセツナの体を堪能すると、次第に離れて行った。
 向き合うと月明かりに照らされた笑顔が見える。


「名前…教えて…?」


 消え入りそうだが、どこか心地よい響きを持った美しい声がセツナの耳に届く。


「な、名前?俺の名前はセツナ・ヴェルシェント…だけど……」
「セツナ……私はカノン………カノン・ナナミ……」
「カノン……さん」


 映像の中でしか見れなかった憧れの歌姫に出逢えた、そしてあまつさえ抱き着かれた高揚感がセツナを襲う。


「それでカノンさんはどうして…」
「……カノンでいいよ?セツナは学院の生徒?」
「う、うんそうだけど…」
「……私、神姫なの。契約して?セツナ」
「えっ!?君、神姫だったの!?」


 いきなりの暴露にセツナはたじろぐ。しかも自分と契約したいと申し出てきたのだ。
 だが、自分はまだ騎士に覚醒していない。契約の時に交わすべき【契約の言葉ラストリア】を持っていないのだ。


「……セツナ?」


 カノンは暗いセツナの顔を覗き込み首を傾げた。


 ――情けない。


 その想いだけがセツナの頭を支配する。憧れの歌姫がいて…その人が実は神姫で…しかも自分と契約をしてほしいとまで言われた。
 なのに自分は、返すべき言葉を持ち合わせていない。


 ――なんで俺は…。


 再び自分自身に疑問を投げかけるが答えはない。
 その時、路地の先から男の声が響く。


「居たぞ!!あそこだあああ!!」
「なんだっ!?」


 声がした方を向くとそこには白い甲冑を着た男…最強と名高い【白の騎士団ホワイトナイツ】の騎士がいた。
 あきらかに友好的ではないその視線にセツナはたじろぐが、どうやら狙いは隣に居る歌姫のようだと瞬時に判断した。


「君、追われてるの…!?」


 セツナの目の前の歌姫は悲しそうな顔をして、そっと目を伏せる。
 その仕草はとても…セツナの心を打った。
 儚げで、悲しげで…それでいて寂しげで…守りたい、とセツナが思うのは当然のことだった。


「逃げよう…!!」
「待て!!その女をこちらへ渡せ!!」


 勇気をもってカノンの手をとり、来た道を引き返す。
 手を引かれながら走るカノン。


 ――訳が分からないけど…これが正しい判断だっ!!


 セツナは後ろから追いかけてくる男を振り返らずにカノンの手を引く。
 だが、途中でカノンは小石に躓いてしまった。


「あっ…!」
「危ないっ!」


 とっさにカノンの体を抱え、持ち上げる。
 羽のように軽いように感じられるその体はどこまでも熱く…温もりを感じた。


 ――絶対に、守って見せる。


 そう固く誓い、カノンを横向きにして抱きかかえる…所謂お姫様抱っこという奴だ。
 抱えながらカノンの顔を見ると、紅潮した顔でこちらを見つめて来ていた。
 つられてセツナも自身の顔に熱を感じるが、今はそんな場合ではない。追われているのだ。


「待てぇぇええええ!!」
「しつこいなぁっ!!」


 騎士の男はいまだに追いかけてきている。
 セツナは川辺の通路から路地裏に入った。だが瞬時にその判断が間違いだったことを悟った。
 路地の奥で、白い甲冑を着たいかつい男がこちらに向かってくるのが見えたのだ。


 ――挟み撃ちかっ!?


 前にも後ろにも騎士がいるこの状況。打開できる策などセツナは持っていなかった。
 どうしようもなくなり、足がまったく動かなくなるセツナ。


「騎士団長…ターゲットが一般人と接触していますが…どうしますか?」


 前にいた男が魔法でどこかにいる「隊長」に呼びかけた。
 通信用の魔法を起動させているのだろう。
 「騎士団長」への問いかけに、すぐに答えが返ってきたようで、男は改めてセツナの方へと向かっていく。


「…カノン・ナナミ。【白の騎士団ホワイトナイツ】の騎士団長から言伝だ!!今すぐこちら側にこい!そうすればその一般人の命だけは助けてやろう!!…抵抗するのならば…その一般人を殺す!!」
「やっと追い詰めたぞ…!」


 前と後ろから来る騎士たちに、セツナはなすすべもない。


 ――このままじゃ…カノンが…!


 武器はない。魔法はセツナには使えない。


「聞こえなかったのか!今すぐこちらにこい!さもなくばそいつを殺すぞ!!」


 再び男が叫ぶ。
 セツナは思う。アイツは敵う相手じゃない。と。
 体格的にも、能力的にも自分は多分相手より劣っている。しかも相手は白の騎士団ホワイトナイツだ…この国でも屈指の実力を持つ彼らに、一学生…しかも騎士として覚醒していない自分には敵う道理がない。
 だがセツナは同時に、彼女を守る為に戦わなければ…という思いも持っていた。


