雪月風花、ばーちゃるせかいを征く酔狂な青年

蒼凍 柊一

日々鍛錬

 それからわたしたちは街に戻ったわけである。
 今回の話しでおそらくわたしたちのギルドが立ち上がるのは間違いない。蛍殿は交渉ごとは独りのほうがやりやすいからといい、独りで『セントラル』に行ってしまわれたのだ。
 当然、残されたわたしと清明殿とミカンは待機である――というより、明日の朝話をしたいと蛍殿が言っていたので、本日は解散という流れになった。
 わたしは一度は宿屋の自室に行ったのであるが、どうにも寝つきが悪く、独りで南の草原を散歩することにしていた。


「良い月であるなぁ」


 見上げた空には黄金の月が輝いている。
 現実とはかけ離れたその美しさに目を奪われてしまう。
 余談ではあるが、この街は層状になっているこの世界の、最下層に位置するらしい。最下層といっても、空を見上げると月があるように、地下に造られている設定ではなさそうである。ミカン曰く、世界一つ一つが巨大な塔によってつなぎとめられているとのことである。
 良くわからぬが、そういうことらしい。


 しばらく歩くと、案の定魔物が出てきおった。
 イノシシのような魔物――シャドウボアである。数は二体。
 どちらも直線的な動きをする魔物であるが、その体当たりの威力は初心者プレイヤーであれば余裕で吹き飛ばすという。もちろんわたしなど即死らしい。当たれば、であるが。
 ふと、昼の出来事を思い出す。


 シャドウモンキーの群れに囲まれたときのことである。
 あの時は、速さが足りなかった。


(どうすれば、早く動けるのか)


 もう少し早く、俊敏に動ければもっと早くあの群れを殲滅できたはずである。
 それに、わたしの戦い方ではパーティー戦はやはり向いていないように思えてきた。
 動きを試行錯誤することにしようか。


「手ごろな獲物もおる。鍛錬には丁度良いな」


 わたしは刀を抜刀し、構えをとった。
 威圧を放たず、一匹を袈裟切りにして始末すると、もう一匹が突っ込んでくる。
 普段であれば一刀にして斬り伏せるところであるが、今回は違う。


 避け続け、足腰を鍛えるのだ。


 レベルアップによるAGIの上昇になど、期待してはおらぬ。
 あとほんの少し、早くなれば良いだけの事である。


「ブモオオオオオ!!」
「フッ、はぁ!」


 わたしとシャドウボアとの奇妙なダンスが繰り広げられる。
 片方は殺意を持ち突進してくる。もう片方はギリギリで避ける。
 小一時間ほど続けていると、瞬発力が身についてきた。
 先ほどよりもぎりぎりで。もっとぎりぎりに、という風にだ。
 最初はボアとわたしの避けたときの隙間は三センチほどであったが、今は一センチ程の距離から回避をしても間に合うようになっていた。


 もう一時間続けたとき、耳に奇怪な音が走った。
 レベルアップとも、メッセージとも違う音である。
 その音に集中力をかき消されたわたしは、あやうくボアの体当たりを喰らってしまうところであった。
 気を取り直してもう一度避けたとき、すれちがいざまに斬りつけることでこの奇妙なダンスは終わりを告げた。


 そうして、メニューに現れたソレを見たとき、わたしは薄笑いが起こるのをこらえきれなかった。


――――――――――


エクストラスキル取得『神速を越える者』
効果:アクティブスキル【神速】習得。
【神速】(sin-soku):スキル発動から五分間AGIを+1000する。クールタイム六分。


取得条件:CWOユーザーの中で最初に、200回連続でパーフェクト回避をマニュアルで成功させ、なおかつその間攻撃をしない。


用語説明(パーフェクト回避):攻撃者の攻撃判定と被攻撃対象との間が三センチ未満の時に回避行動をとると起こる現象。一秒間無敵になる。


――――――――――


 これは良いものを手に入れた。
 AGI+1000とは。試しに使ってみようぞ。


「【神速】」


 唱えた瞬間、全てが止まって見えた。
 動体視力が極限まで鍛えられ、瞬発力は在り得ない程強化されているのを感じる。
 これは――まずい。
 最早自分で自分の腕が視認できぬ。
 慣れるまで鍛錬が必要であると感じたので、わたしはこのまま鍛錬を続けることにする。


