雪月風花、ばーちゃるせかいを征く酔狂な青年

蒼凍 柊一

雪月風花





 広場から少し外れた場所に出ると、人がまったくいなくなってしまった。


 どういうことなのだろうか。欧風の街並みが建て並ぶ風光明媚な場所だというのに、なぜ人がいないのだろう。


 少し考えてみたが、目の前の景色を一通り堪能しているとそんな考えも失せる。


 ――いと、美しきかな。


 おっと、見とれすぎて思考が外れてしまっていたようだ。


 わたしの視界の端にオレンジ色の丸――新着メッセージを知らせる表示があったことを思い出し(というか気付き)、メニューを開いてメッセージを開いた。




―――――――――――――――――


メッセージ 差出人:サクラ


プレイヤーID:Yokaze




『刹那さん、フレンド登録ありがとうございます! 今から迎えに行くので、待っていてくださいね!』




―――――――――――――――――




 律儀にメッセージを送ってくる桜殿はやはり好感が持てる女子であるな。




「刹那さーん!」




 噂をすればなんとやら、である。


 わたしの名を呼ぶのは今のところ一人しかいない。


 そう、桜殿だ。




「おぉ桜殿――?」




 思わず疑問形になってしまうのも仕方がないというものであろう。


 桜殿はばーちゃるせかいではない場所……現実世界では黒髪黒目の大和撫子だった。


 だが今は……。




「どうしましたか、刹那さん?」


「うむ、髪の毛の色と眼の色が桜色だったものでな。一瞬誰であるか分からなかったのだ……」


「あはは、そうですよね。私、ゲームだといっつもこうなんです」


「ふむ。そうであったか。いや、似合っているぞ」


「ありがとうございます///」




 言葉に嘘偽りはない。目に鮮やか過ぎる桜色ではなく、淡い色なので、自己主張が激しくないのだ。


 もとより整っていた顔がより一層目立つようになり、最早国宝級の美しさを誇っている。


 桜殿の美しき見た目を堪能していると、なにやら桜殿がもじもじとし始めた。




「どうしたのであろうか?」


「いえ……そんなに見られたら、私……」


「おお、すまぬ。だが、美しき花はいつまでも見ていたいもの。今ばかりは赦してくれぬか」


「そ、そこまで言うなら……あ、そ、そうだ。刹那さん、私がデザインした初期服、使ってくれていたんですね!」




 初期服……おお、この着物のことか。




「桜殿が造られたのか。いやはや、雅な着物であったのでこれ以外の物が目に入らなくてな」


「気に入っていただけたのなら良かったです! ……発売前のデザイン募集で採用されたもので、ある一定のスキル構成じゃないとその服は出ないんです。刹那さんなら、と思った