 ――戦う…しかないか。


 セツナは、嫌な予感しかしなかった。
 追われている…人気の歌姫にして、神姫であるカノン。
 捕らわれた彼女がどういう目に合うかは…なんとなく想像がついた。
 騎士団で【使われる】共用の神姫にさせられる…これは最悪のケースだが…。
 共用の神姫とは、特定の神姫使いと契約を結ぶのではなく、複数の神姫使いと契約を結び、体のいい「道具」として扱われるというモノだ。
 神姫にとっては複数契約はけっして良いものではない。
 本来神姫とは、神姫使いと神姫の一対一の契約で力を貸し与える…というもので、そこには【信頼】と【絆】が必要なのだ。
 信頼が無ければ、絆がなければ神姫は力を与えることができない。
 だが、その信頼なしで一時的ではあるが、神姫を使うことができるようになる方法もある…という噂をセツナは聞いたことがあった。
 その方法は…粘膜同士による魔力のやりとりだ。
 端的に言えば…接吻。もしくは性交によるもの。
 それを複数人とやりとりすれば、一人の神姫でも、複数の神姫使いが使うことができる。
 …彼女が捕まれば、ひどい目にあわされるのは目に見えている。
 路地の壁を背にして、セツナは二人の体格の良い騎士を相手取った。


「ど素人が…本物の騎士にかなうと思ってるのか…?」
「うあああああああ!!」


 もとはと言えば二対一。敵う道理がないのはしっかりわかっていた。
 けれどセツナはどうしても…許せなかったのだ。
 後ろで震えている彼女の様子を見れば追いかけまわしていた男二人への怒りで、拳が堅くなる。
 だが、現実は非情。
 訓練された騎士に、ただの学院生徒など敵ではない。


「おらぁ!!」


 二人の騎士はセツナに一気に襲い掛かる。


「ぐぁあ!!」


 襲いくる拳にセツナはなすすべもなく蹂躙された。
 腹、みぞおち、腕、足…すべてに打撃を受け、吹っ飛ばされてしまう。


「いや…いやぁ…!セツナ…!」
「おとなしくしろっ!」


 カノンの弱々しい抵抗など諸共せず、騎士はカノンを縛り上げた。


「よし…良い子だ…団長。ターゲットを捕らえました。ええ…無傷ですのでご心配なく…。え?傷がつかないように縛っておけ?…わかりました。一般人の男は…ああ、あれは騎士学校の生徒のようです…」


 カノンが縄で両手を縛られる。
 拳に力が入るのを抑えられない。
 セツナの掌に爪が食い込み、血が流れた。


「彼女を放せっ!!」
「少年。この女のことは忘れるんだ。いいな?…この女はいまから白の騎士団ホワイトナイツの騎士団長様のモノになるんだから…あきらめろ」


 噛み締めた唇から血が滴る。
 体中に受けた打撃が確かなダメージとなっていて体が動かない。
 そのセツナの様子を見て、白衣をまとった男は鼻で笑う。


「ハッ…なんだ?悔しいのか…?憧れの歌姫様を他人にとられて悔しいのは分かるが、明らかに君には分不相応だ。生かしてやったんだ。さっさとどこかに行け…」


 ――これが騎士団のやることか!?


 セツナは絶望する。この腐りきった騎士団の男たちに。
 本来騎士団とは人々を守るためのモノ。
 こんな非道が許されていいわけがないのだ。


「さて、団長が来ない間に…先に味見しても問題ないよなぁ…?こんなにいい女を味わえる機会はそうそうないだろうし…ふふふ……」
「そこそこにしておけよ?団長に殺されても俺は擁護しないからな」


 男の一人はカノンを強引に抱き、唇を奪おうとする。


「…や、放してっ…!!」
「やめ…ろ……」


 その瞬間、セツナの感情は…限界を超えた。
 突如としてフラッシュバックする記憶。


―――なぜ、世界は不条理に満ち溢れてるんだろう


 そう、悪態をつきながら思い出す。
 焼き尽くされた村を。
 焼き尽くされた父親を、母親を。


―――なぜ、俺は力がないんだろう


 そう、嘆きながら思い出す。
 自分を抱きかかえる女性の姿を。


―――なぜ、彼女があいつらのモノにならなければいけないんだろう


 そう、憤りながら思い出す。
 優しげな瞳をした…少女の姿を。


―――それは全部……俺に力が無いからだ…。


 これは昔の記憶だろうか?今はそんなもの何の役にも立たない、とセツナはすぐにそれを意識の外へ追いやる。


―――今は…守り抜ける力が欲しい…!!


 悔しい。
 守りたい。
 目の前の彼女を、なんとしてでも、守り抜きたい。


 【底辺騎士できそこない】だと、あきらめたくない。


―この瞬間だけでも、俺は…!!


 そこまでセツナが思い至ったとき、彼の眼の色が…深い蒼色へと変貌した。




「ふざけんな…」




 地面に組み伏せられながらも、今までとはまるで違うトーン…低く、威圧感が籠ったそのセツナの声に、男は反応せずにはいられない。


「は?誰に向かって口をきいてるんだ?…そんなに死にたいってのか!?」
「お前こそ…誰に向かって口を訊いてやがる……このクズがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 溢れ出す魔力の奔流。
 セツナの内にたまった魔力が爆発したのだ。
 決して…解き放たれることのなかった…絶対の力が、覚醒した瞬間だった。
 その蒼い魔力は男を吹き飛ばし、路地の脇にある家の壁へと激突させた。


 カノンは凄まじい魔力の奔流の中…無事だった。
 この魔力の爆発で拘束していた縄だけが千切れ、彼女だけが無傷で無事だったのだ。


「来てくれ…カノン…。キミは…俺の神姫だろ?」


 人の変わったようなセツナの姿に、カノンは涙を流していた。
 カノンの朧だった記憶の中の【彼】が、目の前に現れたからだ。


「…セツナ…私はあなたのモノ…あなたは、私のモノ……」


 駆け寄り、抱き着くカノン。


「お願い…一緒にイこ…?セツナ…」


 再びセツナから強い光が放たれ、暗い路地を照らした。

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