 走り出すと、まるで光速で走る何かのように周りの景色が吹き飛んでゆく。
 自身の足でこの速度を生み出しているとは……最早わたしは人間ではない気もしてくるな。


「ふは、はははは」


 笑いながらもその速度を堪能する。
 だが、一つ懸念もあった。
 自らが刀を振るうが、その軌道の正確さが落ちてしまうのだ。
 早すぎて急所を上手く斬り落とせない、という現象が起きているわけである。
 この速さであれば、速さは足りている。問題は正確さだ。
 その後草原にて十分にシャドウボアで刀の鍛錬をすると、すぐに【神速】を自らの技へと昇華することに成功した。
 具体的に言うと、動体視力が上がっただけなのだが。


 ここまで来た時、すでにレベルは六になっていたが、まだ足りぬ。
 神速があればシャドウモンキーのあの群れなど一人で十分な気もする。


 ――と言うわけで、北の森で片っ端からシャドウモンキーに喧嘩をふっかけることにしようか。


「わたしが相手だこの愚鈍なサルどもよっ! 貴様等、ここでわたしが駆逐してみせよう!」


 こうわたしは啖呵をきりながら、シャドウモンキーの食料である木の実やらなにやらを奪い去る。すると、シャドウモンキーがいつしか大群になり、わたしを追いかけ始めたではないか。
 思惑通りである。
 わたしは時折神速を使いながら、うまくあの広場へとサル共を誘引することに成功した。
 そして、円形状の森の広場にたどり着くと、わたしはとっさに急転回し瞬時に敵の数を把握する。
 木の上にいるもの、地を走るもの、遠くから石で攻撃しようとしているもの。


 ――百二十、百三十……総計で二百弱といったところであるか。
 この森すべてのサルがわたしに向かって敵意をむき出しにしておる。


「三分とかからぬな――【神速】」


 すべてが、静止したように見える。 


 風に舞う木の葉も、風に揺れる草も、怒りのあまりに投げたであろうサルの石もだ。
 その中で、わたしだけが正常に――いや、それよりも早く動ける。
 確かな勝利の手応えを感じ、わたしは端から順にサルの首を的確に斬り落として行く。


 斬られた事にも気付かぬだろう。
 自らが死んだことにも気付かぬだろう。


 彼奴らにはわたしが消えたようにしか見えぬはずだ。


「はああああああああああああああああああああ!!」


 ――すべてを殲滅するまで、二分と三十秒かかったが、無傷であった。


 その時、またもやあの音が二つ鳴り響いた。
 月下に消えゆく膨大な数のサルの亡骸を横目に、わたしはメニューを開く。


――――――――――


エクストラスキル取得『必滅の眼』
効果:パッシブスキル【必滅一閃】習得。
【必滅一閃】(critical-blade):全ての弱点を常時可視化し、クリティカルしたときの攻撃力が二倍ではなく四倍になる。


取得条件:CWOユーザーの中で最初に、同レベル帯の敵を相手に200回連続でマニュアルでクリティカルをだす、なおかつ全てを一撃で仕留める。


用語説明クリティカル:被攻撃者の弱点に当てる確定で起こる現象。防御力を無視し通常攻撃の二倍のダメージを与える。


――――――――――


――――――――――


エクストラスキル取得『ラスト・サムライ』
効果:パッシブスキル【サムライ】習得。
【サムライ】(samu-rai):全ての武器ですべての敵の首を狩れるようになる。首を狩った数×ATK+2


取得条件:CWOユーザーの中で最初に、一撃で敵の首を200連続で落とす。


現在狩った首:253
上昇ATK:506


――――――――――


 わたしは戦果を確認した後、街へと戻るのであった。

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