んですけど、やっぱりどうなるか不安だったんですよ」


「ほ、ほう。感謝するぞ桜殿。高価な機材までそろえていただいて本当に助かる」


「いえいえ、私が誘ったんです。これくらいはさせてください」




 一通り礼を言い終えると、桜殿がコホン、とかわいらしく咳払いをして言葉を続ける。




「さて、それじゃあ『雪月風花』に行きましょうか。そこで私のフレンドも待っているんです。一緒にゲーム、楽しみましょう!」


「おぉ。了解した」


「そういえば刹那さんはメニューの使い方は分かりますか?」


「メニューか。それならばこちらに来た時にのっぽと赤毛……いや、ミストとヴェイクという者に教わってな。いや、彼らが居て助かった」


「へ~……そんな親切な人たちが居たんですねぇ」




 桜殿はその後何事か呟いていたが、なにを言っているのかまでは聞き取れなかった。


 そのままわたしたちはマップの北東、喫茶店『雪月風花』に向かった。


 北東を目指して歩いている途中、薄暗い路地や、石畳の場所を通ったが、どれも欧州の方の造りを思い起こさせるものであった。


 きっとあちらの建物をイメージして作っているのであろう。




「着きましたよ、ここです」


「おぉ、ここであったか……ふむ、なんとも小洒落た良い店ではないか」


「いいでしょう? この雰囲気。私こういうの好きなんですよっ」




 わたしと桜殿の目の前には、外壁に鮮やかな緑の葉が絡まっていて、屋根はこげ茶色、葉の隙間から見える外壁は明るいベージュ色をしていた。


 街の中にひっそりとある隠れ家のような佇まいは、わたしの好みに見事に合っていた。




「刹那さん、いきましょうかっ」


「ふむ」




 わたしは桜殿にされるがままに店――雪月風花に入って行った。




「いらっしゃいませ~☆」


「え~と、雪崩さんの名前で席を取っています」


「雪崩様のお連れ様ですねぇ~☆ あちらがお席です~☆」




 なだれ……? それが名前なのであろうか。ずいぶん変わっている。


 だが、桜殿の友人ならば、変人と言うこともなかろう。


 語尾をなぜか伸ばしたがる変な店員が指し示した先には、ドアで仕切られた個室があった。中は見えないようになっているあたりがありがたい。


 わたしは店員に案内された通りに、そちらのドアへ近づき、扉を開いた。


 するとそこには乙女が三人座っていた。




「お、やっと来たか桜! ん……なんだ、珍しく彼氏……ん? 彼女か?」


「おそいよ~、今日は初日ーーエ? 誰ですかその美女……いや、イケメン?」


「新入り……」


「雪崩さん! 刹那さんはちゃんと男の人です!」




 なんだこやつらは。ああ、桜殿の友人であるな。


 性別を間違えられるのはよくあることと言え、女子に間違えられたのは久方ぶりであるな。


 さて……どうするか。ふむ。桜殿の手前、挨拶をせずに棒立ちと言うこともあまり良くあるまい。


 わたしはそう思い立ち、深々と腰を折った。




「わたしは刹那と申す。桜殿の友人である。よろしくたのむ」


「え、あああ、刹那さん、ね! あの――桜がやたらと執着しているイケメンってこいつの事か……」


「なにか申されたか?」


「い、いや、なんでもないぞ。うん」


「それより雪崩さん、刹那さんをパーティーに入れましょうよっ、ちょうど五人ですし! ギルドだって始められますし!」


「桜、興奮しすぎだぞ。それはまたおいおい、な。さて、刹那さん、私は雪崩という。このグループの頭のようなものをしているぞ。武器は薙刀で、パーティーでの役割はタンクだ。前面に出て、敵を惹きつける役だな」


「タンクとはそのような役なのだな。憶えたぞ。雪崩殿。よろしく頼む」




 すらりとした背に、ほっそりとした体型の雪崩殿は、雪のように白い肌をしている。腰までの黒髪とも相まって、とても美しい。


 わたしは差し出された握手に応じ、微笑みながら返した。


 すると、なにやら雪崩殿は感極まったような雰囲気をだして、桜殿の方を見ている。




「ふぉぉ、桜、この刹那さんは素でこういうしゃべり方なのかっ!?」


「興奮しないでください、雪崩さん! 刹那さんはこういう、雅なしゃべり方をする人なんです。だから雪崩さんもおしとやかにしないと、刹那さんに女の魅力で負けてしまいます




よ?」


「な、なん……だと」




 桜殿までなんという事を言うのか。女性の魅力などわたしにあるわけがないだろうに。




「桜殿、わたしは男だ」


「ごめんなさい刹那さん。雪崩さんがあんまりにも変だったのでつい……」


「まぁ、良いが」


「ほえ~、この人が刹那っちねぇ……うん、桜っちが執着するの、分かる気がする……」




 もう一人の女性……いや。子供であろうか。幾分か幼さが覗く顔立ちをしている娘が、わたしの方を興味深げにながめていた。


 しかしこの娘、小さい。わたしの半分位に見えるが、これは本当に人間なのか。




「蛍ちゃん、わ、私は執着なんてしていません!」


「またまた~桜っちは分かりやすいんだから、嘘つかないの。刹那っち。あたしは蛍! くのいち目指して頑張ってます!」


「おぉ、くのいちとは……! なかなか見る目があるな、蛍殿は!」


「わかる!? みんなあたしにくのいちは無理だーとか言ってさー」


「だって蛍ちゃんは落ち着きがないから……しかもキャラメイクで身長弄っちゃってるから小さくてすばしっこくて、危なげで見てられませんし……」


「あたしは桜っちと同い年なんだから、そんな子供みたいに言わないでよぉ」




 な、なんと……十六であったか、人は見かけによらぬとはこのことか。


 桜殿がなにやら気まずそうに言いながら、額に汗を浮かべている。


 いいではないか。くのいち。闇にまぎれて敵の首級をあげるなぞ、とても良い。うむ。良いぞ。




「ほら、清明も恥ずかしがってないで挨拶くらいしたらどうだ」




 雪崩殿がもう一人の娘……銀縁の眼鏡を掛けて、銀髪をした巫女の恰好をした娘をわたしの前に突き出した。




「わたしは刹那だ。そなたの名はなんと言うのであろうか」


「……清明」


「うむ。清明殿だな。なんとも雅な名よ。陰陽師のような恰好に相応しい名であるな」


「あ……ありがと」




 どうやら清明殿は無口な方らしい。挨拶を交わした後そそくさと席に座り、本で顔を隠してしまった。


 しかし、どうして桜殿の周りには美女が多いのであろうな。男が一人でこのような場所に居て良いのだろうか。




「それじゃあ挨拶も一通り済んだし、ギルドを立ち上げましょうよっ」


「だから桜、まだ早いよ。刹那さん……刹那でいいかな?」


「好きなように呼んでくれて構わないぞ」


「ありがと。じゃあ刹那……だな。刹那の気持ちだって聞いてないし――」




 それからなにやら桜殿達は話をしていたが、論点はどうやらわたしがぎるどとやらに参加する意思があるかどうからしかった。




「ふむ。それならば問題はないのではなかろうか。わたしは桜殿に誘われた故にここに居るわけであるから、桜殿に全て任せる」


「ほら、雪崩さん! いいでしょ、ね? ね?」


「もう――桜は強引だなぁ。じゃあそうしようか……。みんなも、いい?」


「あたしは全然良いよ!」


「……良い」


「じゃあギルド申請出しとくけど、認可されるまで一日必要だから後にするとして――刹那さんはチュートリアルダンジョン、まだクリアしてないよね。あれをクリアしないとフィールドには出られないから、クリアして来てくれないかな」


「承った。だが、そのちゅーとりあるだんじょんとやらの場所が分からないのだが……」


「刹那さん、フィールドに出る門がここにあるじゃないですか、そこから外に出ようとすると、強制的にソロダンジョンに転移される仕組みになっていますから、大丈夫です!」


「おお、桜殿は詳しいのだな。いやはや、皆詳しくて助かるぞ。そういえば、この後は皆はどのような予定なのだろうか」


「そうだねぇ、チュートリアルダンジョンクリアするのは、VVRMMO初心者だと多分結構時間取られちゃうから、あたしたちは各々別行動って感じで……どうかな」


「そうですね……仕方ありません。刹那さんとの冒険は、もう少し後にします!」




 ――と。いう事で、これからの予定が決まったのだった。


 その後、桜殿が説明してくれたのだが、皆がチューリアルダンジョンをわたしより早く終わっているのは、仕様が似ているゲームを前にしたことがあり、チュートリアルは不必要だとキャラメイクの時に申し出たかららしい。


 早く終わらせ、今日中には皆とこのばーちゃるせかいで冒険したいものだ。



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